“高齢ドライバーは危険?”正しい認知を妨げる認知バイアスの罠
[このコラムを書いた研究員]
- 専門領域
- 食料安全保障、マイクロファイナンス
- 役職名
- 主席研究員
- 執筆者名
- 新納 康介 Kousuke NIIRO
2024.9.27
流れ
- はじめに「高齢ドライバー=危険」の悪印象
- 減少する交通事故の数と増加する高齢ドライバー
- 「10万人当たりの交通事故件数」は若年層が多い
- 「交通事故件数」は中年層が多い
- 「運転操作不適による交通事故件数」は若年層が多い
- 高齢ドライバーの事故報道の影響
- 「認知バイアスの罠」利用可能性ヒューリスティック
- おわりに バイアスを排した、データドリブンの議論に向けて
高齢ドライバーの運転は危険?昨今の報道で伝えられる情報から、そういった印象をお持ちの方も多いかもしれません。ただ実際のデータを見ると、実は運転操作ミスによる事故の件数は、65歳以上の高齢者より、20代と30代の方が多いんです。では、なぜ「高齢ドライバー=危険」という印象を持ってしまうのでしょうか?そこには「認知バイアスの罠」と呼ばれる脳のメカニズムが関係しています。
今回は、交通事故のデータを通して、認知バイアスの1つである「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれる、身近で簡単に思い浮かびやすい情報に基づいて判断する傾向について考えたいと思います。
はじめに「高齢ドライバー=危険」の悪印象
私たちが報道で高齢ドライバーによる交通事故について見聞きするのは、珍しくありません。その報道の多くは、高齢ドライバーは認知能力、反射神経、および身体能力が衰えているのに能力を過信して運転免許を返納しないため、深刻な事故を起こすという論調となっています。
こうした論調を裏付けるように、2019年に警察庁の有識者会議が行った全世代対象のネットリサーチによると、高齢ドライバーのイメージは良くありません。「高齢者の危険な運転を見たことがあり危ないと思う」という回答が36.4%、「高齢者の危険な運転は直接見ていないが、ニュースなどで見て、危ないと思う」という回答が48.5%と、「危ないと思う」が計84.9%になっています。
減少する交通事故の数と増加する高齢ドライバー
ドライバーの運転が危険かどうかの話をするために、ここでは交通事故のデータを参考にします。警察庁の統計によれば、2023年における交通事故件数は307,930件で、2013年の629,033件から半分以下になっています。また、2023年の65歳以上の運転免許保有者数の全体に占める構成比は24.2%です。2013年における構成比18.7%を考えると、増加しています。
「10万人当たりの交通事故件数」は若年層が多い
図表1では年齢層別免許保有者10万人当たりの交通事故件数を示しています。これをみると、16~19歳、20~24歳の層の値は65歳以上の層の値を上回っています。
【図表1】原付以上運転者の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数(2023年)
出所:警察庁の統計を基に筆者作成
「交通事故件数」は中年層が多い
また、図表2にあるように、運転者の年齢層別交通事故件数でみると、50~54歳の層の値が最も大きいことがわかります。
【図表2】原付以上運転者の年齢層別交通事故件数(2023年)
出所:警察庁の統計を基に筆者作成
「運転操作不適による交通事故件数」は若年層が多い
高齢ドライバーの特徴としてアクセルとブレーキの踏み間違いなどの操作ミスによる事故が多いことが指摘されています。そのような運転操作不適による事故件数のデータを図表3で紹介します。ここでは、運転者の年齢層別に見ると20~24歳の層の値が最も大きいことがわかります。
【図表3】原付以上運転者の年齢層別運転操作不適による交通事故件数(2023年)
出所:警察庁の統計を基に筆者作成
高齢ドライバーの事故報道の影響
一般的に、ドライバーとしての「卒業」を間近に控えている高齢ドライバーは、認知能力、反射神経、および身体能力の衰えのため、運転には一層の慎重さ、またそれに応じた免許制度が必要です。しかし、交通事故のデータをみると、交通事故全体の防止のためには高齢ドライバーだけでなく、他の世代へのアプローチも必要に思えます。
それでは、なぜアンケート調査では高齢ドライバーのイメージが良くないのでしょうか?そこには報道の論調の影響が少なくないと考えます。前述の警察庁の有識者会議が行ったネットリサーチの結果には注意が必要です。
「認知バイアスの罠」利用可能性ヒューリスティック
報道の印象から、偏った考えを持ってしまう背景には「認知バイアスの罠」が隠れていることがあります。「利用可能性ヒューリスティック」とは認知バイアスの一つで、「思い浮かびやすい」、「簡単に思いつく」ことをもとに意思決定をする傾向を指します。例えば、飛行機の事故のニュースを見て、危険を感じて飛行機に乗ることをやめて自動車に乗るといったケースがそれにあたります。(飛行機に乗って死亡する確率は、自動車に乗るよりも低いことはデータによって明らかです)
この利用可能性ヒューリスティックは、脳を効率的に使うための「ショートカット」と言われており、論理的思考を省いて誤った考えにいたることが副作用とされています。報道の影響による「高齢ドライバー=危険」の発想はその一例だと考えます。
おわりに バイアスを排した、データドリブンの議論に向けて
交通事故防止を巡る議論は、バイアスを排したデータドリブンであることが重要です。 そもそも、特定のドライバーが危ないのかどうかは、その年齢だけではなくドライバー個別の事情で語られるべきです。現在は、自らの運転挙動を日々データ分析し、スコア化して確認することで翌日からの運転の改善に活かすことができる時代になっています。そのような技術を活かし、高齢ドライバーの周囲も客観的なデータに基づく理解が進むようになることを期待します。
あわせて読みたい
高齢者の自動車運転に関する実態と意識について アンケート調査結果より(2021年版)リサーチ・レター2021年第1号
https://rm-navi.com/search/item/1128
高齢者の運転免許の返納者の実態と意識について ~アンケート調査結果より(2021年版)~ リサーチ・レター2021年第2号
https://rm-navi.com/search/item/1127
「認知バイアスの罠」とは?防災・避難行動を妨げる脳の働き
https://rm-navi.com/search/item/1855