レポート/資料

組織安全とグループ・ダイナミックス〜安全文化を「創り続ける」組織のつくり方〜【RMFOCUS 第98号】

[このレポートを書いた専門家]

吉田 道雄
熊本大学
名誉教授 吉田 道雄 氏

[聞き手]

MS&ADインターリスク総研株式会社
リスクマネジメント第一部 
リスクエンジニアリング第三グループ
上席コンサルタント 中閑 輝久

2026.7.1

要旨
  • 組織で発生する事故や不祥事の本質的な要因は、「基本が守られない「」言いたいことが言えない「」言っても聞いてもらえない」の三つに集約される。これは時代や環境が変わっても変わらない。
  • 「安全文化」は一度醸成すれば完成するというものではなく、組織や時代、環境に合わせて主体的に「創り続ける」ものとしてとらえるべきである。
  • 事故の要因を現場の危険感受性の低下のみに求めるのではなく、人と人との「組み合わせ」や「対人関係のインフラ」という集団力学の視点から、組織全体でとらえ直すことが求められる。
  • リーダーシップも対人関係力も、訓練によって鍛えられる。重要なのは「理論よりも実践」である。

本稿では、熊本大学の吉田道雄名誉教授に、「組織安全とグループ・ダイナミックス」というテーマでお話をうかがった。MS&ADインターリスク総研では、2018年発行のRM FOCUS Vol.64でも吉田先生に「コミュニケーションのインフラ創りとリーダーシップ」をご寄稿いただいている。あれから約8年、コロナ禍、DXの加速、ハラスメント意識の浸透、生成AIの普及など、企業を取り巻く環境は大きく変化している。本稿では、変化の激しい現代において、組織安全をどう実現していくべきかを、集団力学の視点から考える。

1.組織安全への向き合いと、安全文化の「創続」

Q.先生のご経歴と、現在のご関心の中心についてお聞かせください。

グループ・ダイナミックスは集団との関わりを通して人間行動を理解することを目的にして、1930年代にアメリカで生まれた。日本語では「集団力学」と訳されているが、私の恩師・三隅二不二先生が戦後まもなくわが国に導入した。三隅先生はリーダーシップ研究の第一人者であり、PM理論を体系化された方でもある。私が九州大学の集団力学講座で学びはじめたとき、すでにバスの事故防止研究が成果を挙げていた。事故を起こした運転士が集まり、自らコミットして取り組む「集団決定」という手法によって事故を大幅に減らした画期的な研究であった。

その後、私はブリヂストンタイヤの職長を対象にしたリーダーシップ・トレーニング開発プロジェクトに参加し、その面白さに魅了された。そして大学4年生のときには三菱重工長崎造船所で「全員参画による安全運動プロジェクト」に関わる機会を得た。これはリーダーシップ・トレーニングと小集団活動を事故防止に活用した取り組みであり、この体験が私のライフワークを決定づけた。

※PM理論とは、リーダーシップを「目標達成機能(Performance)」と「集団維持機能(Maintenance)」の二つの軸で分析・評価する理論のこと。日本の社会心理学者・三隅二不二氏によって1960年代に提唱され、リーダー自身の行動特性やタイプを客観的に把握するための枠組みとして広く活用されている。

Q.吉田先生は「RM FOCUS Vol.64」(2018年)で「安全文化の醸成」という表現を用いておられました。しかし、2026年1月のMS&ADインターリスク総研オープンセミナーの基調講演では、「安全文化の創続(Continuous Creations)」という新たな言葉を提示されています。この変化の背景には、先生のどのようなお考えの深まりがあるのでしょうか?

一般には「安全文化醸成」という言葉が広く使われているが、私には違和感があった。醸成というと、麹を使って発酵させ目的とする蒸留酒ができたら完成という「終わり」感がある。しかし、安全文化はこれで良しとするような終わりなどはあり得ない。安全文化は時代や環境、組織の状況の変化に応じて、その都度ふさわしいあり方を模索し、創り続けていかなければならない。

文化を創るのは組織で働く人間自身であり、その中でもリーダーの役割は大きい。それは創り上げて三本締めで終わるものではなく、常にネバーエンディング・チャレンジの精神で創り続けるべきものだ。この「続」を含めた「創続」という言葉が、安全文化の本質を体現している。安全文化には「卒業証書」がない。そして組織のリーダーが、職場の全構成員から安全文化を創るエネルギーを引き出し続けることが何より重要だ。

2.この数年で変わったこと、変わらないこと

Q.2018年のご寄稿から今日まで、コロナ禍、DXの加速、ハラスメント意識の浸透、生成AIの急速な普及など、この数年で組織安全に関わる現場の景色はどのように変化しているとお感じでしょうか?

どんな変化が起きようと、組織に求められる究極の目的は一つしかない。それは、働く人々が生きがいを持って、楽しく、安心して毎日仕事ができることである。これを抜きにして生産性だけを追い求めるのは本末転倒だ。

私はよく「品質保証」を引き合いに出す。自分たちが提供する製品やサービスの品質を上げる前に、組織内の人的な品質保証―働く人たちが誇りとやりがいを持って気持ちよく仕事ができること―を前提にする必要がある。DXも働き方改革もハラスメント対策も、すべてはこの本来あるべき組織や仕事の状況を生み出すための働きかけだととらえる必要がある。

現実には、本来の目的などは念頭になく、DXなどでも「ほかがやっているから」といった流行に乗っているだけのケースも少なくない。ともあれ、急激な変化の嵐の中で、どう対応すればいいか戸惑っている組織もあるだろう。経営トップはこうしたピンチをチャンスととらえ、トップダウンではなく、製品を作り、サービスを提供している人たちの知恵を生かすための意思決定と行動に努めなければならない。

Q.生成AIの台頭で、人と人とのコミュニケーションの間にAIが介在する場面が急速に増えています。「コミュニケーションのインフラ(後述補足参照)」を重視されてきた先生の目には、こうした生成AIの介在はどのように映っているのでしょうか?

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