コラム/トピックス

EUサステナビリティ関連規制を読み解くための基礎知識

[このコラムを書いた研究員]

衣笠 功次郎
専門領域
気候変動、サステナブル経営、情報開示、人権
役職名
上席研究員
執筆者名
衣笠 功次郎 Kojiro Kinugasa

2025.6.27

この記事の
流れ
  • そもそもEUとは?
  • なぜEUは、サステナビリティの取組を進めている?
  • EUのバランスを保つ4つの機関とは?
  • 法案審議の段階がわかるようになる!実例紹介~CSDDD法案~
  • 「規則」と「指令」は条約?法令?それぞれどう違う?
  • まとめ

カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを目指して「欧州グリーン・ディール計画」を掲げ、サステナビリティの世界をリードするEU(欧州連合)。サステナビリティ担当部門にいる方の中には「EUの動向をチェックしている」という人もいらっしゃるのではないでしょうか。

皆さまがEUのニュースを見ている時、「“~規則”案が欧州委員会から提案!」、「“~指令”案が欧州議会で承認!」といった情報を目にする機会があると思います。この“規則”と“指令”がどう違って、“欧州委員会”と“欧州議会”がどういう位置づけなのか、混乱してしまうケースはありませんか?
そこで今回は、EUのサステナビリティに関する規制を読み解けるようになる、基礎知識をわかりやすくお伝えします。

1. そもそもEUとは?

EU(欧州連合)とは、ヨーロッパの国々が経済的、政治的に緊密に協力するための共同体です。1950年代に、第二次大戦を反省して設立された主な目的は、地域の平和と民主主義・人権・法の支配による経済的繁栄を築くことでした。原加盟国はイタリア、オランダ、(西)ドイツ、フランス、ベルギー、ルクセンブルクの6か国でしたが、現在では図表1の黄色で示すように、27カ国まで拡大しています。

【図表1】

(出所:EU MAG,©駐日欧州連合代表部)

日本のような、国境が外国と直接的に接していない島国に住む私たちにとっては「商品」、「サービス」、「資本」、「人(労働力)」という4つの生産要素が、国境を越えて自由に移動できるようになることの「重大さ」・「大変さ」は想像しきれないところがあるかもしれません。しかし、それを実現させてきたEUのような共同体は国境を超えた協力の意義を示すベストプラクティスであり、地域の安定や企業の繁栄を追求するためのモデルとなり得ます。

2. なぜEUは、サステナビリティの取組を進めている?

さらにEUは、科学的根拠に基づく具体的な実行計画として「欧州グリーン・ディール計画」というものを2019年に発表し、その歩みを進めています。これは、2050年までにEUを「気候中立な大陸」にすることを目指す包括的な環境政策で、サステナビリティに関する課題を機会に変えながら、環境も社会も経済も持続可能なものに転換しようとしています。

日本においても、こうしたEUの取組から多くの洞察を得ることができるのではないでしょうか。海を隔てた他国との間で、「政府レベルでの国際的な協力」と「企業レベルでの対話・交流」を深化させることで、より豊かで、持続可能な未来の構築に歩みを進めることができるのでは、と期待をしています。

3. EUのバランスを保つ4つの機関とは?

EUのサステナビリティ規制に関するニュースの重要性や喫緊性をいち早く理解するためには、EUの構造について理解しておくことが非常に重要です。以下はEUの政策決定構造と、関連するステークホルダーを図表化したものです。

【図表2】

(出所:「現代ヨーロッパ経済」をもとに筆者作成)

<図表2の解説>
欧州理事会
  • EUの最高方針を定めたり、最重要決定を行ったりする。しかし、立法権限はなく、欧州委員会へ立法化を要請する。
欧州委員会
  • EUの行政的な役割を担う唯一の立法機関。委員長はウルズラ・フォン・ デア・ライエン氏で2024年12月より2期目。
    委員は各加盟国より1名ずつ選ばれ、欧州市民の代表である欧州議会が承認する。委員はEU全体の利益(自国の利益から独立)の為に職務遂行する
    事を義務付けられている。国の省庁に該当する「約30の総局(経済・金融、企業産業、環境など)」を持っており、法案を提案する際には、
    担当総局が加盟国・各分野の専門家や利益団体(経営者団体、農民団体など)と意見交換を行って、素案を作成する。この素案が委員(コミッショナー)会議で採択された時に「欧州委員会の提案」となる。
  • また、「条約の番人」として加盟国や法人を監視しており、違反があるとEU司法裁判所に提訴する。
欧州議会
  • 欧州市民を代表する機関として法案を審議・承認する(EU理事会との共同決定)。
    議席数は、人口に応じて加盟国ごとに割り振られるが、国を超えて思想信条別に党派が形成されることから、
    議員は欧州市民レベルでEUに対する要望を実現する。
EU理事会
  • 欧州連合理事会の呼称。加盟国政府を代表する機関として法案を審議・承認する(欧州議会との共同決定)。
    加盟国の担当大臣が、自国の国益を守る立場で主張、衝突、妥協点を探ることで、一部の加盟国が不利益になるような事態にならないようにしている。
    意思決定の方法には、全会一致、単純多数決(14以上の加盟国の賛成票)、特定多数決がある。
    欧州委員会提案の採択には、原則として特定多数決が用いられ、加盟国の55%以上、域内人口の65%以上の賛成票が必要とされる。

※「欧州理事会(European Council)」と「EU理事会(Council of the European Union)」は別機関であることに要注意!時々、誤って翻訳されているニュースを見かけますが、主体が違う事を誤認したまま対応すると、ロスが発生してしまいます。

このように、それぞれの機関は、互いに牽制し合うことで、EUに関わるステークホルダーのバランスを保ちながら「加盟国の利益」と「欧州市民の利益」、「EU全体の利益」を最大化させるように努めています。

4. 法案審議の段階がわかるようになる!実例紹介~CSDDD法案~

発効後の影響が特に大きいと思われる法案を採択するまでには、各機関の立場で妥協できない部分が多くなる場合もあります。次に、実際のケースとして「企業持続可能性デューディリジェンス指令(CSDDD)」が採択されるまでに辿った過程をみながら解説していきます。

まず、このCSDDDという法案は、企業にとって「自組織内のガバナンスやマネジメントシステム、意思決定においてサステナビリティの観点を組み込むことが持続可能な環境や社会を作っていくことに重要」としています。特に、人権・環境の観点においてデューディリジェンスを適切に行うことを義務付けようとするものでした。その対象範囲は非常に幅広く、バリューチェーンの「川上から川下まで」に係る環境・人権課題に対処することを求めています。これは、大企業だけでなく中小企業においても相当な負担が発生するものですので、成立までに2年5か月以上の審議を経た法案でした。同法案の詳細については2024年7月29日コラムをご覧ください。以下に、成立までにたどった道筋を示します。

【図表3】

(出所:「欧州委員会」「EU理事会」プレスリリースなどをもとに筆者作成)

2022年2月に欧州委員会によって提出された法案は、欧州議会やEU理事会がそれぞれの立場で法案を審議し、修正を加えたり、三者間で協議の場を持ったりするなどの変遷を辿りました。2023年6月に欧州議会が「対象企業を広げる」といった修正を加えたニュースを発表した時には、日本企業も「自社でも対応が必要になるのではないか」と緊張が走りました。が、長引く景気低迷の中で、EUの課す過剰な規制が企業競争力を低下させる懸念を抱いたドイツなどが、2024年2月にEU理事会で反対を投じ、否決することになりました。その後、対象企業の要件を狭める修正案をEU理事会で採択され、それを欧州議会が承認したことで正式に発効されるという流れを辿りました。

このように、CSDDDのような影響の大きな法案は採択されるまでに、内容を何度も修正し、また、それぞれの立場で「承認」といった発表をしながら進んでいきます。したがって、こうした構造を理解しながらニュースを読んでいると「法案の審議はどの段階まで来ているか」「正式発効されるまでにはどれくらいかかりそうか」という見通しを、ある程度は持つことができるようになります。

ちなみに、ようやく発効したCSDDDですが、2024年9月に出されたドラギレポート(2024年11月15日記事参照)等を受けて、2024年11月8日に欧州理事会が簡素化に向けた検討を欧州委員会へ要請しました(2025年1月10日「ブダペスト宣言」記事参照)。これを受けて、欧州委員会は2025年2月26日に、既存の法規制の簡素化を目指す「オムニバス」法案(2025年4月25日記事参照)を提示しており、CSDDDもその内容を再検討中です。2025年6月23日には、EU理事会から「交渉の立場を合意した」というプレスリリースが公表されましたので、いよいよ欧州議会との間で、妥結に向けた交渉が進められていくことになります。

5. 「規則」と「指令」は条約?法令?それぞれどう違う?

EU関連のニュースが持つ重要性や喫緊性をいち早く理解するために、これまでに、法案がどんな経路を辿って、採択まで進むのかということを見てきましたが、今度は「法案自体が持つ拘束力」の側面から解説していきます。

以下は、EUの法体系について図表化したものです。複数の国家を束ねるEUの法令は日本の法令とは異なります。第一にEU基本条約が源にあり、これを根拠にして制定される「派生法」は、法案自体が持つ効力によって、複数の形態に分かれています。その中でも特に「規則」と「指令」の拘束力が強く、また影響を受ける企業の範囲も大きいため、重要な法令です。

【図表4】

(出所:「現代ヨーロッパ経済」をもとに筆者作成)

この「規則」に位置づけられる法令は、全加盟国とその企業などに直接適用されますので、最も強力な効力を持ちます。2024年6月に採択された「自然再生法」(2024年9月10日記事参照)では、2050年までに対象面積の9割に対して再生策を講じることを、加盟国に義務付けています。これを受けて、加盟国は2年以内に自然再生計画を欧州委員会に提出するための手続きを進めています。企業にとっては、この計画に則した形で事業活動を行う事が求められるので、その内容を正確に理解しておく必要があるでしょう

また、その次に効力を持つ「指令」は、法案が承認された後に、加盟国によって国内法化されると法的拘束力を持つようになります。2024年2月に採択された「グリーンウォッシュ禁止指令」(2024年6月3日記事参照)では、企業が環境性能などを不当に主張するような不公正な慣行(例えば、客観的に検証できないにもかかわらず「自然に優しい」といった表示を用いたマーケティングを行うなど)を取り締まることを目的にしていて、現在、各加盟国による国内法化の手続きが進んでいます。「指令」では、法案が承認された後に、加盟国によって国内法化されるまでに時間を要すこと、また、国ごとに微妙な食い違いが細部に発生することに注意が必要です。また、法制化された後には、EU市場で活動する日本企業もその適用を受けることになりますので、やはり、その内容を正確に理解しておく必要があります。

このように、一概に規制と言っても、拘束力や適用に違いがあることを前提として理解しておくと、様々に出てくる「~規則(略称語尾がR)」「~指令(略称語尾がD)」に、いつから・どれくらいの確度を持って身構えないといけないかがわかります。

6. まとめ

アメリカに端を発した保護主義や、ウクライナ情勢などの地政学的摩擦が世界経済に混乱をもたらす中、EUは2025年5月6日にロシア産エネルギーからの完全脱却に向けた計画(2025年5月6日付欧州委員会プレスリリース)を発表しました。しかしそれは、米中貿易摩擦によって、中東、アジア諸国へのサプライチェーン再編を加速させている中国の動きと干渉し合う可能性があります。さらに、2018年11月に燃料価格の高騰などをきっかけにして、フランスで起きた「黄色いベスト運動」のようなデモ活動の激化が起こるような可能性もあります。

このような不確実性が高い状況の中で出される「サステナビリティ関連規制」は、今後も様々な立場の意見を踏まえながら、大きく揺れ動くことが見込まれます。読者の皆さまにおいては、「欧州委員会、欧州議会、EU理事会それぞれの立場」と、「法案の略称語尾」を意識しながら「規制の審議に関するニュース」を読まれることをオススメします。

【参考文献】
田中素香ほか著、「現代ヨーロッパ経済(第6版)」、有斐閣アルマ
総務省HP 欧州連合(EU):https://www.soumu.go.jp/g-ict/international_organization/eu/pdf_contents.html

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