人権方針改定チェックリスト:UNGPs・OECDに照らして確認すべき実務ポイント
UNGPs原則16は、企業の人権方針について、少なくとも次のような要素を求めています。
重要なのは、人権方針が単なる担当部署の文書ではなく、企業としてのコミットメントを示すものだという点です。法令確認だけでなく、人権DD、労働、人事、調達、苦情処理、ステークホルダー対応などの実務的な観点も重要になります。
また、誰に対して、どのような行動を求めるのかが曖昧な方針では、運用につながりにくくなります。ウェブサイトに掲載するだけでなく、研修、社内説明、取引先への案内などを通じて、関係者に伝わる形にする必要があります。
UNGPsでは、企業が尊重すべき人権は、少なくとも国際人権章典と、ILOの労働における基本的原則及び権利に関する宣言に示された権利を含むものと理解されています。
そのため、人権方針の改定では、強制労働、児童労働、差別、結社の自由・団体交渉権、安全衛生、ハラスメント、労働時間、賃金、移民労働者の保護など、自社の事業やサプライチェーンに関係し得る労働人権課題をどのように位置づけるかも確認が必要です。
すべての課題を詳細に列挙すればよいわけではありません。重要なのは、自社にとって重大な人権リスクを把握し、それに対応する考え方が方針と実務の双方に反映されていることです。
OECDの責任ある企業行動に関するデュー・ディリジェンス・ガイダンスは、企業のDDを一連のプロセスとして整理しています。主な流れは、方針とマネジメントシステムへの組み込み、負の影響の特定・評価、防止・軽減、実施状況と結果の追跡、情報開示、救済への協力です。
この観点から見ると、人権方針は人権DDの出発点です。単に「人権を尊重します」と記載するだけでなく、どのようなリスクを特定し、どの部署が判断し、どのように防止・軽減し、結果をどう追跡し、必要に応じて救済につなげるのかを、社内の仕組みと接続していく必要があります。
人権方針を改定する際には、少なくとも次の観点を確認すると整理しやすくなります。
このチェックリストで多くの項目に不安がある場合、人権方針の文言だけでなく、関連する運用や社内体制も含めて確認することが有効です。
人権方針の改定でよくあるのが、文言としては整っているものの、実務との接続が弱いケースです。
たとえば、方針に「サプライチェーン全体で人権尊重に取り組む」と記載していても、実際には一次サプライヤーへの調査にとどまり、リスクの高い地域や品目に応じた対応が整理されていない場合があります。
また、「苦情処理メカニズムを整備する」と記載していても、誰が利用できるのか、どのように周知するのか、報復を防ぐ仕組みがあるのか、是正や救済につながるのかが明確でない場合もあります。
人権方針を実効的なものにするには、美しい文言を追加するだけでなく、自社の既存の取組を棚卸しし、足りない部分を現実的に整備していくことが重要です。
人権方針の改定では、法務の観点が重要になる場面があります。契約条項、各国法令への適合性、訴訟・行政対応リスク、開示文書としての表現リスクなどについては、弁護士等の法務専門家に相談すべき場合があります。
一方で、人権方針がUNGPsやOECDガイダンスの考え方に照らして十分か、人権DDプロセスと整合しているか、救済メカニズムやサプライヤーエンゲージメントにどうつなげるか、社内規程や運用にどう落とし込むかといった論点は、人権DD実務に詳しいコンサルタントの支援が有効です。

つまり、「法的に問題のない文言か」を確認することと、「人権尊重体制として機能する方針か」を確認することは、重なり合いながらも異なる視点です。必要に応じて、法務レビューと人権DD実務レビューを組み合わせることで、より実効性の高い改定につながります。
当社が支援するのは、法的助言ではなく、人権DD、国際ガイダンス、社内運用、サプライヤー対応、救済メカニズム等との整合性を確認する実務面のレビューです。
人権方針の改定やレビューを相談する際には、機密資料を最初から共有する必要はありません。まずは、公開済みの人権方針、現在の検討状況、見直しの背景、課題感を整理するだけでも、初期的な論点整理は可能です。
初回相談の段階では、公開情報や概要ベースで十分です。必要に応じて、守秘義務や情報管理の条件を確認したうえで、詳細資料を扱う形が望ましいでしょう。
人権方針の改定は、単なる文言修正ではありません。UNGPsやOECDガイダンスに照らして、自社の人権尊重体制が現在の事業やリスクに合っているかを確認する機会です。
既存の人権方針が、人権DD、サプライヤー対応、苦情処理・救済、教育、情報開示と十分につながっていない場合、改定を通じて体制全体を整理することができます。
※本記事は、人権方針や人権DD実務に関する一般的な整理であり、法的助言を目的とするものではありません。個別の法的判断が必要な場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。
MS&ADインターリスク総研では、公開済みの人権方針や現在の取組状況をもとに、UNGPs、OECDガイダンス、日本政府ガイドライン等の観点から、人権方針の見直し、改定案レビュー、人権DD体制との整合性確認を支援しています。
人権方針の改定やレビューを具体的に検討されている企業のご担当者さまは、お気軽にご相談ください。
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人権方針はいつ見直すべきか?改定を検討したい6つのサイン
人権方針の見直しには、一律の法定年限があるわけではありません。ただし実務上は、一定期間ごとの定期レビューに加え、事業環境、規制動向、取引先要請、人権DDの進展などを踏まえて見直すことが重要です。
特に、数年前に策定した方針については、当時想定していなかった人権リスク、サプライチェーン上の課題、苦情処理・救済メカニズム、情報開示要請とのずれが生じている可能性があります。
人権方針は、「何年ごとに必ず改定しなければならない」と一律に決まっているものではありません。もっとも、3〜5年程度を目安に定期的なレビューを行い、現在の事業やリスクに照らして内容を確認することは、実務上有効です。
また、一定期間が経過していなくても、社内外の状況に変化があった場合には、見直しを検討する必要があります。重要なのは、単に日付を更新することではありません。人権方針が、自社の事業、サプライチェーン、人権DDの実務、救済への対応、社内規程や運用と整合しているかを確認することです。
次のような状況がある場合、人権方針の見直しを検討するタイミングかもしれません。
人権方針を策定した当時と比べて、事業内容、サプライチェーン、社会的な期待、取引先からの要請が変化している場合があります。策定時の前提が現在も有効かを確認することが必要です。
サプライヤー調査、リスク評価、社内研修、苦情処理窓口の運用などが進むと、既存の方針では説明しきれない実務上の課題が見えてくることがあります。方針と実務が離れている場合、改定の余地があります。
取引先調査票、監査、契約条項、ESG評価、投資家からの質問などを通じて、人権方針や人権DD体制の説明を求められる場面が増えています。形式的な方針ではなく、実際の運用とのつながりを説明できる内容になっているかが問われます。
サプライヤー行動規範、調達基準、苦情処理・救済メカニズム、内部通報制度などを見直す場合、人権方針との整合性も確認する必要があります。方針が実務の方向性を示していなければ、関連制度の説明にも一貫性が出にくくなります。
事業の範囲や地域、取引構造が変われば、人権リスクも変化します。新たな国・地域への進出、M&A、委託先の変更、新規製品・サービスの開始などは、人権方針の前提を見直す契機になります。
UNGPsやOECDガイダンスを踏まえた人権DDの考え方は、企業実務に広く浸透しつつあります。日本でも、責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインが公表され、企業にとって人権尊重の取組を整理する際の重要な参照点となっています。
また、EUをはじめとする海外規制の動向は、日本企業にも間接的な影響を及ぼすことがあります。直接適用の有無だけでなく、取引先からどのような説明を求められ得るかを確認しておくことが重要です。
以前は、人権方針を策定し、ウェブサイトに掲載すること自体が一つの到達点と捉えられることもありました。しかし現在は、それだけでは十分とはいえません。
人権方針には、企業としての基本姿勢を示すだけでなく、どのように人権リスクを把握し、予防・軽減し、必要に応じて是正や救済につなげるのかという考え方が求められます。
たとえば、人権方針で「サプライチェーンにおける人権尊重に取り組む」と記載していても、調達基準、サプライヤー行動規範、監査、教育、苦情処理の運用とつながっていなければ、社内外に対して十分な説明を行うことは難しくなります。
人権方針を見直す際、同業他社や先進企業の方針を確認することは有効です。どのような人権課題に触れているか、どのような国際基準を参照しているかを把握することで、自社方針の不足点に気づくことがあります。
ただし、他社の文言をそのまま移植するだけでは、自社に合った人権方針にはなりません。たとえば、他社方針に「影響を受けるステークホルダーとの対話」と書かれていても、自社ではどの部署が、どの場面で、誰と、どのように対話するのかが整理されていなければ、その文言は実務に落ちません。
人権方針の改定は、テンプレートとの差分を埋める作業ではなく、自社の事業、人権リスク、既存の取組、今後整備すべき実務をつなぎ直す作業です。
人権方針が経営レベルで承認されているか、改定時の責任部署や関係部門が明確かを確認します。人権方針は、サステナビリティ部門だけの文書ではなく、経営、法務、調達、人事、事業部門などと関係する基礎文書です。
方針に掲げた内容が、人権DD、サプライヤー管理、苦情処理・救済メカニズム、教育、モニタリング、情報開示と接続しているかを確認します。方針と実務が分断されている場合、改定によって整理できる余地があります。
従業員、グループ会社、取引先、投資家、顧客などに対して、方針の意味を説明できるかを確認します。専門用語を並べるだけでなく、自社が何を重視し、どのように取り組むのかが伝わる内容になっていることが重要です。
人権方針の見直しは、単なる文言修正ではありません。現在の事業や人権リスクに照らして、自社の人権尊重体制を再点検する機会です。
数年前に策定した方針について、取引先からの説明要請、人権DDの運用、サプライヤー対応、苦情処理・救済、社内規程との接続に不安がある場合は、まず現状の方針を簡易的に確認することから始めるとよいでしょう。
※本記事は、人権方針や人権DD実務に関する一般的な整理であり、法的助言を目的とするものではありません。個別の法的判断が必要な場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。
MS&ADインターリスク総研では、公開済みの人権方針や現在の取組状況をもとに、UNGPs、OECDガイダンス、日本政府ガイドライン等の観点から、見直しの方向性を整理する支援を行っています。
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「とにかく暑い」欧州の今 ロンドンで見えた気候変動への適応対策
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水害リスクを居住地選択に織り込む制度設計 ~国土強靱化における「自助」の実践と地域防災力の強化に向けて~【政策提言レポート(2026年8月)】
国土強靱化政策では、地域防災力の強化に向け、住民一人一人の自助が重視されている。一方、水害による家屋被害が深刻化する中、洪水浸水想定区域内※1の居住人口は増加の一途をたどっている。その人口は1995年から2015年の20年間で約149万人増加した。本項では、本提言レポートの背景として、国土強靱化政策における「地域防災力」と「自助」の重要性、水害リスクの実態と洪水浸水想定区域内の居住状況、および水害リスク情報の整備状況について説明する。
令和5年の国土強靱化基本計画は、新たな施策の柱として「地域における防災力の一層の強化」を掲げ、地方創生や国土政策と一体で進める方向を示している。
同計画では、地域防災力の向上を図るにあたり、防災施設の強化や地域コミュニティの結束等の公助・共助だけでなく、住民一人一人が災害リスクを適切に認識し、自律的に備えや避難行動をとる「自助」が重要であるとしている。
自助には、非常用品の備蓄や、個人の避難計画の作成等、状況に応じて継続的に見直すことができる取組みも多い。一方、住宅取得や住み替えは、災害リスクを踏まえて居住地を見直す数少ない機会であり、一度選択すると、その影響は長期間にわたり次世代まで及ぶ可能性がある。そのため、居住地選択は、自助の中でも極めて重要な意思決定の一つと位置付けられる。
この点を踏まえると、平時から災害リスクを考慮した居住地選択を促すことが、住民一人一人の自助を後押しし、ひいては地域防災力の強化に寄与するものと考えられる。
気候変動に伴い、水害の誘因となる強雨の発生頻度が増加している。全国のアメダス観測によれば、大雨の年間発生回数は上昇傾向にあり、特に降雨強度が高いほど増加率は著しい【図表1】。1時間降水量100mm以上といった極端な大雨の発生回数は、統計期間当初の10年間と比べて約2倍に増えている※2。
河川堤防や排水施設は、100年から200年に1度の規模の降雨を想定して整備されてきたが、近年は想定を超える降雨が全国各地で相次いでいることから、家屋の被害額を5年単位で集計すると、15年間で約3倍に増加している※3【図表2】。


出典:【図表1】は気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」の数値データをもとに筆者作成。気象庁の予報用語では1時間雨量50㎜以上80㎜未満を「非常に激しい雨」、80㎜以上を「猛烈な雨」という。【図表2】は国土交通省「水害統計調査」をもとに筆者作成。
水害の主な要因は、下水道等の排水能力を超えて浸水する「内水氾濫」と、河川の越水や破堤等による「外水氾濫」に大別される。1993年から2018年までの26年間の水害統計によると、被災した家屋は全国で約100万棟にのぼる。このうち棟数の約6割を占めるのは内水氾濫によるものだが、被害の多くは床下浸水にとどまる。一方、外水氾濫では、床上100cm以上の浸水や半壊、全壊・流失に至る家屋の割合が多い【図表3(左)】。そのため、【図表3(右)】が示すとおり、棟数に比して被害額に占める割合は外水氾濫の方が大きい。
また、外水氾濫による被害には地域的な偏りがみられる。同期間に外水氾濫により被災した家屋は約32万棟にのぼるが、その半数は、水害を経験した自治体の上位4.1%に当たる37自治体に集中していた。他方、浸水想定区域を有する1,186自治体のうち、約4分の1に当たる284自治体では、同期間に外水氾濫による水害が発生していない※4。浸水した住宅の復旧に要する費用は、新築工事費用に対して、床下浸水であれば約1%にとどまるのに対し、床上浸水では30〜50%、1階の天井を超える浸水(概ね浸水深3m以上)では50〜80%に達するとされ、浸水が深くなるほど復旧の負担は急激に大きくなる※5。


出典:中野卓・木内望「水害統計調査基本表に基づく河川水害による建物・市街地被害の傾向」都市計画報告集 No.19、(2020年)表2より筆者作成。本図は水害原因別・浸水程度別の被害構造を示すことを目的とした。同論文の著者は、2019年(令和元年東日本台風等により全国の水害被害額が統計開始以来最大の約2兆1,500億円を記録)を集計に含めた場合、本報告と異なる傾向も一部見られる可能性があり、継続的な検証が重要であると指摘している。なお、被害額の直近の水準は【図表2】(2009~2023年)に示している。
このように外水氾濫による深刻な家屋被害が生じうる一方で、外水氾濫が発生しやすいとされる洪水浸水想定区域内に居住する人口は増加してきた【図表4】。2015年時点では、わが国の人口の約4分の1にあたる3,540万人が計画規模の洪水浸水想定区域内で生活している実態にある。総人口が減少に転じた後も、区域内人口の増加傾向は続いており、背景には、区域内での宅地化や都市部への人口流入等が指摘されている※6。

出典:秦康範・前田真孝「全国ならびに都道府県別の洪水浸水想定区域の人口の推移」災害情報第18巻1号(2020年)をもとに筆者作成。区域は計画規模(L1)に基づく。なお、都市計画区分に着目した後続研究(小林ほか、2025年)においても、2020年までの浸水想定区域内人口の増加傾向が確認されている。
わが国では全国的に利用可能な水害リスク情報として、洪水浸水想定区域図が整備されている。計画規模(以下、「L1」)と、想定最大規模(以下、「L2」)の二種類があり、L1は主に堤防やダム等のハード対策を計画する際の基本となる降雨量を指し、L2は想定しうる最大規模の降雨量を指す。2015年の水防法※7改正以降、L2には浸水深、浸水継続時間、家屋倒壊等氾濫想定区域等の水害リスクを示す情報が順次整備・公表されている※8。
洪水浸水想定区域をはじめとする水害リスクの法定区域およびマップの種類、管轄(準拠法)、主な利用場面等については、【図表5】のとおりである。
洪水ハザードマップは、国や都道府県が公表する洪水浸水想定区域図をもとに、市町村が避難場所や避難経路等の情報を加えて作成するものである。平成30年7月豪雨では岡山県倉敷市真備町※9、令和元年東日本台風では福島県・長野県等※10、令和2年7月豪雨では熊本県人吉市※11において、実際の浸水範囲・浸水深はハザードマップの想定とおおむね一致したことが報告されている。これらの事例は、洪水浸水想定区域図が、現実に生じる浸水の範囲を一定程度とらえていることを示しており、本提言において住宅政策の共通基準として活用することにも一定の合理性があると考えられる。
| 種類 | 管轄(準拠法) | 【対象とする水害リスク】主な利用場面 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 洪水浸水想定区域 (計画規模/L1) | 国土交通省・ 都道府県(水防法) | 【外水氾濫リスク】河川整備の目標とする降雨(概ね30年~200年に1度)を前提とし、河川ごとに定められている。浸水深別に色分け表示され、重ねるハザードマップで確認できる。 | 河川ごとに前提となる降雨規模が異なるため、全国共通の判断軸には適さない。 |
| 洪水浸水想定区域 (想定最大規模/L2) | 国土交通省・ 都道府県(水防法) | 【外水氾濫リスク】想定最大規模の降雨(概ね1,000年に1度)を前提とする。中小河川も含む全国20,819河川のすべてで指定済み。同一の考え方で作成される。浸水深別に色分け表示され、重ねるハザードマップで確認できる。 | 全国共通の基準であり、提言の判断軸として利用可。 |
| 家屋倒壊等氾濫想定区域 | 国土交通省・ 都道府県(水防法) | 【外水氾濫リスク】想定最大規模の降雨で、氾濫流や河岸侵食により家屋が倒壊・流出するおそれがある区域。命に関わる区域であり、屋内での垂直避難の適否の判断に用いられる。浸水深だけではとらえきれない危険を示す。重ねるハザードマップで確認できる。 | 浸水深ではとらえきれない危険を補う、全国共通の基準であり、提言の判断軸として利用可。 |
| 浸水被害防止区域 | 都道府県 (特定都市河川浸水被害対策法) | 【外水・内水氾濫リスク】生命・身体に著しい危害が生ずるおそれがあるとして指定される規制区域。特定都市河川の流域に限られ、対象範囲が非常に狭い。洪水浸水想定区域の大半は対象外であり、全国を通じて一覧できる形では提供されていない。 | 指定がほとんど進んでおらず、全国共通の基準にならないため、判断軸として適さない。 |
| 水害リスクマップ (多段階浸水想定図) | 国土交通省・ 都道府県(法令に基づく指定ではない) | 【外水氾濫リスク】発生頻度ごとの浸水範囲と浸水深を段階的に示す地図。10年、30年、50年、100年に1度の降雨規模別に整備が進められている。水防法に基づく指定ではなく、流域治水の取組みとして作成・公表されている。国土交通省の水害リスクマップ一覧等のウェブサイトで、河川ごとに公表。 | 中長期の判断軸として、今後、頻度を織り込んだ評価への発展が期待される。 |
| 洪水ハザードマップ | 市町村 (水防法) | 【外水・内水氾濫リスク】洪水浸水想定区域をもとに、市町村が避難場所や避難経路等を加えて作成。外水氾濫についての公表率は約99%(中小河川は約68%)である一方、内水氾濫については約17%にとどまる※12。 | 住民自らが住まいのリスクを確認する手段として位置付けられる。 |
出典:水防法、特定都市河川浸水被害対策法および国土交通省「洪水浸水想定区域の指定と洪水・高潮・内水ハザードマップの公表状況」(令和8年3月末時点)等をもとに筆者作成。「本提言での位置付け」は筆者の整理による。このほか、内水(雨水出水浸水想定区域)、高潮(高潮浸水想定区域)、津波(津波浸水想定)についても法令に基づく区域が定められているが、本提言では外水氾濫を主に扱うため本表には含めていない。
前項のとおり、洪水浸水想定区域と被害地域とは密接に関連しており、居住地選択にあたっては水害リスクを考慮する必要がある。しかし、現状は、市場機能、公的支援制度、情報提供のいずれにおいても、実際の居住地選択に水害リスクが十分に反映されているとはいえない。本項では、それぞれの現状を整理し、安全な居住地選択につながりにくい要因を説明する。
居住地選定の際に重視される要素については、利便性、治安等とともにその土地の価格が重要な要素の一つと考えられるが、水害リスクは地価に一定程度反映されるものの、個人が取引する住宅地では、その影響は限定的とされる。想定浸水深が1m上昇した場合の地価下落率は、住宅地で平均約1.1%、商業地で約4.7%にとどまる※13。また、個人が住宅取得時に水害リスクを評価し、長期的な影響まで踏まえて判断することは容易ではない。加えて、国土交通政策研究所による調査によると、居住地選定において「水災害・津波の受けにくさ」を重視する割合は限定的であり、選択を左右する主要な要素とはなっていない※14。住宅取得後は転居のハードルが高く、災害リスクを認識しても行動に移る人は少ない。
一方、保険制度では水災リスクを反映した見直しが進められている。わが国の個人火災保険においては、火災、落雷、爆発・破裂の基本補償に加えて、台風、豪雪、洪水等に起因する損害の補償を提供している。損害保険料率算出機構が定める参考純率に関しては、従来、水災リスクについて、全国一律の保険料率が適用されてきた。しかし、近年頻発する水害による被害増大を受け、水災リスク実態に即した保険料率構造の見直しが求められ、保険負担の公平性確保の観点も踏まえ、2023年6月より全国を五つの区分に細分化し、市区町村単位で水災料率が設定されるに至った。
この水災リスクに応じたリスク細分型保険料率制度は、保険料の適正なリスク反映および契約者のリスク認識の醸成という観点から一定の意義を有している。しかし、高リスク地域における保険加入率の低下や、社会的公正の観点からの懸念も指摘されたため、最もリスクの低い「1等地」と最もリスクの高い「5等地」との間では、火災・風災・雪災・水災等を合わせた保険料全体で、おおよそ1.2倍程度の較差にとどまる結果となった※15。今後も被害の高止まりが継続した場合には、全国一律に水災リスク料率の引き上げ、または高リスク地域における水災料率の大幅な増加といった措置が検討される可能性があるが、いずれの対応においても、火災保険料の総体的な増加による社会的コストの増大が懸念される状況にある。
わが国には集団移転を要件とする移転促進事業はあるものの、平時に個人が水害リスクの低い場所へ住み替えることを支える仕組みは限定的である。海外の例を挙げると、米国には洪水危険地域に住む人が希望した場合に、政府が住宅を買い取る制度がある。しかし、申請には長い期間を要するほか、移転先の安全性を問わずに支援した結果、再び危険な場所へ移る世帯も生じたとされる※16。わが国ではこれまで、住宅取得や住み替えを支える税制、融資、補助制度を整備してきた。しかし、水害リスクの反映は一部の制度や法定区域に限られており、安全な居住地選択を広く後押しするのに十分な仕組みとはなっていない【図表6】。
その一方で、自治体が条例に基づき危険区域を指定し、建築を制限する取組みも進められている。滋賀県では、浸水深3m以上となる区域等を浸水警戒区域に指定し、想定水位以上に避難できる空間の確保を建築要件としている※17。指定区域では安全性を確保する仕組みとして機能しているが、2014年の条例施行以降の指定は県内6市20件にとどまっている※18。県の審議会部会は、住民合意や手続きに時間を要することから、指定が及ばない区域では安全性の確認を経ない住宅建築が行われていると指摘し、手続きの効率化を提言している※19。このように、区域指定を前提とした建築規制は指定区域では有効であるものの、面的に広がる水害リスクへ迅速かつ広域に対応するには限界がある。
| 制度 | 管轄 | 制度の概要 | 水害リスク反映状況(制度改正のハードル) |
|---|---|---|---|
| 住宅ローン控除 (住宅借入金等特別控除) | 財務省・国税庁 | 住宅ローンを組んで住宅を取得した人の所得税等を、年末残高に応じ一定期間控除する。 | 2028年入居分から、災害レッドゾーン(浸水被害防止区域等)の新築のみ控除対象外となるが、当該区域はほとんど指定されていない。 (税制改正事項であり、控除対象は法定区域に基づく必要がある) |
| フラット35 | 住宅金融支援機構(国土交通省・財務省所管の独立行政法人) | 長期固定金利の住宅ローン。政策目的に沿う住宅の金利を引き下げる。 | 金利引き下げの対象外となる立地要件は土砂災害系のみで、洪水浸水想定区域の水害は、いずれのメニューでも対象外。 (商品要件の見直しを要する) |
| みらいエコ住宅 2026事業 | 国土交通省・経済産業省・環境省 | 省エネ性能の高い住宅の新築・リフォームに補助する。(省エネ・脱炭素を目的とする大型の支援) | 市街化調整区域の浸水深3m以上の区域等を補助対象から除外(L2)。ただし除外対象は都道府県管理河川に係る区域に限られ、市街地の大半には及ばない。 (交付要綱の改正を要する) |
| 移住支援金 | 内閣府 | 東京圏から地方へ移住し就業等をする人に、世帯最大100万円等を交付する。 | 移住先が洪水浸水想定区域かどうかを問わない。 (交付要綱の改正を要する) |
| 不動産取得税・ 登録免許税の特例 | 総務省・都道府県(不動産取得税)/財務省・法務省(登録免許税) | 住宅の取得・移転にかかる税負担を軽減する。 | ハザードエリアから安全な区域へ移る取得には軽減があるが、市町村が防災移転支援計画を策定した場合に限られる。(税制改正事項であり、地方税と国税にまたがる) |
出典:各制度の公表資料をもとに筆者作成(2026年7月時点)。住宅ローン控除の立地要件は令和8年度税制改正による。なお、宅地建物取引業者が中古住宅を改修して再販する場合の特例措置等、中古住宅の流通に関わる制度は本表に含めていない。
国や自治体による洪水浸水想定区域やハザードマップの公表に加え、2020年からは不動産取引時の重要事項説明において水害ハザードマップ※20上の物件の位置を示すことが義務付けられた。しかしながら、住宅購入者への調査では、居住地の選択において重視される項目として、価格や利便性が上位を占める一方で、重要事項説明について説明を受けたことを覚えていない、または気に留めなかったとする回答が3割を超えている※21【図表7】。
例えば土砂災害に関しては、土砂災害特別警戒区域の指定を通じて、開発や建築行為を規制し、「危険な場所に建てさせない」制度的枠組みが整備されてきた一方で、水害対策においては、リスク区域を明示し、「リスクを周知すること」に主眼が置かれてきた。リスク情報の提供を人々の具体的な行動変容に結び付ける制度的仕組みには、依然として課題が残されている。


出典:国土交通政策研究所紀要 第83号(2025年)図15・表8をもとに筆者作成。5都市(川崎市、静岡市、岡山市、倉敷市、広島市)において2015年以降に戸建て住宅を購入した1,142人への調査(2025年1月実施)。棒グラフは17項目中の順位で、「大いに重視」「やや重視」と回答した割合。なお、左図と右図は設問および回答者の母数が異なる。
こうした居住地選択をめぐる課題は、特に地方都市においては、人口減少の加速とともに、空き家の増加やインフラ設備の老朽化等、都市の持続可能性を脅かす課題とも密接に関係している※22。このような観点も踏まえると、人々の安全な居住地選択を促す仕組みづくりは、地域防災のみならず、都市の持続可能性の向上にも資する。本項では、前項で提示した課題への具体的な対応策として、水害リスクを踏まえた居住地選択を促す制度・施策の再構築、民間事業者と連携した情報提供と住民の行動変容の促進、官民データ連携を活用した水害リスク評価手法の高度化の三つを一体的に展開することを提案する。
前掲【図表6】で示した居住地選択に関わる公的支援制度等において、水害リスクの実態をより適切に反映させることで、リスクの低い地域での住宅取得や住み替えを促進する効果が期待できる。これは、全国共通の水害リスクに関する基準を用いて支援の優先順位を見直すことにより実現可能と考えられる※23。
具体的には、「L2における浸水深3m以上の区域」および「家屋倒壊等氾濫想定区域」を共通基準とし、これらの区域への新たな居住には公的支援を重点化しない一方、リスクの低い場所への住み替えを希望する場合には支援を重点化することを提案する。L2における浸水深3m以上の基準は、人命へのリスクが大きい上、既存制度でも適用されている共通指標であるため、支援優先順位の基準として妥当と考えられる※24。
省エネ分野ではすでに支援制度の転換が始まっており、政府は住宅ローン控除において、省エネ基準に適合しない新築住宅を控除の対象から外した。「望ましい選択を後押しし、そうでない選択への支援を控える」という考え方が、税制に組み込まれており、一定の成果が得られている※25。詳細な制度設計は各所管省庁に委ねられるが、同様の考え方は防災の分野にも当てはまるものと考える。
公的支援制度等については、住宅の取得、住み替え、改修等、居住に関わる様々なライフステージに応じて、多角的な政策的介入が想定される。主要な施策の方向性については、関係主体および実施タイミングの観点から整理したものを【図表8-1】に示す。さらに、水害リスクの高低に応じた居住地ごとの税制上の差別化措置については、「固定資産税」「相続税」「贈与税」等税目ごとに整理した施策例を【図表8-2】に示している。現時点において、これらの施策を具体的に実現するためには、制度設計や運用面等における課題が多く、乗り越えるべきハードルは高い。しかしながら、今後の住宅政策において、あらゆる角度からの検討を行うことは極めて重要であると考えられる。
| 主体 | タイミング | 人々の安全な居住選択を後押しするための施策(案) |
|---|---|---|
| 住民 | 住宅購入 | 高リスク区域への新規居住には住宅ローン控除・フラット35等を適用除外※ |
| 住み替え | 高リスク区域からの住み替えを、不動産取得税・登録免許税等の特例で重点的に支援※ | |
| 改修 | 耐水化改修を、耐震・省エネ改修と同様に固定資産税減の対象に追加 | |
| 売却 | 低リスク区域の住居売却における譲渡所得税の特例の拡大 | |
| 賃貸 | 低リスク区域の公営住宅、UR賃貸等で安全地域の新規入居者への家賃補助<新設> | |
| 不動産会社 | 販売・仲介 | 低リスク区域住宅の仲介報酬への補助金支払い<新設> |
| 賃貸 | 貸主の耐水化改修を固定資産税減の対象に追加 | |
| 建設会社 | 施工 | 低リスク区域での住宅建築・耐水化改修にかかる建設費用(下請け含む)の補助<新設> |
| 保険会社 | 契約 | 水災リスク(立地等)に応じた水災料率の適正化(さらなる細分化)、保険料率の較差の拡大 低リスク区域における水災補償付き火災保険の料率引き下げ |
出典:既存制度に関しては各制度の公表資料をもとに筆者考案。※は【図表6】で対象としたもの。本表は現時点での検討の方向性を示すものであり、対応する法的枠組み・実現可能性・財源の精査は今後の課題である。詳細は、前掲【図表6】の「住宅ローン控除」、「フラット35」、「みらいエコ住宅2026事業」を参照願う。また※以外は、新たな財源も必要となると考えられる(保険会社の料率を除く)。
| 固定資産税 | 相続税 | 贈与税 | |
|---|---|---|---|
| 施 策 案 |
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| 実 現 性 |
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| 主 な 課 題 |
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出典:各種公表資料をもとに筆者考案(2026年7月時点)。なお、本表は今後の検討材料として整理したものであり、本提言が直ちに提案するものではない。また、固定資産税評価額および路線価は、いずれも地価に連動して定められるため、水害リスクが地価に反映される限り、税負担額についても既に間接的に差が生じている点に留意が必要である。
もっとも、生活基盤や資力、高齢・介護等の事情から、すべての人が住み替え可能ではないことから、公的支援は居住地の安全性向上のみならず、既存住宅の耐水化も対象とする必要がある。支援に際しては、想定浸水深や家屋倒壊等氾濫想定区域への該当状況、過去の浸水実績や要配慮者の居住状況等を踏まえ、人命影響の大きい住宅を優先とすることが望ましい。
宮城県大崎市では、浸水深3m超の区域を対象に、想定水位より上に居室を確保することを条件として宅地かさ上げを支援している※26。今後は、立地とリスク特性に応じた住宅の備えを支援制度の対象としていくことが求められる。具体的には、既存住宅においては省エネ改修や中古住宅取得後のリフォーム等、防災以外を目的とした改修の機会が数多く存在する。これらの機会を積極的に活用し、現行の住宅改修支援制度に止水板・止水設備の設置※27、設備機器の高所化、宅地・基礎のかさ上げ、避難空間の確保等の耐水化対策を組み込むことも検討に値する。耐水化対策の具体的内容は、想定浸水深等のリスクレベルに応じて柔軟に設定すべきであり【図表9】、特に高リスク地域においては住宅本体のみで被害を防ぐことが難しいため、被害の軽減と早期復旧を可能とする措置を基本に据えるべきである。
| 想定浸水深 | 基本的な考え方 | 主な支援・耐水化対策の例 |
|---|---|---|
| 3m以上、または 家屋倒壊等氾濫想定区域 | 人命確保を最優先とし、より安全な場所への住み替えを基本とする |
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| 0.5~3m | 住み続けることを前提に、被害軽減・早期復旧を図る |
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| 0.5m未満 | 浸水の防止を基本とする |
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出典:国土交通省「洪水浸水想定区域図作成マニュアル」、同「治水経済調査マニュアル(案)」および住宅生産団体連合会「住宅における浸水対策の設計の手引き」をもとに筆者作成。浸水深3mは、想定最大規模の浸水深において一般的な家屋の1階天井付近(2階床面)に相当する区分である。
公的支援の対象となる区域であっても、比較的軽度な被害は発生しうるため、住民一人一人が居住地のリスクを理解し、自ら備えることが重要である。住宅の取得や住み替えの前後には、不動産事業者、金融機関、保険会社等との接点が集中的に生じる。住まいに関する意思決定が実際に行われるこれらの場面で、適切な情報を提供することは、関心が高い時点で判断材料を示すこととなり、それ自体が行動変容を促す有効な手法と考えられる。
行動科学の知見によれば、リスク情報は、①過去に実際に起きた出来事を示すこと、②他の選択肢と比較できる形で提示すること、③判断直前のタイミングで提供することが、行動変容につながりやすいとされる※28。
こうした考え方は、民間事業者との接点を活用した情報提供の手法に応用できる。例えば、住宅情報を紹介する際、当該地域の被災実績や建物の耐水性能を伝える、同条件の物件と浸水深を比較して提示する、火災保険の契約更新時に耐水化や公的支援制度等をあわせて案内する、リフォームの見積時に耐水施工した場合の費用も併記すること等が考えられる。これらは、単に水害リスクを伝えるだけでなく、適切な判断を後押しする例である【図表10】。
一方、売主・貸主との関係性を踏まえると、事業者が自主的にリスク情報を継続的かつ統一的に提供することには限界があり、個社の判断に委ねた場合には、十分な情報提供を行う事業者ほど競争上不利になる可能性もある。同様の課題に対しては、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定し、宅地建物取引業者が判断に迷うことなく適切な情報提供を行える環境を整備した先例がある※29。
そこで、政府は民間事業者が提供すべき水害リスク情報、提供のタイミング、行動科学(ナッジ等)を活用した伝え方を整理したガイドラインを策定することを提案する。業界共通の枠組みとすることで、リスク情報の提供が個社の善意に依存するのではなく、住宅取引等における標準的な実務として定着し、安全な居住地選択を社会全体で後押しすることが期待される。
| 主体 | 現状の主たる 説明資料 | 現状の主たる 説明方法 | 現行法規制・ ルール | 行動科学に基づく アプローチ(案) |
|---|---|---|---|---|
| 金融機関 (住宅ローン) |
| 契約時の対面/非対面での説明 | 金融サービス提供法:努力義務(法的義務は明確でない) |
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| 不動産会社 |
| 書面+口頭説明 | 宅地建物取引業法により2020年8月より義務化 |
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| 保険会社 (保険代理店) |
| 保険内容説明時に洪水リスクを提示 | 保険業法(適合性の原則)により、契約者の属性・状況に応じた補償内容説明義務 |
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現時点では、L2は全国的に利用可能な水害リスク情報の中で、最も活用可能性が高いとされている。一方で、L2は想定最大規模の降雨を基礎とした外水氾濫をとらえているため、災害発生頻度や内水氾濫等、地域特有のリスクを十分に反映しているとはいえない。将来的には、発生頻度、浸水継続時間、内水氾濫、および過去の浸水実績等の指標を総合的に組み合わせることで、個々の土地や住宅のリスクをより的確に評価しうる手法へと発展させていく必要がある。
現状、わが国においては多段階浸水想定図や水害リスクマップの整備が進められているが、今後はこれらを基盤としつつ、発生頻度や内水氾濫リスク等実際の状況に即した評価手法へと進化させ、公的支援の判断にも活用可能な全国共通の基準として制度的に位置付けることを提案する。
また、水害リスクは気候変動の進行や都市開発等の進展により、時間の経過とともに変化しうる性質を有するため、想定と実際の被害に乖離が生じていないかについて、継続的な検証が不可欠である。今後は、防災デジタルプラットフォームやデータ連携基盤等※30を通じて、自治体が保有する浸水実績に加えて、防災分野での応用を見据えて収集された損害保険会社による保険金支払データ等を統合的に照合・分析することで、水害リスク評価の高度化・精度化を図ることが望ましい。
なお、民間データについては支援対象を直接決定するものではなく、政府がその妥当性を確認した上で、公式地図や評価基準へ反映することで、リスク評価の継続的な高度化を推進する必要がある。さらに、住宅購入者等が耐水性能を容易に比較できるよう、耐浸水性能指標※31を住宅性能表示等へ反映し、居住地選択時に積極的に活用できる環境を整備することも重要である。
水害に強い「まち」の形成は、地域に暮らす人々の居住地選択に大きく支えられている。人々がどこに住み、いかにして地域を維持していくかという問いは、防災と密接に関わる根本的な課題である。ハザードマップ等により、水害リスクの可視化が進む中、被害は必ずしも「天災」の一語で片づけられるものではなく、どこに住むかという選択が被害の大きさを左右している側面もある。平時から水害リスクを踏まえた住まいの選択や、住み続ける場所での土地や建物の備え※32といった自助の積み重ねが、地域全体の被害軽減と防災力の強化へと結実する。
わが国では、水害リスクの高い地域で発生する経済的な損失は、保険制度や災害復旧・復興に係る公的負担等を通じて社会全体で分担されている。近年、水害の増加による支払保険金の増大に伴い、火災保険料率の見直しも繰り返されており、このままでは社会全体が負担するコストはさらに増大し、保険制度や公的財政の持続可能性にも影響を及ぼしかねない。こうした状況は、負担の公平性の観点から看過できない課題でもある※33。水害による社会的コストを可視化するとともに、ハード・ソフトの両面から被害そのものを減らす政策への転換が、今まさに求められている。
人口減少が進行する今日、立地適正化等を通じた都市構造の再編が求められる局面においては、個人の居住地選択段階から水害リスクを重視する視座が不可欠である。本提言は、被災後の復旧・復興に過度に依存するのではなく、平時から安全な居住地選択と住宅の備えを促すことで、社会的コストの抑制を図り、保険制度や公的財政の持続可能性向上にも資することを目指すものである。また、本提言は特定の地域からの人口流出を促すものではない。地方においても、同一の市町村内でより安全な場所を選択する余地は少なくなく、水害リスクを踏まえた居住地選択は、地方創生と両立しうるものである。
もっとも、先祖代々その地域に暮らしてきた人々や、経済的事情等から住み替えが困難な人々も少なくないことは十分に配慮すべきである。本提言は、そうした人々に対しても耐水化支援等を組み合わせることにより、社会全体の安全性を底上げすることを企図している。人口減少を迎える現代日本においては、水害リスクの視点から居住地選択を進めることが、水害に強い都市構造への転換を図る絶好の機会となりうる。
今後、制度を具現化していくにあたっては、住宅形態や居住実態の多様性を踏まえた柔軟な運用設計が求められる。本提言はまず、「水害リスクの低い居住地を選択する者に既存の公的支援を重点化する」という基本的枠組みを提示するものである。住宅取得や住み替えが日常的に行われる社会において、「水害リスクの低い居住地選択を支援する」という公的な判断軸を明らかにする意義は極めて大きい。
2026年11月の防災庁設置を見据え、居住地選択に水害リスクを的確に織り込んでいく取り組みは、個人の意思決定を起点に、防災、地方創生、住宅政策、さらには国土政策を有機的につなぐ基盤となる。新たな行政の司令塔の下、関係府省庁の緊密な連携を通じ、段階的な制度化に向けた検討が着実に進むことを期待したい。
【参考】

※イラストは生成AIにて筆者作成
【参考文献・出典】
※1)大雨で河川の堤防が決壊・氾濫した際、浸水が想定される区域として指定・公表されるものをいう。想定する降雨の規模により、計画規模(L1)と想定最大規模(L2)の二種類がある。本項(3)で詳述する。
※2)気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」の数値データをもとに算出。全国アメダスにおける年間発生回数を、統計期間当初の10年間(1976〜1985年)と最近の10年間(2016〜2025年)の平均で比較。3時間降水量は100mm以上が155.2回から248.0回(約1.6倍)、150mm以上が18.8回から32.9回(約1.8倍)、200mm以上が2.8回から5.9回(約2.1倍)に増えており、雨の強度が強いほど増加の度合いが大きい。1時間降水量は内水氾濫、3時間降水量は外水氾濫の要因となりやすい。
※3)国土交通省「水害統計調査」より、2009年から2023年の家屋被害額(全国計)を5年単位で算出。
※4)中野卓・木内望「水害リスクを踏まえた都市づくりにおける洪水浸水想定区域の活用可能性と課題」による。同論文は、水害回数が1以上の自治体を対象に被害の分布を分析しており、被害の半数は、当該902自治体(1,186自治体から水害を経験していない284自治体を除いたもの)の上位4.1%に当たる37自治体に集中している。なお、1,186自治体のうち約4分の1に当たる284自治体(23.9%)は同期間に水害を経験していない。5回以上経験した自治体は281(23.7%)、1自治体当たりの平均は3.13回である。また、【図表3】の被災家屋棟数(約100万棟)は内水氾濫等を含む全水害の集計であり、本注とは集計範囲が異なる。
※5)復旧費用の区分は、住宅生産団体連合会「住宅における浸水対策の設計の手引き」(2021年7月)に示された浸水想定区分による。区分1(現況地盤面から基礎天端まで、同0.4m程度)で新築工事費用の1%程度、区分2(基礎天端から現況地盤面+1.5mまで)で30〜50%程度、区分4(1階天井下から2階床上まで)で50〜80%程度とされる。なお、この区分は水害統計調査における被災家屋棟数の区分(床下浸水、床上浸水1〜49cm、50〜99cm、100cm以上、半壊、全壊・流失)とは異なる。水害統計では床上100cm以上が最も深い区分である。「1階の天井付近」は、国土交通省「洪水浸水想定区域図作成マニュアル」において、想定最大規模の浸水深3.0m以上に相当する区分とされる。
※6)秦康範・前田真孝「全国ならびに都道府県別の洪水浸水想定区域の人口の推移」災害情報 第18巻1号(2020年)による。計画規模(L1)の洪水浸水想定区域を前提とした推計値。同研究は2011年度時点の洪水浸水想定区域データを、1995年から2015年までの5時点の国勢調査メッシュに重ね合わせる方法をとっており、区域指定の拡大により新たに区域内となった人口の影響は含まれない。
※7)水防法(昭和24年法律第193号)。洪水等による被害の軽減を目的として、洪水浸水想定区域の指定、洪水ハザードマップの作成・周知、水防体制の整備等について定める。
※8)水防法(平成27年改正)第14条による。想定最大規模降雨に対応した洪水浸水想定区域の指定とあわせ、浸水継続時間の記載および家屋倒壊等氾濫想定区域の指定が加えられた。
※9)内閣府「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」(2018年12月)による。倉敷市洪水・土砂災害ハザードマップ(平成28年8月作成、平成29年2月更新)と実際の浸水範囲を比較したもので、「倉敷市真備地区の浸水範囲は、ハザードマップで示されている浸水想定区域と概ね一致」と記されている。
※10)令和元年東日本台風(2019年10月)について、国土地理院が作成した浸水推定図と自治体のハザードマップとの比較により、福島県・長野県等で両者がほぼ一致したことが報じられている(共同通信、2019年10月17日)。また荒川水系都幾川中流域(埼玉県東松山市)についても、現地踏査と空中写真判読に基づき、浸水域がハザードマップの想定浸水域内にほぼ収まっていたことが報告されている(日本地理学会「令和元年台風19号による災害」緊急報告会資料、2019年12月)。
※11)防災科学技術研究所「令和2年7月豪雨による熊本県人吉市及び球磨村渡地区の洪水被害の特徴」(2020年)による。2020年7月9日の現地調査で記録した実績浸水深を、人吉市総合防災マップ(2017年作成、計画規模)の想定浸水範囲・想定浸水深と対比したもの。同資料では「洪水ハザードマップは、実際の浸水被害を比較的正確に予測していると考えられる」とされる一方、想定浸水範囲がやや外側に広がった箇所や、想定浸水深が浅い場所で実績が上回った箇所があったことも記されている。
※12)国土交通省「洪水浸水想定区域の指定と洪水・高潮・内水ハザードマップの公表状況」による。想定最大規模に対応した洪水ハザードマップは、洪水予報河川・水位周知河川に対応するもので1,431市区町村中1,420(約99%)、令和3年の水防法改正で新たに対象となった中小河川に対応するもので1,633市区町村中1,104(約68%)が公表済みである。一方、内水(雨水出水)ハザードマップは1,121市区町村中186(約17%、令和7年3月末時点)、高潮は333市区町村中237(約7割、令和7年12月1日時点)にとどまる。
※13)小出桂靖・西崎健司「水害リスクが地価に及ぼす影響」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ(2022年)。想定浸水深が1メートル上昇した場合の地価下落は、住宅地で平均約1.1%、商業地で約4.7%。情報開示後、価格に反映されるまでには時間差があるとされる。
※14)国土交通政策研究所「住宅購入者の水災害リスクに対する意識の把握―水災害リスクの認知及び対策、居住地選択等に関する調査―」国土交通政策研究所紀要 第83号(2025年)。2015年以降に戸建て住宅を購入した1,142人への調査(2025年1月実施)。住宅購入時に重視する17項目のうち最も重視されたのは「価格」であり、「水災害・津波の受けにくさ」は上位に入らない。
※15)損害保険料率算出機構「住宅向け火災保険参考純率の水災料率を細分化します」(2023年6月)による。同資料では、水災料率を細分化しなかった場合と比較して、1等地の地域の保険料は平均で約6%低い水準、5等地の地域の保険料は平均で約9%高い水準となり、最も高い地域は最も安い地域に比べて約1.2倍の保険料になるとされている。これらの数値はいずれも保険料全体(火災、風災、雪災、水災等の補償合計)でのものであり、水災料率単体の較差は公表されていない。また、保険料が大幅に上昇しないよう激変緩和の措置が講じられている。
※16)米国の任意買取制度(voluntary buyout)は、連邦緊急事態管理庁(FEMA)の災害軽減補助金(Hazard Mitigation Grant Program)等により、洪水の常襲地域にある住宅を、住民の希望に応じて地方自治体が買い取るものである。1980年代以降の買取は累計4万3,000件を超えるとされる。一方、FEMA資金による買取案件の過半数は完了までに5年以上を要しており、手続きの長期化が指摘されている。また、買い取られた区画とそうでない区画がまだら状に残ること、移転先が必ずしも安全とは限らないことも指摘されている。(Mach, K.J. et al. (2019) "Managed retreat through voluntary buyouts of flood-prone properties," Science Advances 5(10)/Natural Resources Defense Council "Going Under: Long Wait Times for Post-Flood Buyouts Leave Homeowners Underwater")
※17)滋賀県流域治水の推進に関する条例(2014年施行)による。200年に1回の割合で発生する降雨を想定。浸水警戒区域は建築基準法第39条の災害危険区域として指定される。区域の指定は、地域における合意形成を経て「水害に強い地域づくり計画」を策定した後に行われる。
※18)滋賀県「水害に強い安全安心なまちづくり推進事業費補助金交付要綱」による。
※19)滋賀県流域治水推進審議会 重点地区における取組のあり方検討部会「重点地区において安全な住まい方を早期に実現するための提言」(2021年2月)。同提言では、区域指定に時間を要していること、指定に至らない区域において県による安全性の確認を経ずに住宅が新築される事例が生じていることが指摘されている。指定実績は滋賀県「滋賀県流域治水の推進に関する条例に基づく浸水警戒区域の指定について」(2026年3月末時点)による。
※20)宅地建物取引業法施行規則第16条の4の3(2020年8月28日施行)。水防法第15条第3項に基づき市町村が提供する洪水・雨水出水(内水)・高潮の各ハザードマップが対象であり、市町村が作成していない場合はその旨を説明する。土砂災害と津波については、それぞれ土砂災害防止法及び津波防災地域づくり法に基づき、従来から重要事項説明の対象とされている。
※21)前掲14による。2020年以降に住宅を購入した508人のうち、重要事項説明について「説明を受けたが特に気に留めなかった」10.6%、「説明があったか覚えていない」23.8%。
※22)人口減少にともなう空き家の増加、インフラの老朽化を背景に、立地適正化をはじめとする都市構造の再編が進められている。しかし、居住誘導区域には、洪水浸水想定区域が含まれる場合もある。国土交通省都市局が立地適正化計画において居住誘導区域を設定している341都市を対象に行った調査(令和2年10月末時点)によると、居住誘導区域に浸水想定区域を含む都市は307都市(90.0%)である。また、居住誘導区域内の面積を浸水深別にみると、想定最大規模降雨(L2)では、浸水想定区域外が55.6%、浸水深3m未満が14.7%である一方、3〜5mが17.8%、5m以上が11.9%を占めており、浸水深3m以上の範囲が約3割にのぼる。
※23)本提言は、洪水浸水想定区域に暮らす人々に移転を求めたり、行政に移転先の確保を促したりするものではなく、憲法が保障する居住・移転の自由を制限するものでもない。限られた公的支援の配分の優先順位を定めるものである。
※24)浸水深3mを基準とする理由は3つある。①国土交通省「洪水浸水想定区域図作成マニュアル」において、3mは一般的な家屋の1階天井付近(2階床面)に相当する区分とされ、屋内での垂直避難が成り立たなくなる深さにあたる。②既存の政策においても同じ深さが用いられている。市街化調整区域では、令和2年の都市計画法改正により、浸水想定区域のうち浸水深3m以上の区域等が開発許可の対象から除外され、住宅の省エネ化に係る補助事業においても、市街化調整区域のうち浸水想定高さ3m以上の区域が補助対象から除外されている。③支援を重点化する範囲として釣り合いがとれる。対象103水系の集計では、想定最大規模(L2)の全域に占める割合は、0.5m以上(1階床上)で87.7%、3.0m以上で37.1%、5.0m以上(2階軒下)で15.6%であり、0.5mでは区域の大半が対象となって重点化にならず、5.0mでは対象が限られる。なお、家屋倒壊等氾濫想定区域を組み合わせるのは、浸水の深さだけではとらえきれない危険があるためである。同区域は氾濫流の速さや河岸の侵食によって設定されるため、浸水深が浅い区域にも指定されうる。
※25)令和4年度税制改正により省エネ基準に適合しない新築住宅を住宅ローン控除の対象外とした(2024年以降の入居分)。これは2050年カーボンニュートラルの実現に向けた措置である。さらに、2025年4月以降に建築確認を受ける新築住宅については建築物省エネ法により省エネ基準への適合が義務化された。
※26)宮城県大崎市「宅地かさ上げ等事業費補助金交付要綱」による。補助率は経費の2分の1、上限100万円。浸水想定区域では、想定水位以上に居室の床面等が確保される場合に限る。
※27)前掲5による。同手引きでは、住宅本体で浸水そのものを防ぐ対策が有効なのは基礎天端程度までとされ、それを超える浸水深については、浸水を前提として被害を軽減し復旧を容易にする設計の考え方が示されている。
※28)行動科学の知見のうち、金銭的な損得を変えずに、情報の示し方や提供の時点を工夫することで望ましい行動を促す手法をナッジという。環境省は2017年に日本版ナッジ・ユニット(BEST)を設置し、行政分野における行動科学の活用を進めている。
※29)国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)。同ガイドラインは、過去に生じた人の死に関する事案について、調査や告知の判断基準が明確でないことから、円滑な不動産取引を阻害するとの指摘を受けて策定されたものである。宅地建物取引業者が売主・貸主に告知書等への記載を求めることにより、一定の調査義務を果たしたものと整理する等、取引現場における共通ルールを示している。
※30)内閣府は、国の各機関、地方公共団体、指定公共機関等が互いに有する情報を集約・共有し活用できるようにするデジタル連携の基盤を「防災デジタルプラットフォーム」と称しており、令和7年12月までの構築完了を目指すとしている。その中核を担う新総合防災情報システム(SOBO-WEB)は令和6年4月に運用を開始した。あわせてデジタル庁は、住民支援のためのアプリ開発・利活用の促進を図るためデータ連携基盤の設計・構築を進めており、その構築に当たっては新総合防災情報システムとのデータ連携に向けた取組みが進められている。
※31)国土交通省 令和5年度建築基準整備促進事業「M9 住宅の洪水時の耐浸水性能に関する検討」(一般財団法人日本建築防災協会、国立研究開発法人建築研究所との共同研究)。戸建て住宅等の購入者等が参照可能な耐浸水性能に関する指標を検討し、日本住宅性能表示基準および評価方法基準に反映することを目的として実施されている。なお、現行の日本住宅性能表示基準は新築住宅について10分野33項目を定めているが、水害・浸水を評価する項目は含まれていない。
※32)水害への備えは、一軒ごとの対応だけで完結するものではない。個々の住まいの工夫は、流域全体で水を受け止め、被害を抑える取組みの一部でもある。特に都市部における雨水流出抑制については、別途提言する「雨水流出抑制の充実を通じた都市型洪水被害の軽減―第6次社会資本整備重点計画の推進に向けて―」(MS&ADインターリスク総研、2026年6月)において詳述している。
※33)損害保険料率算出機構は、2023年6月に住宅向け火災保険参考純率の改定を届け出、全国一律であった水災料率を市区町村別に5区分へ細分化した。同機構は細分化の背景として、地域間の水災リスクの違いによる保険料の公平化を図る必要があること、および、ハザードマップ等により保険契約者が得られるリスク情報が充実する一方で、自らのリスクは低いと判断した契約者が保険料節減の目的で水災補償を外す傾向にあり、今後の水災保険料の値上げにつながることで水災補償をつけられない人が生じる可能性があることを挙げている。各損害保険会社の商品への反映は2024年10月以降である。
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【お客さま事例】三井住友海上が実践型研修で育てるカーボンニュートラル推進人財


話を聞かせてもらった三井住友海上の3人。
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ーーはじめに三井住友海上がカーボンニュートラル領域の商品やサービスを強化している背景を教えてください。
小林)当社も一員となっているMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスでは、現在社会インフラとしての保険を持続的に提供し、環境と社会の持続可能性向上と当社の企業価値向上を実現することを掲げています。
この中で「自然災害への対応」を経営重要課題の1つに定めています。背景にあるのが、気候変動や自然資本の毀損による自然災害の増加や激甚化で、これらは社会の安心や安全を脅かすだけではなく、保険の引き受け・支払いといった損害保険事業の持続可能性に直接影響を及ぼすという危機感があります。


小林氏は、SX推進チームで
サステナビリティ・トランスフォーメーションをけん引し、
社会課題の解決と企業の持続的な成長の実現に取り組んでいる。
こうしたことを踏まえて、カーボンニュートラル・脱炭素を重要なテーマの1つとして捉えています。具体的な取り組みとして自社の温室効果ガス(GHG)排出量削減に加えて、保険引受先や投融資先とサステナビリティ課題について意見交換する「サステナビリティ対話」の実施、脱炭素化に資する商品やサービスの提供を通じたお客さまや地域社会のカーボンニュートラルの移行支援に取り組んでいます。
ーーその一環としてどのような取り組みをされているのでしょうか。
福原)当社は新たに「MS&ADカーボンクレジット※1」というJ-クレジット※2の創出と販売の事業を開始しました。
※1「MS&ADカーボンクレジット」のプレスリリースはこちら(2026年4月17日)
※2 J-クレジット制度:省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2などの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2の吸収量を「クレジット」として国が認証する公的な制度。
なぜこの事業を開始したのかというと、企業ごとに政府から排出量の枠が割り当てられ、その枠の余剰・不足分を取引する「排出量取引制度(GX-ETS)」の第2フェーズが2026年4月から始まったからです。
これにより、これまでは努力目標だった企業のGHG排出量削減に向けた取り組みが、一部の企業※3で義務化されることになります。
※3 CO2直接排出量(Scope1)が直近3か年度平均10万トン以上の企業(300~400社程度)が義務化対象となる見込み。


福原氏は社会課題解決型ソリューションの企画開発を行う
事業ソリューション開発グループに所属し、
脱炭素やエネルギー領域の事業を担当する。
カーボンニュートラルに資するサービスを提供するという当社の方針、そしてGX-ETSによって排出量取引のマーケットができることの2点から、このビジネスに参入すべきだと考えました。
ーー損害保険会社としてJ-クレジットの創出・販売事業に参入する意義をどのように考えていますか?
福原)GX-ETSやJ-クレジットなどの制度の本質的な意義は、中小企業や個人が行っているCO2排出量削減取り組み・CO2吸収量増加取り組みをJ-クレジットという形で環境価値を見える化し、大企業がこれを購入し、さらなるカーボンニュートラル取り組みに投資が行われるという資金循環を作っていくことだと考えています。
当社は損害保険会社として日ごろの営業活動を通じて、個人と中小企業、そして大企業の双方と接点を持っていることから、この資金循環を回していく役割を担う社会的な意義があると考えています。


※イラストは生成AIを使って作成しています
ーーサービスの提供に合わせてMS&ADインターリスク総研の“実践型”カーボンニュートラル研修を実施しているということですが、どのような課題感から研修を行おうと考えたのですか。
西嶋)我々としては先ほど説明があったように、保険会社としてJ-クレジットの創出・販売事業に参入する意義があると考えていますが、創出と販売を仲介したからといって直接的に保険料収入につながるわけではないことも事実です。
このため、日々お客さまと接している営業担当者がこのサービスを「お客さまから最も選ばれる保険会社」として提供するサービスと認識してもらう必要がありました。


西嶋氏は、福原氏と同じグループで
脱炭素とエネルギー領域のリーダーを務め、
次世代モビリティ領域も担当する。
このサービスを環境貢献・社会貢献というイメージでとらえられてしまうと、本業とは別のテーマに見えてしまうことから、まずはカーボンニュートラル・脱炭素を“自分ごと化”し、「お客さまとの対話のテーマ」の1つとして扱えるように研修を実施することにしました。
ーー研修はどのような点を重視して、全体のプログラムを検討したのでしょうか。
小林)脱炭素や気候変動などのサステナビリティのテーマが、決して現場の仕事と無関係ではないということを、受講者に具体的にイメージしてもらうことを重視しました。
そのため、受講者が自分の業務やお客さま対応とどのようにつながっているのかを理解できるよう、単なる知識の習得にとどまらず実務や事業との接続まで落とし込んだ実践的な内容にしました。
| 日程 | 内容 |
|---|---|
| 研修1日目 | 脱炭素の基礎知識に関するセミナー |
| お客さまとの会話を想定した「MS&ADカーボンクレジット」「脱炭素支援メニュー」提案のロールプレイング研修 | |
| お客さまへの提案を設計するための「ターゲットシート」作成演習 | |
| 研修2日目 | 脱炭素ビジネスカードゲーム研修※4 |
| 研修3日目 | 「ターゲットシート」を使ったお客さまへのアプローチ状況確認 |
| アプローチ状況と成果の発表 |
2026年度は上記の内容を5か所で実施予定
※4 脱炭素ビジネスカード研修の詳しい内容は以下の記事をご覧ください
「脱炭素を自分事として体験できるビジネスカードゲーム研修とは?1人の行動がみんなの未来を変える」


これまでに227名の営業部門の担当者が参加し、2回目、3回目も同程度の人数が参加する予定です。
ーー研修の受講者からはどのような反応がありましたか。
西嶋)研修の中では、ターゲット別のアプローチ方法を整理したり、お客さまとの会話を想定した提案のロールプレイングをしたりしたことで、「これまであいまいだった内容が、具体的な営業イメージにつながった」という声が多く上がっています。
また、今後は実際の取引先とサステナビリティに関する対話を深めたり、自治体・金融機関・中小企業・代理店への提案活動に活かしたりしたいという声もありました。
中には、今回の研修を通じて環境省の認定制度「脱炭素アドバイザー※5」の資格を取ったという社員もいて、「脱炭素も自分の仕事に活かせる」という空気感が醸成できつつあるとも感じています。
※5 脱炭素化のアドバイスや実践支援を行う人財育成を国が後押しする施策として、2023年10月に創設された制度で、能力や役割によって、ベーシック、アドバンスト、シニアの3つのレベルに分かれる。


研修の企画・運営をお願いしたMS&ADインターリスク総研が当社グループの一員であることから、グループの取り組みに理解があり、本音ベースで研修プログラムの相談をできた点も、受講者の納得感を得るうえで非常に大きな要因の1つだと考えています。
ーーカーボンクレジットの創出・販売事業に関する今後の展望を教えてください。
西嶋)定量的な目標としては、2030年度までの累計の取扱高40億円を目指しています。また、2027年4月には当社はあいおいニッセイ同和損保と合併し新会社ができますが、GX領域において新会社が一番に想起されるようになっていくことが定性的なゴールです。
そのためにも、この研修などを通じて脱炭素・カーボンニュートラルやカーボンクレジットのサービスを深く理解するアンバサダーとなるような人財を数多く育成して、全国各地の現場で研修を実施するなどして推進できる人が増えていくと心強いですね。
小林)全国各地の皆さんが実践された取り組みや得られた情報を集約・分析して優れた事例を横展開しながら、脱炭素を1つの戦略として事業戦略や商品・サービスなどの企業価値向上にしっかりと結び付けていきたいと考えています。
今後も、自然災害リスクの低減や地域全体のレジリエンス向上に取り組むとともに、お客さまや社会全体のカーボンニュートラルへの移行を支援し、脱炭素社会の実現を力強く後押ししていきたいと思います。
(本インタビューは、2026年6月22日に実施されたものです)
脱炭素経営は、今や企業にとって避けては通れない課題です。一方で「どこから始めればよいか分からない」「社内の意識がなかなか高まらない」「排出量の算定や報告が難しい」といった声も多く聞かれます。MS&ADインターリスク総研は、そんな貴社のお悩みを解決するため、次のようなメニューでサポートします。
貴社の状況にあわせて最適なプランをご提供しますので、お気軽にご相談ください
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令和8年熊本地震 特設ページ
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【お客さま事例】村田製作所さま『流域リスクレンズ』を活用した水リスク評価の高度化とTNFD対応への第一歩
ーー村田製作所さまの事業概要と環境への取り組みについて教えていただけますでしょうか。
鵜近)当社は、電子部品の研究、開発、製造、販売を行う総合電子部品メーカーで、世界各地に生産拠点があります。これまでも事業を通して社会の発展や技術革新への貢献を目指してきましたが、近年は特に、水資源や生物多様性を含む自然資本への対応を重要な経営課題と位置付けています。


村田製作所サステナビリティ推進部の
鵜近洋次郎氏(右)と五十嵐郁貴氏(左)。
こうしたなか、私たち、サステナビリティ推進部では水資源や生物多様性に関するリスク評価、情報開示、社内施策の推進を担当しています。
ーー水資源や生物多様性を含む自然資本への対応が重要な経営課題となっている背景にはどのようなことがあるのですか。
五十嵐)実は当社では創業者の村田昭の時代から環境への取り組みを続けています。当社の社是の中には「独自の製品を供給して文化の発展に貢献し」「会社の発展と協力者の共栄をはかりこれをよろこび感謝する人びととともに運営する」という記載があります。


画像提供:村田製作所
当たり前の話ではありますが、事業を続けていくためには当社を取り囲むコミュニティや環境があることが大前提です。こうしたコミュニティや環境と「共栄」し、一緒に「よろこび」をわかちあえるような存在でありたいということが、当社の理念です。
こうした基本理念に基づき、当社の事業活動は自然の恵みに支えられているという認識のもと、限りある地球の資源を大切に使い、社会全体の環境負荷の低減に貢献できるよう取り組みを続けています。
その中でも近年は、世界人口の増加や気候変動の影響を受けて、水資源の重要性や水リスクに対応する必要性が高まっていると認識していて、水リスクへの対応も含めた環境活動を推進しています。
ーーそうした活動の中で、今回、MS&ADインターリスク総研の水リスク分析サービス『流域リスクレンズ』の提供前の検証(POC)にご協力いただきました。背景にはどのような課題意識があったのでしょうか。
鵜近)先ほどお伝えしたように、事業活動において環境への負荷を低減できるように取り組んできているのですが、近年は環境・社会・ガバナンスのESGを経営に組み込み、持続可能な企業価値向上を目指すことがこれまで以上に求められるようになっています。


鵜近氏は、長く蓄電池製品の企画・マーケティングを務め、
2023年よりサステナビリティ推進部で環境企画チームリーダーを担う。
中でも、自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を把握し、それを経営に反映して開示するTNFD※1への対応が必要になっています。
※1 TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures):自然関連財務情報開示タスクフォースは、企業や金融機関が自然関連のリスク・機会について管理および情報開示をするためのフレームワークの構築を進める国際的な枠組み。
そのTNFD対応の本質は、当社を取り巻く自然環境を経営課題としてとらえ直しリスクと機会を整理して、事業戦略や資本配分に落とし込めるかだと理解しています。
これを踏まえると、これまで「当社の事業活動において欠かすことのできない水資源」と考えて取り組んできた排水管理や水使用量の削減といった活動は、流域にどのような影響を与えていて、そのことが将来の事業リスクや成長機会にどうつながるのかを分析し直す必要がありました。
五十嵐)TNFDでは、事業判断につなげられるようにどこに重要な自然関連のリスクと機会があるのかを特定するため、国内に50か所ほどある拠点の水リスクと売上への影響などを踏まえて優先順位を付ける必要がありました。
ただ、従来の環境活動では各拠点がある流域ごとの水リスクまでを把握していませんでしたので、優先順位付けするためにも科学的な根拠が必要でした。
このため、既存の水リスク評価ツールも活用してみましたが、広域的な水リスクを把握することはできても、拠点ごとの水リスクを事業判断に活用できるレベルで評価することは難しいという課題がありました。例えば、ある拠点で将来的に水が枯渇するリスクがあるのかどうかといった点までは把握できませんでした。


五十嵐氏は2022年に村田製作所に入社し、
安全衛生・環境マネジメントシステムを推進し、
2024年から鵜近氏とともにTNFD対応に取り組んでいる。
各自治体にある河川流量、ダム貯水量、水質などのデータを調べればわかるのかもしれないと考えましたが、データを集める時間とコスト、それにそのデータからリスクの有無を読み解く専門的な知識が必要となるため、どうしたらよいのか正直困っていました。
そんなときにお声がけいただいたのが『流域リスクレンズ』のPOCでした。
ーー『流域リスクレンズ』のPOCでは、どのような分析をしたのでしょうか。
五十嵐)ステップ1とステップ2の2段階で分析していただきました。
まずステップ1では、当社の方で選んだ18拠点で水リスクのスクリーニングを行ってもらいました。取水と排水の両面から水リスクを数値化したことで、拠点ごとのリスクレベルを“見える化”することができました。


※村田製作所の分析結果ではありません。
これによって世界地図のレベルでは把握できなかった拠点間のリスクの差が明確になり、どの拠点を重点地域として扱うべきかの判断材料が得られたと考えています。TNFDのLEAPアプローチ※2における「重点地域の特定」にも活用できる成果だと考えています。
※2 LEAPアプローチ:企業が自然との接点を発見し(Locate)、依存関係と影響を診断し(Evaluate)、リスクと機会を評価し(Assess)、開示への対応を準備する(Prepare)ための実践的ガイダンス。
次のステップ2で、18拠点の中から3拠点を選んで、より詳細な流域の解析を行ってもらいました。水源や排水先から市街地を含む流域の水の流れを解析して、当社がどの流域、涵養域の水を取水しているのか、排水が流域のどこに影響するのかが地図上で可視化されて非常にわかりやすかったです。


※村田製作所の分析結果ではありません。
次のような点が、今回解析をして初めて得られた知見でした。
解析結果を見たときに、科学的根拠に基づいて説明できる状態に一歩近づけたと感じました。
ーー『流域リスクレンズ』で拠点の水リスクを分析してみて、今後のアクションとしてどのようなことができそうだと考えていますか。
鵜近)これまでの環境活動は「自分たちで排水管理をする、取水利用を削減する」といった形で、自社内の取り組みにとどまっていました。それが、今回の分析によって、ある拠点の取水は上流のダムと関係があり、そのダムに渇水リスクがある場合には「ダムの管理者とのより密接なコミュニケーションが必要」という形で、外部の関係者との連携が必要となることがわかりました。
排水でも、最終的にはある湖に流れ込むことが見えれば、拠点の関係者とのコミュニケーションでも「湖周辺の地域社会や生態系にも影響するから、排水管理を徹底してほしい」といった形で、ただ管理の徹底を伝えるよりも、具体的にイメージができるようなコミュニケーションに変化していくと思いました。


改めて、当社が利用する水資源は工場の敷地内で完結するものではなく、森林からダム、そして河川を通じて取水させていただき、排水したら河川を通して湖や海に流れ、地域住民や生態系に影響するという流域のつながりを実感することができました。
ーー今後の展望を教えてください。
鵜近)先ほどもお話ししましたが、今回の水リスク評価を行ってみて、水源管理者とのコミュニケーションや、流域に暮らす市民への影響も考慮した排水管理といった形で、当社が流域に関わる主体の1人として、さまざまなステークホルダーと一緒にリスクの低減に取り組む必要があることを痛感しました。
その意味では社是で掲げている、コミュニティや環境と「共栄」し、一緒に「よろこび」をわかちあえるような存在でありたいという理念は間違っていなかったと思うとともに、その理念をTNFDの枠組みを活用しながら具体的な行動へとつなげていく必要があると考えています。
水はみんなのものだから、当社だけで独占せずに、使ったらきちんときれいにして戻す。当社の事業活動によって、自然環境に悪影響を及ぼさない。それを日本に限らず世界の拠点で実施していかなければならない。こうした使命感を持って、水資源の保全と管理を行っていきたいと考えています。
(本インタビューは、2026年7月6日に実施されたものです)
MS&ADインターリスク総研の『流域リスクレンズ』は、企業拠点の取水・排水情報に加えて、流域の水の流れ、気候変動影響、保護地域や重要自然エリアの近接性を踏まえて、リスクをスコア化するだけではなく、実務に落とし込んだ対応策を提供するサービスです。

個々の拠点や流域の特長に沿った課題の把握や具体的な対応策の検討ができるように、水リスクのモデル化・解析で高度な技術力を持つ「地圏環境テクノロジー」と共同で開発しました。
地圏環境テクノロジーの詳細HPはこちら:https://www.getc.co.jp/case-study/203/
複数拠点の中からリスク拠点をスクリーニングし、さらに個別拠点の詳細評価まで実施 。現場で活用できる実務的な情報 、ESG開示・TNFD対応・BCP・設備投資に役立つ情報をご提供します。
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災害時の自動車避難に関する意識調査 ~車で避難したい意識と、その背景にある認識【リサーチレター(2026年8月)】
避難とは、危険のある場所からより安全な場所へ退避すること、あるいは安全な場所にとどまることを指す。内閣府が作成した「避難情報に関するガイドライン」には、「自然災害に対して行政に依存し過ぎることなく、『自らの命は自らが守る』という意識を持ち、自らの判断で主体的な避難行動をとることが必要である」と記載されている。
主体的な避難行動が必要である一方、我が国では避難行動における自動車利用の是非がたびたび議論されてきた。たとえば、東日本大震災の津波の際には、多くの生存者が自動車で避難していた一方で、自動車内で発見された犠牲者も報告されている。
自動車による避難は必ずしも安全とはいえない。内閣府も前述のガイドラインにおいて、「自動車による避難は、移動中に洪水等に見舞われることや渋滞を発生させるおそれがあることに留意すべきである」としている。
近年、防災における自助の重要性が強く呼びかけられるなかで、自家用車を保有する住民は自動車による避難についてどのように考えているだろうか。MS&ADインターリスク総研は、2026年7月に、自動車の保有者1,000人を対象にアンケート調査を実施した。本稿では、本調査の結果および分析結果を紹介する。
2026年7月2日~6日の間にインターネットによる調査を行った。
① 「自家用車を保有していて、よく自分も運転する」1,000人のうち、
② 居住地が「公共交通が不便で、自家用車がないと日常生活(買い物・通院)が困難な」地域(自家用車が必要)の500人および、
③ 居住地が「鉄道やバスなど交通環境が充実しており、自家用車がなくても日常生活に支障がない」地域(自家用車がなくても支障がない)の500人
1,000人(男性751人、女性249人)
| 職業 | 人数 |
|---|---|
| 会社員 | 442 |
| 会社経営・役員 | 30 |
| 公務員 | 40 |
| 自営業・自由業 | 107 |
| 団体職員・各種法人 | 14 |
| 派遣社員 | 17 |
| パート・アルバイト | 111 |
| 学生 | 3 |
| 専業主婦・主夫 | 63 |
| 無職(定年退職者を含む) | 166 |
| その他 | 7 |
| 合計 | 1,000 |
| 居住地域 | 人数 |
|---|---|
| 北海道・東北 | 126 |
| 関東 | 373 |
| 中部 | 187 |
| 関西 | 163 |
| 中国・四国 | 80 |
| 九州・沖縄 | 71 |
| 合計 | 1,000 |
本調査では、避難が必要になる可能性の高い主な災害6種類(大規模な火災、高潮、土砂災害、洪水、津波、地震)それぞれのケースで、回答者に自宅から避難をする際に自動車を使いたいかどうかを聞いた。自動車による避難の意向が最も高かったのは、「大規模な火災」のケースで、「そう思う」と「ややそう思う」の合計が62.4%となった(図表1)。この設問で言うところの「自動車で避難する」とは自動車で安全な場所へ退避する(移動)および、安全な場所にとどまる(車中泊)ことである。


図表2では、回答者の自動車による避難の意向の強さを把握するため、図表1の回答データを、自動車による避難をしたいと思う(「そう思う」あるいは「ややそう思う」)と回答した災害の種類数(最大6)をもとに集計した。
その結果、0種類(自動車避難をしたいと思わない)の回答者は28.5%、1~5種類の災害で自動車による避難をしたいと思う回答者は32.8%であった。6種類全ての災害で自動車による避難をしたいと思う回答者は38.7%(387人)で、自動車による避難の意向の最も強い回答者群といえる。なお、いずれかの災害で自動車による避難をしたいと考えている回答者は71.5%に上る。


また、ここでは、自家用車が必要な地域の回答者500人と、自家用車がなくても支障がない地域の回答者500人でそれぞれ同様の集計を行った。その結果、すべての災害で自動車による避難をしたいと思う回答者は、自家用車が必要な地域で46.6%、自家用車がなくても支障がない地域で30.8%と差異が見られた(図表3)。
自動車による避難の意向は、自家用車がなくても支障がない地域よりも、自家用車が必要な地域の回答者の方が強い傾向がうかがえる。しかし、自家用車がなくても支障がない地域の回答者の3割超が自動車による避難について強い意向を持っていることには留意が必要である。地域の交通事情は自動車による避難意向に一定の影響を及ぼす可能性があるが、それだけでは十分に説明できず、他の要因の影響も示唆される。


本調査では、回答者に自動車による避難のメリットについて徒歩との比較で聞いた。自動車による移動に関するメリットでは、「早く遠くに移動ができる」(68.7%)が最も回答が多く、「必要物資を運ぶことができる」(61.5%)がそれに続いた(図表4)。なお、「安全に移動ができる」は22.5%と比較的評価が低かった。


避難所との比較での車中泊による避難のメリットに関しては、「周囲に気を遣わずにプライバシーを確保できる」が69.8%と最も多かった。「エアコンや充電環境を得られる」(35.1%)がそれに続く。「特にない」が9.5%であった。(図表5)。


本調査では自動車による避難をしたいとした回答者に、想定される避難先を聞いている。図表6は、図表2で示した自動車による避難の意向の最も強い回答者群(6種類全ての災害で自動車による避難をしたいと思う回答者)387人の想定する避難先を集計したものである。
最も多かった回答は「避難所」の48.6%で、「屋外駐車場」の43.4%がそれに続く。「なにも想定していない」が20.7%となっている。


本調査では、回答者に自動車による避難のメリットについて聞いているが、自動車による避難はメリットだけではなく、それにともなうリスクが指摘されている。本調査では、自動車による避難における主なリスク3つについて、回答者がどの程度認識をしているかを探った。
災害時の道路は平時と同様に通行ができるとは限らず、かえって避難が困難になり、逃げ遅れる可能性があることが指摘されている。その点について回答者に聞いた結果、「詳しく知っている」と「知っている」の合計は65.5%であった(図表7)。


車中泊は、車内で過ごすことでエコノミークラス症候群、熱中症、一酸化炭素中毒に罹るリスクが指摘されている。その点について回答者に聞いた結果、「詳しく知っている」と「知っている」の合計は79.0%と、多くの回答者がそのリスクを認識していた(図表8)。


災害時にたくさんの人が自動車で避難を試みることで渋滞が発生し、優先されるべき緊急車両の通行が困難になることが指摘されている。その点について回答者に聞いた結果、「詳しく知っている」と「知っている」の合計は74.5%と、多くの回答者がその問題を認識していた(図表9)。


前項では、回答者の自動車による避難に伴う各種リスクの認識を確認した。これに対し本項では、回答者がそれらのリスクを認識したうえでなお、自動車による避難の意向があるかどうかを探った。本調査では前項で挙げた3つのリスクとメリットの関係を聞いている。
その結果、リスクは広く認識されていた一方で、メリットがそれを上回る価値があるとする回答が過半数を占めた。これらから、自動車による避難を肯定的に捉える意識が一定程度存在することがうかがえる。
自動車による避難のメリットが、避難が困難になるリスクを上回る価値があるかという設問について、「そう思う」と「ややそう思う」の回答の合計は60.4%であった(図表10)。


車中泊による避難のメリットが、健康リスクを上回る価値があるかという設問について、「そう思う」と「ややそう思う」の回答の合計は53.9%であった(図表11)。


自動車による避難のメリットが、緊急車両の通行を止めてしまう可能性を上回る価値があるかという設問について、「そう思う」と「ややそう思う」の回答の合計は50.4%であった(図表12)。


「いつ、どこへ、どう避難するか」を適切に判断するためには、自治体の発信する、その地域の状況に最も即した避難に関する情報を確認しておくことが重要である。本調査では、回答者が住む自治体の発信する災害時の避難に関する情報をどの程度認知しているかについて探った。
一般的に、多くの自治体では災害時には原則として徒歩による避難を呼びかけており、やむを得ない事情がある場合に自動車による避難を容認しているケースが多い。特に震災・津波のケースでは徒歩による避難が原則とされている。この点について回答者に聞いた結果、「あまり知らない」と「全く知らない」の回答の合計は50.0%であった(図表13)。


前述の通り、「いつ、どこへ、どう避難するか」を適切に判断するためには、自治体が指定する避難場所・避難所およびそこへ行くために奨励されている方法を確認しておくことが必要である。この点について回答者に聞いた結果、「確認したことがない」と「今後も確認しないと思う」の回答の合計は48.6%であった(図表14)。


自動車による避難を行う場合には、その自治体が自動車による避難に対してどのような方針で、どういう措置をとっているかを把握することが重要である。例えば自治体が保有する施設の駐車場を開放するケースもあるため、それをあらかじめ把握しておけば避難先の選定に困ることは少なくなる。この点について回答者に聞いた結果、自治体の措置については「わからない」の回答が57.3%であった(図表15)。


本調査の発見は、災害時の自動車による避難が「リスクを認識しつつも、なお選択されやすい行動」になっていることである。これまで述べた本調査の結果からは、大規模な火災、高潮、土砂災害、洪水、津波、地震の6種類いずれかの災害で自動車による避難をしたいと考えている回答者は7割を超える。そして自動車による避難にともなう道路混雑や健康被害などのリスクは広く認識されているが、自動車による避難がそれらのリスクを上回る価値があると考える回答者は半数を超えている。
ただし、本調査の結果からは徒歩による避難の原則や、自治体の自動車による避難に対する施策に関する回答者の認知は十分とはいえないことも分かっている。つまり、現状では回答者が自動車による避難について適切に判断するための材料が十分ではないまま自動車による避難の意向を示している可能性がある。本章では、それらの点について述べる。
自動車による避難を考えるうえでは、国や自治体が示す徒歩避難の原則と背景を知っておくことは重要である。災害発生時に、交通渋滞による逃げ遅れ、緊急車両の遅れ、交通事故などの二次災害を防ぐためには、要配慮者の避難などやむを得ない場合を除き、住民の自動車による避難を抑制する必要が生まれる※1。上記のような課題を考慮し、我が国の防災基本計画には、「地震・津波発生時には、家屋の倒壊、落下物、道路の損傷、渋滞・交通事故等が発生するおそれがあることから、津波発生時の避難については、徒歩によることを原則とする」と記載されている。
自治体では上記の徒歩避難の原則の対象を災害全般に拡大して、住民に徒歩での避難を呼びかけているケースも多い。例えば、神奈川県平塚市は、「自動車を使用した避難は、車での移動中に洪水や土砂災害などに巻き込まれたり、車内で長期間過ごすことで健康被害に遭ったり、様々なリスクを伴います。高齢者や障がい者などの要配慮者の方と同行避難する場合等、やむを得ず自動車で避難する場合を除いて、災害時は徒歩で避難を行いましょう」と広報している※2。
徒歩避難の原則は、上記のように自動車による避難のリスクとセットで周知されていることが多い。しかし、本調査の結果では、図表7、8、9で示したように回答者の自動車による避難にともなうリスク認識は6割半ば~8割弱であったのに比べて、徒歩避難の原則の認知は半数にとどまる※3(図表13)。
※1)徒歩が80%、自動車が20%の状態から、自動車避難の割合が増加すると渋滞等の影響により避難完了率が低下するシミュレーションもある。宮城県 仙台市危機管理局防災・減災部防災計画課(2013)『津波避難施設の整備に関する基本的考え方』
※2)やむを得ず自動車で避難する場合には、自宅が被災した、ライフラインが停止した、避難所が開設されない、という事態で車中泊を余儀なくされるケースも考えられる。
※3)ただし、徒歩避難の原則の認知が必ずしも自動車による避難を抑制するとも限らない。2025年12月の青森県東方沖を震源とする地震の際、青森県八戸市では、徒歩避難の原則が市民の約8割に浸透していたが、避難者の約8割が自家用車を使ったことがアンケート調査でわかっている。読売新聞オンライン「津波避難は徒歩」8割は知っていたが…8割が車で避難の実態判明…市長「抑制の検討進めたい」2026/06/17
本調査の結果では、自動車による避難の意向の最も強い回答者群(6種類の全ての災害で自動車による避難をしたい回答者)387人の約半数が避難先として「避難所」を想定していた(図表6)。自動車で避難所へ行く場合は、避難所の車両受け入れ方針との整合に留意が必要である。
例えば、神奈川県平塚市は、「指定している学校等の避難場所(避難所)は、原則として避難者用の駐車場がありません」と広報している。車両の受け入れをしない避難所に多くが車で乗り付けた場合、訪れる車両と引き返す車両で避難所周辺が混雑するという問題につながる可能性がある。
加えて、図表6で示した調査結果のうち、避難先を「なにも想定していない」回答者が2割超であったことにも注意したい。人々が避難先を想定しないまま自動車による避難を行うことは、行先の定まらない自動車が主要道路や駐車スペース付近で混乱を起こすおそれがある。本調査の結果からは、回答者の半数近くが自治体が定める避難場所・避難所および奨励されている避難方法について、確認をしていないことがわかっている(図表14)。
本調査では、図表10、11、12で示した通り、回答者の過半数が、自動車による避難が道路混雑や健康被害などのリスクを上回る価値があると考えていることが確認された。こうした状況を踏まえると、一部の自治体で見られるような、車中泊避難の際の注意事項の広報、災害発生時の車両避難場所(自治体の保有する施設、民間施設)の確保や、自動車による避難ガイドラインの策定、自動車による避難をシナリオに含んだ避難訓練の実施には意義がある※4。
例えば、神奈川県藤沢市は2025年に車両による避難先として車両約500台を収容する体育館を指定緊急避難場所に指定している。また、宮城県亘理町の津波避難計画は、避難は原則として徒歩を謳いつつ、「周辺には高い場所がないこと、徒歩での避難が困難な地域もあること、自動車を主な移動手段としている人が多い」ことを考慮し、自動車での避難を組み込んだもの※5となっている。
しかし、本調査では、回答者の6割近くが、自治体が災害時の自動車による避難(移動や車中泊)ができるような措置を取っているのかどうか「わからない」としている(図表15)。自動車による避難は、災害種別、地域特性、道路条件、高齢者対応などを踏まえて自治体が整理することが期待される。そのうえで、自動車による避難に対する方針を曖昧にせず、住民に分かりやすく示すことが重要である。
※4)2026年1月に内閣府は自治体向けの「指定緊急避難場所の指定に関する手引き」を改定した。「徒歩避難が原則であるが、やむを得ず自動車により避難せざるを得ない場合には、交通渋滞等による逃げ遅れが生じないよう、地域による自動車利用の選定や避難経路の確保、駐車スペースの拡充など、あらかじめ安全に避難できる方策を検討し、平時から避難訓練を行うなど住民等の円滑な避難の確保に努めるものとする」としている。
※5)自動車による避難を基本とする地域を定め、その避難先(避難所)を明確に指定している。
自動車を保有し、日常的に運転する住民を対象とした本調査では、災害時の自動車による避難について、一定のニーズが確認された。自家用車が必要な地域ではその意向が強い傾向がみられたが、自家用車がなくても支障がない地域でも自動車による避難を望む人は少なくない。また、自動車による避難にともなうリスクは広く認識されているが、それでもなお、半数を超える回答者はメリットがリスクを上回ると考えており、自動車による避難を現実的な選択肢として捉える意識が確認された。
2025年7月のカムチャツカ半島沖地震で津波警報が出た北海道と宮城、神奈川、静岡の4道県の住民アンケート調査では、自動車による避難者は避難者全体の5割超を占め、自動車による避難をした住民の3割強が渋滞に巻き込まれていたことがわかっている。本調査の結果からも、こうした現象が起こることは不自然ではない。
自動車による避難は、個々の住民にとっては現実的な避難手段として捉えられている一方、地域全体にとっては、道路混雑や避難所運営への影響など調整すべき課題がともなう。自治体には、災害種別や地域の交通条件に応じて自動車による避難をどのような場合に想定するのかを整理するとともに、住民が平時から地域の避難方針や避難先を確認し、災害時に迷わず行動できるよう、情報提供と周知を充実させることが期待される。
【参考文献】
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サイバーセキュリティニュース(2026年8月)
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ESGリスクトピックス(2026年8月)
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令和8年熊本地震の概要および被害状況【災害リスク情報<号外>(2026年8月)】
2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方で震源深さ16km、マグニチュード(以降、Mと記す)7.1の地震が発生した。本地震による各地の震度分布を図1に示す。本地震では、熊本県の宇城市(うきし)・氷川町(ひかわちょう)で震度7を観測したほか、北陸地方から九州地方にかけて震度1~6強の揺れを観測した1)。


本地震では、7月28日16時29分に有明・八代海において津波注意報が発表されたが、津波は観測されていない。ただし、今後海域の活断層で地震が発生した場合には津波発生の可能性も高まるため注意が必要である。


本地震では、図3に示すとおり、熊本県熊本で長周期地震動階級4、熊本県天草・芦北で 長周期地震動階級3が観測された。長周期地震動階級3、4が観測された地域の高層ビルの高層階等では、「立っていることが困難になる」、「キャスター付き什器が大きく動く」、「固定していない家具が移動することがある」、「固定が不安定な家具は倒れることがある」、「間仕切壁などにひび割れ・亀裂が入ることがある」といった現象が発生した可能性がある。

気象庁の速報によると、本地震の発震機構(発生メカニズムは、2016年4月16日に発生した熊本地方の地震と同じく北北西ー南南東方向に圧力軸を持つ横ずれ断層型(図4)で、地殻内で発生した地震である。
今回の地震活動域付近には布田川断層帯・日奈久断層帯が存在しており、日奈久断層帯の3つの区間(高野-白旗区間、日奈久区間、八代海区間)のうち、主に高野-白旗区間及び日奈久区間に沿って震源が分布している。7月28日 16時27分に発生したM7.1の震源断層は、日奈久断層帯の日奈久区間の北東部及び高野-白旗区間の一部に及んでいると考えられる。
図5に断層の位置と、本地震及び過去に発生した地震の震央を示す。本地震は 2016年4月の熊本地震が発生した日奈久断層帯に沿って発生していると考えられる。




熊本県熊本地方では平成28年(2016年)熊本地震以降、地震活動が活発化しており地震の発生回数が増加傾向にあった。図6は2000年10月1日以降の地震活動を示したものであり、薄青色は2016年4月14日21時以前、灰色は2016年4月14日21時以降、赤色は2026年7月28日16時27分以降の地震を示している。これを見ると2016年4月14日21時以降の地震活動域は布田川断層帯、日奈久断層帯 付近に集中しており、今回の地震の震央周辺で地震活動が活発となっている。28日以降の余震活動は高野―白旗区間から日奈久区間に沿って長さ約50kmにわたって分布している。
図7に本地震発生後の地震発生回数を示す。2026年7月28日16時27分の最大震度7の地震以降、7月29日16時時点で震度1以上の地震観測回数は200回に及ぶ3)。余震の発生状況は2016年熊本地震と同程度となっている。


熊本県に被害を及ぼす地震は、主に陸域や沿岸部の浅い場所で発生する地震と、日向灘など東方の海域で発生する地震である。陸域の浅いところでこれまでに発生した被害地震は、主に布田川断層帯・日奈久断層帯に沿う地域などで発生している。2016年4月の熊本地震および今回の地震も布田川断層帯・日奈久断層帯付近で発生している。
布田川断層帯は、阿蘇外輪山の西側斜面から宇土半島の先端に至る活断層帯で、東北東 西南西方向に延び全体の長さは約64kmであり、布田川区間、宇土区間、宇土半島北岸区間の三つに区分される。日奈久断層帯はその北端において布田川断層帯と接し八代海南部に至る活断層帯であり、全体の長さは約81km、北東から南西方向に高野―白旗区間、日奈久区間、八代海区間の三つに区分される。
政府の地震調査委員会によると、10年前の熊本地震は布田川断層帯や日奈久断層帯の北側が動いて起き、そのときと比べ、今回の地震活動は南西側で日奈久断層帯に沿うように起きたとみられている。今回の震源断層は日奈久区間の北東部と高野白旗区間の一部の計約30kmであり、日奈久区間にはなお割れ残りがあるため、将来的に地震を引き起こす可能性は十分あるとされている。


総務省消防庁の発表9)によると、7月30日6時30分時点で、熊本県、福岡県、大分県、鹿児島県で死者12名、重傷者12名、軽傷者65名の人的被害(熊本県の「調査中」を含まない)が発生しており、住家被害では全壊1棟および一部破損5棟が確認されている。
ライフライン、企業の被災・復旧状況の概要について、それぞれ表1、表2に概要をまとめる。
| 項目 | 状況 |
|---|---|
道路6) 7月29日14:00時点 |
|
鉄道6) 7月29日14:00時点 |
|
航空6) 7月29日14:00時点 |
|
電力6) 7月29日14:00時点 |
|
ガス8) 7月29日14:00時点 |
|
油槽所、SS 7月30日6:00時点 |
|
水道6) 7月29日14:00時点 |
|
通信7) 7月30日6:00時点 |
|
その他6) 7月29日14:00時点 |
|
業種 | 被災状況 | 対応状況 |
|---|---|---|
全般 7月29日13:00時点 | 熊本県には半導体をはじめ、産業の主要な生産拠点を持つ企業において、建物や設備の損傷等の被害が発生しているほか、部品の供給遅れ等の物流状況を踏まえ操業停止を行っている。多くの企業がサプライチェーンを含め、被害状況や安全性を確認している段階であり、再開の見通しはたっていない。 | - |
小売業 7月30日時点 | ショッピングセンターで地震後に爆発が発生し、死者が発生 | 爆発の原因を調査中 |
製造 7月30日時点 | 生産拠点内の煙突が倒壊し、死者が発生し、操業を停止 | 被害状況につき調査中 |
半導体 7月30日時点 | A社 熊本県内の2工場で壁面の亀裂や一部漏水、天井パネルの落下や壁面のひび割れが発生し、操業を停止 B社 熊本県内の1工場で操業を停止 | 被害状況につき確認中 |
自動車 7月30日時点 | A社 福岡県の生産拠点で部品供給遅れにより生産停止 B社 福岡県の3工場にて操業停止 | 操業再開時期を検討中 |
行政 7月30日時点 | 免震ダンパーの損傷 | 耐震性能を確認中 |
今回の地震では、7月30日6時30分時点の総務省消防庁によれば9)6棟の住家被害が発生している。ただし、各種報道によれば震源に近い八代市・氷川町を中心に他にも倒壊被害が発生していると見られており、八代市では瓦葺木造建築の神社拝殿の倒壊、氷川町では瓦葺木造建築の住宅の倒壊が報告されている。
建物被害を大きくする要因として、建物の耐震性が挙げられ、いわゆる旧耐震基準(昭和56年5月以前)の建物は新耐震基準(昭和56年6月以降)に比べて被害を受けやすいことが指摘されている。
例えば2016年熊本地震の被害調査結果10)では、旧耐震基準の木造建築物の倒壊率は新耐震基準の倒壊率と比較して顕著に高くなっている。熊本県14)によれば、 平成29年より耐震改修促進計画を実施し、令和7年までの 10年間で耐震化率を13.5ポイント上昇させた。令和8年3月時点での住宅の耐震化率は89.5%と 日本全国の耐震化率90%と同程度となっているが、今回の地震の震源に近い阿蘇、八代、水俣・芦北、球磨及び天草地域では耐震化率75%未満と耐震化率が低い傾向にある。建物被害については今後詳細な調査が実施されるとみられるが、耐震化率が低い地域では大きな被害になる可能性がある。


国土交通省11)によると熊本県の八代港および水俣港で液状化、宮崎県で2件の土砂災害(人的・人家被害なし)が確認されている。また、熊本県八代市内の複数の工場で液状化や地盤沈下が発生している。
土砂災害においては、地震時に崩壊しなかった斜面でも、地震の揺れにより脆くなって崩壊リスクが高まっている場合があることから、普段なら崩れないような雨量の降雨や規模の小さい余震でも斜面が崩壊する可能性が高いことに注意が必要である。なお、今回の地震で大きな揺れを観測した3県25市町村では、各県と各気象台が共同で発表する土砂災害警戒情報の発表基準について、通常基準より引き下げた暫定基準を設けて運用している。
対象の県 | 通常の基準に対する暫定基準の割合 | 暫定基準を設ける対象の市町村 (市町村内で発表対象区域を分割している場合は、その区域) |
|---|---|---|
熊本県 | 7割 | 宇城市、氷川町、熊本市、八代市西部、宇土市、美里町、益城町、合志市、大津町、西原村、御船町、上天草市、芦北町、嘉島町、甲佐町 |
8割 | 八代市東部、山鹿市、菊池市、菊陽町、水俣市、天草市、津奈木町 | |
長崎県 | 8割 | 南島原市 |
鹿児島県 | 8割 | 薩摩川内市、さつま町、長島町 |
また、総務省消防庁の発表9)によると、7月30日6時30分時点で、10件の火災が発生したと報告されている。
今回発生した地震は、2016年4月の熊本地震と同様に布田川断層帯や日奈久断層帯に沿っており、2016年4月の熊本地震の割れ残りのずれによるものと見られている。今回の震源断層は日奈久区間の北東部と高野―白旗区間の一部であり、日奈久区間にはなお割れ残りがあると推測されている。2016年4月の熊本地震でも14日に益城町で震度 7を観測した後、16日にも西原村で震度7を観測している事例があり、大地震発生から1週間程度の間に同程度の地震が続発する可能性は大いにあると考えられている。そのため、地震発生から 1週間程度は最大震度7程度の地震に注意する必要がある。
8月5日にかけて最高気温35度以上の猛暑日が予測されており、特に8月3日は最高気温が40度の酷暑日となる見込みである(図10)。気温・湿度の上昇に加え、避難生活や復旧作業等による生活リズムの乱れにより熱中症リスクが高まる。また、災害時にはインフルエンザやノロウイルス等の感染症リスクも高まるため、健康管理にも注意する必要がある。
台風13号(ドルフィン)は、30日午後3時現在には、ウェーク島近海にあって、1時間に約20キロの速さで西北西へ進んでいる(図11)。8月1日午後3時の予報では、猛烈な勢力を維持したまま、南鳥島近海に達し、その後、3日午後3時の予報では、非常に強い勢力で小笠原近海に達する見込みである。九州地方に影響が出るおそれがあるため、今後の台風進路に注視し、台風への備えも必要である。



以上を踏まえ、今後の地震活動に対する留意事項と企業が取るべき地震対策 について以下にまとめる。
(1) これまでの地震活動及び地殻変動の状況を踏まえると、熊本地方の周辺では、一連の地震活動は当分続くと考えられており1)、引き続き強い揺れ、津波などに警戒を続ける必要がある。
(2) 揺れの強かった地域では、家屋の倒壊や土砂災害などの危険性が高まっている。地震により斜面・堆積土砂が不安定化している状況で、8月3日の週は非常に強い台風第13号が日本付近を通過する可能性があるため、今後の地震活動に加え、台風の進路予報および風雨の状況に十分注意する。
(3) 熊本県では、8月5日にかけて最高気温が35度以上の猛暑日となる見込みである。最高気温が40度の酷暑日も予想され、危険な暑さがしばらく続くため、熱中症に注意する。
(4) 熊本地震に関する情報に対して、特にインターネット上にはデマや虚偽の情報も溢れている。情報に接した際は、情報源を確認したり、行政や報道機関の情報を調べたりするなど、冷静に対応する。
RM NAVIでは令和8年熊本地震特設ページを開設し、震災を機に見直したい
事業継続計画(BCP)、サプライチェーン対策、危機管理などに関する情報発信を行っております。
詳しい内容は以下のボタンをクリックしてご覧ください。
【参考文献】
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「適応」「レジリエンス」への注目さらに高まる―London Climate Action Week 2026 から見えた、気候変動のトレンド—【リサーチレター(2026年8月)】
LCAWは、英シンクタンクのE3G(Third Generation Environmentalism)が主催する気候変動イベントであり、2019年に始まり、今年で第8回目を迎えた。開催期間中、ロンドン中心部の各会場では、自治体レベルのコミュニティ集会から、各国閣僚級の会合、国際機関や企業による大規模会議まで、幅広いイベントが同時多発的に行われる。都市全体が気候変動への関心を可視化する場となっている点に、このイベントの特徴がある。主催団体のE3Gによると、今年のLCAWでは対面・オンラインを合わせて10万人以上が参加、1,300超のセッションが開かれた。
また、LCAWは単なる政策フォーラムではない。ビジネスの世界においても、新サービスの発表、新たな連携の形成、新レポートの公表など、具体的な動きが集中する。今回も、企業や国際機関、NGO、政府関係者などによる、それぞれの立場における新しい取組みのアナウンスが多数みられた。
今回のLCAWでは、欧州における酷暑が現実の問題として強く意識された。LCAW開催期間中は、英国気象庁が猛暑に関する全国的な異常気象警報を発令した時期と重なった。熱波に関する報道が連日のように流れ、同期間中、人々の生活に様々な影響をもたらした。ロンドン交通局は、熱波による一部運休・大幅な遅延を考慮し、電車の鉄道利用者に不要不急の移動を控えるよう呼びかけた。実際、冷却空調設備の無いバスや電車路線も多く存在する。さらに、酷暑により学校が閉鎖され、病院が逼迫する事態が発生した。欧州各国では公共施設や住宅などにおけるエアコン普及率が低く、暑さへの社会的な備えが十分ではないため、高齢者や児童への健康影響が深刻化しやすい。LCAWイベント会場内でも暑さが頻繁に話題となり、一部イベントは熱波の影響で開催を取りやめたとも報じられている。
地球温暖化が深刻化している中で科学者たちは将来をどう見ているのか。LCAW期間中に開催されたUNEP FI Global Roundtable 2026では、IPCC※4のジム・スキー議長が登壇し、科学的視点を踏まえた今世紀における気温上昇の展望について言及した。同氏は、1.5℃の気温上昇を短期的に超えること(オーバーシュート)は避けられないと明言した。その一方で、パリ協定の1.5℃目標※5が失われたわけではないとも述べ、炭素除去※6の重要性を強調した。つまり、温室効果ガス(GHG)排出削減だけでは不十分であり、将来の気温上昇を抑えるためには、炭素除去技術の活用が不可欠であるという認識である。


(撮影:Mariana Castaño Cano / 10Billion Solutions for UNEP FI)
スキー氏はUNEPの分析内容を引用し、具体的なシナリオについて説明した。現行の政策によるGHG排出削減努力が行われた場合、2100年時点で約2.8℃の上昇、各国が決定した削減目標(NDC)を達成した場合は2.3~2.5℃の上昇、すべてのネットゼロ(実質排出ゼロ)目標が実現した場合は1.8~1.9℃程度の上昇幅となる。最終的な気温上昇幅を1.5℃水準に引き下げるためには、炭素除去の本格的な活用が前提となる。ただし、炭素除去が地球システムにどのような反応を引き起こすかは十分に解明されておらず、オーバーシュートの不可逆的影響についても不確実性が残る。さらに大気中から二酸化炭素を除去するための技術についても、まだ多くの課題が残されている。
重要なのは、暑さがもはや将来予測ではなく、現在進行形の経済・社会課題になっている点である。酷暑は単なる不快さの問題ではなく、交通、医療、教育、労働、インフラ全般に波及する。LCAWの議論は、こうした物理的リスクが欧州でも現実化していることを、あらためて印象づけるものであった。


※UNEP資料では「NDCの達成」シナリオには「無条件NDCシナリオ」と「条件付きNDCシナリオ」の2つが示されている。図表の「NDCの達成」のシナリオの概要は「無条件NDCシナリオ」の内容を紹介している。「条件付きNDCシナリオ」とは、無条件NDCシナリオに加え、資金、技術移転、能力構築などの国際的な支援(を受けること)を実施の条件とするNDC目標も含まれる。
(ジム・スキー氏の講演内容及びUnited Nations Environment Programme (2025)「Emissions Gap Report 2025」を基に筆者作成)
今回のLCAWを通じて最も強く感じたのは、「レジリエンス」という言葉が、ほぼすべてのイベントで共通言語になっていたことである。会場では、適応やレジリエンスといった言葉が頻繁に使われていた。気候変動の影響がすでに顕在化している以上、企業や金融機関は「将来のGHG排出削減」だけでなく「今起きているリスクへの備え」を同時に求められているのである。
UNEP FI Global Roundtable 2026にて、ある登壇者は、「私たちは、ある種矛盾しているともいえる2つの異なるシナリオに同時に対処しなければならない。つまり、気温上昇を1.5℃または2℃に抑えるべく努力し、少なくともパリ協定の目標を維持しようと努める一方で、3℃の上昇という事態にも備える必要がある。したがって、一方のシナリオを想定するあまり他方を軽視するようなことは避け、両者の間でバランスを見出すことが極めて重要となる」と述べた。気候政策や企業戦略は、より厳しい物理的リスクを織り込んだうえで、なお持続可能な事業モデルを構築する必要性が改めて強調された。
IPCC議長のスキー氏も、次期評価サイクルでは適応策への注力が一層高まると説明した。加えて、次期評価サイクルで重視される課題が「資金(ファイナンス)」であると主張した。これまでの報告書には資金に関する章は設けられていなかったが、次期評価サイクルでは初めて資金についての章が盛り込まれる予定であると述べた。この観点では、適応資金の多くがいまだ公的資金に依存していると指摘し、民間資金を適応策に呼び込むことを強調した。
洪水リスクは適応策が求められる重要な論点の一つである。実際、LCAW開催国である英国では、洪水リスクがすでに社会経済の広範な領域に影響を及ぼしている。英国気候変動委員会(CCC)※7は2026年5月に「A Well-Adapted UK:第4次リスク評価報告書(以降、本報告書)」を公表した。本報告書は500ページ超におよび、現在から将来にかけての気候変動リスクが、健康、土地利用、経済を含む14の主要なシステムに与える影響や、求められる行動を提示している。
本報告書によれば、追加的な適応策を講じなければ、気候変動によるコストが2050年までに年間GDPの5%に達する可能性があると警告している。一方で、主要な適応策を実施するには、官民合わせて年間約110億ポンド(現在の日本円にして約2兆3,540億円※8)の追加投資が必要とされる。洪水対策はその中でも、冷却対策に次いで多額の資金が求められる分野である。
英国では、河川、地表水、沿岸部に起因する洪水リスクが今後さらに高まる見込みである。2050年代における最も激しい短時間強雨は、20世紀後半と比べて降水量が15~60%増加すると予測されている。また、河川流量のピークは、特に北部や西部の流域において、20世紀後半と比べて最大45%増加する見通しである。
洪水リスクが高まる中、英国ではNature Flood Management(NFM:自然を活用した洪水管理)と呼ばれる洪水対策の試験的導入が各地で進められている。NFMとは、自然の仕組みを活用して洪水の危険性を低減する手法である。具体的には、森林、河川および氾濫原、土壌、沿岸域の管理などが挙げられる。NFMは、こうした自然が本来持つ機能を保護・回復・模倣することで、水の流れを緩やかにし、水を一時的に貯留する役割を果たす。
英国政府も、NFMの導入拡大を進めている。2023年9月には、英国環境庁(Environment Agency)と環境・食糧・農村地域省(DEFRA)が、新たなNFMプログラムを通じて洪水レジリエンスを向上させるため、2,500万ポンド(現在の日本円にして約53億5千万円)の資金を拠出すると発表した。このNFMプログラムは、2017年から2021年にかけて60件のプロジェクトを実施した「NFMパイロットプログラム」(予算1,500万ポンド、現在の日本円にして32億1千万円)の知見を基盤としており、その成果を踏まえて展開されている。2026年7月時点では、計35件のプロジェクトが承認され、各地で現場作業が進められている。
LCAWでは6月25日に「Water Resilience Investment Summit(水レジリエンス投資サミット)」が開催され、会場は多くの参加者で埋め尽くされた。ここでは、FloodAction Coalitionの取組みが紹介された。同イニシアチブは、2028年までに10億ポンド(現在の日本円にして約2,140億円)規模の水レジリエンス市場を創出することを目指している。湿地再生、森林造成、流域の再湿潤化といった自然ベースの洪水対策を、投資可能なインフラ資産クラスへ転換する構想である。洪水対策を単なる公共事業ではなく、レジリエンス投資として捉える発想が印象的であった。


Water Resilience Investment Summitでは、FloodAction Coalitionの活動内容の紹介に加え、同イニシアチブが支援する5つの進行中プロジェクトのピッチプレゼンテーションが行われた。
(筆者撮影)
本イベントの議論では、NFMはインフラ事業者、保険会社、投資家、政府機関、環境団体、プロジェクト開発者、地主、自治体など、多様な主体を巻き込むことが前提であると整理されていた。水はあらゆる土地の境界を越えて流れるため、単一の主体のみで対応するのではなく、流域全体での発想が必要となる。つまり、NFMを活用した洪水対策は技術の問題であると同時に、協働とガバナンスの問題でもあることが強調された。
また本イベントでは、Googleの社会奉仕事業を担うGoogle.orgがFloodAction Coalitionに100万ポンド(現在の日本円にして約2億1,400万円)を拠出し、「UK Water Resilience Intelligence Platform(英国水資源レジリエンス情報プラットフォーム)」の開発を支援すると発表した点も注目に値する。このプラットフォームは、水文モデル、インフラ・資産データ、保険・リスクデータ、流域情報などを統合し、組織が活用できる単一の情報基盤を構築するものである。これにより、「洪水や干ばつのリスクにさらされている場所はどこか」「自然環境への投資が最も効果的にリスクを軽減できる場所はどこか」「レジリエンスの価値はどれくらいか」を可視化することが可能になる。
Googleの登壇者は、データに関する課題は、必要なデータが存在しないことではなく、データが分散しており、一貫して活用されていないことにあると指摘した。したがって、課題の核心はデータ連携のガバナンスにあるとの認識が示された。
LCAW期間中、電化の促進も重要なテーマの一つであった。中東をめぐる地政学的状況の変化に起因する化石燃料危機は、各国政府や企業に対し、変動の大きい化石燃料からクリーンエネルギーシステムへ迅速に移行する必要性を強く認識させた。その背景には、経済安全保障やエネルギー価格の安定を確保するうえで、電化が戦略上の重要課題になっているという認識がある。こうした流れを受け、LCAWでは電化を後押しする新たな動きが見られた。
COP31議長はLCAWのイベントにおいて、電化は気候変動とエネルギー価格高騰への世界的な対応の中核となるべきだと述べた。また、家庭や企業が価格変動リスクを軽減するためにも、電化は不可欠であると指摘した。同議長は、直前に開催されたボンでの国連気候変動交渉会議においても、世界の最終エネルギー需要に占める電化率を現在の約20%から2035年までに35%へ引き上げる「35×35」目標を提案している。
さらに欧州委員会はLCAWの場で、クリーンな電化を加速する新たなプラットフォーム「Electrify Now」を発足した。同プラットフォームは、上記の「35×35」目標を実現するための推進役として位置づけられており、化石燃料への依存度が高い輸送、産業、建物部門での電化を加速することを目指している。COP30議長国であるブラジル、COP31議長国であるオーストラリアとトルコ、COP32議長国であるエチオピアに加え、カナダ、フィリピン、韓国、英国、国際エネルギー機関(IEA)、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が主導するこのプラットフォームは、企業や金融機関も参加しており、他の主体にも参加が開かれている。
LCAWへの参加を通じて、気候変動対応における議論の焦点が、従来の「GHG排出削減の追求」から「適応・レジリエンスを含む総合的対応」へ移っていることを実感した。とりわけ、暑さ、洪水、水の枯渇といった物理的リスクは、すでに顕在化している課題である。今後は、適応対策を単なる防災対応にとどめず、新たな事業機会として捉える視点が一層重要になると考えられる。
<参考文献>
※1 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第64回補助機関会合(通称、SB64)を指す。気候変動枠組条約には、年1回のCOPに加えて、補助機関の会合が毎年5~6月に2週間、ドイツ・ボンにて開催される。ここでは毎年11月に開催されるCOPなどに向けて締約国が議論し、結論文書等が採択されることとなっている。SB64は2026年6月8日~6月18日(ドイツ・ボン現地時間)に開催された。
※2 全ての国連加盟国によって構成される国連の主要な審議機関。毎年9月中旬に開会される。
※3 気候変動に関する最大の国際会議。全ての条約締約国が参加し、条約の実施に関するレビューや各種決定を行う。2026年は11月9日から20日にかけて、トルコ南部の地中海沿岸都市アンタルヤで開催される予定。
※4 「Intergovernmental Panel on Climate Change」の略で、日本語では「気候変動に関する政府間パネル」と呼ばれる。1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された。各国政府の気候変動に関する政策に対し、科学的な知見を評価・提供する国際的な政府間組織。
※5 パリ協定とは、2015年に開催されたCOP21において採択されたGHG排出削減などのための国際枠組み。1.5度目標とは、パリ協定で示された「産業革命以前に比べて、世界の平均気温の上昇を2℃以下に、できる限り1.5℃に抑える」という国際的な目標のこと。
※6 大気中の二酸化炭素(CO2)を実際に取り除く技術の総称。
※7 2008年に設立された機関。政府から独立した立場で、エビデンスに基づき排出削減目標について政府に助言を行うとともに、GHG排出削減に向けた進捗状況を議会に報告する。
※8 本稿では日本銀行の基準外国為替相場(令和8年8月)を基に、1GBP=214円で計算。
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