タイで相次ぐ重大事故―踏切での列車・バス衝突事故、リチウムイオン電池運搬車両炎上事故を中心に―【InterRisk Thailand Report(2026年5月)】
[このレポートを書いたコンサルタント]
- 会社名
- InterRisk Asia (Thailand) Co., Ltd.
- 執筆者名
- Assistant Manager 堤 明正
2026.5.18
- 2026年5月にタイで重大事故が連続発生しました。本年1月のクレーン倒壊事故と合わせ、タイの交通インフラおよび危険物管理の構造的課題が浮き彫りとなりました。
- 5月3日にチャチュンサオ県でリチウムイオン電池運搬トラックが爆発・炎上し高架道路を損傷、5月16日にはバンコク中心部マッカサン地区の踏切で貨物列車と路線バスが衝突し8名が死亡、26名以上が負傷しました。
- これらの事故の再発防止には、「インフラ整備+運転者教育+規制」の三層的対策が重要です。
- 在タイ日系企業のリスクマネジメントを考える上で、従業員の通勤・移動経路上の踏切リスク評価、および送迎業者や物流委託先の安全管理体制レビューが重要です。主要幹線道路の長時間閉鎖を想定したBCP整備、および各種保険の補償範囲確認なども、実務上の優先課題となります。
本稿に記載した痛ましい事故によりお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。あわせて、受傷された方々の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
はじめに
タイ王国(以下「タイ」)では2026年に入って以降も、公共交通機関と物流に関わる重大事故が立て続けに発生しています。本年1月14日には、ナコンラチャシマ県においてタイ・中国高速鉄道建設プロジェクトの建設用クレーンが走行中の特急列車に倒壊し、30人を超える死者を出す重大事故が発生しました。続いて5月3日には、リチウムイオン電池を積載したトラックがバンコク近郊の幹線道路上で爆発・炎上し、高架道路の構造体に損傷を与える事故が発生しました。さらに5月16日には、首都バンコク中心部の踏切で貨物列車と路線バスが衝突し、少なくとも8人が死亡、20名以上が負傷する事故が発生しました。
短期間にこれだけの重大事故が集中して発生していることは、タイにおける交通インフラ、ならびに物流体制および危険物管理の安全管理上の構造的な課題を浮き彫りにしていると言えます。本稿では、在タイ日系企業のリスクマネジメントおよび従業員の安全確保に資する情報を提供することを目的とし、特に直近で発生した2件の事故―(1)バンコク・マッカサン地区での貨物列車・バス衝突事故(2026年5月16日)、および(2)チャチュンサオ県でのリチウムイオン電池運搬トラックの爆発炎上事故(2026年5月3日)―を取り上げ、事故概要、近年発生した類似事故、事故原因の分析、および事故防止策について整理します。
バンコク・マッカサン地区における貨物列車と路線バスの衝突事故
1.事故発生日時・場所
2026年5月16日(土)午後3時40分頃、バンコク都ラチャテーウィー区マッカサン地区のアソーク-ディンデーン通り(Asok-Din Daeng Road)にある踏切で発生しました。事故現場はエアポート・レール・リンク(ARL)マッカサン駅、およびタイ国有鉄道(State Railway of Thailand, SRT)東本線アソーク停車場の近傍に位置し、日本人駐在員も多く居住する地域に近接した幹線道路上の踏切でした。
図1 事故発生場所


図2 事故発生場所の詳細


2.事故の状況
報道によれば、当該列車はレムチャバン発バンスージャンクション行きの貨物列車であり、衝突相手はバンコクバス公社(Bangkok Mass Transit Authority, BMTA)運営の路線バス(206系統、東部郊外と中心部を結ぶ路線バス)でした。当時現場周辺は道路渋滞の状態にあり、公共路線バスが踏切上に停車していたところに、走行中の貨物列車が衝突しました。衝突の衝撃でバスは押し動かされて約50メートル走行し、その後火災および爆発が発生しました。被害はバスの乗客のみならず、周囲にいた複数の乗用車やオートバイにもおよびました。事故場所は正確には、Asok-Din Daeng通りのラマ9世交差点とアソーク・ペッブリー交差点の間に位置する踏切で、午後3時40分頃に発生したと報じられています。
死者は当初6名と発表されましたが、その後8名に増加し、負傷者は最終的に32名と報じられています(一部報道では最大35名)。事故現場では救助隊による消火および救出活動が深夜まで続けられました。アヌティン・チャーンウィラクン首相は事故を受けて全面調査を指示しています。
図3 事故直後の様子


[https://www.facebook.com/bangkokbma/posts/pfbid0AXAq6oSJ8yGXhhDh2MeKx9RkQFMsaZD9RwZ8Yf76wxDqS1hrzrfmH2xVSDyD3cP7l
©Bangkok Metropolitan Administration, バンコク都]
3.事故原因に関する初期報告
タイ運輸副大臣の説明によれば、踏切付近の信号が赤であったためバスが踏切手前で停止しようとしましたが、渋滞の影響でバスが踏切内に停車する形となりました。本来、列車が接近すると遮断機が下ろされて警報器が鳴る仕組みですが、バス車体が遮断機の作動範囲に入っていたため、遮断機が完全に下りなかった可能性が指摘されています。そこへ走行してきた貨物列車が、車両重量の大きさから十分な制動距離を確保できず、停止していたバスに衝突したとされています。
タイ国家警察長官は事故当日夜に現場を視察し、防犯カメラ映像から「バスが踏切上に停車していたことが明確である」と発言しています。また、タイ国鉄は陸上交通法(Land Traffic ActまたはRoad Traffic Act)第63条:踏切手前5m以上での停車義務、線路上での停車禁止―を改めて警告しています。本事故現場は事故以前から、信号待ちの車両が線路上に停車する状況がSNS上で共有されており、構造的・継続的に危険性が指摘されていた地点でした。
チャチュンサオ県におけるリチウムイオン電池運搬トラックの爆発・炎上事故
1.事故発生日時・場所
2026年5月3日(日)午後7時30分頃、タイ中部チャチュンサオ県バーンパコン郡バーンワ地区を通るテーパラット通り(通称:バンナー・トラート通り、ハイウェイ34号線)の40キロポスト付近の急行レーン上で発生しました。事故現場の真上にはブラパー・ウィティ高速道路(Burapha Withi Expressway)の高架構造物が走っており、火炎による熱が高架部にも波及しました。
図4 事故発生場所


2.事故の状況
報道によると、ナコンパトム県登録の白色10輪トラック(一部報道では6輪トラック)が、リチウムイオン電池を積載して走行中に出火しました。激しい炎上に伴って連続的な爆発が発生しました。消防車8台が出動し、最初に放水で消火を試みたが効果が得られず、続いて消火泡を使用したものの、リチウムイオン電池特有の「熱暴走(thermal runaway)」現象により、いったん鎮火しても化学反応が継続して再着火する状態となり、消火活動は極めて困難を極めました。
高架のブラパー・ウィティ高速道路の構造体も加熱によりコンクリート表面が剥落するなどの損傷を受けました。タイ高速道路公社(Expressway Authority of Thailand, EXAT)は翌5月4日午前に構造調査を実施し、構造体の強度や変形に影響はないことを確認した上で当該区間を再開放したが、地上の主要レーンは構造点検のため一時的に閉鎖されました。事故により周辺道路で深刻な渋滞が発生し、当局はモーターウェイ7号線への迂回や1〜2時間の追加所要時間を見込むよう呼び掛けました。
[https://www.facebook.com/photo/?fbid=1268546538784251&set=a.241352548170327 © EXAT]
3.事故原因と運送実態に関する報告
運転手は事故後、車両から脱出して無事でしたが、警察に対して「自分は雇われてトラックを運転していただけで、積荷の詳細は把握していなかった」と供述しています。出発地はチャチュンサオ県プレーンヤオ郡の工場、目的地はサムットサーコーン県とされています。タイ警察は、リチウムイオン電池の輸送に関する書類および取扱手続きが関連法令を遵守していたか、出発元工場の安全管理体制を含めて捜査を進めています。タイでは、2015年タイ運輸省規則による欧州危険物輸送協定(ADR)準拠の安全規則、および2020年タイ運輸省陸運局「危険物輸送車両の輸送書類に関する陸上運輸局の通知B.E. 2563(2020)」などの危険物陸上輸送規制が整備されていますが、本件事故では運送書類の有無や適法性、および出発点工場の安全管理体制が捜査対象となっており、規制の現場運用面における課題が浮き彫りになっています。
図6 出発地、事故発生場所、および目的地の位置関係


直近数年以内に発生した類似事故
本章では、上記2件の事故に類似する近年の重大事故を、1.タイ国内の踏切および公共交通機関に関する事故、および2.リチウムイオン電池に起因する車両火災事故、の2カテゴリに整理して紹介します。
1.タイ国内の踏切および公共交通機関に関する重大事故
事例1:チャチュンサオ県カオン・ケーウクラーン駅付近の踏切事故(2020年10月)
2020年10月11日午前8時5分頃、バンコクの東約50キロのチャチュンサオ県、カオン・ケーウクラーン鉄道駅付近の踏切で、貸切バスが東方から首都方面へ向かう貨物列車と衝突しました。バスには約60名が乗車しており、雨季明けの仏教行事(カティナ儀式)としてチャチュンサオ県の寺院に向かう途中でした。衝突によりバスは右側に横転、車体上部が剥離するほどの大破となり、少なくとも18名が死亡、40名以上が負傷しました。事故現場の踏切は警報器のみで遮断機(バリア)が未設置の状態であり、視認性も悪い状況でした。事故後、当時のチャチュンサオ県知事であるMaitree Tritilanon氏は同種事故の再発防止策として、踏切付近の安全対策強化を表明しました。
事例2:チャチュンサオ県の非公式踏切での貨物列車衝突事故(2023年8月)
2023年8月4日午前2時20分頃、チャチュンサオ県ムアン郡内(クロン・ウドム・チョンラジョン駅付近)の無許可で設置された踏切で、労働者を乗せたピックアップトラックとレムチャバン行き貨物列車が衝突する事故が発生し、死者8名および負傷者4名を出しました。当該踏切は遮断機を備えておらず、警告灯と警報装置のみの状態でした。運転手は接近する列車と警笛を3回認識したものの、同乗者から進行を促され、停止しきれずに衝突に至りました。この事故を契機にタイ国鉄は全国の違法踏切693カ所の閉鎖計画を発表しました。タイ国鉄の公表データによれば、当時タイ国内の踏切2,697カ所のうち2,004カ所が公式踏切、693カ所(約26%)が非公式踏切とされ、また2005年から2021年に記録された437件の列車関連事故のうち、約44%が非公式の踏切で発生していました。
事例3:パトゥムタニ県におけるスクールバス炎上事故(2024年10月)
2024年10月1日昼12時29分頃、バンコク近郊パトゥムタニ県内を走行中の貸切バスが、前輪のタイヤ破裂で操舵を失って走行中の乗用車に接触した後、道路の中央分離帯に衝突して炎上しました。本事故はウタイタニ県のWat Khao Phraya Sangkharam小学校を出発し、アユタヤ県やノンタブリ県への遠足の途上で発生しました。当該バスは1970年登録から54年経過の老朽車両でした。バスは天然ガス(CNG)燃料を動力源としており、後の調査でCNGタンクの違法改造(追加5本搭載、約875kgの過剰積載)が明らかとなっています。タイヤ破裂による衝撃でガス漏れが発生し、引火に至ったとされています。乗客44名(教師6名、児童・生徒38名)のうち、児童・生徒20名と教師3名を含む23名が現場で死亡し、事故後さらに2名が亡くなり、合計25名の犠牲者が発生しています。2025年9月、ターニャブリー州裁判所はバス所有者父娘および運転手に執行猶予付き有罪判決を言い渡しました。
事例4:ナコンラチャシマ県の建設クレーン倒壊事故(2026年1月)
2026年1月14日午前9時13分頃、タイ東北部のノーンナムクン駅とシーキウ駅の間の鉄道線路上で、バンコク-ノーンカーイ間高速鉄道(タイ・中国共同プロジェクトの一部)の建設中高架から大型クレーンが倒壊し、バンコク発ウボンラチャタニー行き特急21号列車に直撃した。列車は乗客・乗務員195名を乗せて運行中で、3両が脱線・横転し、事故後に火災も発生しました。最終的に32名が死亡、64名以上が負傷しました。事故前数日間の降雨も要因の一つとされています。アヌティン・チャーンウィラクン首相は事故発生後、全面調査を指示しました。本事故は、建設業界の安全管理体制不備への厳しい批判を招きました。