環境省 生物多様性の価値評価の検討指針を公表 企業が今後押さえるべき実務上のポイントとは?
[このコラムを書いたコンサルタント]
- 専門領域
- サステナビリティ
- 役職名
- リスクマネジメント第五部 サステナビリティ第一グループ
主任コンサルタント - 執筆者名
- 久野 憲太郎 Kentaro Kuno
2026.4.28
2026年3月31日、環境省は「生物多様性の価値評価手法の検討に当たっての基本的な考え方」(以下、指針)を公表した。TNFD提言の公表以来、企業による自然関連リスク・機会に関する情報開示や、それらの情報に対する機関投資家からのニーズが拡大している。その中で、企業が生物多様性に及ぼすインパクトや貢献量を評価する手法として、生物多様性の価値評価への関心が高まりつつある。今回の指針は、日本の自然の特徴を踏まえた生物多様性の価値評価や活用方法のあり方を示したものであり、企業にとっても今後の取り組みの参考になると想定される。
昆明・モントリオール生物多様性枠組みが掲げるネイチャー・ポジティブの実現のためには、従来の自然保護の枠を超え、社会・経済全体を生物多様性保全に貢献するよう変革する必要がある。その実現には民間を含む大規模な資源動員が必要とされ、その手段として生物多様性の価値評価や生物多様性クレジット*1が各国で検討されているが、概念・手法の国際的な標準化は進んでいない。さらに国内では、日本の里地里山等のアジア・モンスーン地域特有の二次的な自然環境*2が、海外主導の評価手法では適切に評価されないとの懸念から、日本の自然の価値を適切に捉えたうえで、国際的にも応用できる価値評価手法の提示が求められている。
指針では二次的な自然環境の価値評価に加え、グリーン・ウォッシュにならない実質的なネイチャー・ポジティブに繋がる評価手法の構築が重視され、そのための効果的かつ頑強な価値評価と、データ取扱いの2つの観点から満たすべき要件が示されている。
価値評価の対象は、生態系サービスの貨幣換算(TEEB的アプローチ)*3ではなく、生物多様性の状態そのものを質・量の両面から定量化することに置かれている。その上で環境省は、評価手法が満たすべき要件として以下7点を挙げている。
- 定量的で検証可能な手法による適切な評価
- 明確な目標設定と、目標設定の枠組みの提示(国や地域の特徴を踏まえた目標設定など)
- 不確実性への適切な対応(バッファ・安全率の設定など)
- 長期的視点の重視(生態系の性質を踏まえた適切な時間スケールを有する活動を対象とすることなど)
- 追加性*4と適切なベースラインの確保(目標や成果と比較可能な、信頼性の高いベースラインの設定など)
- 生態系タイプに応じて生物多様性の価値を保てる規模やサイズの設定
- 生態系ネットワーク・モザイク構造を踏まえた空間的視点(生態系ネットワーク・流域などサイト外の生態系とのつながりを考慮した評価手法とすることなど)
とりわけ、里地里山に代表される二次的自然環境は、農業・林業による人為的かく乱によって多様な生物が維持されており、モザイク性・遷移状態・管理コストを適切に組み込んだ評価が不可欠であると強調している。また、評価結果の活用に際しては、補償(オフセット)の安易な利用を戒め、「回避→最小化→現場での機能回復→代償」の優先順位で事業が自然に与える負の影響を軽減する枠組みである、ミティゲーション・ヒエラルキーの徹底を求めている。
データの取扱いに関する記述からは、データ収集の実務上の方向性がある程度読み取れる。評価に用いるデータとしては、基本的にはサイトの実態をより正確に捉えられる、現場における実測データを重視することが述べられている。ただし実測データの収集にはコスト面や安全管理上の課題がある場合もあるため、データの限界や長所・短所も理解したうえで、衛星による推定データなども含めた使い分けが推奨されている。また、AIを活用した画像・音声による種の同定など、調査コストを大幅に削減しうる技術的なブレークスルーにも言及されており、こうした技術の進展が評価の現実的な普及を後押しする可能性がある。
今後、評価手法の具体化は、自然共生サイトでの試行を経て段階的に進む見通しである。将来的には、地域の目標設定・価値取引・事業要件への応用も視野に入れられており、保全活動の成果がクレジットとして流通する仕組みの素地が着実に整備されつつある。
本指針は総じて自然共生サイトなどでの保全活動、開発による直接的な土地改変とそのオフセットといった、サイトレベルでの土地改変/修復を強く意識して作られたものであることに留意すべきであろう。そうした前提に立った場合、当然ながら高い解像度やデータ品質(実測データの活用を含む)が求められることになる。しかしバリューチェーンや投融資ポートフォリオ全体の影響評価などの用途では、より迅速性やコストを重視した手法を現実的に選択することになる。用途や段階に応じて、「使い分け」を行うことが重要である。
企業としては、このような動向を注視しつつ、マテリアリティの観点から何を評価すべきかをあらかじめ想定した上で、自社の保全活動の記録やデータ蓄積を継続的に行っておくことが、将来の評価に向けた準備に繋がるものと考えられる。さらに、企業には、生物多様性の価値を事業上の意思決定に組み込み、価値評価や活用スキームを積極的に利用しながら、国や地域の目標達成に貢献することが期待されている。生物多様性の価値を事業上の意思決定に組み込むためには、自社の事業やバリューチェーンによる自然への依存やインパクトを構造的に把握したうえで、その位置付けを明確にしながら生物多様性保全に取り組むことが重要である。
*1 生物多様性クレジット:自然環境の保全・回復活動の成果を定量化し、取引可能とするために証券化したもの、仕組み。企業はこれを購入することで、自社の活動による環境負荷を補償(オフセット)することが可能。
*2 二次的な自然環境:人間活動によって創出されたり、人が手を加えることで管理・維持されたりしてきた自然環境のこと。
*3 TEEB的アプローチ:TEEB(生態系と生物多様性の経済学)に基づき、生態系サービスを貨幣価値に換算する経済的価値評価のこと。
*4 追加性:その取り組みが、何もしなかった場合と比較して追加的な改善を生んでいること。
参考情報:2026年3月31日付 環境省報道発表資料
https://www.env.go.jp/press/press_03838.html
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