コラム/トピックス

毎年25万人が亡くなる? 健康や食に影響を及ぼす気候変動のリスク

[このコラムを書いた研究員]

専門領域
自然資本
役職名
主任研究員
執筆者名
朝倉 陸矢 Rikuya Asakura

2025.5.27

ゴールデンウィークも終わり、夏日が増えてきました。そろそろ、昨年の猛暑を思い出す方も多いのではないでしょうか。それもそのはず、2024年は「地球全体が最も暑い年」だったそうです(コペルニクス気候変動サービス)。こうした地球規模の気候変動を受け、世界保健機関(WHO)は「2030年以降、毎年25万人が亡くなる可能性がある」と発表しました。日本でも、作物が育たなくなったり、新たな感染症が持ち込まれたりする恐れがあるとされています。本稿では、身近な生活にも大きな影響を与えつつある気候変動について、データと科学の側面から解説します。

この記事の
流れ
  • 「日本の食卓」に与える影響とは?
  • 「暑さ」で多くの人が亡くなってしまう理由
  • 世界で頻発する「乾燥」と「豪雨」のメカニズム
  • 海で起きている「4つの変化」
  • 「科学的な裏付け」を行う国際機関

「日本の食卓」に与える影響とは?

「気候変動は2010年までの30年間で、年平均424億ドルの穀物生産被害を与えた」という推計があります。世界全体では、高緯度地域(北極や南極に近い方)で作物の収穫量が増え、低緯度地域(赤道に近い方)では減っています。その間の中緯度地域では、あまり変化が見られないそうです。このように、気候変動の恩恵を受ける地域はあるものの、全体ではマイナスの影響が大きい、と評価されています。

日本では、産地の変化や品質の低下などの影響が出ています。お米では、気温の上昇によって米粒が白く濁ってしまったり(白未熟粒)、割れてしまったり(胴割れ)する現象や、暖冬の影響で虫による食害が発生しています。とくに白未熟粒は、すでに全国の33都道府県で発生が報告(2020年、農林水産省)されており、大きな問題となっています。
これにより、米の味だけでなく、等級が落ちてしまい農家の収入も減少します。2040年以降は、収穫量も減少していくと予想されています。とはいえ、米は栽培時期をずらすなど、産地を変えずに対策できる可能性があります。

しかし、果樹(リンゴ・ミカンなど)はそうはいきません。現在でも高温による影響が出始めています。見た目や味の低下を招き、価格の下落や規格外品の増加による経済的な損失が懸念されています。果樹は、作物を植えてから収穫するまで時間がかかり、簡単に品目を変えられません。そのため、より長期的に気候変動の影響を考慮し、対応する必要があります。一方で温暖化を逆手にとり、新たな作物の栽培に成功した事例もあります。北海道では、ワイン用の新たな品種のぶどうの生産が進んでいます。また、高温に強い品種をつくる品種改良の研究も続けられています。

「暑さ」で多くの人が亡くなってしまう理由

地球温暖化は、私たちの健康にも大きな影響を与えます。世界保健機関(WHO)は、気候変動の影響によって亡くなることを「気候変動関連死」と名付け、警鐘を鳴らしています。同機関の推計では、2030年から2050年までの間に毎年25万人が、世界で気候変動関連死するとされました。今後、気候変動によって日本で亡くなる人は、今の2~3倍になるそうです。

この原因は「高い気温による熱中症患者の増加」など、直接的なもの以外にもあります。例えば「感染症の拡大」です。デング熱やマラリアは、蚊(ヒトスジシマカ)を媒介して感染が広がります。その蚊の生息範囲が年々、日本国内で拡大しています。1945年頃は、北関東より南でしか生息できないとされていましたが、現在では青森県まで広がりました。さらに、北海道にも定着する可能性があります。また、活動時期も長くなるとみられています。これまでは6~9月の間でしたが、今後は5~10月まで活発に動く可能性があるそうです。これにより、新たな感染症が持ち込まれると懸念されています。

ヒトスジシマカの北限の推移
ヒトスジシマカの北限の推移

(出典:環境省HP デコ活 https://ondankataisaku.env.go.jp/decokatsu/weather/article02.html

世界で頻発する「乾燥」と「豪雨」のメカニズム

今年1月にロサンゼルス近郊で発生した大規模な火災や、それ以前からカリフォルニア州で頻発している山火事は、乾燥がその大きな要因とされました。地球温暖化により、南ヨーロッパやオーストラリア南西部をはじめとする、世界規模の乾燥が進んでいます。特に北アメリカの南西部では、記録史上最悪の大干ばつが発生したこともあります。

気候変動による乾燥のメカニズムは、次のとおりです。気温が上がると、空気はより多くの水蒸気を溜め込めます。その分、地表や海面から多くの水分が蒸発し、上空で雲が発生します。気温が1度上昇すると、大気に含まれる水分は7%増加し、温暖化が進むほどその量は増えます。最終的に上空の水分は雨となり、再び地上に降り注ぎますが、必ずしも蒸発された場所に降るわけではありません。こうして、乾燥が進んでいく地域と、雨が集中して降る地域の偏りができます。

人工衛星での観測によると、地中海や亜熱帯周辺海域では降水量が減り、海水の塩分濃度が高くなっています。一方、南極海や北大西洋周辺の海では降水量が増え、淡水化が進行中です。このように、地球全体をめぐる水のバランスに、気候変動は大きな影響を与えます。

海で起きている「4つの変化」

水は空気に比べて温まりにくいので、より多くの熱を貯められます。一説では、海は地球にある余分な熱の9割を吸収しているそうです。この結果、全世界の海水温は、19世紀末と比較して、0.9度上昇しました(2020年)。これによって、いくつかの問題が引き起こされています。

まずは「熱帯低気圧(台風)の増加と激化」です。IPCC(後述)の報告書では、強い台風の割合は、温暖化とともに増加するとされました。2019年10月に発生した「令和元年東日本台風」は、関東甲信や東北地方を中心に甚大な被害をもたらしました。温暖化の影響がなければ、この台風はこれほど強い勢力にはなりえなかったと指摘されています。このままでは、台風による降水量・風速・洪水や高潮のリスクがさらに増すと試算されています。

熱帯低気圧(台風)

続いては「CO2(二酸化炭素)吸収量の低下」です。現在、海は人間が排出するCO2の約4分の1を吸収しています。しかし、コーラがぬるくなると気が抜けるように、海水温が上がると吸収量は減ってしまうのです。こうして、気候変動がさらに進行します。また、「生態系の変化」が起こりつつあります。例えば、サンゴの白化現象。これは以前から指摘され続けています。それ以外にも、サンマ(宮城・北海道)やサケ(新潟)、ブリ(富山)といった国内各地を代表する魚の漁獲量が激減しており、それぞれの生息域が北上していると指摘されています。

最後に「海面の上昇」です。ご存じのとおり、水は温まると膨張します。これが全世界で起こると、数メートル程度、水位が上昇するとみられています。また、氷の融解も進んでいます。1994年~2017年の間で、12兆8000億トンもの氷が失われました。このまま気温が上昇し続けると、グリーンランドと南極大陸にある氷床のほとんどが失われると考えられています。その結果、海面が現在より数メートル上昇する可能性があります。

「科学的な裏付け」を行う国際機関

こうした気候変動が与える影響について、世界各国から専門家が集まって様々な研究成果を整理し、評価を行う機関があります。それが「IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)」です。日本名は「気候変動に関する政府間パネル」といいます。1988年に、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設置されました。主な発行物に、数年おきに発行される「評価報告書」があります。過去6回出されており、最新のものは2023年に公表されました。報告書は毎回、各国が参加する「国連気候変動枠組条約」に大きな影響を与えてきました。それは、国際政治や加盟国の気候変動対応政策にも通じています。こうした「科学的な裏付け」をもとに、パリ条約など気候対策の目標や取組が形作られ、それを受けて各国の政策が策定、実施されてきたのです。すでに第7次報告書に向けた動きも始まっており、今後の動向が注目されます。

【参考文献】
1)グレタ・トゥーンベリ編著、東郷えりか訳(2022)『気候変動と環境危機 いま私たちにできること』河出書房新社
2)ニュートン別冊(2024)『沸騰する地球』ニュートンプレス
3)農業環境変動研究センター・気候変動対応研究領域・影響予測ユニット (2018)
「地球温暖化による穀物生産被害は過去30年間で平均すると世界全体で年間424億ドル」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2018/niaes18_s04.html
4)環境省HP「デコ活 くらしの中のエコろがけ」:地球温暖化が進むと秋も蚊が活発になる!? 懸念される感染症の脅威とは
https://ondankataisaku.env.go.jp/decokatsu/weather/article02.html
5)環境省「地球温暖化の感染症に係る影響に関する懇談会」:地球温暖化と感染症いま、何がわかっているのか?
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf
6)NHK「クローズアップ現代 取材班(2024)」:忍び寄る“気候変動関連死”私たちの命のリスクは?
https://www.nhk.or.jp/minplus/0121/topic119.html
7)経済産業省 産業技術環境局地球環境対策(2022)「気候変動対策を科学的に!「IPCC」ってどんな組織?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ipcc.html

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