持続可能な経営のための水リスクマネジメントの最新動向 ―AWS Forum の最新論点とスタンダード改定におけるポイントの紹介-【サステナブル経営レポート(2025年11月)】
今夏の日本の平均気温は平年より2.36度高く、1898年の統計開始以来、過去最高となった※1。温暖化に伴う気候変動は水リスクに対しても影響を与えている。例えば国内では無降水日※2が増加しており、今年7月に東北や西日本で厳しい水不足が報告されたように、日本では水資源が豊富にあると言われている中で、水資源の安定供給におけるリスクが顕在化している。豪雨による水害も依然深刻な課題であり、熊本県で発生した線状降水帯による被害は記憶に新しい。このように、気候変動による極端な気象現象は渇水や洪水などの水リスクを激甚化させている。
一方で、企業が考慮すべき水リスクはこれらがすべてではない。国土交通省の「令和7年版 日本の 水資源の現況」※3によると、渇水や洪水に加え、水インフラの老朽化による事故、産業構造の変化に伴う水需要の変動が及ぼす水供給への影響、さらにはネイチャーポジティブ※4への対応などと多様化していると述べられている。
この様に、対応すべき水リスクは多様かつ激甚化しており、一企業が単体で水リスクに取り組むのはハードルが高くなってきていると言える。そのため、これからは地域ごとに異なる水課題に柔軟に対応し、河川流域全体で多様なステークホルダーが協働して、水資源の効率的な管理と持続可能な利用を目指す水リスクマネジメントが不可欠である。
本稿では、企業が水リスクマネジメントを進める上で重要な観点を、今年6月に開催された水課題 に関する先進的な議論の場である「AWSフォーラム」で得た最新知見を基に解説する。
※1 )気象庁 HP:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/sum_jpn.html
※2)日降水量 1.0mm 未満で降水の見られない日のこと。
※3)https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_fr2_000064.html
※4) 自然の劣化や損失を 2020 年の状態と比較して、2030 年までにゼロにし、2050 年に向けてプラスに転じさせるこ とを意味する。
AWS(Alliance for Water Stewardship)とは、地域社会と協力して水資源を保護することに焦点を当 てた国際水資源管理基準(AWSスタンダード)の管理団体である。AWSの団体名にもあるWater Stewardship(ウォーター・スチュワードシップ)とは「責任ある水資源の管理」を意味する言葉である。AWSは認証を取得するためのフレームワークを通じ、加盟団体が流域ベースでステークホルダーと協働する取り組みを推進し、社会的・文化的に公平で、環境に対し持続可能であり、経済的に有益 な水の利用を促進することを目的としている。2025年9月現在、世界中で200以上の企業や団体が加盟している。なお、ウォーター・スチュワードシップやAWSについては、過去のサステナブル経営レポートで詳しく解説しているため該当記事※5を参照されたい。
AWSでは毎年、AWSフォーラムを開催しており、会員が一堂に会してそれぞれが抱える水課題につ いて議論し、ベストプラクティスの共有を行っている。AWSフォーラムには企業だけでなく、世界自 然保護基金(WWF)、持続可能な開発のための経済人会議(WBCSD)、世界経済フォーラム(WEF)、 CDP、CERES※6などの様々なNGOや国際機関の参加が見られた。こうした多様な立場からの意見を直接 聞くことは、水リスクへの理解を深める上で非常に有益な機会である。
前章の通り、水リスクマネジメントでは流域単位での取り組みが重要となる。流域全体、すなわち 河川の上流から下流まで広範なエリアを対象とするため、多くの人々や組織との協力が不可欠である。 しかし、こうした場では立場の違いから意見が異なる場合も多い。企業とは異なる視点や背景を持つ ステークホルダーがどのような課題意識を有し、解決策を持っているのかを知ることは、企業の水リ スクマネジメントにとって極めて重要である。多様な組織と対話して異なる意見や価値観を取り入れ ることで、流域単位での協働による水資源管理の実効性が高まる。AWSフォーラムのような場は、こ うした協力関係の構築において特に望ましい環境であると言える。次章からは、AWSフォーラムにて 取り上げられた議題をもとに、最新の水リスクへの取り組みと、国内外の動向について紹介する。
※5)MS&AD インターリスク総研 サステナブル経営レポート:https://rm-navi.com/search/item/1685
自然関連課題である水リスクに対して企業はどう対応していくべきか ―水リスクマネジメントに関する概説― 【サステナブル経営レポート 第 22 号】(2024.4)
※6)アメリカの環境保護団体や投資関係団体などから構成される非営利組織。企業や投資家の環境慣行を変革するこ とを目的とした活動を推進している。
これからの水リスクマネジメントを議論する場では、主に2つのトピックに焦点が当てられた。一つ目が「適応策やレジリエンス強化の重要性」である。「適応」は既に顕在化している、または避けられないリスクによる悪影響に備え、被害を最小限にすることを意味し、「レジリエンス」は実際に被害が発生した場合に如何に復元するか、すなわち復元力を意味する。気候変動の観点では二酸化炭素の排出量削減を目指す「緩和策(mitigation)」に注目が集まりがちであるが、すでに顕在化している水リスクへの対応には、緩和策での対策だけでは不十分である。1章で述べた通り、水リスクは多様かつ激甚化している。持続可能な水リスクマネジメントを目指すためには、積極的な適応策の実行やレジリエンス強化が必要であり、ウォーター・スチュワードシップの枠組みはその実践に最も適していると言える。
例えば、水リスクマネジメントの取り組みはダム建設の様に水の供給量を人工的に調整するインフラ中心の方法から、氾濫原※7の再生やリジェネラティブ農業※8の推進といった自然を活用した解決策(Nature-based Solutions)に注目が集まっている。氾濫原は河川洪水の発生時に水を引き込むことで河川流量を減少させ洪水被害を低減する効果を持ち、リジェネラティブ農業は土壌の保水力を高めることで灌漑に要する水量を減少させ、間接的に水枯渇の解決に貢献する。このように、水リスクマネジメントはより自然に基づくアプローチへと進化している。
また、「レジリエンス強化」は企業が取り組む意義を明確にするために特に重要であると指摘されている。近年、反ESGの風潮により、環境配慮のみが前面に押し出された取り組みに対して、批判的なスタンスを取る勢力もある。一方でレジリエンスを目的とした行動は、災害等の喫緊の課題への直接的な対処であること、社会と自社の両方にわかりやすいメリットがあることなどから、政治的な対立を生みにくく、関係者から受け入れられやすい特徴がある。AWSフォーラムでは、この様に目的の位置づけやストーリーの伝え方によって、考え方の違いによらない、多様なステークホルダーの共感を得ることが可能であることが話題に上っていた。
二つ目のトピックは「官民連携の強化」である。世界経済フォーラムの代表者は、今年3月に公表された白書「Water Futures: Mobilizing Multi-Stakeholder Action for Resilience」※9を取り上げ、官民連携の重要性、特に政策と技術革新の連携を促進させることの意義を強調した。
政策や規制は科学的根拠や専門家の経験を基に設計されており、技術革新の進歩や環境の変化を受けて柔軟に改定される。対して、民間企業は水リスクに対するレジリエンスを高めるために、政策目標の達成に資するソリューションの開発・推進を担う。今後の水分野の課題解決と発展のためには、政策立案者が政策目標および官民連携の方向性を明確にし、革新的な水関連技術の試験導入や実証、普及を促すためのインセンティブ設計をすることで、技術革新の創出・導入を積極的に支援することが不可欠である。政策立案者と民間企業が継続的に対話を重ねることで、専門知識が集約され、民間企業は政策への提言が可能となり、政策側からは民間企業に対して優先すべきソリューション開発を促すことができるため相乗効果が生まれやすく、双方向の連携を強化することのメリットは大きい。
一方で、このような連携を阻むコミュニケーション面での課題も指摘されている。その一要因として、水課題に取り組む各組織が、それぞれの専門領域内で独自の専門用語を用いるようになり、組織間での言葉のずれや認識のギャップが生じていることが挙げられる。企業によるウォーター・スチュワードシップ活動では、民間企業は水を経済的価値や経営リスクの観点で捉える考え方やフレームワークを活用することが多いが、それが行政や地域社会との意思疎通を難しくする場合がある一方で、行政側の制度的な用語や法的概念が企業にとって理解しづらい場合もある。このように、双方が異なる専門領域のもとで水課題に取り組んでいるため、共通言語の形成や相手の立場を踏まえたストーリーの伝え方の工夫が求められている。
このような状況もあり、流域全体でステークホルダーが協働して水リスクマネジメントに取り組むコレクティブアクション※10の促進や政策提言への積極的な関与はまだ限定的であり、これらの取り組みを推進することもこれからの課題とされた。官民連携の強化は今後の水資源管理の鍵となっている。
※7)河川洪水が発生した際に、冠水する領域のこと。多様な生態系が築かれるエリアであることに加え、水害を緩和する機能も持ち合わせる。氾濫原は農地や住宅地として開発されてきたが、それが持つ機能が評価され、再生・保全する動きがある。
※8)不耕起栽培などにより、農地土壌を修復・改善しながらおこなう農業のこと。
※9)世界経済フォーラム HP:
https://www.weforum.org/publications/water-futures-mobilizing-multi-stakeholder-action-for-resilience/
※10)複数の個人や組織が、単独では解決が難しい共通の課題に対して協働して取り組むことで解決を目指す取り組み。
AWSフォーラムでは、企業のウォーター・スチュワードシップ実践例を紹介するセッションが設けられている。そこでは、近年企業が取り組みを推進する上で、定量評価手法の導入やサプライチェーン全体への水リスクマネジメントの展開が重要なテーマとなっていた。ここでは、先進的な企業事例をもとに、具体的な取り組みとそのポイントを解説する。
定量評価手法の導入例として、水に関するレジリエンスの強化やリスク低減のコンサルティングを行っているBlue Riskからは、「Volumetric Water Benefit Accounting(VWBA)」および「Value of Water」ツールの活用が紹介された。VWBAは、流域で共有されている水課題を明確化し、どのような影響を与えたいかというインパクト経路を設定した上で、適切なプロジェクトの種類を選定し、複数のプロジェクト間で期待される定量的貢献(Volume Benefit)を試算するものである。「Value of Water」ツールは、水リスクを金銭価値に変換することが可能である。こうしたツールの導入は、定量化により自らの取り組みがどれだけ効果を生んでいるかを実感し、水課題への取り組みに対する社内での理解を深めることに加え、成果が数値で明確になるため、関係者の責任感も高めることができる。また水のリスクや価値を金額で表すことで、現場だけでなく財務部門や経営層も、「水課題=コストや利益に直結する重要な経営課題」として認識することができる。このような定量評価手法の導入は、まずは実際に水を使用する工場などの現場部門を含めてウォーター・スチュワードシップに関するリテラシーを高めることに繋がり、やがては流域を視野に入れた取り組みに発展させられる可能性がある。
自動車メーカーのAudiは、電気自動車のサプライチェーンにおけるウォーター・スチュワードシップ推進について紹介した※11。電気自動車ではライフサイクル全体の水使用量の75%がサプライチェーンで発生するため、技術開発部門と連携し、水消費量の多い原料の特定、原料変更による節水効果の検討、サプライヤーの巻き込み、地域パイロットプロジェクトの実施などを進めている。
このように、企業事例をひも解くとウォーター・スチュワードシップの実践には組織内外の協力を得る「buy in※12」が不可欠であることが分かる。ガバナンス体制の構築や、社外への定期的な報告を通じて方向性を明確にすることで、関係者から賛同や支持を得ることが可能となり、ステークホルダーとの協働に繋がる。ステークホルダーとの協同は流域内に限らず、業界全体での標準化を目指すことも効果的である。例えば、競合他社と連携して共通のアンケート様式を使うなど、業界横断的な取り組みも進められている。buy inの推進においては、国や地域による文化・状況の違いを認識し、ローカルの知識や住民の声を尊重することも重要である。これはグローバル企業であっても、操業地域では現地コミュニティと協働し、リアルタイムで情報を共有しながら適切な水管理を進めることが必要となるからである。
このように、海外では企業が主体となって流域単位での水リスクマネジメントの取り組みを進めるアプローチが成功している事例もいくつかあるが、日本では河川管理者や自治体主導で進められることが多く、企業の参加が今後の課題である。このような背景の下、日本でも2025年2月から栗田工業株式会社、コカ・コーラボトラーズジャパン株式会社、サントリーホールディングス株式会社、八千代エンジニヤリング株式会社(50音順)、そしてMS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社の5社により、Japan Water Stewardship(JWS)という企業イニシアチブが設立された。JWSはAWS 本部と協力し、日本企業に対して、ウォーター・スチュワードシップを促すことを目的としている。
今後、日本国内でも企業主体でウォータ-・スチュワードシップ活動が拡大するものと予測される。
※11)Audi HP:
https://www.audi-press.jp/press-releases/2023/01/0126/005_Alliance_for_Water_Stewardship.pdf
※12)ここでは活動を実施する際に、関係者から賛同や支持を得ることを指す。buy-in は、関係者が活動や方針に同意し、精神的に受け入れる状態を意味する一方、コレクティブアクションは賛同した関係者が実際に協力し合い、具体的な行動を起こすことを指す。
水リスクの影響で、企業自身の投資判断も企業への投資活動も、今後大きく変化する可能性がある。
Global Water Initiative(GWI)の報告書※13によれば、世界平均気温が2040年半ばまでに産業革命前と比較して2℃上昇した場合、極端な増水事象と極端な乾燥事象の総強度※14は8,000km3/月に達する可能性があるとしている。2015年以前に建設された都市の水インフラは強度が1,300km3/月以下に対応できるように設計されたと推定されており、都市域においてこれまでの気象条件を基準とした従来の投資戦略を続けた場合、水課題に対処するために必要なインフラ投資額は年間1.5兆ドルに上るとされている。
一方、2025年の世界の都市域における水関連インフラ投資額は約4,010億ドルとの試算であり、従来通りの投資判断ではもはや十分な対応ができないことがわかる。このような状況を踏まえ、データを活用したスマートインフラや自然を活用したグリーンインフラ、市民教育など、新しい解決策を取り入れた投資を組み合わせることで、必要な投資額を半分にまで低減できる可能性があるとされている。したがって、企業は今後、インフラ投資の方向性や投資対象が従来と大きく変化することを想定する必要がある。間接的にではあるが、自社の事業戦略や投資判断においても、水リスクへの対応や新しい投資領域への対応が求められると言える。
水リスクに対する投資家の関心もますます高まっている。Ceresは、投資家が保有企業の経営リスクを自らの財務リスクと捉え、受動的ではなく、企業に対して積極的に水リスクへの対応を求める責任があると主張している。水リスクへの対応は投資家の受託者責任の一部であり、企業に対する対話や株主提案、公式書簡の要請を通じて、実際に経営方針の見直しを促している。例えば、2025年の株主総会シーズンにはいくつかの企業の総会において、水リスク対応への株主提案がなされた。米国のクラウドサービス大手企業に対しては「同社が利用するデータセンターに関連する新規および既存の水需要を低減するための戦略と、操業上の水資源リスクについて報告すること」が要求された。また、米国の飲食大手に対しては「水質目標および、それを達成するための具体的な取組案を報告すること」が要求され、いずれも提案が受け入れられている。加えて、Ceresが近年設立した投資家主導のグローバルな取り組みである「Valuing Water Finance Initiative(VFWI)」は、投資家主導で水使用の多い企業と対話・エンゲージメントを展開している。VFWIが企業に求める期待事項は、水量・水質・生態系・水へのアクセス・WASH(飲料水・衛生)・ガバナンス・政策関与など、多岐にわたる。2030年までにこれらを満たすよう企業に行動を促すことを目標としており、72社を対象に取り組み状況を定量評価している。今後は自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)などの開示基準との連動や、Nature Action 100(NA100)など他のイニシアチブとの整合も進められる見込みである。
近年は新しいファイナンス手法や資金の流れも生まれている。CATボンド※15、コンセッショナル・ファイナンス※16など多様な資金調達手段が登場しており、水リスクマネジメントに対して外部資金が付きやすくなっている。水リスクの領域における投資家の関心の高まりや新たなファイナンス手法の登場が見られるこの局面では、企業が水リスクをどのように位置づけるかが重要である。企業は、水関連の課題を環境リスクではなく経営課題の観点で捉え、水リスクマネジメントへの取り組みを着実に実行し、その成果を外部に説明することで、より低い資本コストで資金を調達することが可能になる。
※13)Global Water Initiative HP:
https://www.globalwaterintel.com/documents/rethinking-resilience
※14)強度は一定期間で発生した極端な増水と極端な減水の量を合計した指標であり、地球規模で異常気象による水の増減がどれだけ激しくなっているかを示す。指標が大きいほど、洪水や干ばつなどの事象が頻発・激化していることを意味する。
※15)債権の形で資本市場に売り出すものであり、あらかじめ定めた基準を超える災害が発生しなければ、普通社債と比べて高い利回りと元本が投資家等の債権購入者へ償還される一方で、災害が発生した場合には元本の一部もしくは全額が減額される仕組みとなっている。受け取った資金の使用用途には制限が無いため、発行会社は災害復旧のために幅広い対応が可能であることや、資金の受け取りが比較的短期間で可能というメリットがある。
※16)市場金利よりも低い金利や、長い返済期間、部分的な補助金要素を持つ融資や投資のこと。主に開発途上国を支援し、気候変動対策や教育、医療などの開発目標達成を目的とし、世界銀行など公的機関などの活用事例が多い。企業単体では採算が取れない、水リスクの高い地域に対するインフラ導入をコンセッショナル資金でカバーすることができる。
水資源管理と生物多様性の保全は、企業のサステナビリティ経営において密接な関係を持つ分野である。特に淡水生態系における生物多様性喪失は、過剰取水や水質汚濁が重大な圧力となっている。
事業活動によるインパクトによって生物多様性へ与える影響を低減し、回復していくことがネイチャーポジティブの視点でも求められているが、対応を行う上で取り組みに対する環境や生物多様性への成果を測る仕組みが無いことが課題として挙げられている。これは、生物多様性と一口に言っても見るべき要素は場所によって様々であり、一概に1つの指標で測定することが難しいからである。
AWSフォーラムでは、最新動向として、CEO Water Mandateなどによって開発されている生物多様性ベネフィット会計(BioBa)が紹介された。BioBaは、水量や水質の評価手法である Volumetric Water Benefit Accounting や Water Quality Benefit Accounting を補完する位置づけであり、企業が水資源管理や生態系保全活動に投資した際に得られる生物多様性上の便益を、定量的に評価・報告するための枠組みである。新規プロジェクト段階から生物多様性の便益を意識した設計を推進するのに活用できる。
BioBaでは、アウトプット指標(活動ベースの指標)とアウトカム指標(結果ベースの指標)を区別して測定する。アウトプットは、例えば水質改善のためのインフラ設置など、直接的な活動成果で定量化可能だが、生物多様性の改善と直結しない場合がある。一方、アウトカムは生態系の状態や生態系サービスの回復(水質浄化能力の向上)など、アウトプットがもたらす状態の変化や価値の創出を評価するものであり、より多くの評価努力と長期モニタリングが必要となる。アウトカム指標は、Nature Positive Initiativeが開発するState of Nature Metrics(自然の状態指標)のフレームワークと整合させることを目指すと述べられており、生態系の広がりや状態、種の多様性評価に活用することが期待されている。
BioBaの実践においては、Theory of Change(変革の理論)の策定が重要と指摘されている。Theory of Changeとは目標達成のために活動からアウトプット、アウトカム、インパクトまでの因果関係や道筋を整理するものである※17。BioBaを実践する際には、自然に対してどのような介入を行うと、どのようなアウトプットやアウトカムが得られるのかを明確にし、それらの成果達成に影響を与える外部要因やリスクを洗い出す必要がある。特にプロジェクト設計段階で、幅広いリスクシナリオや不確実性を事前に考慮しておくことが求められる。
※17)Conservation Collective HP:
https://conservation-collective.org/wp-content/uploads/2024/12/Theory-of-Change-2024.pdf
AWSスタンダードは5年ごとに大規模な改定を実施する方針となっており、2019年に発表された第2 版の有効性と外部環境の変化を踏まえ、2023年より第3版の策定プロセスが開始されている。グローバルなパブリックコンサルテーションを経て、2025年度内の公開を目指している。
第3版では実用性を向上させるため、スタンダードの簡素化や欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に整合させることを目的としているほか、気候変動や生物多様性など、その他の環境テーマを組込むことを試みている。例えば、まだ決定されてはいないが生物多様性の観点では、流域内における保護地域、生物多様性重要地域(KBA)※18、ラムサール湿地、絶滅危惧種や侵略的外来種の有無を把握することが新たな基準案に追加されている。改定が予定される主なポイントは下図の通りである。
既に実施済みのパブリックコメントでは、サプライチェーンにおける水リスクの把握を重視する声が多く、間接的な水使用量を報告する要件を削除する改定に対して、懸念が表明された。加えて、気候変動や生物多様性、コレクティブアクションなど各テーマについて、充実したガイダンスを増やすことを要求する声が多かった。


AWSにはグローバル企業が多数加入しており、パブリックコメントからも分かるようにサプライチェーン全体での水リスク管理を重視する声がある。そのため、調達先や委託先にも流域レベルの水管理への協力を求めるケースが想定される。認証を直接取らなくても、AWSに準拠した水リスク対応を要求される可能性がある。その他、本改定案を踏まえると、水リスクマネジメントを進める上で下表のポイントを押さえることが望ましい。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 他環境テーマとの 統合 | 気候変動や生物多様性、海洋環境など新たな課題への対応が求められている。 水のみに着目する従来の水管理だけでなく、環境経営全体への統合的アプロー チが不可欠となる。 |
| サプライチェーン 管理の強化 | 間接的水利用や流域単位でのデータ収集・協働が求められるため、サプライヤ ーとの連携や情報開示、目標設定の高度化が必要となる。 |
| ガバナンスの向上 | 各流域における、ステークホルダーとの対話やエンゲージメントが重視される ため、社内外のガバナンス体制の強化、定期的な情報開示・コミュニケーショ ンが求められる。 |
企業には流域を捉えたより広範な水リスク管理と環境経営の一体化がこれまで以上に求められると想定される。AWSに加盟していない企業においても、AWSスタンダードは参考になるはずである。スタンダードに沿った対応を経営戦略に組み込むことでリスクを低減し、持続可能な競争力の確保につなげることができる。
※18)Key Biodiversity Area の略。生物多様性の保全の鍵になる重要な地域のことを示す。
※19)AWS 公表資料より当社仮訳
https://a4ws.org/resource/summary-aws-standard-major-revision-v3-0/
本稿では、企業が水リスクマネジメントを進める上で求められる観点を、今年6月に開催されたAWSフォーラムにおける議論の内容を踏まえ解説した。直近では2025年度内にAWSスタンダード第3版が公開されるため、その内容に注目が集まっている。
世界各地で水関連課題は多様化・激甚化する中、バリューチェーンがグローバルに展開される現代のビジネス環境では、企業が直面する水リスクも多岐にわたる。企業はまず各拠点で顕在化している、もしくは潜在的な水リスクを把握し、相対的にリスクが大きいと考えられる拠点については適応策を検討することが推奨される。さらに、リスクを緩和していくためにも自社の影響力を踏まえ、流域全体での取り組みも視野に入れるべきである。加えて、水リスクマネジメントの中に、生態系サービス※20への視点も考慮されることが望ましい。例えば水源の水質悪化による水処理コスト増加や、森林伐採による洪水調整機能の喪失など、水リスクは生物多様性や気候変動と密接に関わっており、これらを軽視すると水リスクマネジメント施策の効果が十分に発揮されない点に留意したい。
また、現場レベルだけでなくガバナンスレベルでの意識も重要である。水リスクマネジメントには多様なステークホルダーとの継続的なコミュニケーションが不可欠であり、これを長期的に行うためには、企業のリスク管理体制にステークホルダーエンゲージメントを組み込むことが求められる。官民連携や投資家からの資金調達を進めるには、信頼されるガバナンスの整備が前提となる。
最後に、AWSフォーラムには欧州、北米、インドなどから多くの企業の参加した一方、日本企業を含むアジアからの参加は少数であった。前述の通り、国内でもJapan Water Stewardshipなどの団体が発足しており、日本企業が率先して流域のステークホルダーと連携したコレクティブアクションを推進し、その成果を国際的に発信することが期待される。
※20)人間が生物や生態系から受ける便益(サービス)のこと。微生物などによる水の汚染浄化、木々による土壌の安定化や洪水発生の抑制機能など、様々な便益がある。
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「企業のリスクマネジメント実態アンケート」調査結果概要 ~将来的な脅威は「人的資本・人材確保リスク」が最多~(2025年10月)
本アンケートは、2025年8月28日から9月10日までの14日間、当社のメールマガジン購読者さまを対象に実施し、548名の方から回答をいただきました。
回答いただいた方の業種、部署、従業員規模、役職については次の通りです。








アンケートでは「業務上、関心が高いリスク」について複数選択で尋ねました。その結果、トップ3は「気候変動・自然災害の激甚化」が11.1%、「サイバーセキュリティ」が10.7%、「コンプライアンスリスク」が8.9%となりました。


自社のリスクマネジメント取組の充実度について尋ねたところ、「かなり充実している」が3.6%、「まずまず充実」が17.9%、最も多かったのが「一般的」で43.4%、「やや不十分」が22.4%、「かなり不十分」が11.3%でした。


リスクマネジメントに関して「自社に不足している」と感じるものを複数選択で尋ねたところ、トップ3は「各社員のリスク感度」「専門人材」「社内教育・啓発」と、人に関する要素が不足していると回答した人があわせて42.8%に上りました。
続いて「客観的なリスク評価・診断」「リスク管理体制」「BCP等マニュアル類の整備」というルールや体制整備に関する要素が不足していると回答した人の割合が29.5%でした。


3年から5年後の近い将来、ビジネスにとって最大の脅威となりそうなリスクについて尋ねたところ、「人的資本・人材確保」が23.9%と最も多く、「気候変動・自然災害の激甚化」が15.9%、「サイバーセキュリティ」が9.5%と続きました。


本アンケートでは、上記のほかにも次のような内容についても尋ねています。
アンケート調査の詳細が知りたいという方は、以下の「お問い合わせ先」からご連絡ください。
MS&ADインターリスク総研では、企業の実情や課題に合わせて次のような多様なコンサルティングサービスを提供しています。
今回の調査結果を貴社のリスクマネジメントにお役立ていただくとともに、リスクマネジメントの強化に関してお困りごとなどがございましたらお気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ先:
MS&ADインターリスク総研株式会社
営業部デジタルマーケティンググループ
メール:DigitalMarketing_irric@ms-ad-hd.com
本レポートの引用・転載・メディア掲載について
本レポートの内容を引用・転載・メディア掲載される場合は、必ず「MS&ADインターリスク総研による調査結果」と明記してください。また、内容の改変や一部抜粋による誤解を招く利用はご遠慮ください。掲載や利用に関するご相談・ご質問は、当社デジタルマーケティンググループまでご連絡ください。
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【お客さま事例】株式会社レオパレス21様「BCP訓練で事業継続計画を実効性のあるものにして、お客さまの安心安全につなげる」
――まず、レオパレス21様の事業内容について教えていただけますか?
上野)主な事業内容はアパートなどの賃貸事業で、管理する戸数は全国で約55万戸※あります。入居者様のタイプでいいますと、約4割が個人利用、残り6割が企業の社宅として利用いただいています。こうした物件の管理や入居者様に対応するための当社拠点数は、全国にあわせて約85拠点あります。
※2025年3月期末現在
株式会社レオパレス21 総務購買部 上野善隆 部長
――レオパレス21様では、事業の中でBCPをどのように位置づけていますか?
上野)入居者様のお住まいという生活基盤を扱う企業になりますので、我々は“社会インフラ”の一端を担っていると考えています。ですから、入居者様や物件を所有されているオーナー様が安心して生活基盤の管理を我々に任せたいと考えていただくために必要な取り組みの1つとして、BCPがあると考えています。
――現状のBCPの取り組み状況について教えてください。
上野)まず私自身の話からすると、これまでずっと営業畑でキャリアを積んできて、2年前にBCPも所管する総務購買部に異動になりました。
その際に、当社のBCPの全体像を確認したのですが、外部のコンサルティング会社の協力も得ながら、方針や体制図といった外形的な部分は、一定の水準まで作られていることを理解しました。
その一方で、具体的に災害が起きた時などに、どういった行動をとる必要があるのかを整理したアクションプランについては、さらに実効性を高めていく余地があると感じました。ですので、当社の現状は、BCPをより実効性のあるものへとブラッシュアップしていくフェーズだと考えています。
――BCPの実効性を高めていくために、どのような点に課題があると考えていますか?
上野)地震や大雨などで各拠点が被災した場合に現場レベルで対応する上では、一定程度は機能するものだと評価しています。一方で、首都圏が被災して東京の本社機能が停止した場合に、出社できるかすらわからない状況下で本社がどう動くかがアクションプランには十分に示されていないことがわかりました。
子会社に所属している際に熊本地震の対応を経験したという上野氏
私は4年前まで、社宅選びや社宅管理を業務代行する子会社に所属していたのですが、その会社では全国に4つの拠点があり、その1つが熊本でした。2016年に熊本地震が発生した際は、現場が頑張ってくれたり、近隣の拠点で業務を巻き取ったりして何とか事業を継続することができたのですが、その時に強く感じたのが「事業継続のための補完体制は事が起こる前に作っておかなければならない」ということでした。
首都直下地震は今後30年以内に発生する確率が70%と予想される中で、本社機能が停止したことを想定した体制作りが急務だと感じました。これまでのBCPはいうなれば“絵に描いた餅”。それを実際に“食べられる餅”にしないといけないという思いで、取り組み始めました。
――本社機能が停止したことを想定したBCPにするために、どのような取り組みを進めているのでしょうか?
上野)大きく以下の2つの観点で取り組んでいます。
本社機能の停止と一口でいっても、当社の事業継続のために“災害時にも停止が許容されない本社機能は何なのか”について整理されていなかったので、そこから検討しました。例えば、人事部門が影響を受けて人事関連の業務が1週間止まるとなっても、当社の事業継続には致命的な影響は出ないだろうということを確認していきました。
その結果、財務と情報システムが止まってしまうと途端に事業の根幹部分が行き詰まる恐れがあることがわかったので、それぞれの部署に、大地震が起きて社員が本社に出勤できなかったり、本社ビル自体使えなくなったりしたことを想定して、代替策を検討してもらいました。
――本社の管理職・経営層の意識改革というのは、どういう課題意識があったのでしょうか?
上野)BCPを担当する我々の部署が感じている危機感を、他の部署の管理職や経営層に同じような温度感で伝わるかどうかに課題を感じていました。
私も熊本地震の対応をしたことがあるのでわかるのですが、お客さまのお住まいに近いところで実際の物件管理を行っている現場は、災害が起きれば直接お客さまに対応する必要があるので、事業継続に対して非常に意識が高いんです。
近年、自然災害が頻繁に起きていますが、現場は、そのたびに日常業務を維持しながらお客さま対応をするナレッジが蓄積されていっています。一方で、本社が被災したのは東日本大震災の時くらいですが、その時も結果的に本社機能への直接的な影響はありませんでした。
その意味では、現場と本社の間の危機意識や対応力の差がどんどん開いていってしまうのではないかという危機感がありました。
この差をどうやって埋めていくかを考えた時に有効と考えたのがBCPの机上訓練でした。
――BCPの机上訓練は、どのような経緯で知ったのですか?
上野)BCPの実効性を高めるために他社はどう取り組んでいるんだろうということが知りたくて、MS&ADインターリスク総研が企画したBCPに取り組む企業の交流会に参加したんですね。そこで他企業との交流も有意義だったのですが、その場で机上訓練の案内があって、まずは私も含め、BCPに関わっている総務購買部の3名で参加しました。
実際に参加してみると机上訓練といっても、事前にシナリオは明らかにされず、被災状況の書かれた「課題カード」が次々に渡されて、BCPに基づいた対応や判断を行う内容で、現場での切迫感だったり、想定していないようなことが起こったりと、災害時の対応を疑似体験できて非常に多くの気づきがありました。同時に、本社の管理職や経営層に受けてもらえば、これまで以上に危機感を持ってもらえるんじゃないかと考えました。
――2025年8月に管理職と経営層を対象にBCPの机上訓練を実施されましたが、期待されたような結果が得られましたか?
上野)一番の目的は、訓練を通して気づきを得たり危機感を持ったりしてほしいということでしたので、その意味では非常に大きな効果があったと考えています。
社長をはじめとした役員、部長など約30名が参加したのですが、思っていた以上に主体的に取り組んでもらえたのが印象的でした。


BCPの机上訓練は2025年8月1日に中野区のレオパレス21本社で行われた


訓練には代表取締役社長の宮尾文也氏も参加した(写真中央)
訓練を実施してよかったと感じたのは、訓練が終わった直後にBCPを担当する役員からその場で声をかけられて、30分以上、BCPに関する確認や指示をもらったんですね。訓練がいい刺激になって、幹部クラスの意識改革を実現していけそうだという手応えを感じた瞬間でした。
――今回実施したBCPの机上訓練は、実効性のあるBCPの策定、BCM(事業継続マネジメント)を実現するための1つのきっかけだと思いますが、今後はどのような取り組みを進めていく予定ですか?
上野)まず目先のことでいえば、課題と認識した想定シーンの実効性のあるアクションプランを早急に策定していく予定です。それによって、BCPを“絵に描いた餅”ではなく“食べられる餅”にしたいと考えています。
ただ、BCPは“作って終わり”ではないと思っています。継続的にブラッシュアップし、PDCAサイクルを回していかないといけない。
現在、社内の各部門でリスクの特定・分析・評価を行う分科会を作って開催しています。この分科会を中心にしっかりとPDCAサイクルを回して、BCPとBCM(事業継続マネジメント)の水準を上げていこうと考えています。
こうした取り組みを続けていくことが、入居者様、建物のオーナー様、社宅として使ってくださっている企業様の信頼や安心につながっていくと思っています。そして、当社は社会インフラの一端を担う企業という話をしましたが、単に住環境を提供するだけでなく、お客さまの安心安全につなげて、災害時にもお客さまを“支える”存在になっていきたいと考えています。
(本インタビューは、2025年9月11日に実施されたものです)
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