コラム/トピックス

自然災害では「何があっても、避難しない」と考える人がいる?避難行動の心理的な負担とは

[このコラムを書いた研究員]

新納康介
専門領域
食料安全保障、マイクロファイナンス
役職名
主席研究員
執筆者名
新納 康介 Kousuke NIIRO

2024.10.21

この記事の
流れ
  • はじめに 避難行動の意思決定プロセス
  • 避難コストの評価 間違えると命の危険に
  • 避難コストを構成する要素
  • 「何があっても、避難しなかったと思う」と回答した人
  • 金銭の給付は避難をする動機づけになるか
  • 避難コストのうち最も影響力が強い「心理コスト(ストレス)」
  • アンケート結果からわかること
  • おわりに 避難行動を促す施策に必要な考え方

災害時において「避難」は、命を守るために非常に重要な行動です。一方で、自然災害が起きて避難指示が発令されても、3人に2人が自宅にいながら避難行動をとらなかっただけでなく、その中には「何があっても、避難しなかったと思う」と考えている人が4割もいることが、当社のアンケート調査から浮き彫りになっています。
1人でも多くの人に命を守る行動をとってもらうには、どんな働きかけが必要なのか?そのヒントを探るため、「避難する」という行動の心理的な負担について、アンケートのデータを使って考えてみたいと思います。

はじめに 避難行動の意思決定プロセス

2024年9月のコラム「「認知バイアスの罠」とは?防災・避難行動を妨げる脳の働き」では、MS&ADインターリスク総研が実施したアンケートの結果で、警戒レベル4の避難情報が発令された自然災害に対して、自宅にいて避難行動をとらなかった回答者は約66%ということを紹介しました(記事はこちら)。

国立防災科学研究所によれば、避難行動は、以下の5つのプロセスをたどるそうです。

  1. 危険の発生と接近の認知
  2. 避難の必要度・コストの評価
  3. 避難の意思決定
  4. 避難先・経路・時期・手段の選択
  5. 避難行動の遂行

避難コストの評価 間違えると命の危険に

今回は、防災の観点から、上記の避難行動プロセスにおける、「②避難の必要度・コストの評価」、特に避難コストに着目します。この評価は、避難の意思決定に直結するため、重要です。避難の必要度・コストの評価とは、例えば「避難指示が出ていること」(必要度)と「避難所に行く大変さ」(コスト)を天秤にかけることです。

避難の必要度・コストの評価とは、必要度とコストを天秤にかけること

その結果、避難の必要度より、避難コストが高いという評価になると、意思決定において「避難しない」可能性が高まります。したがって、ここで評価の誤りがあり、結果として避難したほうがよかったとなると、最悪の場合、命の危険を招きかねません。

避難コストを構成する要素

避難という行動をとる際には、以下のような要素が“コスト”として挙げられます。

  • 金銭コスト
  • 時間コスト
  • 肉体・知的労働コスト
  • 心理コスト(ストレス)

これらに対して、外部からの支援によって避難コストが軽減する場合は、「避難する」という判断になりやすくなることが考えられます。さきほどの天秤のたとえで言えば、「避難所に行く大変さ」(コスト)が軽くなり、「避難指示が出ていること」(必要度)の方が重くなる状態です。

「何があっても、避難しなかったと思う」と回答した人

前述のアンケートでは、避難行動をとらなかった回答者に、どのような支援があれば避難していたかを聞いています。その結果でわかることは、様々な支援によって避難コストを軽減し、避難への動機づけをすることがある程度可能になるという事です。

一方で、アンケートの中で目を惹くのは、「何があっても、避難しなかったと思う」の回答割合です。

避難にまつわる、時間コストと肉体・知的労働コストを軽減する、周囲の手助け、交通手段、宿泊、日頃の訓練が提供されても、なお避難をしなかったと思う人の割合は、30代以上でいずれも4割を超え、20代以下でも4割近くいるのです。(【図1】のオレンジ色の部分)

【図1】避難行動をとらなかった回答者は、どのような支援があれば避難していたか(年代別)

図1

金銭の給付は避難をする動機づけになるか

また、同アンケートでは、回答者全員に対して、避難にまつわる金銭コストを軽減する「金銭の給付」が避難への動機づけになるかを探りました。避難をすると、1万円~5万円が直ちに給付されるというサービスがあったら、避難を決断しやすくなるでしょうか。

以下の図2にあるように、20代以下の回答者の18.8%が、金銭の給付が避難への「動機づけにならない」と回答しています。この値は年代が上がるにつれ高くなる傾向がみられ、70代以上では54.3%となりました。

【図2】避難をする動機付けになる最低限の金額(年代別)

図2

避難コストのうち最も影響力が強い「心理コスト(ストレス)」

前述の通り、自然災害から身を守る避難コストの要素として、金銭コスト、時間コスト、肉体・知的労働コスト、心理コスト(ストレス)を挙げましたが、気になるのは今回のアンケートの設問では直接触れていない心理コストの存在です。

心理コストは、主観的なもので、避難の意思決定に最も強い影響力を持つといわれています。ここでいう心理コストとは、以下のような避難へのマイナス思考やストレスを乗り越えて、あえて避難に踏み切ることの精神的負担といえるでしょう。

  1. 避難所に行くのが面倒だ
  2. このまま自宅にいたい
  3. 避難所の集団生活は嫌だ
  4. 警報が空振りしたら避難した分だけ損だ
  5. 避難生活には漠とした不安がある
  6. 避難すれば本当に助かるのかわからない

アンケート結果からわかること

心理コストは今回紹介したアンケート結果における、「何があっても、避難しなかったと思う」、「わからない」、「動機づけにならない」という回答に潜んでいると考えられます。例えば、「避難する動機付けになる最低限の金額」のアンケート結果では、70代以上の人は金銭の給付を行っても7割超は「避難するかわからない」、あるいは「避難の動機づけにならない」としています。これは、避難コストにおける金銭コスト以外の要素が大きいということを表しています。

一方、20代以下の人は、5万円の給付で6割超が避難するとしています。したがって、高齢層と若年層では、避難コストの評価が異なる傾向があるため、避難行動を促すためには、それぞれに異なる働きかけが必要かもしれません。

おわりに 避難行動を促す施策に必要な考え方

人はなぜ避難するのか、なぜ避難しないのかといった避難の意思決定行動のメカニズムは未だ解明の途上にあります。被災地域住民全員の主体的かつ適切な避難行動の実現のためには、一律的アプローチではなく、年齢、家族構成など様々な事情を考慮したセグメント毎のアプローチが必要になると思います。最後に本稿が少しでも防災対策の一助になる事を祈ります。

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自然災害時の避難に関する実態と意識について ~アンケート調査結果より~ リサーチ・レター2022年第1号
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