みんなで街のレジリエンスを高める「流域治水」とは?水災害激甚化に立ち向かう新たな挑戦 ―【連載企画】流域治水とグリーンインフラ(Eco DRR)に関するアンケート調査結果を読み解く 第1回
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[このコラムを書いた研究員]

- 専門領域
- 気候変動、自然資本、
サステナブル経営、
情報開示、ビジネスと人権 - 役職名
- 上席研究員
- 執筆者名
- 衣笠 功次郎 Kojiro Kinugasa
2026.7.27

皆さん、こんにちは。
最近、台風や線状降水帯による水災害のニュースを見て、自分たちの住んでいる地域は大丈夫だろうかと、不安を感じることもあるかもしれません。
大きな被害が相次ぐ背景にあるのは、これまでの治水対策では災害の激甚化に対応できなくなりつつあるという現実です。

こうした中で近年注目が高まっているのが「流域治水」という考え方で、MS&ADインターリスク総研では2026年2月に「流域治水」に関するアンケート調査を行いました。
アンケート結果から見えてきたのは、これまでの「当たり前」が通用しなくなっている現状と、新しい「守り方」へのヒントです。
そこで今回から連載企画「流域治水とグリーンインフラ(Eco DRR※)に関するアンケート調査結果を読み解く」をスタートし、これからの時代の水災害対策について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
第1回は、なぜ今「流域治水」という考え方が必要なのか、その背景をお伝えします。
※グリーンインフラのひとつで、生態系が持つ多様な機能を活かすことで、自然災害に強く持続可能な社会を構築しようとする手法。
流れ
- 激甚化する雨にインフラが追いつかない?今の治水対策が抱える限界
- 全員参加のチーム戦へ!「流域治水」への発想の転換
- 「洪水と共存する」世界の知恵に学ぶ
- 流域治水の取組みに積極的に関わる損害保険会社
- まとめ
1.激甚化する雨にインフラが追いつかない?今の治水対策が抱える限界
まず背景として共有したいのが、これまでの治水対策では、私たちの命や財産を守り切るのが難しくなりつつあるという現状です。2019年の東日本台風では、極めて広範囲で河川の氾濫やがけ崩れが起き、堤防の決壊は142ヵ所、浸水した住家は7万棟を超えました。頑丈な堤防を築いても、それを上回る「想定外」の雨が降れば、インフラは破綻しうるという事実が明らかになりました。
さらに、2020年7月豪雨の時、熊本県を流れる球磨川では、宅地を高くして建てたはずの家屋でさえ、約3メートルも浸水するという被害が出ました。温暖化の影響で降雨そのものが強まり続けている今、私たちが「これまで通りの対策があるから大丈夫」と決めて「動かない」でいることは、リスクが高い時代になりつつあります。
図表1 激甚な被害をもたらした近年の水災害


(出所:国土技術研究センター, 「気候変動を考慮した新たな治水計画へのパラダイムシフト」)
2.全員参加のチーム戦へ!「流域治水」への発想の転換
こうした深刻な状況を受け、2020年7月に国土交通省社会資本整備審議会が「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について~あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な『流域治水』への転換~」という答申を取りまとめました。この中で示されたのが、これまで「河川の管理者」である国や自治体が中心となって行ってきた治水対策を、これからは、国・自治体・企業、そして私たち住民という、あらゆる関係者が一丸となって対策を行う「チーム戦」へと転換する方針でした。
流域全体で雨水を管理し、少しでも被害を減らそうという発想に大きく舵を切ったのです。具体的には、堤防やダムの整備といったこれまでの対策に加えて、田んぼや河川敷に一時的に水を貯める「遊水地」を整えたり、公園や道路に緑地を整備したり、避難体制を強化したりすることを組み合わせます。
ここで大切なのは、想定を超える事態が起きても、人的な被害や社会的な損失をいかに抑えるかという視点を持つことです。一人ひとりのアクションが、流域全体の安全を支えるパズルのピースになる。そんなイメージで捉えると、流域治水が少し身近に感じられるかもしれません。

3.「洪水と共存する」世界の知恵に学ぶ
「洪水と共存する」という考え方は、実は世界的な潮流でもあります。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書でも、コンクリートの構造物だけでなく、土地利用や生態系を活かした「グリーンインフラ」を組み合わせることの重要性が指摘されています。
そして実際に、オランダでは「Room for the River(川のための空間)」という政策が進められていて、治水の先進国として知られています。オランダも日本と同じく、多くの人が水災害リスクの高い場所に住んでいる国です。オランダは1990年代の大規模洪水をきっかけに、「堤防で水を閉じ込める」発想から、「川沿いに空間を確保し、あえて氾濫を受け入れる」戦略へと大きく舵を切りました。
具体的には、国内39ヵ所で干拓地の再生や堤防の移動を行い、生態系を復元させながら遊水地を確保しています。興味深いのは、この取組みによって治水だけでなく、希少な鳥類や魚類が戻ってくるなど、環境面でも大きな効果が出ている点です。さらに、復元された場所はレクリエーションの場としても活用されていて、地域の活性化にも効果が出ているといいます。
図表2 Room for the River政策の一風景


(出所:国土交通省, 「オランダにおける気候変動適応方策について」)
4.流域治水の取組みに積極的に関わる損害保険会社
実は、この流域治水の取組みには損害保険会社も1プレイヤーとして積極的に関わっています。「なぜ損害保険会社が流域治水に取り組むの?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。それには、保険会社が力を入れている2つの考え方が大きく関係しています。
一つ目が、「経済的な空白」を埋める支援です。大規模な水災害が起きると、国・自治体が生活再建のための支援を行います。実際に2020年7月豪雨では、以下のような支援策が講じられました。
- 住まいの確保:最大300万円の被災者生活再建支援金の支給、応急仮設住宅の供与、住宅の応急修理支援。
- 生業(なりわい)の再建:中小事業者(観光業者など)への「なりわい再建補助金(上限最大15億円)」の創出、農地への流入土砂撤去、農業用ハウスの再建支援。
- 切れ目のない被災者支援:在宅高齢者への訪問、通学支援、被災者の「心のケア」。 など
しかし、住宅の再建や店舗の復旧には莫大な自己負担と長い年月が必要になります。この「経済的・時間的な空白」は、人々の心身に深刻なダメージを与えてしまいます。損害保険会社が迅速に保険金をお支払いすることは、損失の補填を超えて、地域の皆さんが前を向くためのレジリエンス(回復力)を直接支えることにつながります。
二つ目は、流域治水が「事前予防」も含めた取組みをしようとしていることが、損害保険会社の目指す方向と一致していることです。損害保険会社にとっても、これまでは「事故が起きた後に対応する」のが主な役割でしたが、これからは「災害リスクそのものを減らす」ことに深く関わっていく必要があります。例えば、自然の力を活かした対策をサポートすることで、地域全体の安全性を高めるお手伝いをしていこうとしています。
5.まとめ
今回は、堤防だけに頼らない新しい治水の形「流域治水」についてご紹介しました。
私たちが水災害を自分ごととして捉え、自宅周辺の被害を減らすような対策をするためには、こうした社会全体の変化を知ることが第一歩になります。流域治水は、行政だけが担うプロジェクトではなく、私たち一人ひとりが協力しあう取組みです。
次回のコラムでは、流域治水の中でも特に「グリーンインフラ」が果たす役割について、詳しく掘り下げていきます。自然の力を活かした新しい街づくりの可能性を、一緒に見ていきましょう。
【参考文献】
- 内閣府, 「令和2年7月 被災者の生活と生業(なりわい)の再建に向けた対策パッケージ」
- 国土交通省, 「令和元年台風第19号による被害等」
- 国土交通省, 「オランダにおける気候変動適応方策について」
- 国土交通省社会資本整備審議会, 「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について~あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な『流域治水』への転換~」
- 国土交通省 九州地方整備局, 「第1回令和2年7月球磨川豪雨検証委員会説明資料」
- 気候変動に関する政府間パネル(IPCC), 「第6次評価報告書 第2作業部会:気候変動 - 影響・適応・脆弱性」
- 一般財団法人国土技術研究センター, 「気候変動を考慮した新たな治水計画へのパラダイムシフト」
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