
東南アジアの交通戦争とリスクマネジメント
[このコラムを書いたコンサルタント]

- 専門領域
- 海外リスクマネジメント
- 役職名
- インターリスク・アジア ディレクター
- 執筆者名
- 中本 専 Atsushi Nakamoto
2010.11.10
今年4月にシンガポールに赴任後、各種施設のリスクサーベイで東南アジア諸国を回っています。リスクサーベイでは、工場を中心にリスク(火災、自然災害、労災等)の診断・改善提案を行っています。工場の多くは郊外の工業団地にあるため、現地の移動は殆ど車です。そこでいつも車窓から目の当たりにするのが、驚くべき交通事情です。
まずは各国の街中の風景の一例をご紹介しますと…
- [ジャカルタ]
- 渋滞がひどく車線・路肩も関係なく車がぎっしり詰まり、熾烈な割込競争をする隙間をバイクが次々と通り抜けて行きます。
- [バンコク]
- 中心部の渋滞にうんざりする一方、高速道路が発達しており、追越車線を猛スピードで飛ばしている車をよく見かけます。
- [ハノイ]
- 無数のノーヘルのバイクが縦横無尽に走り回り、信号のない交通量の多い交差点を車が我先に曲がろうと混沌としています。
- [シンガポール]
- "Fine Country"だけあって監視カメラ・監視員を恐れて交通規則は守られていますが、あくまで車優先で歩行者は注意が必要です。
共通して言えることが、「安全に対する意識の低さ」「運転マナーの悪さ」「車優先の社会」です。まるで自転車を運転するがごとく軽い気持ちで自動車を運転しているようにも見えます。「もし高速でハンドル操作を誤ると…」等々、"もしも"を考え、ゆずりあいの心を持つと、安全な社会に近づくと思います。
次に、交通事故の発生状況をみて見ます。各国の統計データが統一されていないため、参考指標としてWHO発行「Global status report on road safety 2009」から「人口10万人当り交通事故死者数(30日以内)」を引用します。東南アジア主要6ヶ国では、(1)マレーシア(23.6人) (2)フィリピン(20.0人) (3)タイ(19.6人) (4)インドネシア(16.2人) (5)ベトナム(16.1人) (6)シンガポール(4.8人)の順です。日本は5.0人ですので、シンガポールを除き交通事故で死亡する確率は日本の3~5倍近くです。ちなみにお隣の韓国は128人、中国は165人です。
日本では、平成21年中の交通事故死者数(24時間以内)は9年連続で減少した結果5,000人を切り、過去最悪の昭和45年(16,765人)の3分の1以下まで減っています。昭和30年代以降の目覚しい経済発展とモータリゼーションの陰で交通事故死者数が増加の一途を辿り、交通戦争と呼ばれていた時代がありましたが、長年の努力の甲斐あって現在に至っています。東南アジアでは昔の日本を超えるスピードでモータリゼーションが進んでおり、殆どの国では国民の交通安全意識、交通行政による規制・対策が実態に追いついていないのが実情です。
また、日本を始め世の中は「環境」「エコ」が流れですが、東南アジアにおける意識・取組はこれからです。ガソリンは現地の物価からみて決して安くはないのですが、エネルギーを節約して地球環境にやさしい運転をするドライバーをあまり見かけません。「エコ安全ドライブ」は燃料の節約、二酸化炭素の削減に加え、交通事故を減らす効果も認められています。エコ意識の高まりも今後期待したいと思います。
最後に、企業における取組を見ますと、日本とは異なり従業員のマイカー通勤に対する会社責任が明確化されていない国が多いため、従業員の交通安全教育に取り組んでいる企業は多くはありません。一方で車両運行管理のためのGPS車載器が普及している国もあり、安全運転管理への活用も期待されます。交通事故は直接的な人・物の損失に加え、労働力の損失・企業イメージの低下等の間接的な損失も膨らみますので、従業員に対する啓発活動、教育・指導が社会的責任とも言えます。
個人にとっては日本とは違うことをしっかり認識して自分の身は自分で守ること。企業にとっては従業員を交通事故から守り、社会的責任を果たすこと、東南アジアの交通戦争を生き抜くためには、身近な「リスクマネジメント」が求められています。
以上