
雑居ビル火災の危険性【災害リスク情報 101号】
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[このレポートを書いたコンサルタント]
- 会社名
- MS&ADインターリスク総研株式会社
- 所属名
- リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第一部
- 執筆者名
- 上席コンサルタント 林 怜史 Reo Hayashi
2025.3.5
- 雑居ビル火災は、異なる業種が一つの建物に集まっていることから特有のリスクがあり、管理が分散し、老朽化した設備や避難経路の管理不備によっては火災時の被害が増大する可能性がある。
- 過去の火災事例から、煙の早期拡散や避難経路の不足が被害を拡大させたことが明らかとなっていることから、防火戸の維持管理や補助金制度を活用した改修工事を通じて安全性向上を図ることが求められる。また、防火管理の強化やテナント間の情報共有も重要となる。
1. 雑居ビル火災の特徴と影響
(1)雑居ビルの特徴
① 様々な用途の混在
雑居ビルは、飲食店や事務所、物販店舗など、異なる業種が一つの建物に集まっている施設である。 このような多様な業態が共存することで、利用者にとって便利な面があるが、火災が発生した場合には特有のリスクが生じる。 例えば、飲食店では火を使うことが多く、厨房からの出火リスクが高い。一方、事務所や物販店舗には多くの紙類や商品があり、火災が起きると火が広がりやすくなる。
そのため、火災が発生すると、異なる業種が互いに影響し合い、火の回りが速くなる可能性があり、また、多くの人が一度に避難を試みるため、避難経路が混雑し、混乱が生じることも考えられる。
② 様々な管理権原の存在による連携の困難性
雑居ビルでは、各テナントが独立して防火管理を行っていることが一般的である。そのため、火災が発生した際に連携して対応することが難しい。
例えば、共用部分の管理において責任が不明確だと、避難経路の確保や防火設備の点検が不十分になることがある。 また、テナント間で情報を共有できない場合、火災時の迅速な対応が難しくなる。このため、各テナントは自らの安全対策を講じるだけでなく、ビル全体としての防火管理や防災訓練を定期的に行うことが望ましい。
さらに、ビルのオーナーや管理者とテナント間で防火責任を明確にすることが重要であり、防火管理に関する日常的なコミュニケーションを強化する必要がある。
③ 都市部への密集
多くの雑居ビルは都市部に集中しており、隣接する建物との距離が非常に近い。このような密集した環境では、火災が一つのビル内に留まらず、隣の建物へと広がる可能性がある。
特に、外壁にある広告物や開口部を通じて火が広がりやすくなる。また、都市部では交通量が多く、消防隊が現場に到着するまでに時間がかかることもある。さらに、地下階や屋上階に設備や店舗がある場合、避難や消火活動がさらに複雑になることがある。
④ 老朽化した設備と構造
雑居ビルの中には、築年数が経過しているために老朽化した設備や構造を持つものが多い。古い電気配線やガス管の劣化は、火災の原因と なることがある。そのため、定期的な点検と必要に応じた設備の更新が重要である。
⑤ 不適切な管理
一部の雑居ビルでは、テナントが避難経路に物を置くことで、火災発生時の迅速な避難を妨げることがある。また、日常的な管理が行き届いていない場合、消火器や自動火災報知設備などの消防設備の不備が見逃されることがあり、いざというときに機能しない危険性がある。これを防ぐためには、定期的に建物や設備を点検する必要がある。
(2)雑居ビル火災の被害状況
① 新宿区歌舞伎町火災(平成13年)の被害概要
高密度の収容人員と複雑な避難動線で避難が困難となり、階段の防火戸の管理不備により大きな被害が生じたことから建築基準法や消防法といった法令基準を見直す大きな契機となった。(概要は表1・表2参照)
【表1】火災建築物の概要1)
所 在 | 新宿区歌舞伎町 |
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地 域 | 防火地域 |
面 積 | 延面積 516m2 (建築面積 82m2) |
構 造 | 耐火建築物 (鉄筋コンクリート造) |
階 層 | 地上5階地下2階建 |
竣 工 年 | 1984年(昭和59年) |
【表2】 火災の概要2)
発生日時 | 平成13年9月1日(土)未明 |
---|---|
死 者 | 44名 |
出 火 元 | 屋内階段に隣接する 3階エレベータホール付近 |
出火原因 | 放火の疑い |
焼損面積 | 169m2 |
② 大阪市北区(令和3年)ビル火災の被害状況
ガソリンでの放火により短時間で建物全体に火災が拡大した。被害拡大の要因は唯一の避難経路である階段付近から出火し、多くの利用者が逃げ遅れたことと考えられる。(概要は表3・表4参照)
【表3】 火災建築物の概要3)
所 在 | 大阪市北区 |
---|---|
地 域 | 防火地域 |
面 積 | 延面積700m2 (建築面積104m2) |
構 造 | 耐火建築物 (鉄筋コンクリート造) |
階 層 | 地上8階建 |
建築確認 | 1970年(昭和45年) |
【表4】 火災の概要4)
発生日時 | 令和3年12月17日(金) |
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死 者 | 26名 |
出 火 元 | 4階部分 |
出火原因 | ガソリンによる放火 |
焼損面積 | 37m2 |
(3)火災発生時の主なリスク要因
前項のいずれの火災も雑居ビル特有の構造が原因で避難が困難となり被害が拡大したと考えられる。以下にその理由を挙げる。
① 煙の早期拡散による視界不良・一酸化炭素中毒
雑居ビルで火災が発生すると、建物が比較的小規模であるため、煙が瞬時に広がり避難経路の視認性が低下する。特に、視界が悪化すると利用者は安全な出口を見つけることが難しくなり、混乱が生じる。また、煙の拡散に伴う一酸化炭素中毒の危険性も生じる。
② 2方向避難確保の困難性
雑居ビルの設計によっては、階段やエレベーターなど、地上に避難する手段が限られている場合がある。このため、火災発生時において、利用者が安全に避難するための2方向からの避難経路が確保できないことが多く、結果として避難が遅れる可能性がある。
大阪市北区雑居ビル火災を受け、 総務省消防庁は防火・避難対策等の検討のため、扉や窓の状況を図1のように設定しシミュレーションを実施した。図2はシミュレーションの結果である。廊下の扉を開放した想定では、開始1分後には建物全体に黒煙が充満し避難経路が汚染されている状況が確認でき、ごく短時間で利用者の避難に影響があることがわかる。
さらに、他の階への煙流出を防ぐため各店舗の階段に通じる扉は本来閉鎖しておく必要があるが、くさびなどで開放したままにしていることがあり、その場合、火災時に煙が短時間で建物全体に広がってしまう可能性がある。
一方で、廊下の扉を閉鎖した場合には扉の反対側への煙の流出は限定的であり、2方向避難の確保が困難な雑居ビルであっても、扉を閉鎖することで安全な空間を形成できる結果となった・・・

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