「自分は周囲より安全運転ができている」と考える人が7割超? “自信過剰”をもたらす認知バイアスの罠とは?
[このコラムを書いた研究員]
- 専門領域
- 食料安全保障、マイクロファイナンス
- 役職名
- 主席研究員
- 執筆者名
- 新納 康介 Kousuke NIIRO
2024.12.4
流れ
- 「あなたは周囲に比べて安全運転ができていますか?」
- 「自分が他の人より優れている」と過大評価してしまう認知バイアスの罠
- 「ダニング・クルーガー効果」とは
- 人間の成長過程を表すダニング・クルーガー効果曲線
- ドライバーの運転技術に対する自信
- アドバイスを受け入れ、客観的に自分を見つめ、学び続ける
- まとめ
突然ですが、「あなたは周囲に比べて安全運転ができていますか?」と質問されたら、どう答えますか。MS&ADインターリスク総研が行った調査では、7割を超えるドライバーが「できている」と答えています。ただ、この背景には、自分を過大評価し自信過剰に陥ってしまう脳のメカニズム(認知バイアス)が影響しているかもしれません。
この記事では、「能力の低い人や経験の浅い人ほど、自分を過大評価する」という説で有名な「ダニング・クルーガー効果」の紹介を通して、自信過剰に陥ってしまう認知バイアスについて考えてみたいと思います
「あなたは周囲に比べて安全運転ができていますか?」
「自分が他の人より優れている」と過大評価してしまう認知バイアスの罠
しかし、実際はアメリカにおける交通事故数や事故による死亡者数は、世界でも常に上位を占めます。このような、自信過剰の背景には、人の持つ、錯覚、一方的な思い込み、誤解などにより、合理的には行動ができないという「認知バイアス」の罠が潜んでいることがあります。
認知バイアスの影響で、人は自己評価をするときに、無意識に「自分が他の人より優れている」と過大評価してしまいます。この原因として、自尊心が傷つくことを防ぐ心の動き(防衛機制)によるもの、また、自分の能力を客観視する力(メタ認知)が不足していることが原因として指摘されています。
「ダニング・クルーガー効果」とは
今回は、自分を過大評価してしまういくつかの認知バイアスのうち、「ダニング・クルーガー効果」を紹介します。これは、「能力の低い人や経験の浅い人ほど、自分の能力を過大評価する」という現象を指します。これを聞いて「あるあるの一つ」として笑い飛ばしそうになるかもしれません。
しかし、例えば、教師、経営者、政治家のような指導的立場にある人が「能力が低く、経験が浅い」ため、「自分の能力を過大評価して」、他人を見下し、努力をしなくなり、他責思考になって、アドバイスを聞かなかったりしたらどうでしょうか。そう考えるとダニング・クルーガー効果は、「見過ごせない深刻な課題」になると思います。
人間の成長過程を表すダニング・クルーガー効果曲線
ダニング・クルーガー効果は、単なるバイアスの存在だけではなく、人間の成長過程を説明するものでもあります。それは、「ダニング・クルーガー効果曲線」と呼ばれる、縦軸を自信、横軸を知識・経験とした曲線によって説明されます。この曲線には以下の4つのポイントがあります(図1)。
① 全体の一部を学び経験して、全部を理解したと思い込んでいる状態。
② 学ぶことがたくさんあると知り、自信を失っている状態。
③ 学ぶことで成長を実感し、自信を取り戻し始めている状態。
④ 成熟し正しい自己評価が行えるようになる状態。
【図1】ダニング・クルーガー効果曲線
(出所)諸文献を参考に筆者作成
①は、知識・経験が乏しいのに自信だけは高い状態です。前述の認知バイアスの罠はここに潜みます。やがて、実際の知識・経験と自己評価のギャップがあるという事実にぶつかり、自信を失って②へ移行します。それでも努力を続ければ、自信を取り戻し、③から④の境地へたどり着きます。
ドライバーの運転技術に対する自信
図2は、前述のアンケートにおける「あなたは自分の運転技術に自信がありますか」という設問のアンケート結果のグラフです。これは30歳以降、年齢が高くなるとともに自信が高くなる傾向を表していますが、最初の20~29歳のところで、自信の度合いが高くなっています。
このアンケート結果のグラフにダニング・クルーガー効果曲線(破線)を重ねてみると、この二つが似たカーブになっていることが窺えます。そこから、以下のようなシナリオを描くことができます。
① 免許を取得してからしばらくは、知識・経験が乏しいのに自信過剰になる
② やがて交通事故や交通違反などを体験して自信を失う
③ その後、経験を積み重ねていくうちにふたたび自信をつけていく
④ 成熟して正しい自己評価が行えるようになる
【図2】自動車の運転に対する自信(年代別)とダニング・クルーガー効果曲線
単位:%
(出所)筆者作成
図2を踏まえて日本のドライバーの現状を考えてみると、75歳以上の高齢ドライバーの自信過剰なのではという懸念がたびたび指摘されていますが、20代のドライバーについても同様の懸念があると考えられます。また、75歳以上のドライバーが「成熟して正しい自己評価が行えるようになる」状態であることが望ましいと考えます。
アドバイスを受け入れ、客観的に自分を見つめ、学び続ける
こうしてみるとダニング・クルーガー効果は、各分野における、あらゆる初心者に見られる現象という事といえます。したがって、どんな人にも起こりうることです。こういった認知バイアスを回避することは、不可能ではありません。それは当たり前のことですが、他人からのアドバイスを受け入れ、客観的に自分を見つめ、学び続けることです。
まとめ
ダニング・クルーガー効果は、わかりやすく、かつ応用が利くので、様々な文献に現れますが、決して完全ではなく、反論を免れるものではありません。これを提唱した心理学者デヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーは2000年に「人々を笑わせ、考えさせてくれる研究」に与えられるイグノーベル賞を受賞しています。そういう背景も含めて興味深い認知バイアスの一つだと思います。
<主な参考文献>
Kruger, J., & Dunning, D. (1999) “Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one's own incompetence lead to inflated self-assessments.” Journal of Personality and Social Psychology
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