企業倫理研究の最前線 善意が悪を生む?健全な職場づくりに必要なこととは
[このコラムを書いた研究員]

- 専門領域
- 倫理、AI
- 役職名
- マネジャー上席研究員
- 執筆者名
- 土居 英一 Eiichi Doi,Ph.D. 博士(学術)
2026.4.28
近年、ハラスメント、品質不正などの不祥事をめぐって、企業に求められる説明責任の水準は確実に高まっています。「なぜ、こんな問題が放置されていたのだろう」と思うような不祥事が突然大きな問題として表面化する。そんな企業事例は少なくありません。こうした問題の多くは、日常の小さな見過ごしの積み重ねから生まれます。だからこそ、企業倫理は「問題が生まれにくい職場をどうつくるか」という視点で考える必要があります。人はどんな条件で正直になり、どんな職場で沈黙し、どんな組織で不正が生まれるのか。本稿では、近年の企業倫理の研究動向を紹介します。
流れ
- 最新の企業倫理研究の最注目は“善意が悪を生む”「組織のための不正(UPB)」
- 「健全な職場」づくりに必要なこととは?
- 研究が示す、社員のモラルは「仕組み・運用」で支えられるという事実
- 企業倫理に必要なのは「職場の育て方」を考えること
最新の企業倫理研究の最注目は“善意が悪を生む”「組織のための不正(UPB)」
筆者が近年の研究で特に注目するテーマは、「組織のための不正(UPB:Unethical Pro-Organizational Behavior)」です。これは、会社や上司、チームのために良かれと思って行った行為が、結果として非倫理的なものになることを指します。
たとえば、製造業を営むA社で、納期を守りたい一心から確認手順が省略されたとします。本人に悪意がなくとも、顧客や取引先に不利益が及べば、許されるものではありません。ここで厄介なのは、忠誠心や協力姿勢が強い職場や、集団重視の職場ほど、問題行動が「組織のため」と正当化されやすい点です※1,2。企業倫理は、悪意ある不正だけでなく、善意の暴走にも目を向けなければなりません。
「健全な職場」づくりに必要なこととは?
こうした事態を防ぐには、通報制度や相談窓口の整備が重要です。とはいえ、それだけでは人が声を上げられるようにはなりません。
近年の研究は、倫理を重視するリーダーの行動や心理的安全性※3の確保により、内部通報が促進される可能性を示唆しています※4。通報制度は企業を守る道具ではなく、お客様や従業員などの被害の予防と是正を早めるためのセーフティネットです。匿名性や独立性は、声を上げる人の安全のために必要な仕組みです。
また、実際に相談を受けたときに、最初にどう受け止めるかは特に重要です。現場の管理職などは、それについて丁寧に考えておく必要があります。組織を円滑に運営することと、率直なコミュニケーションは両立し得ます。制度と運用の整備が肝要です。
研究が示す、社員のモラルは「仕組み・運用」で支えられるという事実
近年の研究では、不正防止を個人の心構えや善意だけに任せない発想にも注目が集まっています。たとえば、正直さを意識させる誓約などを取りつけると、不正の抑制に役立つ可能性が示されています※5。
逆に言えば、「社員のモラルに期待する」だけでは足りません。倫理研修は、実施した直後には効果が見えても、その後に薄れる可能性が指摘されています※6。倫理を根づかせるには単発の研修では不十分です。日常の対話、管理職の振る舞い、相談しやすさ、ルールとその運用などと結び付ける必要があるのです。
企業倫理に必要なのは「職場の育て方」を考えること
今後、企業に求められる倫理の水準はさらに高まっていくでしょう。ただし、それは企業にとって窮屈な時代が来るという意味ではありません。職場での高い倫理観は、社内の快適さだけでなく、お客様の安心にも直結します。被害を減らし、説明責任を果たせる組織ほど、結果として持続的な信頼を得やすくなるのです。
企業の倫理は、理念を掲げるだけでは完成しません。善意の暴走を止める仕組みづくりから、日常の判断、上司の初動、相談のしやすさといった運営まで含めてこそ機能します。 近年の研究からは、「正しさ」を一部の立派な人だけに求めるのでなく、組織全体で作り上げ、工夫を重ねつつブラッシュアップすべきだと学べます。だからこそ、企業は「何を防ぐか」だけでなく、「どんな職場を育てるか」を問い直す必要があります。
- 本稿の詳細は、「企業倫理の最前線 不祥事を防ぐ「仕組み」と「文化」を最新の研究から学ぶ【RMFOCUS 第97号】」に記載されています。あわせてご覧ください。
※1)Vivek Mishra(2024)「Unethical Pro-Organizational Behavior Across the Cultures: A Meta-Analysis of Antecedents From 16 Countries」
※2)Changya Hu(2026)「A meta-analysis of incremental, comparative, and conditional motivations of unethical pro-organizational behavior」
※3)心理的安全性とは、チームや組織内で意見や質問、提案を恐れずに発言できる状態を指す。
※4)Ibrahim Abdullatif(2025)「The role of ethical leadership in promoting internal whistleblowing among nurses: A dual-mediation model analysis of psychological safety and reporting attitudes」
※5)Janis H. Zickfeld(2023)「Commitment to honesty oaths decreases dishonesty, but commitment to another individual does not affect dishonesty」
※6)Pablo Ruiz-Palomino(2025)「Enhancing the Ethical Culture of Organizations: A Longitudinal Study Using a Comprehensive Ethics Training」
- 【RMFOCUS 第97号】
企業倫理の最前線 不祥事を防ぐ「仕組み」と「文化」を最新の研究から学ぶ
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