真の安全文化の醸成に向けて
[このコラムを書いたコンサルタント]
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- 専門領域
- 火災・爆発リスク、自然災害リスク(地震・水災他)、事業中断リスク
- 役職名
- コンサルティング第三部 リスクエンジニアリンググループ マネジャー・上席コンサルタント
- 執筆者名
- 吉村 伸啓 Nobuhiro Yoshimura
2013.4.8
最近、危険物を取り扱う大規模事業所での火災・爆発事故が新聞やニュースなどで報道される機会が多くなっている。総務省消防庁が平成24年8月に発表している「石油コンビナート等特別防災区域内の特定事業所において発生した事故の概要」でも、事故は増加傾向にあり、直近5年では高止まりの傾向が続いていることがわかる。
一方で、このような大規模事故が発生した後には、監督官庁による規制強化が叫ばれる。これは世論としても当然とする向きがある。しかしながら、本当にそれで良いのだろうか。日本では規制強化するたびに、従来からの法規制に上乗せしながら基準を作成し、結果として非常に事細かな要求事項となっている。各事業者はこの要求事項に従うことに労力を費やし、結果として法に従っているから問題ないというよく聞くフレーズにつながっているように感じる。
一方、米国や英国などの欧米諸国に目を向けると、法ではあまり事細かな要求事項は規定せず、法としての考え方やコンセプトを規定し、それを実現するための具体的な対策は民間レベルでの規格・コードに委ねている。国際的にはISO、IEC、米国ではAPI、NFPA、ASME、英国ではBS、EI(旧IP)がその代表例である。このような安全規制のあり方については、英国では1970年代に既に検討がなされている。1972年、当時の労働安全衛生を司る雇用大臣に諮問されたRobens委員会が、法規制及び企業の自主的活動のあり方についてまとめたRobens報告書では、以下のような指摘がなされている。「既存の規則体系は、次々に起こる事態に対応しようとしたために、ひどく込み入って、詳細かつ複雑なものとなっている。法規の安全規定が、技術の進歩に対して陳腐化してしまうのは慢性的な問題で、規定が最新の技術に調和していなければ、それは安全に寄与するのではなくむしろ障害となってしまう。」
日本の現在の法体系は、戦後復興から経済成長期を下支えし、社会発展のために大きく寄与した一方で、現在の成熟した社会の中では、安全技術の活発な議論の場を逸していないか。安全技術は企業活動を行う上でなくてはならない技術であり、各社で共通的な技術でもある。各社個別ではなく業界全体で取り組むことができる分野でもある。欧米諸国でみられる民間レベルでの規格・コード作りはそれを実現できるよい方法・よい場である。民間の活力によって安全技術が日々進化することで、今後懸念される技術力の低下の歯止めとなる一つの方策になるのではないか。
また、民間レベルでの規格・コード作りによって、従来の法規制に従っている受身的な姿勢(決められたことを遵守する)から自ら安全技術を考える能動的な思考(決めたことを遵守する)の変化へも繋がることが期待できる。このような姿勢の変化が安全に対する意識啓発につながり、今盛んに叫ばれている安全文化醸成の大きな土台となっていくのではないか。真の安全文化を醸成するには、事業を営む当事者からの声が大きくなることが必要であるし、そのような舞台を作っていくことが必要ではないかと感じている。
上記のような構造改革を実現するには、行政および民間企業ともに、従来とは全く異なる考え方やコンセプトのもとの安全規制とするために一種のパラダイム転換が必要であると思う。安全文化を醸成するために規制の枠組みをブレークスルーするような発想が必要なのではないか。
以上