レポート/資料

水害リスクを居住地選択に織り込む制度設計 ~国土強靱化における「自助」の実践と地域防災力の強化に向けて~【政策提言レポート(2026年8月)】

[このレポートを書いた研究員]

会社名
MS&ADインターリスク総研株式会社
部署名
基礎研究部
執筆者名
上席研究員 笹森 愛美

2026.8.12

要旨
  • 気候変動の進行に伴い、水害は激甚化・頻発化する中、洪水浸水想定区域に暮らす人は増加傾向にある。国土強靱化基本計画は、地域防災力の強化を掲げ、また、「自助」の実践を重視しているが、現在の公的な支援制度は、水害リスクを十分に配慮したものとなっておらず、安全な居住地の選択を促すものとなっていない。
  • その課題の解消に向けて、土地や住宅の購入、改修、賃貸、売却等に関連する公的支援制度を再構築するとともに、民間事業者との連携を活用した情報提供、および住民の行動変容の促進、官民データ連携によるリスク評価手法の高度化を一体的に推し進めることを提案する。
  • 具体的には、国土交通省が定める洪水浸水想定区域図(L2)および家屋倒壊等氾濫想定区域に連動して住宅ローン控除等の適用対象を定めること、高リスク地域からの住み替えを不動産取得税・登録免許税の特例等で支援すること、低リスク地域の土地や建物への固定資産税の引き下げ等の税制上のサポート、低リスク地域の土地や建物の取引を促進する仲介手数料の補助等、制度見直しに向けた検討が必要である。また、国民に対して的確なメッセージを出すために、政府が主導して、住宅販売や仲介に関係する不動産仲介業者や金融機関等による情報伝達ガイドラインの策定等も有効である。
  • 現在、自然災害に起因する経済的な損失(行政や損害保険のコスト)は社会全体で分担して負担しているが、財政や保険の持続可能性が懸念される中、これらコストの負担のあり方を検討しつつ、限られたリソースをハード・ソフト両面で被害そのものを抑制する政策に振り向けていくことが不可欠である。

1.本政策提言レポートの背景

国土強靱化政策では、地域防災力の強化に向け、住民一人一人の自助が重視されている。一方、水害による家屋被害が深刻化する中、洪水浸水想定区域内※1の居住人口は増加の一途をたどっている。その人口は1995年から2015年の20年間で約149万人増加した。本項では、本提言レポートの背景として、国土強靱化政策における「地域防災力」と「自助」の重要性、水害リスクの実態と洪水浸水想定区域内の居住状況、および水害リスク情報の整備状況について説明する。

(1)国土強靱化政策における「地域防災力」と「自助」の重要性

令和5年の国土強靱化基本計画は、新たな施策の柱として「地域における防災力の一層の強化」を掲げ、地方創生や国土政策と一体で進める方向を示している。

同計画では、地域防災力の向上を図るにあたり、防災施設の強化や地域コミュニティの結束等の公助・共助だけでなく、住民一人一人が災害リスクを適切に認識し、自律的に備えや避難行動をとる「自助」が重要であるとしている。

自助には、非常用品の備蓄や、個人の避難計画の作成等、状況に応じて継続的に見直すことができる取組みも多い。一方、住宅取得や住み替えは、災害リスクを踏まえて居住地を見直す数少ない機会であり、一度選択すると、その影響は長期間にわたり次世代まで及ぶ可能性がある。そのため、居住地選択は、自助の中でも極めて重要な意思決定の一つと位置付けられる。
この点を踏まえると、平時から災害リスクを考慮した居住地選択を促すことが、住民一人一人の自助を後押しし、ひいては地域防災力の強化に寄与するものと考えられる。

(2)水害リスクの実態と洪水浸水想定区域内の居住状況

気候変動に伴い、水害の誘因となる強雨の発生頻度が増加している。全国のアメダス観測によれば、大雨の年間発生回数は上昇傾向にあり、特に降雨強度が高いほど増加率は著しい【図表1】。1時間降水量100mm以上といった極端な大雨の発生回数は、統計期間当初の10年間と比べて約2倍に増えている※2

河川堤防や排水施設は、100年から200年に1度の規模の降雨を想定して整備されてきたが、近年は想定を超える降雨が全国各地で相次いでいることから、家屋の被害額を5年単位で集計すると、15年間で約3倍に増加している※3【図表2】。

【図表1】降雨の強度別・年間発生回数の推移

降雨の強度別・年間発生回数の推移

【図表2】水害による家屋被害額の推移(全国計)

水害による家屋被害額の推移(全国計)

出典:【図表1】は気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」の数値データをもとに筆者作成。気象庁の予報用語では1時間雨量50㎜以上80㎜未満を「非常に激しい雨」、80㎜以上を「猛烈な雨」という。【図表2】は国土交通省「水害統計調査」をもとに筆者作成。

水害の主な要因は、下水道等の排水能力を超えて浸水する「内水氾濫」と、河川の越水や破堤等による「外水氾濫」に大別される。1993年から2018年までの26年間の水害統計によると、被災した家屋は全国で約100万棟にのぼる。このうち棟数の約6割を占めるのは内水氾濫によるものだが、被害の多くは床下浸水にとどまる。一方、外水氾濫では、床上100cm以上の浸水や半壊、全壊・流失に至る家屋の割合が多い【図表3(左)】。そのため、【図表3(右)】が示すとおり、棟数に比して被害額に占める割合は外水氾濫の方が大きい。

また、外水氾濫による被害には地域的な偏りがみられる。同期間に外水氾濫により被災した家屋は約32万棟にのぼるが、その半数は、水害を経験した自治体の上位4.1%に当たる37自治体に集中していた。他方、浸水想定区域を有する1,186自治体のうち、約4分の1に当たる284自治体では、同期間に外水氾濫による水害が発生していない※4。浸水した住宅の復旧に要する費用は、新築工事費用に対して、床下浸水であれば約1%にとどまるのに対し、床上浸水では30〜50%、1階の天井を超える浸水(概ね浸水深3m以上)では50〜80%に達するとされ、浸水が深くなるほど復旧の負担は急激に大きくなる※5

【図表3】水害原因別にみた被災家屋棟数と一般資産被害額(1993~2018年の水害統計/全国計)

水害別・浸水の程度別の被災家屋棟数(累計)
内水氾濫と外水氾濫の比較(累計棟数・被害額別)

出典:中野卓・木内望「水害統計調査基本表に基づく河川水害による建物・市街地被害の傾向」都市計画報告集 No.19、(2020年)表2より筆者作成。本図は水害原因別・浸水程度別の被害構造を示すことを目的とした。同論文の著者は、2019年(令和元年東日本台風等により全国の水害被害額が統計開始以来最大の約2兆1,500億円を記録)を集計に含めた場合、本報告と異なる傾向も一部見られる可能性があり、継続的な検証が重要であると指摘している。なお、被害額の直近の水準は【図表2】(2009~2023年)に示している。

このように外水氾濫による深刻な家屋被害が生じうる一方で、外水氾濫が発生しやすいとされる洪水浸水想定区域内に居住する人口は増加してきた【図表4】。2015年時点では、わが国の人口の約4分の1にあたる3,540万人が計画規模の洪水浸水想定区域内で生活している実態にある。総人口が減少に転じた後も、区域内人口の増加傾向は続いており、背景には、区域内での宅地化や都市部への人口流入等が指摘されている※6

【図表4】洪水浸水想定区域の内外における人口推移(1995年の人口を100とした指数)

洪水浸水想定区域の内外における人口推移(1995年の人口を100とした指数)

出典:秦康範・前田真孝「全国ならびに都道府県別の洪水浸水想定区域の人口の推移」災害情報第18巻1号(2020年)をもとに筆者作成。区域は計画規模(L1)に基づく。なお、都市計画区分に着目した後続研究(小林ほか、2025年)においても、2020年までの浸水想定区域内人口の増加傾向が確認されている。

(3)水害リスク情報の整備状況

わが国では全国的に利用可能な水害リスク情報として、洪水浸水想定区域図が整備されている。計画規模(以下、「L1」)と、想定最大規模(以下、「L2」)の二種類があり、L1は主に堤防やダム等のハード対策を計画する際の基本となる降雨量を指し、L2は想定しうる最大規模の降雨量を指す。2015年の水防法※7改正以降、L2には浸水深、浸水継続時間、家屋倒壊等氾濫想定区域等の水害リスクを示す情報が順次整備・公表されている※8

洪水浸水想定区域をはじめとする水害リスクの法定区域およびマップの種類、管轄(準拠法)、主な利用場面等については、【図表5】のとおりである。

洪水ハザードマップは、国や都道府県が公表する洪水浸水想定区域図をもとに、市町村が避難場所や避難経路等の情報を加えて作成するものである。平成30年7月豪雨では岡山県倉敷市真備町※9、令和元年東日本台風では福島県・長野県等※10、令和2年7月豪雨では熊本県人吉市※11において、実際の浸水範囲・浸水深はハザードマップの想定とおおむね一致したことが報告されている。これらの事例は、洪水浸水想定区域図が、現実に生じる浸水の範囲を一定程度とらえていることを示しており、本提言において住宅政策の共通基準として活用することにも一定の合理性があると考えられる。

【図表5】主な水害リスクの法定区域と水害リスクマップの整備状況
種類 管轄(準拠法) 【対象とする水害リスク】主な利用場面 備考
洪水浸水想定区域
(計画規模/L1)
国土交通省・
都道府県(水防法)
【外水氾濫リスク】河川整備の目標とする降雨(概ね30年~200年に1度)を前提とし、河川ごとに定められている。浸水深別に色分け表示され、重ねるハザードマップで確認できる。 河川ごとに前提となる降雨規模が異なるため、全国共通の判断軸には適さない。
洪水浸水想定区域
(想定最大規模/L2)
国土交通省・
都道府県(水防法)
【外水氾濫リスク】想定最大規模の降雨(概ね1,000年に1度)を前提とする。中小河川も含む全国20,819河川のすべてで指定済み。同一の考え方で作成される。浸水深別に色分け表示され、重ねるハザードマップで確認できる。 全国共通の基準であり、提言の判断軸として利用可。
家屋倒壊等氾濫想定区域 国土交通省・
都道府県(水防法)
【外水氾濫リスク】想定最大規模の降雨で、氾濫流や河岸侵食により家屋が倒壊・流出するおそれがある区域。命に関わる区域であり、屋内での垂直避難の適否の判断に用いられる。浸水深だけではとらえきれない危険を示す。重ねるハザードマップで確認できる。 浸水深ではとらえきれない危険を補う、全国共通の基準であり、提言の判断軸として利用可。
浸水被害防止区域 都道府県
(特定都市河川浸水被害対策法)
【外水・内水氾濫リスク】生命・身体に著しい危害が生ずるおそれがあるとして指定される規制区域。特定都市河川の流域に限られ、対象範囲が非常に狭い。洪水浸水想定区域の大半は対象外であり、全国を通じて一覧できる形では提供されていない。 指定がほとんど進んでおらず、全国共通の基準にならないため、判断軸として適さない。
水害リスクマップ
(多段階浸水想定図)
国土交通省・
都道府県(法令に基づく指定ではない)
【外水氾濫リスク】発生頻度ごとの浸水範囲と浸水深を段階的に示す地図。10年、30年、50年、100年に1度の降雨規模別に整備が進められている。水防法に基づく指定ではなく、流域治水の取組みとして作成・公表されている。国土交通省の水害リスクマップ一覧等のウェブサイトで、河川ごとに公表。 中長期の判断軸として、今後、頻度を織り込んだ評価への発展が期待される。
洪水ハザードマップ 市町村
(水防法)
【外水・内水氾濫リスク】洪水浸水想定区域をもとに、市町村が避難場所や避難経路等を加えて作成。外水氾濫についての公表率は約99%(中小河川は約68%)である一方、内水氾濫については約17%にとどまる※12 住民自らが住まいのリスクを確認する手段として位置付けられる。

出典:水防法、特定都市河川浸水被害対策法および国土交通省「洪水浸水想定区域の指定と洪水・高潮・内水ハザードマップの公表状況」(令和8年3月末時点)等をもとに筆者作成。「本提言での位置付け」は筆者の整理による。このほか、内水(雨水出水浸水想定区域)、高潮(高潮浸水想定区域)、津波(津波浸水想定)についても法令に基づく区域が定められているが、本提言では外水氾濫を主に扱うため本表には含めていない。

2.居住地選択を取り巻く現状と課題

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