CSO(最高サステナビリティ責任者)設置企業の取組を紹介!フロントランナーはいかに社内外に自社の取組を浸透させているのか?
ーー今回、10社のCSO・サステナビリティ部門責任者に取材をしてみて、皆さまのキャリアに共通項はありましたか?
石川)実は共通項はありませんでした。あえて言うとすれば、「サステナビリティ一筋」のキャリアではないという点で、共通していました。
| 食品・ライフサイエンス・消費財 | |
|---|---|
| ・キリンホールディングス株式会社 | ・味の素株式会社 |
| ・株式会社コーセー | |
| 流通・小売 | |
| ・J.フロント リテイリング株式会社 | |
| 環境ビジネス | |
| ・株式会社フェイガー | |
| 総合技術・製造業 | |
| ・株式会社 日立製作所 | ・帝人株式会社 |
| ・株式会社レゾナック・ホールディングス | ・株式会社リコー |
| 金融サービス | |
| ・MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 | |
| 食品・ライフサイエンス・消費財 | |
|---|---|
| ・キリンホールディングス株式会社 ・味の素株式会社 ・株式会社コーセー | |
| 流通・小売 | |
| ・J.フロント リテイリング株式会社 | |
| 環境ビジネス | |
| ・株式会社フェイガー | |
| 総合技術・製造業 | |
| ・株式会社 日立製作所 ・帝人株式会社 ・株式会社レゾナック・ホールディングス ・株式会社リコー | |
| 金融サービス | |
| ・MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 | |
話を伺った皆さまの中には、人事や法務部門を経験された方や企業統治に関わった方など、それぞれ自分の強みを持ちながら、サステナビリティに興味・関心を持ってCSOのキャリアに至っていました。
なぜ、それぞれ多様なキャリアをお持ちなのかを考えると、もちろんサステナビリティの歴史の浅さというのもありますが、担当する分野がESGの領域、特に環境(Environment)や社会(Social)といった形で、多岐に渡っていることもあると思います。
中には、「“サステナビリティ一筋”というのは、サステナビリティ人材として望ましくない」と話す方もいて、サステナビリティが事業戦略の中心に位置づけられるようになると、サステナビリティという言葉からイメージされやすい「環境」だけでなく「ビジネス」そのものにも精通していることが重要なのかもしれません。
ーー取材したCSOの皆さまを通じて、CSOに求められる役割についてどのように考えていますか?
石川)「仲間づくり」というのが1つのキーワードかと考えています。トップダウンで組織を動かす力も当然必要なのですが、ボトムアップで事業部門を動かすことも同じくらい重要なのではないかと感じました。
コーセーさまの場合ですと、サステナビリティの部署には研究・商品開発、美容教育、生産技術、販売員、企画、営業など様々な部署出身のメンバーがいるそうです。それぞれのメンバーが元の部署とのパイプを活かし、少しずつ働きかけて理解を得られるようになっているとのことでした。
また、J.フロント リテイリングさまは、サステナビリティの取り組みのKPIや進捗情報をレポートで開示する際に、一方的に他部署にデータや情報の提供を求めると、“やらされ感”が出たり、サステナビリティ部門が“自分たちの都合”で情報収集していると思われたりしてしまうことから、“壁”を壊すために対話と相互理解を重視していると話していました。
このように、CSOやサステナビリティ部門には、他部署や現場を巻き込んで「仲間づくり」をしていく熱量が必要だと考えています。
ーーJ.フロント リテイリングさまは、相互理解を深めるために、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?
石川)J.フロント リテイリングさまは、現場でサステナビリティの取り組みを「自分事化」してもらうためのひとつの工夫として、次のような取り組みをしています。同社では、2024年度、会社が事業を通じて社会に提供したい3つの共創価値(感動共創・地域共栄・環境共生)を定め、それらに基づく新たなマテリアリティ(重要課題)を従業員が自分を主語として考えられるように、「アクション型」の表現に変更したということです。


出典:J.フロント リテイリング株式会社「サステナビリティレポート2436」
(https://www.j-front-retailing.com/ir/library/pdf/sustainability/2024/J_FRONT_2024_J.pdf)
ウェルビーイングやカーボンニュートラルという言葉ではなく「くらしにワクワクをプラスする」「環境と共に生きる社会をつくる」といった言葉で表現することで、自分に引き付けて考えられるようにする工夫をされているとのことでした。この取り組みは、個人的にとても印象に残っています。
ーー社外に向けてサステナビリティの取り組みを開示する際には、今後、これまで以上に財務的な価値を定量的に示すことが求められるようになります。この点に関して、参考となる取り組みはありましたか?
石川)実名で掲載させていただいた企業のほかに、ヘルスケア事業などを展開しているメーカーにも話を伺うことができました。このメーカーでは自社のKPIに血圧計の売り上げを設定していました。
その理由は、同社がサステナビリティ領域におけるマテリアリティの目標の中で掲げている健康寿命に関する課題解決を実現するために、個人の健康状態を判断することができる血圧計を販売するというロジックでした。健康寿命にどれだけ貢献できたかを、血圧計の販売台数で“見える化”しようとしているわけですね。
このように、自社が取り組む社会課題の解決に向けて、自社が取り扱う製品の販売台数をKPIに設定するのも、1つの選択肢となりえます。
同社のケースは、わかりやすい例ではありますが、サステナビリティの取り組みを社外に開示するにあたっては、社内のデータを吸い上げる必要が出てきます。ここでも、日ごろから「仲間づくり」を進めていくことが、やはり重要になってくると思います。
ーー開示という面では、社内外のステークホルダーとのコミュニケーションも重要になってくると思いますが、取材した企業ではどのような取り組みをしているのでしょうか?
石川)2社の取り組みを紹介させていただきます。
まず、レゾナック・ホールディングさまの場合は、サステナビリティの取り組みの現在地と目指すところを社内外のステークホルダーに発信する際に、より身近に感じてもらえるように「リアルを伝える」ことを心掛けていると話していました。そのために、統合報告書では「顔が見える」リアル感を大切にしているということです。


出典:株式会社レゾナック・ホールディングス「RESONAC REPORT 2025(統合報告書)」(https://www.resonac.com/jp/sustainability/report/report.html)
また、帝人さまはインタビューの中で、投資家からのESG関連のつっこんだ質問にも対応できるよう、IR部門から依頼された投資家面談には、サステナビリティ部門責任者がすべて同席していると話していました。加えて、サステナビリティへの関心が高い投資家と自社のCEOやCFOが面談する場合にも、サステナビリティ分野担当の役員も同席するということでした。
ーーCSOを設置している企業は、サステナビリティを経営の中心に据えて“攻め”の姿勢で取り組みを推進しているのが印象的だと感じました。
石川)いずれの企業も「サステナビリティは、単に企業のイメージアップということにとどまらず、企業が“選ばれる理由”に直接的につながるもの」という認識だと感じました。
例えば、カーボンクレジットの生成と販売を行っているフェイガーさまは、「(事業や人事・財務に)余裕のある企業であれば積極的なブランディングなど“攻め”の側面を意識できる体制を整えていくことが望ましいのではないか」と話していました。
また、サステナビリティは世界的に実現可能なルールを作ろうとしている段階なので、プレーヤーとして「ルールメイク」に関わることができるのも、サステナビリティ担当の面白いところだとも話していました。
その意味では、近年のサステナビリティは「社会にとって良いことをして評価されるための活動」というよりも「企業が価値を創造していくための必須の経営戦略」に位置づけられるのではないかと考えています。
今回の書籍には、サステナビリティにおけるフロントランナーとも言える企業でCSO・サステナビリティ部門責任者を務める方たちの貴重な生の声が掲載されていますので、サステナビリティに関わる方、これから関わろうとしている方にとって、得られるものが非常に多いのではないかと考えています。
(本インタビューは、2026年1月23日に実施されたものです)
この記事で取り上げた書籍『CSOと拓くサステナビリティ経営 価値創造の現場』(経済法令研究会刊)は、発行元の経済法令研究会のサイトでご購入いただけます。
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なぜCSO(最高サステナビリティ責任者)という役職が求められるようになってきているのか? 京都大学経営管理大学院 加藤晃特命教授に聞く
ーーそもそもの話になりますが、企業はなぜサステナビリティに取り組む必要があるのかという点から、教えてもらえますか?
加藤)背景には2つのことがあると考えています。1つめは、企業も社会の一員であり、環境問題や社会問題の解決に貢献することで対価や利益を得るべきだという考え方の広まりです。これは「倫理資本主義」と言われたりして、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルやノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツが提唱しています。
もう1つは、制度上の変化に合わせて対応を迫られるようになってきている点です。いわゆるコンプライアンス対応です。例えば、SDGs(持続可能な開発目標)は、2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際的な約束で、2015年の国連サミットで採択されました。これを受けて、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が、企業がESG・サステナビリティに関する情報を開示する際のルールを作り、日本ではSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が2025年3月に新しい基準を公表しました。これによって、新たな法規制・制度ができたりして、企業は対応していく必要が出てくるわけです。
京都大学 経営管理大学院 加藤晃 特命教授
貿易商社、AIU保険会社、愛知産業大学、東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻教授を経て、2025年から同大学嘱託教授。情報開示/経営戦略、サステナブルファイナンスが専門分野。
日本では大企業を中心に、こうした状況に対して危機感を持って取り組んでいると思いますが、中堅中小企業は、まだまだ“自分事”として考えられていない所も多いのではないでしょうか。私は中堅中小企業こそ、危機感を持つべきだと考えています。
なぜかというと、サプライチェーンでものを考えたときに、例えば自動車産業であれば、自動車メーカーが完成車を作るわけですが、部品は部品メーカーに依頼して製造し、その部品メーカーも自社内で製造が完結することはなくて、全体としては大きなピラミッド構造になっているわけです。
このため、自動車メーカーが温室効果ガスの排出量を算定して情報開示しようとすると、自社に加えてサプライチェーン全体の排出量を把握する必要があります。つまり、サプライチェーンを構成する中堅中小企業も、排出量の算定一つとってみてもサステナビリティの取り組みは、決して“他人事”ではないんですね。
もし、自動車メーカーからの求めに応じて、サステナビリティの取り組みに関する情報を適切に開示できないようであれば、サプライチェーンから外されることもありえます。中堅中小企業こそ危機感を持って取り組むべき経営課題だと考えています。
ーー本題のCSOというポジションについてですが、どのような役割を担う立場だと考えていますか。
加藤)CSOは、環境問題に責任を持つ立場のイメージが強いかと思いますが、ESGの視点では、環境(Environment)だけでなく、社会(Social)も所管しています。ガバナンス(Governance)は、直接統括する責任者ではありませんが、EとSを実現するためにはGの設計・運用に関与する必要があります。CSOは、広い領域をカバーする中核人材・リーダーなんですね。
実際に何をやるかというと、サステナビリティの取り組みに関して、社内外でコミュニケーションをして、理解・共感してもらい、サポートを得て実現していく役割を担っています。
CSOは、CEOやCFOなどと同じCxO(Chief x Officer)に位置づけられる、いわゆる役員に相当する立場で、企業を実際に動かし、企業文化を変革するぐらいの相当パワーのある人でないと務まらないのではないかと思っています。ただし、職位・職名は企業によって様々です。
ーー日本では、CSOを置く企業は増えてきているのですか?
加藤)日本監査役協会が2023年に実施したアンケート※2によると、557社のうちプライム市場を中心に36.6%にあたる204社がCSOを設置していると回答しています。日本の企業全体で見ればごく一部にとどまっているというのが現状だと思います。
※2 日本監査役協会「サステナビリティの取組みについてのアンケート調査(第2回)の集計結果」
ーー企業にとって、サステナビリティ取り組みの推進が求められるトレンドが続くとすると、徐々にCSOを設置する企業は増えていく傾向になっていくかと思いますが、こうしたポジションがどうして求められるようになってきているのですか?
加藤)サステナビリティという分野がカバーする範囲があまりに広いということが挙げられます。環境問題一つとっても、脱炭素だけではありません。生物多様性、砂漠化の問題もあります。社会問題であれば、貧困、性差別、人権問題、児童労働などまで含まれます。
CSOを置かなくても、企業の各事業部門の長が担当を兼ねればいいのではないかという議論もあり得るのですが、環境問題や社会問題だけでもこれだけの範囲なのに、さらに広範な課題まで考慮すると、現実問題として、事業部門の長が兼務で担うのは難しいと思います。
ーーそれだけ広い範囲を担当する責任者としてのCSOには、どのようなことが期待されているのでしょうか?
加藤)企業は、理念、ミッション、ビジョンを掲げて、その下に実際に実行するための具体的な戦略を策定するわけですが、この戦略の中にサステナビリティという概念を入れ込まないと全社的な動きにはなりません。
入れ込むためには、CEOやCFOといった立場の人たちとよく話して、その必要性を理解してもらい、トップのコミットメントとサポートを得なければなりません。そして、概念を戦略の中に入れ込むことができたら、今度は、各現場に落とし込んでいかなければなりません。つまり、実務的なカスケードダウンです。
年初に1回、社長があいさつで触れただけで、現場が動くほど企業という組織は甘くありません。社員とコミュニケーションを取りながら、一人ひとりに理解してもらわないと、現場は動きません。もっと言えば、人事制度などにも落とし込んでいく必要もあります。
そして社内だけでなくて、社外には株主もいますし、サプライチェーンで考えると自社に部品などを納入してくれる企業がサステナビリティに対する考え方を理解してくれないと、実現できません。
そのためには、社内外のステークホルダーにも自社のサステナビリティの取り組みに共感してもらい、実際に動いてもらわなければなりません。だからこそ、CSOには「巻き込む力」が求められると考えています。


ーーCSOというポジションを置く企業と、そうでない企業ではどのような差が生じてくると考えていますか?
加藤)CSOというポジションが日本企業において十分に浸透しているわけではないので、確定的なことは言えませんが、サステナビリティの取り組みを推進する“スピード感”が違ってくると考えています。
事業部門ごとにサステナビリティを推進した場合、どうしても取り組みにばらつきが出てきてしまいますが、CSOがいることで統一感を持って社内を動かすことが可能になります。経営資源を集中的に投じることができるようになれば、スピード感だけでなくクオリティも変わってくると思います。
ーーサステナビリティが扱う内容が非常に広範に及ぶ中で、企業・CSOはどのように優先順位を付けて取り組む必要があるのでしょうか?
加藤)結論から言えば、業種によって全く異なってくるだろうと思います。例えば鉄鋼業界や運輸業界は、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスを排出していますから、まずはそこを重点的に取り組む必要があると考えられます。
一方、労働集約型の産業であれば、現地で労働者を低賃金で雇用するなどの人権問題にフォーカスする必要があるかもしれません。
また、それぞれのサステナビリティの課題が、自社の売上、コスト、ブランド、リスク管理にどれだけ影響するのかという観点も重要です。
ーーCSOにはどのようなスキルセットが求められると考えていますか?
加藤)繰り返しになりますが、CSOが担う分野はあまりにも範囲が広いんですね。サステナビリティ情報を開示するにあたっては、広報的な知識も必要ですが、財務会計やマーケティングの知識も必須です。場合によっては、技術系のことも知らなければなりませんし、経営戦略もわかってなければなりません。ある意味では「スーパーパーソン」と言えるかもしれません。
一方で、実際に日本でCSOを務めている人の話を聞いてみると、それぞれいろんなキャリアをお持ちで、専門分野を持ちつつ、不十分な分野については勉強をされているようです。そうした意味では、知識面ではビジネススクールの基礎科目ぐらいのことは知ったうえで、自分の得意分野をベースにして広げていくイメージだと思います。
そして、それ以上に重要なスキルは、コミュニケーション力、巻き込む力だと考えています。自分の考えを伝えて共感してもらい、実際に動いてもらえるかどうか。そこが非常に重要な部分だと思います。
ーー『CSOと拓くサステナビリティ経営 価値創造の現場』が出版されます。CSOの設置を検討している企業や、サステナビリティを担当している読者の皆さまには、この本を通じてどのような学びを得てもらいたいと考えていますか?
加藤)サステナビリティの分野はまだまだ新しく、CSOを担える人材を育成する大学の学部もありませんし、企業の中でも戦略的に人材を育成しているようなケースも少ないと思います。
そうなると、CSOの設置を考えた際には、適切な人材が社内に見当たらない場合には社外から採用する必要があります。これは、時間で専門性を買うという面からすると必要なことですが、長い目で見ると、社内でも人材を育てていかなければなりません。
書籍の中の「実践編」では、金融サービス、食品・ライフサイエンス・消費財、流通・小売、環境ビジネス、総合技術・製造業という業種から10社のCSO・サステナビリティ部門の責任者のインタビューも掲載しています。
それぞれの責任者が、どういうことを考え、どのような工夫をしているのか。そして、どうアプローチしているのかといった生の声を知ることができる貴重な機会だと思います。成功だけでなく、失敗を含む具体的なエピソードのほか、CSOに必要な知識・スキル、獲得・育成の方法、サステナビリティ部署のあり方など多彩なトピックスに触れています。
CSOの設置を検討している企業、CSOを志す人、サステナビリティ部門の一員としてCSOと働く人たちに役立てていただければと思う次第です。
(本インタビューは、2026年1月23日に実施されたものです)
この記事で取り上げた書籍『CSOと拓くサステナビリティ経営 価値創造の現場』(経済法令研究会刊)は、発行元の経済法令研究会のサイトでご購入いただけます。
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【終了】<2/25オンラインセミナー開催>CSOと拓くサステナビリティ経営 ~価値創造の現場を国内先進企業に学ぶ~
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ESGリスクトピックス(2026年2月)
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「持続可能なスポーツ」のためのスタンダード ―地域社会を動かし、環境も経済も育むための8つの計画― 【リサーチレター(2026年2月)】
中学・高校のスポーツ部活動は、本来「自主性・継続性・公認性」を備えた教育課程外活動であり、心身の成長・自己管理・人間関係構築など、多くのメリットを持つ(図表1参照)。一方で、少子化による部員数の減少や、活動を支える教員の過重負担、ハラスメント、競技成績偏重などの問題も顕在化してきた。こうした課題を受けて、スポーツ庁は2022年に「学校部活動及び地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を策定し、「部活動の地域展開」を推進している。これは、学校単位での維持が困難になった部活動を、地域のスポーツクラブや団体が主体となって運営するモデルへ移行させる改革である。2023年度から2025年度までを「改革推進期間」とし、地方公共団体による実証事業は510市区町村(2024年時点)にまで拡大した。こうした動きは、官民連携によっても力強く後押しされている。三井住友海上社などが設立した「ブカツ・サポート・コンソーシアム」は、地方公共団体が抱える指導者の確保や運営ノウハウといった課題に対し、企業が持つ専門性を活かした支援を提供する枠組みとして機能しており、改革の推進に大きく貢献している。
| メリット | デメリット | |
|---|---|---|
| 自己管理能力 | 練習や大会準備を通し、時間管理・目標設定・自己管理能力が培われる | 部活動の活動時が長く、勉強や他の活動との両立が離しい場合がある |
| 体力・健康 | 習慣的な運動により、健康増進や生活リズムの安定、生涯にわたる運動習慣の確立に寄与する | ハードな練習や長時間練習、遠征等による疲労や怪我のリスクが高まる |
| コミュニケーション | 異学年の生徒との関わりを通じて、協調性・社会性・コミュニケーションカが高まる | 仲間や先輩・後輩・指導者との関係がストレスや悩みの原因となることもある |
| メンタルへルス | 目標の達成感や仲間との助け合いが精神面の成長やストレス解消につながる | 過剰な指導や大会重視の風潮により、精神的負担や暴力・パワハラの問題が生じることがある |
| 進学・キャリア | 活動実績が進学(スポーツ推薦)・就職のアピールポイントとなる場合がある | 間接的に、学業との両立困難が影響する可能性がある |
| 家庭との関係 | 保護者の応援により、親子間のコミュニケーションが良好になる | 遠征費や用具購入など家計への負担、送迎や費用面で保護者の負担増加 |
| 絆・友情 | 共通の目標に向かい努力することで、かけがえのない友人関係やチームワークが育まれる | 人間関係のストレスが生じることもある(上記「コミュニケーション」参照) |
(スポーツ庁広報誌他より筆者作成)
これらの改革は、運営体制の持続可能性を高める上で大きな成果を上げている。しかし、その主眼は、少子化下での部活動の維持や教員の働き方改革、地域コミュニティによる子ども支援といった「社会・経済」の持続可能性に偏っている。つまり、土台となる「環境」への視点は残念ながら十分とは言えない。
政策レベルを見ても、いまだ不足がある。2025年に改正された「スポーツ基本法」では、気候変動への対応の必要性が初めて明記され、大きな前進となった。それでも、気候変動の影響を受けた暑熱対策などの安全確保に留まっており、緩和のための行動に言及していない。加えて、気候変動と並ぶ深刻な環境問題である生物多様性の損失に関する視点は含まれていない。つまり、いまの改革には「環境リスクを前提に、スポーツの在り方を再設計する」という発想が欠けている。スポーツ部活動がもたらす本質的な価値を将来にわたって享受し続けるためには、運営体制の改革だけでなく、活動の土台となる環境の変化に起因する広範なサステナビリティリスクに正面から向き合うことが必要である。
これまでに明らかになっている科学的データや将来予測に基づき、スポーツ部活動において十分に認識されてこなかった気候変動および生物多様性に関するリスクを特定した。これらのリスクは、活動の安全性から運営コスト、選手のパフォーマンスに至るまで、スポーツ部活動のあらゆる側面に影響を及ぼす可能性がある。また、限られたリソースの中で効果的に対応するためには、優先順位付けが不可欠である。そこで本章では、学生スポーツ団体における「現状の対応度」と、法規制や社会的な要請の強さを示す「影響度」という二つの軸を用いて行った「重要性評価」の結果を下表に示す(図表2参照)。
| 気候変動 | 期間 | 対応度 | 影響度 | 優先度 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 健康被害 | 猛暑日の増加などにより、熱中症搬送者数が増加 | 短~中期 | ○ | ○ | 低 |
| 猛暑により、運動部活動の制限期間が最大6ヶ月間。既存の対策では不十分【温室効果ガス排出抑制がな場合】 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 活動停止 | 豪雨などにより、屋外活動やスポーツ大会の中止リスク拡大 | 短~中期 | △ | ○ | 中 |
| 降雪量減少などにより、関連産業の経営難・倒産増加 | 短~中期 | △ | △ | 中 | |
| 降雪量が減少し、ウィンタースポーツ存続危機。新規開発における生態系への影響も【温室効果ガス排出抑制がない場合】 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 物理的リスク | 豪雨・洪水により、運動施設の損壊。河川敷施設の利用安全性低下 | 短~中期 | × | △ | 中 |
| パフォーマンス | 高温や人工雪により、選手の競技能力・安全性悪化 | 短~中期 | ○ | △ | 低 |
| 生物多様性 | |||||
| 健康被害 | 汚染された大気を運動中に取り込むことにより、直接的な健康被害や施設改修のためのコスト増大 | 短~中期 | × | △ | 中 |
| 大気汚染情報に触れた人々が身体活動量を減らした場合の間接的な健康被害 | 中~長期 | × | × | 低 | |
| 水質汚染により、重大な健康被害 | 短~中期 | × | ○ | 高 | |
| 塩素処理されたプールで活動することによる健康被害 | 短~中期 | × | △ | 中 | |
| 未知の微量汚染物質による健康被害 | 中~長期 | × | △ | 中 | |
| 植生や土壌の劣化などにより、熱中症リスクが増加 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 植生や土壌の劣化などにより、雷害リスクが増加 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 自然林に生息する野生動物による悪影響が増大【山地に近いグラウンドやゴルフ場の周囲にある森林が消失した場合】 | 短~中期 | × | ○ | 高 | |
| 活動停止 | 気候変動影響(豪雨や降雪量減少)や生物多様性影響(生態系劣化への緩和対策、汚染対策、水資源対策)のために、既存のゴルフ場やスキーリゾートの運営コスト増大 | 短~中期 | × | △ | 中 |
| 新たな施設を建設するための土地開発・改変の禁止 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 河川や湖沼などの水質悪化により、運営コスト増大 | 短~中期 | × | ○ | 高 | |
| 大会・活動自体の存続危機【湖沼における水質悪化が進んだ場合】 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 人工雪製造により、地域の飲料水の供給減少に加え、汚染や地球温暖化を招くリスク | 中~長期 | × | △ | 中 | |
| 海洋ゴミにより、運営コスト増大 | 短~中期 | × | ○ | 高 | |
| 大会・活動自体の存続危機【海洋ゴミが増大した場合】 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 保全優先度の高いエリアが増える事により、活動制限 | 中~長期 | × | △ | 中 | |
| 物理的リスク | プラスチック使用に関する規制により、大会運営や活動のためのコスト増大 | 中~長期 | × | ○ | 高 |
| 豪雨の頻発などにより、施設維持のための農薬の使用制限 | 中~長期 | × | △ | 中 | |
| 気候変動影響、植生/土壌の劣化、水インフラの老朽化により、洪水/土砂災害の被害増大。施設利用の安全性低下 | 中~長期 | × | ○ | 高 | |
| 干ばつや渇水の常態化により、大量の水を使用する活動の制限やコスト増大【温室効果ガス排出抑制がない場合】 | 中~長期 | × | △ | 中 | |
| 生態系サービス(文化的) | 生態系保全や安全性確保のために、活動制限 | 短~中期 | × | △ | 中 |
| パフォーマンス | 大気汚染により、選手の競技能力・安全性悪化 | 短~中期 | × | △ | 中 |
| グラウンド周辺の森林や土壌が劣化することにより、競技に悪影響が生じるリスク | 中~長期 | × | △ | 中 | |
(環境省資料他より筆者作成)
対応度の評価については、既に取組みがあるものを「○」、各団体においてリスクとして認識され始めているものを「△」、まだ取組みがないものを「×」とした。また、影響度の評価については、明確に対応が要求されているものを「○」、省庁などにおいてリスクとして認識され始めているものを「△」、まだ対応が要求されていないものを「×」とした。これらの組み合わせのうち、まだ取組みがないもの(対応度×)と、明確に対応が要求されているもの(影響度○)について、優先的に対応すべきリスク(優先度:高)としている。
全体を眺めると、優先度の高いリスクが13個、中程度のリスクが14個、低いリスクが3個との評価結果になった。特に、環境省などの法令に従って影響度評価を行うと、スポーツ界としても取り組まなければならない生物多様性リスクが多くあることが明らかになった。気候変動については、既に顕在化している「暑熱対策」リスクへの継続的な対応が必要である。その上で、温室効果ガスの排出削減に貢献するような行動(緩和)や、気温上昇がさらに進んだ場合に備えるための抜本的な対策(適応)を、中長期的に進めることがスポーツ部活動においても求められる。生物多様性に関するリスクについては、現状の対応度を踏まえると、特に優先度の高いリスクが多くなっている。日本においても、水質汚染やプラスチックごみ問題、既存/新規の運動施設周辺における生態系の劣化などの対処に、早期に取組みを始める必要がある。
この評価結果からは極めて重要な示唆が得られた。それは、スポーツ部活動では「対応度」が低いにもかかわらず、法規制や社会的な要請の高まりによって「影響度」が急速に増している生物多様性関連のリスク群(水質汚染、プラスチックごみ問題、生態系劣化など)が、喫緊の最優先課題として浮かび上がってきたという事実である。そしてこれらは、従来の暑熱対策の延長線上にはない、難しい課題ばかりである。そこで次章では、これらの優先課題に対して、国内外の先進事例から学びつつ、実効性のある具体的な対応策を提示する。
気候変動および生物多様性に関する課題は、短期(足元の安全対策)から中長期(運営・施設・サプライチェーン上での改革)で異なる施策が必要になる。また、それらを実効性あるものにするためには、既に成果を挙げつつある国内外の先進的な取組みから学ぶことが不可欠である。本章では、こうした事例を分析したうえで、「持続可能なスポーツのためのスタンダード」としてまとめた。
サステナビリティ取組みを進めるためには、まず組織内にサステナビリティ担当、および委員会を設置する必要がある。この専門部において、責任者(Chief Sustainability Officer:CSO)を明確化し、俯瞰的な戦略フレームを策定する事が何よりも優先される。その内容には、気候変動・生物多様性・資源循環の面で方針を策定・公表すること、国際枠組み(Sports for Climate Action※1、 Sports for Nature※2)に署名することなどが考えられる。また、短期・中長期の施策は以下である。
① 現状把握(GHG排出量、廃棄物量、水使用量、生物多様性に関するリスク分析など)の実施
② 行動計画の決定
① 定量的な目標値設定(20xx年までにScope1-3でx%削減など)
② 中間KPIの導入
③ Sport Positive League※3などの外部団体と連携
※1)気候変動対策に向けた行動を起こすための国際枠組み。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)と国際オリンピック委員会(IOC)によって発足。
※2)2030年までにスポーツ界全体で「ネイチャー・ポジティブアクション」を拡大するための国際枠組み。国連環境計画(UNEP)、生物多様性条約事務局、国際自然保護連合(IUCN)、IOCによって発足。
※3)欧州サッカー連盟(UEFA)によって創設された国際的なイニシアティブ。クラブ単位でサステナビリティ項目(① ポリシーとコミットメント、レポーティング、② 再生可能エネルギー、③ エネルギー効率、④ 環境負荷の少ない移動手段、⑤ 使い捨てプラスチック削減・廃止、⑥ ごみの削減管理、⑦ 水の効率的な利用、⑧ プラントベース・低炭素食品、⑨ 生物多様性、⑩ 教育、⑪ コミュニケーション、⑫ 持続可能な調達)の成果を競う。
スポーツ大会/活動を行う上での安全性確保は最優先事項であるため、早期の取組みが求められる。
a.運動時間の調整(WBGT※4指数がガイドラインを超える場合は練習時間を早朝/夕方に移行、活動強度の段階的調整など)
b.日陰・冷却環境の整備(ミスト、日陰テント※5等を配備)
c.水分管理(ペットボトル利用抑制の観点から「マイボトル・マイカップ」方式を導入)
d.救護体制の強化(救急搬送手順やスタッフのトレーニングなど)
関係者にリアルタイムで情報連携する仕組みの導入(河川の増水や水質汚濁、雷発生情報、野生生物の出没など)
なお、スポーツ庁において「運動・スポーツにおける安全対策の評価改善のためのガイドライン」が検討中である。公開された際には、そちらも参考にされたい。
※4)WBGT(湿球黒球温度)は、熱中症を予防するための指標。気温、湿度、日射・輻射熱を取り入れた温度のこと。人体の熱収支に影響を与える要素を考慮しているため、実際に近い危険度の評価が可能。
※5)東京2025世界陸上において、SPACECOOL社の新素材を活用したテントが採用されている。同テントは 、放射冷却を利用してゼロエネルギーで冷却効果を実現できる。
優先度の高いリスクとして取り上げた気候変動の緩和策と適応策である。
温室効果ガスの排出削減に向けた取組みは、スポーツ大会/活動においても求められる。
① 温室効果ガス(GHG)インベントリの作成(組織が1年間に排出・吸収するGHGの種類や、起因する活動などを一覧化し、基準値とする)
② 関係者の移動を低炭素化(教育/啓発活動のほか、自転車・公共交通を利用した場合の手当てなどのインセンティブ導入)
① エネルギー効率化(再生可能エネルギーの導入やLED照明、空調の最適化、太陽光発電設備の設置、EV車両の導入、断熱改修など)
② 調達の際に低炭素を意識する(低炭素サプライヤーを優先)
③ 運営におけるGHG排出削減(印刷物の削減、デジタル化の推進、機材の長寿命化、レンタル/リースの活用など)
過酷な気象条件や激甚化する災害への適応策も講じる必要がある。これも安全性の確保に関することから、短期の取組みが求められる。
① リスクマップの作成(大会会場や運動施設ごとに浸水や強風、暑熱などへの脆弱性を評価)
② 施設ごとの最適な対策(大会や練習の中止基準、避難・情報連携の手順作成など)を準備。
「湘南国際マラソン」※6において、アクアクララ社と提携して開発された給水システムのように、災害時に転用可能な設備の新設も有用である。これにはフェーズフリー※7取組みを推進する自治体との連携が効果的である。
※6)「環境に配慮したサステナブルなマラソン大会をリードする」と謳っており、「マイカップ・マイボトルマラソン」や「循環型アップサイクルプロジェクト」に取り組んでいる。
※7)普段利用している商品やサービスが災害時に適切に使えるようにする価値を表した言葉。
生物多様性に関する取組みは、特に地域差が表れやすい。この要因には以下が挙げられる。
地域ごとの地理的条件や気候などが異なるため、そこに生息する生物種の多様性が異なる。
農業や産業活動などの人間活動が地域の生物多様性に与える影響が異なる。
各地域の自治体が実施する生物多様性の保護政策や管理体制が異なる。
地域によっては、伝統的な知識や文化が生物多様性の保護に貢献している場合がある。この点を考慮するためにも、まずは現状評価が求められる。
① 練習場や大会会場周辺の生物多様性に関する評価(周辺の生態系がどのような状況であるかを把握。なお、以前より地域の生態系を見守ってきたNPOや専門家との協働が有用)
② グラウンドで使用する芝管理の見直し(農薬・化学肥料の削減、土壌改良、新素材導入※8など)
③ 施設周辺における外来種の管理
① 新設・改修時に「生物多様性配慮設計」を導入(緑地、雨庭、生物多様性ネットゲイン※9目標)
② 調達の際に生物多様性評価を意識する(木材、芝、食材等のサステナブル調達)
③ コミュニティ参加型の回復プロジェクトを定期的に開催(植樹、干潟再生、プロギング※10など)
※8)ミズノ社、カネカ社は生分解性バイオポリマーを使用した屋内型人工芝と充填材を共同開発。海に流出しても海中で水とCO2に分解されるため、雨風などで人工芝や充填材が流出する「マイクロプラスチック汚染問題」への対応策として期待される。
※9)開発プロジェクトや土地改変に伴って失われる生物多様性を補うだけでなく、さらに向上させることを目指す考え方やアプローチのこと。
※10)ジョギングしながらゴミを拾うフィットネスのこと。スウェーデン語の「plocka upp(拾う)」と英語の「jogging(走る)」を組み合わせた造語であり、2016年から世界100カ国以上に広がっている。なお、日本では、この言葉ができる前からランナーの間でゴミ拾い活動が広がっていた。
スポーツ団体の先進事例である「World Rugby Environmental Sustainability2030※11」では、優先テーマとして「気候変動へのアクション、循環型経済の促進、生物多様性の保全」を掲げている。資源循環に向けた取組みを進めることは、気候変動や生物多様性へも貢献する。
① 練習場や大会会場などの廃棄物に関する評価(2025年11月の国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)で国際ガイドライン「グローバル・サーキュラリティ・プロトコル(GCP)」※12が公表された。同ガイドラインは循環性に関するパフォーマンスの測定・開示フレームワークや循環性指標を含む基本的な枠組みとなる。主に企業が対象であるが、スポーツ団体の取組みにおいても企業との協業が必要となる事から、参考にされたい。)
② 使い捨てプラスチック削減(選手/運営スタッフのマイボトル導入、リユース食器の採用など)
③ 食品ロス対策(余剰食材の地域還元、大会運営スタッフへのプリペイドカード配布等)
① 大会グッズ、看板、備品の寿命延長と再利用のルール化(レンタル、共通備品の導入)
② 衣類、シューズ回収プログラム(湘南国際マラソン事例を各スポーツ大会やクラブで定着化)
③ 大会に出店する飲食店の容器リユース制度
ただし、こうした取組みは気候変動と生物多様性の両面でインパクトを測ること(アップサイクル事業のGHG影響を正しく検証するなど)に留意が必要である。
※11)ラグビーの国際競技連盟(World Rugby)が公表するサステナビリティ計画。
※12)日本政府は国際競争力の強化などを目的に、資源循環分野の国際ルール形成を主導してきた。TCFD(気候変動)やTNFD(生物多様性)のように、評価手法や情報開示の枠組みが確立されていなかったことから、国際的な民間企業団体であるWBCSDとともに同ガイドラインを開発した。
気候変動や生物多様性、資源循環に関する上記の取組みを効率的・効果的に推進するためには、地域のステークホルダーの力が不可欠である。そのため、連携施策も同時に進めることが求められる。
① 「ホームタウン活動」※13の開催(地域住民、自治体、企業、NPO等と協働するための「場」を整備する。そこで生物多様性の保全活動や、河川・海岸の清掃、低炭素・省エネ教室、サステナビリティ取組みの実証実験などを実施)
② 啓発コンテンツの発信(影響力/人気のある選手/スタッフを環境アンバサダーとして活動をPR)
① 活動データの公開(GHG排出量やごみの削減成績などを見える化し、地域に報告)
② ファン参加型施策の実施(Sport Positive LeagueやHEROs PLEDGE※14などの取組みに参加することや、エコ行動イベントを主催してインセンティブを付与する制度を創設するなど)
※13)Jリーグで行われている「地域密着」活動。Jリーグでは、2023年に30,000回以上の活動を行っている。
※14)スポーツ界を横断して、使い捨てプラスチックごみ削減に取組むプロジェクト。
各主体が、上記の取組みについて優先付けをした上で取り組んだとしても、相当の費用がかかることが見込まれるため、資金面での対応策も実施する必要がある。
① 協力企業との連携(企業自身による気候変動や生物多様性に関するリスク/機会への対応も進んでいるため、こうした企業との協業によって経済的合理性を確保する)
② 国や自治体の補助金を活用(スポーツ庁や環境省、Jリーグなどの助成事業を活用する)
③ 企業などからの寄付
情報開示は、「Sport Positive League」や「Sports for Nature」、「World Rugby Environmental Sustainability2030」などに共通する重要な施策である。ただし、開示項目を満たす為の取組みであってはならない。あくまでも、自組織にとって重要な施策に取り組んだうえで、その結果を正しく開示することに留意してほしい。
① 取り組んだ実績を広く開示するための項目整理(主に企業が活用する基準であるが、TCFD※15:気候変動や、TNFD※16:生物多様性、GCP:資源循環、SSBJ:サステナビリティ財務報告などを参照されたい)
② 他団体へのベストプラクティス展開。「団体/チーム」の「関係者/ファン層」への行動変容促進。
(スポーツが持つ巨大な影響力を用いることで、国家レベルでの目標達成にも貢献できる)
ここで提示した8つのスタンダードは、スポーツ部活動を未来にわたって持続可能なものへと転換していくための、具体的かつ体系的なロードマップである。これらを実践することで、スポーツ大会や活動を主催/運営する団体・自治体・企業は、リスクを管理し、地域社会と協働して新たな価値を創造することができる。
※15)気候関連財務情報開示タスクフォース。企業や金融機関が気候に関連するリスクと機会を評価し、それに基づく情報を開示するための国際的なフレームワーク。
※16)自然関連財務情報開示タスクフォース。TCFDの自然版。
スポーツは、選手、ファン、地域住民、企業、自治体といった多様なステークホルダーを情熱で繋ぐ、他に類を見ない強力なプラットフォームである。また、サステナビリティの取組みは、より良い環境・社会・経済を作るために、業種や所属団体の垣根を越えて、人々が集い、協力し、地域への愛着を育む新たなコミュニティ活動の機会を創出する。つまり、スポーツとサステナビリティには、「コミュニティを生み出す力」という共通項がある。スポーツには、この力を活用することで地域社会のサステナビリティ課題解決とレジリエンス(強靭性)を高める「核(ハブ)」になるという、絶大なポテンシャルを秘めている。
さらに、スポーツはビジネスとしても魅力のある産業である。アメリカのスポーツ産業はすでに約60兆円に達したと言われている。この規模は、かつてGMやフォードに代表される自動車産業の市場規模よりも大きい数字である。中国も、2025年9月にスポーツ産業規模を7兆元(約143兆5,000億円)に拡大する目標を打ち出した。「スポーツ産業の発展とスポーツ消費の促進は、国内需要を拡大する戦略において重点的な取組みになる」と公言している。この点、日本においても軌を一にしている。スポーツ庁は「スポーツの成長産業化」(2021年10月)で、スポーツGDP(国内総生産)を15兆円に拡大(2015年時点5.5兆円)する目標を掲げている。それは、「モノ消費からコト消費」と言われるように、消費の重点が「体験を楽しむ」ことに移っているというトレンドを受けているからである。スポーツが持つ「体験の強さ」は、この機会を最大限に活かすことができ、少子高齢化に伴う人口減少の中でも市場拡大が予想されている。
加えて、これまでの国内市場が未成熟という状況にある。たとえば、主に自治体の所有物となっている競技場や体育館は、その管理費用(電気代や施設維持費、人件費など)が、収入(施設利用料など)を上回るコストセンターになっていた。これを、何度も来たくなるような魅力的で収益性を有するスタジアム・アリーナに変え、プロフィットセンターへと変革するのである。実際に、エスコンフィールドHOKKAIDOをはじめ、スタジアム・アリーナの建設・竣工が全国で20か所以上も進んでいる。
また、こうした新たな「場」はサステナビリティの実証機会としても活かされている点に注目したい。2025年10月に新設されたTOYOTA ARENA TOKYO(東京都江東区)では、「会場内で出たごみのリサイクル」や「プラごみの最小化」「フードロス対策」「近隣マーケットで出た余剰食材の活用」「周辺の海の環境保全活動」「海洋プラごみを再利用したグッズ制作」など、アリーナの運営にサステナビリティ対策を組み込んでいる。施設自体にも「太陽光発電」や「蓄電」「屋上などの緑化」「雨水の利用」といった環境負荷の低減を図り、日本のアリーナとして初めてとなるLEED認証※17を取得した。アリーナの新設となると、大小さまざまな環境負荷が生じる可能性がある。そして、運営後の効果がそれらの影響を上回ってポジティブになる計画が求められる。こうした取組みには地域のパートナーが持つ専門性が不可欠になる。パートナーにとっても、多様な解決策を模索しながら、自身/自社の成長機会になるだろう。その際には、本稿で提示した「持続可能なスポーツのためのスタンダード」が一助となることを期待したい。
※17)U.S. Green Building Council(USGBC)が開発・運用する環境性能評価システム。環境に配慮した建物であることを評価する国際的な認証制度の一つ。
【参考文献】
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海外リスクインテリジェンスサービス
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IUCN RHINOアプローチとSTAR指標のアップデート概要
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ESRS簡素化案を欧州委に提出、 企業の報告負担軽減で必須開示項目を61%削減
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冬季オリンピックとサステナビリティ:雪不足の危機をビジネス機会へ
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ISSB、自然関連開示基準策定を決定、2026年10月に公開草案を公表
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TNFD、「自然関連データ・パブリック・ファシリティ(NDPF)」の具体的な構想提示
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MS&ADインシュアランスグループ リスクマネジメント情報誌 【RMFOCUS 第96号】
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TNFD提言に関する日本企業の情報開示の動向と期待【RMFOCUS 第96号】
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CSO(最高サステナビリティ責任者)と切り拓く価値創造への道 ~先進企業の現場から~【RMFOCUS 第96号】
MS&ADインターリスク総研は2026年2月に『CSOと拓くサステナビリティ経営 価値創造の現場』(経済法令研究会刊)を上梓する。タイトルの「CSO」は「Chief Sustainability Officer」の略、和訳は「最高サステナビリティ責任者」が一般的だ。肩書がChiefで始まる経営幹部は英語でC-SuiteやCXOと呼ばれ、最高経営責任者(CEO)や最高執行責任者(COO)、最高財務責任者(CFO)などがよく知られている。海外ではこれらの経営幹部と並んでサステナビリティをつかさどるCSO注1)を設置する企業が増えており、今やサステナビリティは担当役員を設けるに値するテーマであることが窺える。
足元で企業のサステナビリティに関する施策をめぐる外部環境は大きく揺れ動いている。2025年3月には国内の有価証券報告書での情報開示に適用されるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)基準が確定している。東証プライム市場に上場する時価総額3兆円以上の企業は、2027年3月期決算からSSBJ基準に沿った開示が求められる。一方、2025年は米国のトランプ政権を筆頭にESGやSDGs、DE&I(多様性・公平性・包摂性)への政治的なバックラッシュ(反動)が国際的に活発化した1年でもあった。

大半の企業が、将来世代への責任を果たしつつ、短期的な収益の獲得や事業継続のために足元の動向にも目配りが不可欠な難しいかじ取りを迫られている。
こうした開示基準への対応や情報収集、実際の施策を展開するにあたり、体制構築や人材育成といった企業内部の取り組みは重要な課題だ。近年注目度が飛躍的に高まったとはいえ、サステナビリティは企業組織においてはまだ新しい領域であり、サステナビリティ一筋のキャリアを積んできた経営幹部や部門責任者は稀である。CSOは誰もがまず自らの役割の定義や組織作りの問題に直面することになる。
本書籍は、国内企業のCSOおよびサステナビリティ部門責任者にインタビューを行い、実際に最前線でこうした課題に直面し試行錯誤する方々のリアルな声や、そこから浮かび上がったサステナビリティ担当者や組織のあり方をまとめた書籍である。本稿では、そのエッセンスを新たに書き下ろしたダイジェストにてご紹介する。より詳細な内容や各社のインタビューを知りたい方はぜひ本書を手に取っていただきたい。
国内に目を向けるとCSOを設置している企業はまだ少ない。プライム上場の大企業を中心に、サステナビリティの領域で先進的な企業で設置し始めたというのが実情であろう。
CSOに与えられる職位・権限も、CEOやCFOに次ぐ位置付けから、他のCXOより限定的な場合など様々だ。米ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のジョージ・セラフェイム教授らは、企業のサステナビリティ分野の成熟度を「①コンプライアンス」「②効率化」「③イノベーション」の3段階に分類し、CSOが必要とされる段階を調査した(Miller&Serafeim 2014)1)。その結果、①ではCSOがサステナビリティ分野の最高責任者となるケースが多いが、②から③へと移行する過程ではCSOが権限を獲得し、③ではCSOが企業のビジョンや戦略の策定を主導することが明らかになっている。
このように、企業のサステナビリティ分野の取り組みの進化に伴い、CSOはより重要な存在となる。昨今、気候変動や人権、生物多様性といったサステナビリティ分野の課題が、企業経営や事業活動を左右する存在となりつつある中で、企業は関連する法規制・ルール等にただ対応するだけでなく、それらの取り組みを中長期的な収益性・生産性の向上や、多様なステークホルダーへの価値提供などに結び付けることが求められる。
その過程では、経営層がサステナビリティを経営戦略の中核に位置付け、社内外のステークホルダーとの対話・協働を積極的に図ることが求められる。そして、そこから把握した課題への対応を通じて、新たな成長機会や企業価値の向上につなげるプロセスを確立する必要がある。
こうした経営戦略におけるサステナビリティの位置付けに関連して、経済産業省は2022年公表のいわゆる「SX版伊藤レポート」で「サステナビリティ・トランスフォーメーション」(sustainability transformation, SX)の概念を打ち出している2)。SXとは、企業が持続的に成長原資を生み出し企業価値を高めるべく、社会のサステナビリティ課題に由来する中長期的なリスクや事業機会を踏まえ、投資家等との間の建設的な対話を通じて資本効率性を意識した経営・事業変革を実行することを意味する3)。

CSOは、企業のSXの先導者として、存在意義を発揮することが期待されているといえるだろう。
本書籍では、日本企業のサステナビリティ分野の取り組みの高度化にあたり、CSOに実際に期待されている役割や現状の課題などを具体化するため、サステナビリティ分野の先進企業5社のCSO(CSuO)にインタビューを実施した。インタビュー内容から明らかになったポイントを、(1) 期待される役割、(2) 役割を果たす上で重要な要素、という二つの観点から紹介する。
一般的にCSOという言葉から連想される役割は、経営層や事業活動などに対して、サステナビリティ分野の専門性に基づき提言する姿であろう。実際にインタビューしたCSOの中には、社内の会議体でサステナビリティの観点から助言を行うケースや、自社のビジネスモデルに関連するサステナビリティ分野についてのリサーチ・助言、具体的なサポートを実施するケースがみられた。
同時に、CSOが経営層の一員として果たすべき重要な役割として、「サステナビリティに関する経営レベルの意思決定の強化」や、「サステナビリティが企業価値や事業活動にもたらす影響を経営層に認識させる」ことへの言及もあった。
前者に関して、あるインタビュー対象企業では、CSOがサステナビリティ分野の情報開示について決裁が可能であるため、国際的なルールメイキングの場への参加などをスピーディーに決定できている。また、後者に関してはサステナビリティ分野の取り組みを全社的に推進するにあたって、CSOが各担当役員の所管する業務領域とサステナビリティの関連性を認識させることで、サステナビリティの重要性について共通認識を形成するというものである。例えば、欧州の入札条件にはサステナビリティに関する高レベルな評価基準が設けられており、一定の評価を獲得できなければ、性能・価格面で優れていても失注する。
こういった情報を経営陣に共有することで、各担当役員がサステナビリティの重要性を実感でき、トップダウンでの取り組み推進の契機になる。
全社的な推進の観点でもう一つ重要なポイントは、社内各部門の実務担当者に、担当業務とサステナビリティの関連性を理解してもらい、当該部門の戦略上不可欠なものとして取り組みに協力してもらえるよう促すことである。サステナビリティ経営が実装されている企業では、CSO自身による情報発信や、従業員のサステナビリティ関連の取り組みを表彰する制度の運営など、「事業活動の第一線をいかに動かすか」という点に、工夫が凝らされている。

上記のとおりSXの実現のためには、サステナビリティに関する専門性を前提とした上で「いかにして社内の関係者に動いてもらうか?」に腐心する必要がある。そのために必要な要素について、インタビューからは以下のような実態が明らかになった。
インタビュー対象のCSOは皆、サステナビリティ分野の情報・知識のインプットに日々追われている。具体的なインプット方法としては「セミナー・書籍」「他企業のCSOからの情報収集」「NGO等の外部機関との連携・エンゲージメント」等が挙げられた。
中には、サステナビリティ関連の大量のドキュメントを自ら丹念に読み解くCSOもみられた。文書のいわゆる「斜め読み」ではルールの誤読などのリスクが高いため、英文の資料であれば助動詞の使い分けといったレベルまで強く意識して確認しているとのことだ。サステナビリティに関する個別のテーマが次々と登場・進化することから、学び直しを厭わないマインドセットが必要といえよう。
また、複数のCSOから、知識の定着・スキルアップに効果的なのは、実務を通じた学習であるとの回答を得た。ある企業のCSOによれば「サステナビリティ分野の担当役員」という立場は、ともすれば部下から上程された内容への「良し/悪し」の判断だけになりかねない。そのため、担当役員クラスは通常参加しないサステナビリティ部門内のミーティングなどに参加して不明点を確認する、外部講演の事前準備のための集中的な学習など、実務を通じた学習こそ一番効果があったと語っている。
インタビューでキャリアパスを直接確認できたCSOのうち、必ずしも全員がCSO着任以前にサステナビリティ分野の業務経験があったわけではない。
過去の経験や専門的知見がある場合は、サステナビリティ分野に直接的に活用可能ではある。だが、CSOが職務を果たす上でより重要なのは、いかなる分野・業務領域であれ、過去の経験から「社内の関係者を動かす」ための勘所を把握しており、実践できる力にある。実際、インタビュー対象のCSOの多くから、他分野の業務から得た経験が、サステナビリティ分野の施策・取り組みの推進に重要な役割を果たしているとの発言があった。
例えば、サステナビリティに関する施策・取り組みを企業価値創造につなげるためには、社内の各部門やグループ会社等が能動的に取り組みに参画する状況を創り出す必要がある。中でも売上・利益の創出に直接携わる事業部門とのコミュニケーションをいかに円滑に進めるかがポイントとなる。「事業会社・部門の特徴・課題の俯瞰」ができる力、そして「事業部門は何を考えているのか?」「コーポレート部門の指示を、事業部門はどう受け止めるのか?」といった想像力の有無が、腹落ちする対話の可否に直結する。実際に、事業部門や営業現場での経験が長いCSOからは、社内外の相手にいかに納得してもらうか、動いてもらうかを常に考えてきた日々が、サステナビリティの観点からの事業部門との対話や情報発信に役立っているとの回答を得た。
また、事業部門の施策・取り組みの推進手法が、サステナビリティ分野における「仕組み」づくりのヒントになるケースもある。
あるCSOは、営業部門のマネジメント手法を参考に、全社視点の経営企画・戦略とサステナビリティ分野の戦略が一体となって経営企画・戦略を立案し、各事業部門の具体的な活動へ落とし込む仕組みを構築したと語っている。
なお、本書籍のタイトルが『CSO「と」拓くサステナビリティ経営』であるように、SXはCSOの存在のみで実現可能なものではない。後述のとおり、特に現場を巻き込んだ取り組みの推進には、CSOが示した方向性の下、サステナビリティ部門の担当者が社内各部門と地道な対話を重ねる作業が不可欠となる。本書籍では、5社のサステナビリティ部門の責任者にインタビューを実施し、各社の「サステナビリティ推進部門」の機能や人員構成、メンバーに求められるスキルセット等についても取り上げている。こちらの内容もぜひ注目いただきたい。
企業が「SX」を実現するためには、経営層がサステナビリティを経営戦略の中核に位置付け、社内外のステークホルダーとの対話・協働を積極的に図り、対話・協働から把握した課題への対応を通じて新たな成長機会や企業価値の向上につなげるプロセスを確立する必要がある。その中心的な役割を果たすのが、「マテリアリティ」である。
マテリアリティとは、企業活動において重要なサステナビリティに関する課題を指す。
全社戦略とサステナビリティ戦略の方向性を揃えるためには、企業活動の原点である企業理念やパーパスを起点に、サステナビリティ分野において到達すべき「目標」や「ゴール」を検討する必要がある。また、マテリアリティの特定・改定の過程では、サステナビリティ関連のリスクや機会の整理が必要となり、それらをビジネスモデルや事業戦略のレジリエンスの検証に活用することで、企業価値創造に向けた変革の検討や、企業価値の毀損につながりうるリスクの実効的な管理に貢献する。

そして、マテリアリティに関するKPIを、経営層・事業部門・一般従業員の目標や評価基準へとカスケードダウン注2)することで、企業全体の戦略とサステナビリティ戦略を統合した形で、本業の中での具体的な実行や進捗管理、行動変容を促すことが可能となる。
上記の実現に向けて、CSOやサステナビリティ推進部門は、組織のトップからボトムに至るまでアプローチし、協力を深めながら取り組みを進めることが期待される。また、バリューチェーン、インベストメントチェーン(投資に関わる様々な主体・ステークホルダー)等に存在するステークホルダーと対話を行い、経営・事業戦略や意思決定等の改善につなげる必要がある。こうした役割を果たす上で鍵となる要素を端的に表したのが「つなぐ」「自分事化」という二つのキーワードだ。
一つ目のキーワード「つなぐ」について説明しよう。例えばCSOは、経営層が参加するサステナビリティ関連の会議体である「サステナビリティ委員会」に、運営責任者として関与するケースが多くみられる。こうした会議の場においてCSOが果たすべき大きな役割は、同委員会をCXO間の連携を促し、考えをつなぐ場とすることにある。社長(CEO)をはじめ、各分野の最高責任者たちの考え方がつながっていれば、サステナビリティに関連するリスクと機会を適切に考慮した上で、バランスのとれた経営判断が可能となるからだ4)。
各CXOが、社長のメッセージを各領域・役割の中で適切に翻訳することで、各領域の分断を防ぎながら、全社的な推進力につなげることが可能となる。こうした観点は機関投資家の大きな関心事項でもあり、社長のメッセージがいかに各CXOへ引き継がれているかという点が、統合報告書の内容などにも表れるという5)。インタビュー対象企業のCSOも、各CXO等の委員会メンバーの考えをいかにつなぐかという観点から、委員会運営に工夫を凝らしている。
ある企業では、毎回のサステナビリティ委員会に全CXOを招集。事業活動に関わるホットトピックを議題とし、取り組みの重要性に関して参加者間の共通認識を形成している。また同委員会では、部門の壁に埋もれて顕在化していないサステナビリティ関連のリスク・機会の把握や、優先順位付けを実施。担当部署選びを含めて実施することで、リスク・機会の双方の検討・対策漏れを防止しているという。
また、各CXOがそれぞれの立場で決定した事項について、実務を通じて具現化するには、サステナビリティ推進部門は社内の複数部門と関わり、部門横断の取り組みを進める必要がある。例えば、GHG排出量のスコープ3対応やサプライチェーンの上流・下流における人権への対応など、サプライチェーン全体で複数のサステナビリティ関連テーマへの対応を並行して進める必要に迫られることがある。個別のテーマで具体的に求められる対応は異なるものの、各事業・地域で対応を依頼するサプライヤーは共通する。
一般的に、サプライチェーン上で想定されるサステナビリティに関するリスクは、調達部門がリスクオーナーとして指定される傾向が強い。だが、調達部門の担当者が日々、サプライヤーとの間で想定・対応するリスクは広範に存在し、スコープ3対応や人権尊重はその一部に過ぎない。調達部門の担当者がサステナビリティ分野のリスクについて十分に理解していない場合、リスクの影響や重要性を過小評価し、適切な対策が講じられない可能性がある6)。こうした状況を防ぐため、サステナビリティ部門と調達部門の連携を通じて、サプライチェーン上に存在するサステナビリティリスクの識別・評価・対応策を実効的・効率的に進める必要がある。
ある企業では、直接材・間接材の全体の購買機能を統括する組織を設置。ESG委員会のメンバーであるサプライチェーン機能責任者の監督のもと、サステナビリティ担当役員やESG戦略部のメンバーも兼務する形で、サプライヤー向けの行動規範の署名取得や紛争鉱物対策を推進している。
キーワードの二つ目が「自分事化」だ。マテリアリティに関する取り組みを推進するためには、社内の各部門やグループ会社が、それぞれの担当領域や事業の文脈に沿って関連する施策や取り組みを具体的な業務に落とし込み、従業員の業務遂行を通じて実践につなげることが不可欠だ。そのためには、マテリアリティに関するKPIを、経営層・事業部門・一般従業員の目標や評価基準へとカスケードダウンするといった進捗管理のための制度設計だけでなく、経営層、事業部門や現場の従業員一人ひとりが、マテリアリティに関する具体的な取り組みの必要性を、「自分事」として理解し、主体的な行動変容につなげるための取り組みが不可欠となる。
経営層・事業部門の双方の関与に向けて、CSOは経営層の一員として、サステナビリティの重要性をメッセージとして全社に発信し、中長期的な企業の目指す姿や全社戦略にサステナビリティの視点を組み込む責任を担う。ある企業のCSOは、自らサステナビリティ委員会の議題や身近なサステナビリティ関連のトピックについて、社内向けの動画を配信。社員のサステナビリティへの関心を高め、主体的な取り組みが企業文化として根付くことを目指している。
また、中長期の経営戦略や計画とマテリアリティを具体的に統合するためには、事業部門との関係構築が不可欠である。そのため、サステナビリティ推進部門はCSOのリーダーシップの下、現場に寄り添いながら「自分事化」を促進し、実践を後押しする役割を担う。
ある企業では、全社の中期経営計画の策定プロセスの一環として、サステナビリティ推進部門と各事業部門の担当者が対話を通じてマテリアリティを作成。サステナビリティ推進部門で2030年の社会・環境の姿を事業に関わる視点から提示した上で、各事業部門に将来やるべきことを検討させることで、自発的な検討の促進につなげている。
事業部門の行動変容を促す上で重要なポイントは、事業部門は日常業務の範疇(はんちゅう)で社会課題に直接触れる機会が多く、それゆえに社会課題を「当たり前」のものとしてとらえる傾向がみられ、サステナビリティの観点での重要性や事業機会との関連性に気付いていないことがしばしばある点である。
そこでサステナビリティ推進部門が、現場の声を丁寧に拾い上げ、社外向けの情報開示・発信の機会なども活用しながら全社的に発信することが重要となる。好事例や課題の共有は、現場の従業員たちが自らの活動の社会的意義を実感するだけでなく、サステナビリティの取り組みに対する社内の共感を醸成し、協力の姿勢を引き出すことにもつながる。
ある企業では、サステナビリティ推進部門が世界各地の工場を訪問し、現場の取り組みをレポートやHPで紹介している。別の企業では、統合報告書を作成後に社内の各部門向けに説明会を開催している。各部門の担当者が説明会に登壇し、制作の背景・想いなどを語ってもらうことで、次年度の統合報告書制作に関しても各部門の協力を得られやすくすることが狙いだ。
本稿では、『CSOと拓くサステナビリティ経営』の内容を基に、各社がCSOに設定している機能や役割を探った。しかしながら、本書籍に含む一端にすぎない。CFOや最高人事責任者(CHRO)が担う財務や人事と比べ、各社ともCSOの役割の明確化に試行錯誤しているのが現状だ。インタビューでは多くのCSOや部門責任者は半ば疲労感をにじませつつ「新しい問題はみんなサステナビリティ部門に持ち込まれる」と語ってくれたのが印象的だった。見方を変えれば、サステナビリティは新しい挑戦の余地も大きいともいえる。いかに自社のサステナビリティ部門が持つべき役割を画するかは、その責任者はもちろん実務に携わる一人ひとりの担当者次第でもある。
インタビューには金融業、食品・消費財メーカー、製造業、小売業の大手企業から、環境ビジネスに携わるスタートアップ企業まで、多岐にわたるCSO(CSuO)やサステナビリティ部門の責任者に実名でご協力いただいた。書籍では本稿のような整理・分析だけでなく、各社の臨場感あるインタビューも掲載しているためぜひご覧いただきたい。
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ESGリスクトピックス(2026年1月)
自然資本 国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は2025年11月6日、自然関連リスク・機会を考慮した生物多様性・生態系・生態系サービス(BEES)調査の結果を踏まえ、投資家の共通情報ニーズを満たすための自然関連開示基準を策定する作業を開始することを決定した。自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フレームワークという民間主導の枠組みが基準に組み込まれる動きに大きく転換しつつあるといえる。 注目すべきは、ISSBがTNFDの枠組みを参照しつつ基準開発を進めると明言した点である。BEES調査では、自然関連リスク・機会に関する投資家向け情報開示に対応するため、IFRS S1を基盤としつつ、TNFDフレームワークを活用すべきと提言した。ISSBはTNFDの推奨事項や指標セット、LEAPアプローチを含む追加ガイダンスを参考にしつつ、投資家ニーズに応える開示を設計するとしており、実質的に、TNFDの成果をISSBという公的基準に取り込むことを意味している。 ISSBは、2026年10月に開催される生物多様性条約第17回締約国会議(CBD COP17)までに追加開示要件の公開草案(Exposure Draft)を公表し、2027年頃に完成させる計画とのことである。企業は、今後ISSBの動向を注視することになる。ISSBが公開草案を出せば、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)でも検討を開始することが想定される。将来的にISSBに基づいて自然関連開示が義務化される可能性を念頭に、今のうちからTNFD提言を活用して取り組みを進めることが推奨される。 【参考情報】 自然資本 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は2025年11月6日、市場関係者向けの自然関連データ・アクセス強化に向けて「自然関連データ・パブリック・ファシリティ(NDPF)」の運営青写真と今後の活動に向けた8つの提言をまとめた報告書を発表した。NDPFはオープンアクセス型の統合的な自然関連データベースで、市場規制当局等によって設定されている科学的データ基準、オープンデータ基準、企業報告データ基準に整合させ、自然関連データにおけるデータの信頼性を担保するものである。 データを集約するのではなく、「接続」型プラットフォームを想定しており、複数のデータ提供者のデータセットをNDPF上で参照・利用できるようにすることが中核案となっている。この中核案は、①ユーザーが活用する自然関連データアクセス性の向上と品質の確保、および②データ提供者(政府機関や科学機関、企業など)への持続的な資金供給の仕組みの構築を目的としている。利用対象は、TNFDのLEAPアプローチやThe Science Based Targets Network (SBTN)の目標設定、移行計画、開示・報告などの企業・金融機関のユースケースを想定している。 今回提示された8つの提言は、下表のとおりである。 データ利用の料金モデルは、大規模企業・金融機関からの利用料で収益を得て、50人未満・年商200万USD未満のSME(中小企業)には無料で提供することを想定している。2040年までに1,200以上の有料ユーザーを想定している。 NDPFが2026年に開始した場合、3年目(2028年)に損益分岐点に達し、5年目(2030年)までにはデータ提供パートナーに総額年間3,000万米ドルのライセンス料を支払い、さらに国際自然データトラストが再投資するための年間200万米ドルの余剰資金を生み出すと予測している。 実際に一連のシステムを構築し、維持・発展していくための資金調達が可能かどうかなど、課題があることには留意する必要がある。しかし「世界的な公共財」として自然の状態や生態系サービスに関するデータの利便性を高め、データ収集者へ資金を循環させる新たな枠組みが実装されれば企業のリスク管理や投資判断の質向上、世界的なデータギャップの縮小に寄与し、ネイチャーポジティブ社会の実現の一歩となるであろう。 【参考情報】 カスタマーハラスメント 厚生労働省は2025年12月10日、「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」を示した。2025年6月に成立し、2026年10月1日に施行予定の改正労働施策総合推進法では、事業主に対して職場におけるカスタマーハラスメント※ (カスハラ)への対策を義務付けており、本指針案は事業主が適切かつ有効な対策を実施できるよう必要な事項を定めたものである。本指針案は、意見募集を経て2026年2月に公表される見込み。事業主は同法の施行までに、指針の内容に照らして自社のカスハラ対策状況を確認し、しかるべき体制の整備と労働者への周知・啓発を行うことが求められる。 本指針案で示された事業主が講ずべき措置は以下のとおり。具体的な取り組み例や講ずることが望ましい措置等についても本指針案では示されているため、あわせて参照されたい。 (厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001608226.pdf を基に当社にて作成) ※職場におけるカスタマーハラスメント 【参考情報】 サイバーセキュリティ 政府は2025年12月23日、サイバーセキュリティ基本法に基づく新たなサイバーセキュリティ戦略を閣議決定した。AIや量子技術の進展によりサイバー空間の重要性が増す一方で、サイバー攻撃の脅威も拡大している。能動的サイバー防御を可能にする「サイバー対処能力強化法」など関連法も今年5月に成立し、7月には内閣総理大臣を本部長とする新体制の戦略本部が発足した。本戦略案は意見公募を経て、12月8日のサイバーセキュリティ推進専門家会議の第三回会合で議論した後に確定した。政府は、本戦略に基づきサイバー空間の安全確保と社会経済の発展を目指す。 デジタル化が進展する社会において、サイバー空間は経済・安全保障の基盤となっている。一方、国家を背景とするサイバー攻撃は増加傾向にあり、重要インフラのみならず企業や個人にも甚大なリスクが及ぶ。政府は国家サイバー統括室を中心とした推進体制のもと、能動的サイバー防御※1の導入を本戦略に明記した。また、通信情報の収集・分析・活用を強化し、インシデント対応の高度化を図る。本戦略の基本理念は「自由、公正かつ安全なサイバー空間」の確保、情報の自由な流通、法の支配、開放性、自律性、そして多様な主体の連携という五つの原則であり、政府が積極的な役割を担う。 本戦略における施策は大きく三つの柱で構成されている。第一に、サイバー脅威への防御・抑止として、国家サイバー統括室を中心に官民・国際連携を拡充することである。新たな協議会の設立や脅威ハンティング、演習の体系化などで実効性を高める。第二に、社会全体のセキュリティ・レジリエンス向上。政府機関や重要インフラ、地方公共団体の対策水準を統一基準やISMAP※2で底上げし、サプライチェーン全体の強化(セキュリティ・バイ・デザイン※3、SBOM※4、JC-STAR※5など)を進めることである。中小企業支援や普及啓発、GIGAスクール構想※6の実現等による教育、サイバー犯罪対策も盛り込んだ。第三に、人材・技術エコシステムの形成である。サイバー人材フレームワークの策定・運用や教育・訓練の充実、国内技術・サービスの研究開発・育成、スタートアップ支援などを推進する。AIガバナンスや量子耐性暗号(PQC)への移行など、先端技術への対応についても明記した。 本戦略の推進体制は、全大臣が参加する戦略本部と各府省庁、司令塔の役割を果たす国家サイバー統括室によって構成される。官民・国際連携を積極的に進めることに注力し、年次計画や進捗検証、制度・法令の不断の見直しも実施する。政府は、重要インフラや行政サービスの安定運用、国民生活の安全確保、国家安全保障の強化、サイバー攻撃被害の未然防止、デジタル社会推進の基盤強化を図る。これらの取り組みの結果、民間に対して、被害リスクの低減、事業継続性の向上、サプライチェーン全体の信頼性確保、競争力強化、人材・技術開発によるイノベーション促進、最新脅威情報の迅速な入手と対応などの恩恵が期待される。 政府は本戦略の実行を通じ、世界最高水準のサイバーセキュリティ体制の構築と、経済社会の持続的発展、国民の安全・安心の実現を目指すとしている。 ※1)外部からのサイバー攻撃について、被害発生前の段階から、その兆候に係る情報等の収集を通じて探知しその主体を特定するとともに、その排除のための措置を講ずることにより、国家・国民の安全を損なうおそれのあるサイバー攻撃の発生およびこれによる被害の発生・拡大の防止を図ること。 ※2)Information system Security Management and Assessment Programの略称。政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(日本政府によるクラウドサービスのセキュリティ認証制度)。 ※3)(Security by Design)システムやソフトウェア製品およびその機能が、後付けの対策ではなく、その企画・設計段階から安全(Secure)を考慮して開発する手法。 ※4)Software Bill of Materialsの略称。ソフトウェアコンポーネントやそれらの依存関係の情報も含めた機械処理可能な一覧リストのこと。SBOM には、ソフトウェアに含まれるコンポーネントの名称やバージョン情報、コンポーネントの開発者等の情報が含まれる。また、SBOM を組織を越えて相互共有することで、ソフトウェアサプライチェーンの透明性を高めることが期待されており、特に、ソフトウェアの脆弱性管理の課題に対する一つの解決策として期待されている。 ※5)Japan Cyber Security Technical Assistance and Researchの略称。2024年8月に経済産業省が公表した「IoT製品に対するセキュリティ適合性評価制度構築方針」に基づき構築された制度のこと。インターネットとの通信が行える幅広いIoT製品を対象として、共通的な物差しで製品に具備されているセキュリティ機能を評価・可視化する。 ※6)「GIGA」は「Global and Innovation Gateway for All」の略。1人1台端末や高速大容量の通信ネットワーク等の学校ICT環境を整備・活用することによって、教育の質を向上させ、すべての子どもたちの可能性を引き出す「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現すること目的とした文部科学省の政策。 【参考情報】 サステナビリティ開示 欧州の財務報告助言機関EFRAGは2025年12月3日、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の簡素化ドラフト(改訂版)の技術的助言を欧州委員会に提出した。公表済のESRS原案から、必須開示項目を約61%削減する。企業の開示負担の軽減を図る同委2025年オムニバス・イニシアチブの一環。2024年の初適用企業の教訓や700件超の意見を踏まえ、柔軟性や救済措置、段階的導入等の要素を反映した。 象徴的な変更は開示項目の削減だ。任意開示の廃止や重複項目の統合により「コアとなる基礎情報(Core Disclosures)」が明確化され、まず報告すべき重要情報に集中できる設計となった。EFRAGは、「説明責任を維持しつつ負荷を下げる、明確でバランスの取れた枠組みだ」と強調している。主な削減の内容は以下のとおり。 (EFRAG公開資料に基づき当社が作成) ESRS簡素化案は、競争力とサステナビリティの両立を目指して規制を見直すEUの政策的流れの具体策に位置づけられる。企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づく新たな報告義務に対する負担増の懸念に対応する。サプライチェーン全体のデータ収集の難しさや各国の監督・ガイダンスの遅れが不安材料となる中、報告対象の重点化により中小やサプライヤーの間接負担を軽減。報告適用の延期でも合意し、準備期間を延長した。 今回の簡素化では、原案のチェックリスト的開示から転換し、潜在トピックの網羅ではなく最も明らかな課題に焦点化している。そのため、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の気候基準などとの整合を確保しているが、ISSBと類似の要求事項がESRSには含まれない場合もある。将来、双方の基準の適用を目指す企業は注意が必要だ。 ESRS簡素化案は今後、欧州監督当局(ESA)や欧州中央銀行、加盟国政府などとの協議やパブリック・コンサルテーションなどを経て、2026年末までの発効・適用開始が見込まれている。企業実務では同年度報告から本格適用の見通しだ。 【参考情報】 自然資本 国際自然保護連合(IUCN)は2025年10月に開催されたIUCN世界自然保護会議においてIUCN RHINO(Rapid High-Integrity Nature-positive Outcome)アプローチを発表した。本アプローチは、種と生態系の保全効果を最大化することでネイチャーポジティブを達成することを目的に、企業を含むあらゆる組織が、「どこで活動すべきか」、「どのような行動をすべきか」、「どのように進捗を測るべきか」を示している。 RHINOアプローチは、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のLEAPアプローチ※1を基盤として、「Implement(実行)」と「Report(報告)」のステップを独自に追加することで、「リスク評価→行動計画→実行→インパクト測定→公表」までを行えるように設計されている。 さらに、組織が自然との接点を把握し、ネイチャーポジティブな取り組みを導くために以下の3つのインパクトトラックを提供する。 直接操業によるインパクトを対象にしたアプローチで、6つのステップ(A1: Locate, A2: Evaluate, A3: Assess, A4: Prepare, A5: Implement, A6: Report)から構成される。 バリューチェーンを通じたインパクトを対象にしたアプローチで、企業の調達先のトレーサビリティの状況に応じて3つの方法を提示している。 ① サイトレベルで特定できる場合:サイトごとにTrack AのA1~A6のステップを適用する。 ② 国や自治体レベルでしか特定できない場合:生物多様性へのインパクトが大きい地域とコモディティの組み合わせを特定し、自社の調達割合を考慮して優先地域を選定した上で、Track AのA2~A6を適用する。 ③ 空間情報が限定的の場合:主な生産国や生産企業を特定し、インパクトの高い地域を優先して絶滅リスク低減の目標を設定し、Track AのA3~A6を適用する。 金融ポートフォリオ通じたインパクトを対象に、2つのアプローチを提示している。 ① 投資シェアアプローチ:投資先企業に対して情報開示や報告の要件を設定し、投資先が自社のバリューチェーン内で必要な行動を実施していることを確認。 ② 投資先企業の進捗評価:投資先企業をIUCN RHINOトラックの進捗状況に基づいて評価・スコア化し、各社の進捗やポートフォリオ全体のパフォーマンスをモニタリングする。 本アプローチは、STAR(Species Threat Abatement and Restoration)指標※2を活用しており、各ステップごとに応じてSTAR指標を調整して使用している。具体的には、IUCNが公表している推計値(Estimated STAR)を用いて対象地域の状況を把握し、次に現地調査や専門家評価を反映して調整値(Calibrated STAR)を算出する。その後、将来の目標値(Target STAR)を設定し、実際の活動によって得られた成果を実績値(Realised STAR)として記録する。 このSTAR指標は精度向上と利便性のために11月にアップデートされ、以下のような改善が加えられた。これらは、STAR指標の可視化が可能なIBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool)が提供する「IBAT Species Report※3」で確認できる。主なアップデート内容は以下のとおり。 これらの改訂によって企業は、どこが重要か(空間精度)、なにが重要か(種・脅威の特定)をより正確に判断できるようになった。また、2026年公表予定のレポートでは、現地調査を反映した調整が可能となり(Calibrated STAR)、企業ごとに最適化された保全活動の計画・評価ができるようになる。 自然関連のリスクと機会を把握するには、拠点単体でなくバリューチェーン全体の視点が欠かせない。RHINOアプローチとSTAR指標は、対象拠点周辺の自然の状態の定量的な理解、行動すべき場所や活動の特定、その成果測定までをワンストップで支援する。ただし、現地の状況を踏まえた効果的な取り組みを推進していく上では、机上のデータ分析だけでは不十分であり、現地パートナーの知識や一次情報を反映したCalibrated STARやRealised STARを算出する必要がある。そのため、まずは自社事業における優先地域を特定し、現地ステークホルダーと協働してモニタリング体制を整えることから始めることが重要である。 ※1)LEAPアプローチとは、TNFDが提示している、企業および金融機関における内部の自然関連課題の特定と評価をサポートすることを目的とした自主的なガイダンスである。Locate、Evaluate、Assess、Prepareの4つのフェーズから構成される。 ※2)STAR指標とは、IUCNレッドリストのデータをもとに、保全・復元活動による種の絶滅リスク低減効果を定量化した指標である。 ※3)https://www.ibat-alliance.org/services 【参考情報】 サステナビリティ開示 ※WICIとは…World Intangible Capital Initiativeの略称。 一般社団法人WICIジャパンは2025年12月3日、優れた統合報告書を表彰する「WICIジャパン 統合リポート・アウォード」の審査結果を公表した。最も評価の高い「Gold Award(優秀企業賞)」に、イトーキと荏原製作所、TDKの3社を選出した。このうち、イトーキは「一頭地を抜いた存在」として最高位の「The Best Gold Award」を初めて受賞した。社長自らが従業員エンゲージメントについて語るなど人的資本戦略と経営戦略の融合や、財務を担う管理本部長メッセージでの資本コストを意識した財務戦略の解説などが高く評価された。同社は前回「Special Award(審査員特別賞)」を受賞した。MS&ADインシュアランスグループホールディングス(HD)は「Special Award(審査員特別賞)」のうち「Role Model賞」を受賞、金融業でトップクラスとの評価を受けた。 各賞受賞の11社は以下のとおり。 12月11日の表彰式には、審査委員長を含む審査委員5名が出席した。審査委員長は受賞企業について、企業価値向上に向けた戦略に関する説明の具体性が増していると評価。その上で「インフレ進行中での生き残り戦略はデフレ時代と全く異なる」として、他社との差別化やインフレに勝つ戦略として知的財産を取り上げる重要性を強調した。別の審査委員は、情報の網羅性や各社の個性など統合報告書に求められる要素のほか、読者に読んでもらうための工夫を強調。自社が思い描く未来の価値創造を描いた「特集版」と統合報告書「本編」の2部構成を採用したイトーキや、本編と別にダイジェスト版を作成した伊藤忠商事などを例に挙げ、評価した。 一方、多くの審査委員が今後の改善点として、コネクティビティ(情報の相互連関)を挙げた。ある審査委員は、従来から重視されてきた財務・非財務の情報を結びつけた価値創造の説明に加えて、「サステナビリティ課題間のコネクティビティ」の重要性を指摘。例えば、再生可能エネルギー事業によって生じる人権への負の影響など、ESGテーマ間のつながりや戦略性に関する記述の強化を求めた。また、同氏はサステナビリティ基準委員会(SSBJ)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)、企業持続可能性報告指令(CSRD)などの国内外のサステナビリティ開示基準を念頭に、複雑化しているマテリアリティをどう表現するかも来年度の注目点として挙げた。 WICIジャパン事務局によると、審査対象は統合報告書を発行する国内上場企業で、10月第1週ごろまでに報告書を公表した635社。読みやすさよりも内容の充実を重視しており、今回はページ削減がマイナス評価になったという。 同表彰は前身の「統合報告優良企業賞」を含め今回が13回目。報告書発行企業のエントリーを必要としない「勝手審査」方式に加えて、投資家以外の学識者やサステナビリティの専門家など幅広いステークホルダーが審査委員を務めていることなどが特徴だ。審査は旧国際統合報告評議会(IIRC=現在はISSBに統合)の「国際統合報告フレームワーク」が定める必須記載事項等を参照するほか、2次審査では独自の審査シートを使用。「Ⅰ 記載内容(コンテンツ)評価」「Ⅱ 統合的開示の評価」「Ⅲ 開示の説得力」のテーマごとに詳細な評価内容を設定している。同シートはホームページで公開されている。 【参考情報】
○ ISSB、自然関連開示基準策定を決定、2026年10月に公開草案を公表
2025年11月7日付 ISSB HP
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2025/11/issb-welcomes-tnfd-support-nature-related-disclosure/
○ TNFD、「自然関連データ・パブリック・ファシリティ(NDPF)」の具体的な構想提示
-*-*-*-*-
<NDPFの今後の活動に向けた8つの提言>
1.自然データ原則の採用
データ品質向上のための原則群を策定する。
2.共通メタデータ基準
NDPFに接続されるデータ群の共通メタデータを提供する。
などのドメイン固有の基準を統合
3.データライセンスと利用契
約の調和
現状では、ユーザーが各種データ活用のために個別契約が必要
となり、手間と時間を要している。
このユーザーが直面するアクセス性、コスト、契約の複雑さに
対処するため、データ提供および利用契約の調和を推進する。
4.自然関連データ・パブリ
ック・ファシリティ
(NDPF)の設立
自然関連の有用な中核的なデータへのオープンアクセスを提
供する。
5.企業のデータ提供インセン
ティブ
企業が独自に集めたデータ(環境影響評価(EIS)など)を公共
財に還流させる仕組み
テクチャ(例:自主的な「自然データ交換憲章」)を提供す
る。
企業と連携し、企業のデータ提供を促す取り組みを拡大す
る。
「交換」の商業的価値提案を探求する。
6.国際自然データトラスト
(Nature Data Trust)の創設
NDPFを運営し、資金配分や基準の実行を担う国際機関を創設
する。
7.自然測定プロトコルの開発
自然への依存・インパクトの共通指標と測定方法を整備する。
8.グローバルデジタルプロト
コルの開発
バリューチェーン全体でのデータ共有を円滑にする規格を開
発する。
2025年11月6日付 TNFD HP
https://tnfd.global/tnfd-release-recommendations-for-upgrading-nature-data-for-market-participants/
○ 厚生労働省 カスタマーハラスメント対策の指針案示す
-*-*-*-*-
<カスハラに対して企業が講ずべき措置の内容>
措置の項目
措置の内容
(1)事業主の方針等の明確化
およびその周知・啓発
保護する旨の方針を明確化し、社内報やトップメッセージを
通じて、労働者に周知・啓発する。
内容を労働者に周知する。
(2)相談に応じ、適切に対応
するために必要な体制の
整備
の内容や状況に応じて適切に対応できるようにする。
(3)カスハラに係る事後の迅
速かつ適切な対応
配慮のための措置を行う。
発防止策を講じる。
(4)カスハラへの対応の実効
性を確保するために必要
なその抑止のための措置
る者への対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知すると
ともに、当該方針において定めた対処を行うことができる体
制を整備する。
(5)上記の措置と併せて講ず
べき措置
相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ず
るとともに、その旨を労働者に対して周知する。
雇その他不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周
知・啓発する。
本指針案において、職場におけるカスタマーハラスメントとは、職場において行われる①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素をすべて満たすものと定義されている。
2025年12月10日付 厚生労働省HP
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001608226.pdf
○ 新政府サイバーセキュリティ戦略、能動的防御と官民連携強化 AI・量子対応、人材育成などが柱
-*-*-*-*-
国家サイバー統括室「サイバーセキュリティ戦略が閣議決定されました」
https://www.cyber.go.jp/policy/jyuyo-bunsho/index.html
○ ESRS簡素化案を欧州委に提出、 企業の報告負担軽減で必須開示項目を61%削減
-*-*-*-*-
<主要な変更点・簡素化の例>
項目
原案の要件
改訂版の主な変更点
企業への実務的影響
開示項目数
必須・任意含め多く網羅的
必須項目を6割削減
任意項目は廃止
報告負担・コスト削減
コア情報の明確化
広範囲・詳細な情報
コア開示に絞り込み
重要情報に集中しやすい
気候変動
詳細な計画書・データ提出
要点報告を許容
詳細要件緩和
業務負担軽減
サプライチェーン
一次データ収集推奨
推計値利用を容認
グローバル企業の負担減
段階的導入
即時全面適用
フェーズイン・経過措置
難しい項目は猶予期間あり
中小企業対応
VSME基準との整合性弱い
VSME基準との整合性強化
グループ内連携が円滑に
2025年12月3日、EFRAGリリース
https://www.efrag.org/en/news-and-calendar/news/efrag-provides-its-technical-advice-on-draft-simplified-esrs-to-the-european-commission
○ IUCN RHINOアプローチとSTAR指標のアップデート概要
-*-*-*-*-
(1)Track A:直接インパクトトラック(該当業種例:採掘業、林業、農業、建設、インフラ、再生エネルギー発電など)
(2)Track B:バリューチェーンインパクトトラック(該当業種例:コーヒー・パーム油・鉱物などの原料調達企業、食品・飲料メーカー、繊維、商社、エネルギー利用企業など)
(3)Track C:投資家インパクトトラック(該当業種例:銀行、保険、投資ファンド、年金基金など)
2025年12月3日付 IUCN RHINO HP
https://www.iucnrhino.org/
2025年12月3日付 IBAT HP
https://www.ibat-alliance.org/news/species-report
2025年10月10日付 IUCNリリース
https://iucn.org/press-release/202510/iucn-launches-new-rhino-approach-rapid-high-integrity-nature-positive-outcomes
○ WICI統合報告書表彰でイトーキが最高位、人的資本戦略と経営戦略の融合を高評価
-*-*-*-*-
<「WICIジャパン 統合リポート・アウォード2025」受賞企業>
Gold Award(優秀企業賞)
イトーキ[The Best Gold Award]、荏原製作所、TDK
Silver Award(優良企業賞)
味の素、伊藤忠商事、富士フイルムHD
Bronze Award(準優良企業賞)
デンソー、ニチレイ
Special Award(審査員特別賞)
MS&ADインシュアランスグループHD、住友金属鉱山、東京海上HD
2025年12月3日付 WICIジャパンHP
https://wici-global.com/index_ja/2025/12/03/4847/
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有報提出期限延長せず、投資家ニーズ反映しサステナ開示の迅速性優先、金融庁WG
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世界初、生物多様性に取り組む組織向けの国際規格ISO17298が発行
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企業と自然の関連性についての基礎的理解 【リサーチレター(2025年12月)】
近年、これまで顧みられてこなかった、自然資本(自然環境の価値、詳細は後述)に注目が集まっている。実際、世界の総GDPの約半分は、自然に依存した産業から生み出されているという。
しかし、人間による過度な「依存」により、自然資本は継続的に減少している。【図表1】は1992年から2014年までの、世界の1人当たりの富の推移を示したグラフだ。人間の活動によって生み出される人工資本や人的資本が増え続ける一方、自然資本は減り続けているのがわかる。


(出典:WWFジャパン「日本語版 生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー -要約版」)
こうした背景から、自然資本は「限りあるもの」として認識されるようになってきている。そして現在の状況を好転させ、持続可能な社会や経済活動を構築するために「ネイチャーポジティブ」(後述)への移行が求められている。
この危機感は、ビジネスの世界にも確実に伝わっている。世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスクの長期的深刻度ランキング」【図表2】では、今後10年間の深刻なリスクについて上位4つを環境に関するものが占め、フェイクニュースや AI、社会の分断よりも深刻と捉えられている。さらに、2025年単年のリスクランキングでは異常気象が2位、短期的リスクランキング(今後2年間)では異常気象と汚染がそれぞれ2位、6位となった。このように、あらゆる時間軸において、気候や自然が企業を取り巻く重大なリスクと認識されている。
| 順位 | リスク |
|---|---|
| 1 | 異常気象 |
| 2 | 生物多様性の喪失と生態系の崩壊 |
| 3 | 地球システムの危機的変化 |
| 4 | 天然資源不足 |
| 5 | 誤報と偽情報 |
| 6 | AI技術がもたらす有害事象 |
| 7 | 不平等 |
| 8 | 社会の二極化 |
| 9 | サイバー諜報活動とサイバー戦争 |
| 10 | 汚染 |
(「2025年最大のリスクは紛争、今後10年では異常気象 世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書」より筆者作成)
前述の通り、人間の経済活動は自然資本を大きく棄損している。その影響は、企業やビジネスのあらゆる場面に及ぶ。そのため、利益の追求だけではなく、自然資本を損ねない経営をする必要性が増している。また、自社の操業だけでなく、バリューチェーン全体の問題にも対応しなければならない。それと同時に、ビジネスの機会も生まれている。他にも、「自社と自然資本の関係性についての情報を開示し、資金を呼び込む」という流れもある。
TNFD(後述)によると、自然に関連するリスクは3種類に分かれる。物理的リスクは自然環境の変化による被害を指し、急性(山火事など突発的)と慢性(気候変動など徐々に進行)の2つがある。
また、移行リスクは自然資本の損失により経済や社会が変化し生じるもので、政策、市場、技術、評判、賠償責任の 5 つがある。最後のシステミックリスクは生態系や金融システム全体の崩壊リスクで、生態系の安定性リスクと金融安定性リスクに分かれる。安定性リスクと金融安定リスクが顕在化すると、企業や金融機関にも大きな影響がある。また、こうした自然に関連するリスクへの対応について、SBTN(Science Baced Targets Network)※1は「回避」「軽減」「復元・再生」「変革」という優先順位を定めている。
対して、自然関連の機会については「企業のパフォーマンス」と「持続可能性パフォーマンス」に分類される。前者には市場の拡大や資金調達の改善、資源を使用する効率の向上、新商品開発、評判向上が含まれる。一方、後者には資源の持続利用や生態系保護がある。
また、先述のように企業によるネイチャーポジティブに向けた取組みは、資金調達にも結び付いている。その代表例がESG投資だ。これは環境(E)・社会(S)・企業統治(G)を考慮した投資のことで、2006年の国連PRI(国連責任投資原則)による提唱以降、世界的に普及した。日本では2015 年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が署名したのを契機に拡大し、企業の気候変動対策や自然資本への取組みが資金調達に影響を与える一因になっている。
自然保護活動が奨励される一方で、自然を棄損し続ける企業や事業に対する資金の引き上げ(投資の撤退等)も起きている。近年は「社会へ、どれだけ具体的な良い影響を与えられたか」を重視するインパクト投資も広がっている。
※1)企業や都市などが科学的な根拠に基づき、自然を守るための目標(SBTs for Nature〈Science-based Targets for Nature〉:自然のための科学的根拠に基づく目標)を設定できるように支援する目的でつくられた国際的なネットワーク
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は2021年に設立された国際イニシアティブである。企業による自然や生物多様性への影響を評価・開示する枠組みを提供し、ネイチャーポジティブを促進する。2023年9月に開示枠組みv1.0を公表し、これまで開示を実施またはその意向を表明した企業は620社を超えている。MS&ADグループはタスクフォースにメンバーを輩出するとともに、TCFD と統合したレポートを発表している。
このほかにも、SBTNは企業に対する科学的根拠に基づく自然保護目標の設定を支援し、TNFDと連携している。また、GRI(Global Reporting Initiative)やCDP、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)といった既存のサステナビリティや気候変動に関する開示を主導してきた団体も、自然に関連する開示基準の策定に向けて進んでいる。
企業はまず、自社が自然へ頼っている要素や受けている恩恵である「依存」と、自然に与えている変化である「影響(インパクト)」を分析することから始める。前者の例としては、原料を生産するための土壌や気候、工場を操業するための水などが考えられる。一方、後者では農薬や化学薬品の利用、事業所や工場の建設による環境の変化、水の利用で生じる河川や地下水の水位変化、などの例がある。これらを踏まえると、「依存を減らす」「負の影響を緩和させる」「自然資本を保全する」といった対策を検討できる。
戦略を進める前には、自社の拠点がある地域ごとの状況を踏まえ、優先的に対策すべき箇所やサプライヤーを評価することも重要である。バリューチェーン全体の自然関連リスク把握は困難なことが多く、より重要な拠点を優先的に対処することが求められる。気候変動対策における温室効果ガスの排出削減とは異なり、ある地点での自然資本の棄損は、ほかの地域の自然資本回復では賄うことができない(「ロケーション」の概念)。
企業によるネイチャーポジティブ戦略では、再生素材や持続可能農法の導入、省資源化、保全活動の事例が多い。調達元と協働するケースも増えており、従来のイメージ戦略の範疇を超え、「資源が枯渇する、もしくは調達できなくなる」という物理的リスクを回避するための戦略実行になりつつある。どうしても排除しきれない自然への負荷を相殺する方法として、クレジット等の活用も検討されている。
「自然は大切にしなければいけない」という感覚自体は、比較的容易に共感を得られるだろう。ただ、それとは裏腹に「ビジネスとして取り組む意義・必要性」や「本業との関連性」などといった点が、企業内の理解を得るにあたり難しいポイントとみられる。
自然資本とは、水(淡水・海水)、森林、土壌、大気、天然資源といった、自然によって形作られる資本のこと。しかし、前述の通り、人間の過度な利用により自然資本は減少し、生物多様性も大幅に低下している。この状況を受け、著名な経済学者のパーサ・ダスグプタ氏は「自然資本の有限性から逃れられる前提で、この資本を使い続ける(=人間は、自然の外部に存在すると認識する)ことをやめるべきだ」と主張した。そして、人間は自然(生物圏)の中に組み込まれているという理解のもと、「生物圏の保全と回復を最優先課題とすべき」とした。
自然資本というストック(=特定の時点での財の量)から、私たちは便益をサービスフロー(=一定期間での動きのこと)という形で享受している。このフローは「非生物的サービス」と「生態系サービス」に大別できる。前者は石油、天然ガス、鉱物や気象など生物や生態系以外の資源から供給される。一方で生態系サービスは生物や生態系に由来しており、さらに「基盤」「供給」「調整」「文化的」の4種類に分類される。
基盤サービスは酸素や栄養循環を生み出す、あらゆる生物が生存するための元となっている。供給サービスは食料や素材、医薬品の原料など、私たちの衣食住を支えている。調整サービスは森林が持つ気候の安定や災害防止の効果、昆虫による花粉媒介などが該当する。文化的サービスは世界各地の文化や風土、価値観を育んでおり、精神的豊かさや観光、教育効果をもたらす。これらの生態系サービスは、「生物多様性」によって成り立っており、自然資本の健全な維持に不可欠である。
地球には、科学的に認められた種だけでも約 180 万種の生物が存在するとされている。こういった多種多様な生物の存在(=生物多様性)によって育まれる環境が生態系サービスの元となり、人の生命や、暮らしを支えている。
生物多様性は「遺伝子」「種」「生態系」の3つの多様性で成り立っているされる。遺伝子の多様性は、同じ種の中に様々な遺伝子を持った個体がいるということで、環境適応や免疫力向上につながっている。種の多様性は、広くイメージされる生物多様性に最も近く、多種多様な種が存在することを指す。これは、食物連鎖や送粉関係など生態系や自然環境の維持に重要である。生態系の多様性は、多様な環境が存在することで、これにより数多くの生物が生存できる。
地球では過去5回の大量絶滅があったが、現在は人間活動により「第6の大量絶滅」が進行しているとされているほど危機的な状況である。日本では生物多様性減少の原因として、①人間活動による生息地破壊・乱獲、②自然管理の減少、③外来種や化学物質の影響、④温暖化などによる地球の環境変化の4つの危機が指摘されており、幅広い対策が求められている。
2020年に「A Nature-Positive World:The Global Goal for Nature」という論文で提唱された、自然の損失を止め、回復させるための国際的な目標。その定義は「(2020年を基準に)2030年までに自然の損失を止め、反転させる。そして、2050年までに完全回復を達成する」というものである。
【図表3】のタテ軸は自然の状態、ヨコ軸は時間を示している。この図の通り、2020年以降に自然を損失する活動を停止し、2030年までには回復基調にのせる(NET POSITIVE)。そこから回復を続け、 2050年には回復を完了させる(FULL RECOVERY)。2020年時点で相当な自然の棄損があったと考えるため、2050年時点のグラフの数値ははるか上方になる。
論文の発表後、2021年5月に行われたG7首脳サミットのコミュニケ(公式声明・共同声明)付属文書で、この「ネイチャーポジティブ」は言及された。その後、関連する国際会議や政策にまつわる場、ビジネスの現場においても頻繁に用いられるようになった。そして、経済から社会、政治、技術までのあらゆる分野で現状の改善を促し、自然が豊かになっていくプラスの状態にするための目標として、この言葉が使われている。


出典:Harvey Lockeほか(2021)「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」
生物多様性条約(CBD)は1992年に採択された、生物多様性の保全と持続可能な利用、遺伝資源の利益の公正な分配を目的とする国際条約である。加盟する194か国の間で2年ごとに締約国会議(CBD COP)が開かれ、国際目標を設定し、生物多様性保全の進展を図っている。
現在の国際目標は、2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」である。この中では2030年までの行動目標を定めているほか、2050年に向け「自然と共生する世界」をビジョンとして掲げている。2050年目標は「生物多様性保全」「持続可能な利用」「遺伝資源の公正配分」「実施手段の確保」の4つのグローバルゴールに分かれ、2030年までのグローバルターゲットの23 項目が3つのセクション(「生物多様性への脅威を減らす」「人々のニーズを満たす」「実施と主流化のためのツールと解決策」)に分類される。
生態系の保全だけでなく、企業による事業活動や投資への配慮やジェンダー平等、先住民の参画なども重視されている。
自然のもつ多機能性を活かし、生物多様性や気候変動、防災、食料、人間の健康など複数の社会課題を同時に解決する取組みである。2009年にIUCN(国際自然保護連合)が提唱した。自然や生態系の保護・管理・再生を通じて、人間と生物多様性に利益をもたらすことが期待されている。NbS は、これまでの「生態系を基盤とした防災減災アプローチ(Eco-DRR)」「気候変動適応策(EbA)」「グリーンインフラ」など複数のアプローチを統合する大きな概念である。ただし、IUCN の定義では、自然エネルギー(風力や太陽光など)や自然に着想を得た製品は含まれない。
NbSの事例として、防災では湿地再生や雨庭による、洪水抑制と生物多様性向上の両立が挙げられる。雨庭は、京都府や東京都(含む当社グループ駿河台緑地)、熊本県などで導入が積極的に進められている。福祉分野では、シンガポールが国家的に進めた緑地と歩道整備による健康増進と環境保全の両立がよく知られている。地域振興に関しては、ニューヨークの空中公園や日本で行われている都市部での養蜂プロジェクトなどがある。
政策面では、国土交通省(以下、国交省)が「グリーンインフラ」としてNbSを推進している。同省はこれについて、「社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取組」と定義した。国交省の資料では、グリーンインフラの対象地域を都市部、郊外部、農山漁村部としており、方策として先述した都市緑化や雨庭、水田貯留なども紹介しているため、ほぼ NbS と同義で用いられていると捉えられる。2015年に初めて政府文書でこの言葉が用いられ、戦略策定などが実施されてきた。2020 年にはグリーンインフラの社会実装を推進する「グリーンインフラ官民連携プラットフォーム」が創設されたほか、2023年には「グリーンインフラ推進戦略2023」が策定されている。
自然資本・生物多様性と気候変動は相互に影響しあっている。土地利用の変化や温室効果ガス増加が生態系を悪化させる一方で、生態系の損失は気候変動を促進する。従来は別々に対策が取られてきたが、両者に効果的に統合された政策が求められている。その解決策としても、多面的な効果をもたらす NbS の考え方は重要となる。特に、再生可能エネルギーの導入や単一種の植林などは、生物多様性に悪影響を及ぼす場合もあり、両者の関係を慎重に見極めた取組みが必要とされている。
サーキュラーエコノミーは廃棄を前提とせず、資源を長く使い再利用する持続可能な経済モデルである。従来の「取る→つくる→捨てる」という一方通行(リニア)な流れをもつ経済とは異なる、持続可能性のある経済モデルとして世界中で注目されている。サーキュラーエコノミーを推進する、イギリスのエレン・マッカーサー財団は「ごみと汚染の排除」「製品と素材を(最高の価値で)循環させる」「自然の再生」の3原則を掲げている。例えば「自然の再生」では、環境や社会等へ配慮し
た持続可能な農業とそれに伴う生態系の改善という点で、自然保護や生物多様性の保全につながる。
2024年のCBD COP16に合わせ、TNFDは企業のネイチャーポジティブ戦略実行を支援する移行計画ガイダンスの草案を公表した。これは、企業がTNFDで分析、開示した内容をもとに、事業をネイチャーポジティブにしていく戦略を実行に移す計画(=移行計画)を策定、公表するためのガイドラインである。2025年内に最終版が出る予定で、今後企業による策定・公表が進む見込みだ。
一方で「自然の状態を定量化する指標が不足している」という課題に対し、ネイチャーポジティブ・イニシアティブ※2は「State of Nature Metrics」の開発を進めている。これは、これまで存在していた 600 以上の自然関連の指標を分析・整理した、自然を評価するための基礎となる指標ある。 2025年1月には、プロトタイプの一部が公開された。当社グループは東北大学などと連携し、熊本県でこの指標を検証するためのパイロットテストを実施した。こうした指標の開発により、企業による定量的で比較可能な開示が進むと期待されている。
※2)Nature Positive Initiative(NPI)。2023年設立。様々な自然保護団体や研究機関、企業等27団体が集まったイニシアティブ。「ネイチャーポジティブ」を推進し成果につなげるために、広く長期的な取組みを後押しする目的で設立された。中核機関にはIUCNやTNFD、WWF、PRIなどが名を連ねている
【参考文献】
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ESGリスクトピックス(2025年12月)
サステナビリティ情報開示 2025年10月30日に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ(WG)」で、現行で事業年度終了後3カ月以内とする有価証券報告書の提出期限を延長しないとする考えが示された。有報に掲載するサステナビリティ関連データの第三者保証義務化などに伴う企業の負担増への配慮として期限延長を求める声が高まっていたが、有報の迅速な開示を求める投資家のニーズが優先された格好だ。また、時価総額5,000億円以上1兆円未満のプライム市場上場企業にSSBJ基準の適用を開始する時期は、当初案どおり29年3月期が示された。 WGでは2025年7月に、それまでの論議を踏まえた中間論点整理を公表しており、25年内にも結論を出す予定だ。 「第三者保証が付されている場合における有価証券報告書の提出期限の延長」が、注目の論点のひとつだった。サステナビリティ情報開示の義務化による企業の負担増を考慮し、有報の提出期限を事業年度終了後3カ月以内から4カ月以内に延長する要否を、以下の観点を踏まえて検討してきた。 本WGで、サステナビリティ情報開示の制度化に関わる国内外の動向に特段の変化がみられていないことを理由に、「提出期限の延長は実施しない」ことで合意した。企業の開示負担の軽減よりも、迅速な情報開示を求める投資家ニーズを重視した。 また、29年3月期を基本としつつ国内外の動向等を注視して検討することになっていた、時価総額5,000億円以上1兆円未満のプライム市場上場企業のSSBJ基準適用開始時期についても、状況の大きな変化が見られないことを理由に、当初案どおりの2029年3月期からの適用が示された。 他に、サステナビリティ情報の第三者保証の担い手について、監査法人に限定されない案が示された。グローバル企業の活動を阻害しない観点から、サステナビリティ保証は保証基準(ISSA5000)、品質管理基準(ISQM1)、倫理・独立性基準(IESSA)といった国際基準と整合性が確保された基準への準拠に言及。保証実務実施者は登録制で、監査法人・監査法人以外のいずれも可能とした。 これらを反映し「企業内容等の開示に関する内閣府令」が26年1月ごろに改正の予定だ。 【参考情報】 自然関連リスク管理・戦略 国際標準化機構(ISO)は2025年10月7日、組織が生物多様性に資する行動を支援する世界初の国際規格である、生物多様性分野のマネジメント規格「ISO17298:生物多様性 — 組織の戦略と事業における生物多様性の考慮 — 要求事項及び指針」を発行した。この規格は組織(企業、地方自治体、NGOなど)の規模や業種を問わず、あらゆる組織が生物多様性への依存、インパクト、リスク及び機会を評価し、実際の行動に移すための実用的な枠組みを提供している。 これまで、生物多様性が企業の持続可能性に与えるインパクトの重要性や対応の緊急性は認識されてきたが、生物多様性の観点を戦略や事業に統合するためのISOマネジメント規格は確立されていなかった。そのため、アプローチの断片化などが進み、実践までの道のりが複雑で困難であった。本規格は、生物多様性を単にサステナビリティ報告の枠にはめ込むのではなく、ガバナンスやリスク管理の中核として企業経営の実践に組み込むことを目的として、企業が生物多様性に関するインパクトを評価し、それらを戦略に効果的に反映させるためのロードマップを提供している。本規格は特に以下の点を支援する。 本規格は60ヵ国以上の専門家で構成された委員会で検討され、TNFDとの密接な協力下で開発されており、ISO14001(環境マネジメントシステム)、ISO26000(社会的責任に関する指針)、TNFD、持続可能な開発目標(SDGs)、昆明–モントリオール生物多様性枠組みなど、世界で広く用いられている既存の制度や取り組みと整合性がとれるよう設計されている。さらに今後、重要な分野については規格を拡充することも予定されている。 現在、全世界GDPの1/2以上である44兆米ドルが自然に中~高程度に依存しているとされている(世界経済フォーラム2020年)ことから、本規格は企業のレジリエンスのための重要なツールとなる可能性がある。特に企業は、レジリエンス向上を目的とした自然関連課題への対応を経営戦略へ組み込む際に本規格を活用することで、投資家からの信頼を得ることにつながる。 【参考情報】 ビジネスと人権 外務省は2025年10月1日、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を国内で推進するため、法制度の整備や政策の実施、企業の取り組みの促進など、今後の政府の取り組みをまとめた行動計画の改定案を公表した。20年に策定した現行動計画の改定版の位置づけ。 それによると、企業による人権侵害リスク抑止の取り組みがレジリエンス及び企業価値の向上につながると意義を強調。その上で、昨今の社会・経済状況を踏まえて、外国人労働者の就労・生活環境の改善や人工知能(AI)との安全な協調などを政府の取り組みの優先分野に挙げた。一方で、これまでに国連やNGOなどが設置を求めている政府から独立して人権侵害の調査や救済を担う機関の設置のほか、人権デューデリジェンスを企業に義務付ける法制化についての言及はない。 10月30日までのパブリックコメントを経て、25年内に確定する予定。 改定案では、行動計画の目的について現行計画と同じ4点を継承した。 その上で、グローバル企業を念頭に、サプライチェーンを含めた人権尊重の取り組み推進を通じて、国際社会の信頼や投資家の高評価を引き出し、最終的には自社の企業価値向上につなげる意義を強調している。 また、目的の達成のために各省庁が実施する施策や措置を具体的なテーマやトピックスに応じて列挙する現行計画の構成を維持。改定案では「優先分野」に名称が変更されたものの、同様の趣旨で整理されている。現行計画と改定案を比較すると、取り上げられているテーマやトピックスは大部分は共通だ。ただ、改定案では、現行計画策定時との社会・経済の状況変化を反映して記載の濃淡が若干変化している。 (1)横断的事項 (2)人権を尊重する企業の責任 1.人権デューデリジェンス及びサプライチェーン 2.「誰一人取り残さない」ための施策推進 3.テーマ別人権課題 出典:当社作成 中でも、外国人労働者とAIは、現行計画と比べて重要度が引き上げた印象の記載となっている。 まず、外国人労働者について、現行計画が「在留資格を有するすべての外国人を…社会を構成する一員として受け入れていく」といった概括的な表現なのに対して、改定案では「日本が『選ばれる国』になる環境の整備は…国際競争力の向上に重要」と切実さが際立つ記載に変更。その上で、就労環境や能力開発、日常生活などの各側面できめ細やかな配慮を備えた施策を挙げた。国内の急速な人口減少を受けて、国内経済の維持や持続的成長のために外国人労働者の存在が不可欠な現状への危機感が垣間見える。 一方で、AIは改定案で「テーマ別人権課題」の個別の項目に特出しされている。23年5月の主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)で日本が主導した「広島AIプロセス」やその後の施策を引き合いに、AIイノベーションの促進とリスク対応の両立による人権尊重・法令遵守・安全な協調を重視したガバナンスの実現や国際的な協調の推進を今後の主要施策に挙げている。現行計画では「新しい技術の発展に伴う人権」のうち、インターネット上の名誉毀損やヘイトスピーチ対策と併せ、AIと人権やプライバシー保護について「議論の推進」を挙げるにとどまっていたのとは対照的だ。 また、国連指導原則の3本の柱のひとつ「救済のアクセス」では、公的・民間双方の通報・相談窓口の周知促進や企業の公益通報窓口体制の整備促進などを具体的施策に例示した。ただ、23年7月に来日した国連ビジネスと人権作業部会の調査団が報告書で指摘したほか、国内外のNGOなどが政府に繰り返し設置を要求している国家人権機関(NHRI)の設置に触れる記載はなかった。NHRIは、政府から独立し、差別への対処や権利の保護、人権侵害に対する司法以外の救済などの役割を担う機関だ。国連は各国に設置を求めており、持続可能な開発目標(SDGs)にも含まれている。 【参考情報】 EUデータ法 2025年9月12日、EUの「Data Act(EUデータ法)」(以下、「本法」とする)が施行された。本法は、欧州委員会が掲げる「欧州デジタル戦略(European Data Strategy)」を具体化するための法規制の一つである。欧州デジタル戦略では、欧州域内のデータ活用が産業競争力強化の源泉とされており、データの流通や活用を妨げる技術的・法的・経済的な問題を解消し、公共及び民間の双方でデータ流通を促進することが重視されている。 IoT製品やクラウドサービスから得られるデータは、特定の大企業に集中している。一方で、中小企業は、大企業と競争するために必要なデータを手に入れにくく、欧州域内でのイノベーションや産業発展を阻害する状態となっている。 そこで本法では、欧州域内で提供される製品及びサービスの使用中に自動的に生成されるデータ(機器が発するログ情報や稼働情報など)の取り扱いルールを定め、契約条件によるデータ共有や移転の制限、事業者間の乗り換えや相互運用性の低さ、欧州域内での産業データ活用の遅れによる新産業の創出の遅れ等の問題を解消することを狙った。対象となるのは、IoT機器、スマート家電、自動車、産業用機械、医療機器、農業機械、建設機械、クラウドサービスなど、日常的な利用の中でデータを生成するコネクテッド製品※1及びそれらの関連サービス※2である。欧州域外企業であっても欧州域内でこれらを提供する場合は適用対象となる※3。 本法では、以下のような項目が規定されている。 出典:EUデータ法原文(https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/2854)をもとに当社作成 上記の内容を踏まえると、対象企業においては、まず自社製品やサービスの提供に際し、どのプロセスで生成される、どのデータが本法規制対象となるのかを明確にすることが最重要となる。 その上で、特定したデータに関連するステークホルダー、それらに紐づく規制範囲を整理・把握した上で、適切なデータの取り扱いに係るシステム確立などを行った製品・サービスの設計が求められる。 なお、本法に関する今後の整備方針については、欧州委員会のFAQ※4で示されている。たとえば、クラウドポータビリティ(第23条~第28条)に関しては、施行後1年~1年半後に適用が開始される予定である。また、制裁措置(第40条)に関しては、制裁金額の上限は各国の判断によるとするものの、最大2,000万ユーロまたは全世界売上高の4%が想定されるとしている。データ形式やAPIの標準化については、欧州標準化機関等が今後策定を進めることが公表されている。 今後、継続して運用ルールや実務上の解釈が明確化されていくことが予想されるため、対象企業においては、欧州委員会からの公表内容に加えて、各加盟国の規制内容や法の整備状況について注視する必要がある。すでに対応を進めている企業であっても、継続的な情報収集と本法に対応するための製品・サービス設計、自社態勢の定期的な見直しを行うことが望ましい。 ※1)コネクテッド製品とは、利用・性能・環境に関するデータを生成・取得・収集し、ケーブルまたは無線通信でデータを外部に送信できる製品を指す。スマート家電、産業機械、医療機器、スマートフォン、TVなどが該当する。(参照:欧州委員会が公表したデータ法に関するFAQ) ※2)関連サービスは、コネクテッド製品の機能に直接影響を与えるデジタルサービス(例:スマート家電のアプリなど)が対象となる。双方向のデータ交換と、製品の機能・挙動・操作への影響が要件となる。(参照:欧州委員会が公表したデータ法に関するFAQ) ※3)既存のデータ取り扱いを規定するEUの法律としては「GDPR(一般データ保護規則)」があるが、両者が矛盾する場合はGDPRが優先されるとしている。 ※4)欧州委員会が公表したデータ法に関するFAQ: 2025年9月12日公表 バージョン1.3 【参考情報】 サイバーセキュリティ 2025年10月24日、シンガポールにおいてランサムウェアの脅威に対処するための国際連携について議論する「カウンターランサムウェア・イニシアティブ(CRI)会合」が開催された。本会合は2021年から数えて5回目の開催となり、米国や英国、国際刑事警察機構(インターポール)など、合計74の国や機関が参加しており、日本からは国家サイバー統括室、警察庁及び外務省が参加した。 会合後に発表された概要文書では、CRIメンバーが共有する共通のビジョンと取り組みを公表した。今年度は、概要文書で示された共通のビジョン達成に向けて、CRIメンバー間でどこで・いつ・どのように・誰と情報共有すべきかを取りまとめたCRI情報共有ガバナンス・フレームワークが採択され、ランサムウェア攻撃者に対する包囲網が形成されつつある。 出典:国家サイバー統括室「『カウンターランサムウェア・イニシアティブ(CRI)会合』への参加」をもとに当社作成 また、本会合では、各組織・企業がサプライチェーン上の脆弱性を悪用したランサムウェアの脅威に対処することを目的として、サプライチェーンのセキュリティ体制強化に関するガイダンスが公開された。このガイダンスは各組織・企業がサプライチェーン上のセキュリティ態勢を改善することで、ランサムウェア攻撃が各組織・企業に重大な影響を及ぼす可能性を低下させることを目指している。 ランサムウェアの脅威に対処するため、各国の法執行機関が連携してランサムウェア攻撃者を摘発し、攻撃者グループのテイクダウン※1に成功した事例が存在するが、ランサムウェアの脅威を完全に弱体化させるには至っておらず、日本国内においても多数のランサムウェア攻撃の被害が発生している状況である。各組織・企業はランサムウェアの脅威が経営の根幹を揺るがしかねないリスクの一つとして捉え、セキュリティ対策の実施状況確認やインシデント発生を想定した訓練などを実施して、ランサムウェア攻撃をはじめとしたサイバー攻撃への対応体制を強化することが重要である。 ※1)サイバー攻撃者グループが悪用しているフィッシングサイト等を閉鎖すること 【参考情報】
○ 有報提出期限延長せず、投資家ニーズ反映しサステナ開示の迅速性優先、金融庁WG
2025年10月30日、金融庁HP
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20251030.html
○ 世界初、生物多様性に取り組む組織向けの国際規格ISO17298が発行
-*-*-*-*-
2025年10月7日付 ISO HP
https://www.iso.org/news/2025/10/standard-17298_biodiversity
https://www.iso.org/standard/17298#lifecycle
○ 「ビジネスと人権」政府行動計画改定案が公表、外国人労働者やAIが優先分野に
-*-*-*-*-
【表】政府行動計画に記載の主要施策の現行・改定案比較
現行計画
改定案
2025年10月1日、e-Govパブリック・コメントHP
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/detail?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=350000222&Mode=0
○ 「EUデータ法」が施行
-*-*-*-*-
項目
規定された内容
該当(関連)条文
データ抽出を可能とする設計
(Data-by-Design)
製品・サービスの設計段階から、データ
抽出・共有機能を組み込むことを要求
(第3条、第4条の定義・権利義務に基づく)
第3条
第4条
利用者のデータアクセス権
利用中に製品やサービスが生成するデー
タを、利用者が取得できる権利
第4条
利用者の指示による第三者へ
のデータ提供義務
利用者が選んだ修理業者・外部サービス
等へデータを提供する義務
第5条
不当な契約条項の禁止
データアクセス妨害・データ移転妨害な
どの不当な契約条項は無効化
第13条
クラウドサービスの乗り換え
容易化(クラウドポータビリ
ティ)
データ移転時の技術的・契約的障壁を取
り除く義務
第23条~
第28条
制裁措置
欧州加盟国に対する制裁制度の整備義務
(制裁金額の上限は各国の判断による
が、欧州委員会が公開しているFAQ※4
では、GDPRと同水準となる最大2,000万
ユーロまたは全世界売上高の4%が想定
されるとしている。)
第40条
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/commission-publishes-frequently-asked-questions-about-data-act
欧州委員会データ法公式HP
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/data-act
○ ランサムウェア脅威に国際連携で対処 5回目の国際会合を開催
-*-*-*-*-
概要文書のポイント
を支援すること
せないこと
ランサムウェアの攻撃者を特定した上でその活動を明らかにすること
国家サイバー統括室「『カウンターランサムウェア・イニシアティブ(CRI)会合』への参加」
https://www.nisc.go.jp/pdf/press/press_cri_20251027.pdf
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自然の力で社会課題を解決? グリーンインフラとしても話題のNbSを解説
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