グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS)2026熊本 参加レポート|2030年に向けた最新議論を振り返る
「ネイチャーポジティブ」とは、単に自然環境の破壊を防ぐだけでなく、失われた自然や生物多様性を積極的に回復し、より豊かな状態へと導くという新しい考え方です。これまでの環境保護は「これ以上悪くしない(ネイチャーネガティブ)」ことが主な目標でしたが、ネイチャーポジティブは「元に戻す」「さらに良くする」ことを目指しています。
この言葉が世界的に注目されるようになった背景には、地球規模で進む生物多様性の危機があります。国連の報告によると、現在、100万種もの動植物が絶滅の危機に瀕しており、その原因は、森林伐採や環境汚染といった人間活動が影響しているとされています。従来の“守るだけ”の対策ではこの流れを止めることができず、より積極的な「回復」や「再生」への転換が求められているのです。
このネイチャーポジティブに向けて、27の国と地域から企業、金融機関、自治体、研究者、市民社会のリーダーが集まり、2026年7月14日と15日の2日間にわたって開かれた国際会議が「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS)2026」です。


サミットは、2030年までに自然の損失を止め、回復へと転じるという目標を掲げ、2022年に196か国が合意した生物多様性枠組み(GBF)の実施を加速することに焦点を当てて開催されました。
今年2026年10月には、アルメニア・エレバンで国連生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)が開催されることもあり、ネイチャーポジティブの使命に貢献する民間の取り組みや成果を世界に向けて発信・共有することを目指しています。
サミットでは数々のパネルディスカッション、分科会、サイドイベントなどが行われましたが、その中から日本の企業の皆さまの参考になると感じた一部のパネルディスカッションの内容を紹介します。
はじめに紹介するのは、「ネイチャーポジティブの社会・経済的意義」と題されたパネルディスカッションで、以下の方々が登壇しました。
| 登壇者 | 所属・役職 |
|---|---|
| マーク・ゴフ 氏 ※モデレーター | 資本連合CEO |
| 大西 一史 氏 | 熊本市長 |
| 笠原 慶久 氏 | 肥後銀行 代表取締役頭取 |
| 舩曵 真一郎 氏 | MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス 取締役社長 グループCEO |
| 浅木 純 氏 | サントリーホールディングス 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長 |
| グレーテル・アギラー 氏 | 国際自然保護連合(IUCN) 事務局長 |
IUCNのアギラー事務局長は、生物多様性の損失は人々のウェルビーイングや企業活動にも直結する課題であり、企業・行政・金融機関・研究機関など多様な主体が連携して取り組む必要があると強調しました。また、日本はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応や里山の取り組みなど、世界をリードする存在として期待されていると言及しました。
また、熊本市の大西市長や、サントリーホールディングスの浅木氏、肥後銀行の笠原氏らからは大学、企業、金融機関の6組織が連携した「熊本ウォーターポジティブ・アクション」※1などの取り組みが紹介され、自然への投資はコストではなく、事業基盤の強化やブランド価値の向上につながる投資であるという考え方などが共有されました。
その上で登壇者からは、ネイチャーポジティブを社会に広げるためには、ルールづくりだけでなく、自然への投資を後押しするインセンティブや、多様な主体による連携を加速させることが重要であるとの認識が強調されました。
※1 熊本ウォーターポジティブ・アクションは、公立大学法人 熊本県立大学、 国立大学法人 熊本大学、 株式会社肥後銀行、サントリーホールディングス株式会社、 株式会社日本政策投資銀行、MS&ADインシュアランス グループホールディングス株式会社が協働して、2025年に始動。
続いて紹介するのは「ネイチャーポジティブにおける企業の役割」と題したパネルディスカッションで、以下の方々が登壇しました。
| 登壇者 | 所属・役職 |
|---|---|
| パラヴィ・カリタ 氏 ※モデレーター | ビジネス・フォー・ネイチャー アジア・リード |
| 北林 太郎 氏 | 農林中央金庫 代表理事 理事長 |
| 光吉 敏郎 氏 | 住友林業 代表取締役 社長 |
| 伊藤 順朗 氏 | セブン&アイ・ホールディングス 代表取締役 会長 |
| エスター・アン 氏 | シティ・デベロップメンツCSO |
| デイブ・ハリス 氏 | オーストラリア・アグリカルチャーカンパニー マネージングディレクター兼CEO |
ディスカッションの中で共通認識として示されたのは、ネイチャーポジティブは一部の環境部門だけが取り組むテーマではなく、企業経営やバリューチェーン全体で取り組むべき課題であるという点です。
この中で住友林業の光吉社長は、森林の保全に加えて木造建築を建てる際に出る廃材を木質バイオマスとして活用した発電やSAF(持続可能な航空燃料)の生産まで行う「ウッドサイクル」を紹介し、経済価値と自然資本を両立させるビジネスモデルを紹介しました。
また農林中央金庫の北林理事長も、農林水産業の加工・流通・販売から金融までを一つのエコシステムとして捉えることでバリューチェーンでの移行をサポートしていることや、森林由来のクレジット創出などを通じて自然の価値を経済価値へ転換する取り組みなどを紹介しました。
このほか、セブン&アイ・ホールディングスの伊藤会長は、小売業として消費者との接点を生かし社会の変化を目指していることや、持続可能な調達や地産地消などの取り組みを展開していることに触れ、生産者や取引先との協業の重要性を強調しました。
企業単独ではなく、多様なステークホルダーとの連携によってバリューチェーン全体を変えていくことが、ネイチャーポジティブ実現の鍵であることが示されたセッションでした。
最後に紹介するのは、「ネイチャーポジティブをどう測るか?」をテーマとしたパネルディスカッションで、以下の方々が登壇しました。
| 登壇者 | 所属・役職 |
|---|---|
| ギャビン・エドワーズ 氏 ※モデレーター | ネイチャーポジティブ・イニシアティブ エグゼクティブディレクター |
| 大島 健太 氏 | キリンホールディングス CSV戦略部 部長 |
| 井阪 由紀 氏 | 積水ハウス 業務役員/環境推進部長 |
| ヤナ・ゲヴォルギャン 氏 | 地球観測に関する政府間会合(GEO)事務局 コンビーナー兼ディレクター |
| ジョー・ミラー 氏 | 地球規模生物多様性情報機構(GBIF) 事務局長 |
| グラジエレ・パレンチ 氏 | ヴァーレ サステナビリティ担当エグゼクティブヴァイスプレジデント |
この中では、ネイチャーポジティブを企業経営に組み込むために、いかに共通指標やデータ基盤を整備していくかが議論されました。
冒頭で、ネイチャーポジティブ・イニシアティブ(NPI)※2の取り組みについて、現在、世界共通の自然の状態フレームワークとして「自然の状態(State of Nature)」の指標(以下、SoN指標)開発が進められており、「生態系の範囲」「生態系の状態」「種の絶滅リスク」「種の個体総数」の4つの指標が盛り込まれる予定であること、世界の企業がパイロットプログラム に参加※3したことなどが紹介されました。
※2 自然保護団体、研究機関、企業、金融連合など27団体が参画しており、ネイチャーポジティブの定義を含め、ネイチャーポジティブの実現に向けて必要なツールとガイダンスを提供することを目的とした団体。
※3 日本企業ではキリンホールディングス、王子ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングスが参加。
企業側からは、キリンホールディングスの大島氏が、TNFDなどの枠組みを活用し、原料調達まで含めたバリューチェーン全体で自然関連のリスクと機会の把握を進めていることや、NPIのパイロットプログラムへの参加事例を紹介。
積水ハウスの井阪氏も、サプライチェーンでの影響評価に加え、「5本の樹」計画※4を通じて、自然へのポジティブな成果を定量的に評価する取り組みを紹介しました。
※4 「5本の樹」計画は、 “3本は鳥のため、2本は蝶のために、地域の在来樹種を” という思いを込め、 その地域の気候風土・鳥や蝶などと相性の良い在来樹種を中心とした植栽にこだわった庭づくり・まちづくりの提案(引用元:積水ハウスの「5本の樹」計画Webサイトより)
セッションの中では、ネイチャーポジティブの測定指標は、科学的な正確性だけでなく、企業のガバナンスやリスク管理、経営判断に活用できるシンプルさや比較可能性も重要であるとの考えが強調され、データ共有と共通指標の整備がネイチャーポジティブを加速させる鍵になるとの認識が共有されました。
今回のサミットでは、ネイチャーポジティブの考え方を社会全体で実現するための具体的な議論が交わされました。
サミットを通じて、ネイチャーポジティブは単なる理念ではなく、企業の事業の継続性や、競争力を左右する経営アジェンダであることを体感しました。ネイチャーポジティブの実現に向けては、バリューチェーンや地域の各主体との連携による取り組みの実装や、共通の指標や手法による自然の状態やインパクトの可視化・定量化が特に重要です。
今後はTNFDやSoN指標などの国際的な枠組みの活用がいっそう進むとともに、企業においては、自然への依存・インパクト、リスク・機会を把握したうえで、それらを経営や事業戦略へ組み込むことが、これまで以上に求められていくことになると考えられます。
2030年のネイチャーポジティブ実現まで残された時間は多くありません。今回のサミットで示されたように、多様なステークホルダーによる連携と、科学的根拠に基づく取り組みを着実に積み重ねていくことが、その実現に向けた大きな一歩になると感じました。
MS&ADインターリスク総研では今回のグローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS)2026の会場でブースを出展し、企業の皆さまの自然関連課題への対応に資する、様々なサービスを紹介しました。

当社では、TNFDフレームワークなどを踏まえ、以下のような自然関連の支援メニューをご提供しています。
貴社の悩みに応じた支援をご案内しますので、お気軽にご相談ください。
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ESGリスクトピックス(2026年9月)
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環境省「ネイチャーファイナンス実践ガイドライン(案)」を公表 投資家・金融機関向けに実践の視点を提供
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環境省がNbSの手引きを公表 自然を活用した社会課題解決と地域づくりを後押し
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「とにかく暑い」欧州の今 ロンドンで見えた気候変動への適応対策
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製品による地域水資源へのポジティブインパクト評価
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【終了】TNFDを踏まえた「移行計画」策定の進め方 ―全社的トランジションを見据えた段階的な実務対応―
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【お客さま事例】三井住友海上が実践型研修で育てるカーボンニュートラル推進人財


話を聞かせてもらった三井住友海上の3人。
左からビジネスデザイン部ソリューション開発グループの福原悠介氏、
西嶋啓佑氏。経営企画部SX推進チームの小林美慶氏。
ーーはじめに三井住友海上がカーボンニュートラル領域の商品やサービスを強化している背景を教えてください。
小林)当社も一員となっているMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスでは、現在社会インフラとしての保険を持続的に提供し、環境と社会の持続可能性向上と当社の企業価値向上を実現することを掲げています。
この中で「自然災害への対応」を経営重要課題の1つに定めています。背景にあるのが、気候変動や自然資本の毀損による自然災害の増加や激甚化で、これらは社会の安心や安全を脅かすだけではなく、保険の引き受け・支払いといった損害保険事業の持続可能性に直接影響を及ぼすという危機感があります。


小林氏は、SX推進チームで
サステナビリティ・トランスフォーメーションをけん引し、
社会課題の解決と企業の持続的な成長の実現に取り組んでいる。
こうしたことを踏まえて、カーボンニュートラル・脱炭素を重要なテーマの1つとして捉えています。具体的な取り組みとして自社の温室効果ガス(GHG)排出量削減に加えて、保険引受先や投融資先とサステナビリティ課題について意見交換する「サステナビリティ対話」の実施、脱炭素化に資する商品やサービスの提供を通じたお客さまや地域社会のカーボンニュートラルの移行支援に取り組んでいます。
ーーその一環としてどのような取り組みをされているのでしょうか。
福原)当社は新たに「MS&ADカーボンクレジット※1」というJ-クレジット※2の創出と販売の事業を開始しました。
※1「MS&ADカーボンクレジット」のプレスリリースはこちら(2026年4月17日)
※2 J-クレジット制度:省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2などの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2の吸収量を「クレジット」として国が認証する公的な制度。
なぜこの事業を開始したのかというと、企業ごとに政府から排出量の枠が割り当てられ、その枠の余剰・不足分を取引する「排出量取引制度(GX-ETS)」の第2フェーズが2026年4月から始まったからです。
これにより、これまでは努力目標だった企業のGHG排出量削減に向けた取り組みが、一部の企業※3で義務化されることになります。
※3 CO2直接排出量(Scope1)が直近3か年度平均10万トン以上の企業(300~400社程度)が義務化対象となる見込み。


福原氏は社会課題解決型ソリューションの企画開発を行う
事業ソリューション開発グループに所属し、
脱炭素やエネルギー領域の事業を担当する。
カーボンニュートラルに資するサービスを提供するという当社の方針、そしてGX-ETSによって排出量取引のマーケットができることの2点から、このビジネスに参入すべきだと考えました。
ーー損害保険会社としてJ-クレジットの創出・販売事業に参入する意義をどのように考えていますか?
福原)GX-ETSやJ-クレジットなどの制度の本質的な意義は、中小企業や個人が行っているCO2排出量削減取り組み・CO2吸収量増加取り組みをJ-クレジットという形で環境価値を見える化し、大企業がこれを購入し、さらなるカーボンニュートラル取り組みに投資が行われるという資金循環を作っていくことだと考えています。
当社は損害保険会社として日ごろの営業活動を通じて、個人と中小企業、そして大企業の双方と接点を持っていることから、この資金循環を回していく役割を担う社会的な意義があると考えています。


※イラストは生成AIを使って作成しています
ーーサービスの提供に合わせてMS&ADインターリスク総研の“実践型”カーボンニュートラル研修を実施しているということですが、どのような課題感から研修を行おうと考えたのですか。
西嶋)我々としては先ほど説明があったように、保険会社としてJ-クレジットの創出・販売事業に参入する意義があると考えていますが、創出と販売を仲介したからといって直接的に保険料収入につながるわけではないことも事実です。
このため、日々お客さまと接している営業担当者がこのサービスを「お客さまから最も選ばれる保険会社」として提供するサービスと認識してもらう必要がありました。


西嶋氏は、福原氏と同じグループで
脱炭素とエネルギー領域のリーダーを務め、
次世代モビリティ領域も担当する。
このサービスを環境貢献・社会貢献というイメージでとらえられてしまうと、本業とは別のテーマに見えてしまうことから、まずはカーボンニュートラル・脱炭素を“自分ごと化”し、「お客さまとの対話のテーマ」の1つとして扱えるように研修を実施することにしました。
ーー研修はどのような点を重視して、全体のプログラムを検討したのでしょうか。
小林)脱炭素や気候変動などのサステナビリティのテーマが、決して現場の仕事と無関係ではないということを、受講者に具体的にイメージしてもらうことを重視しました。
そのため、受講者が自分の業務やお客さま対応とどのようにつながっているのかを理解できるよう、単なる知識の習得にとどまらず実務や事業との接続まで落とし込んだ実践的な内容にしました。
| 日程 | 内容 |
|---|---|
| 研修1日目 | 脱炭素の基礎知識に関するセミナー |
| お客さまとの会話を想定した「MS&ADカーボンクレジット」「脱炭素支援メニュー」提案のロールプレイング研修 | |
| お客さまへの提案を設計するための「ターゲットシート」作成演習 | |
| 研修2日目 | 脱炭素ビジネスカードゲーム研修※4 |
| 研修3日目 | 「ターゲットシート」を使ったお客さまへのアプローチ状況確認 |
| アプローチ状況と成果の発表 |
2026年度は上記の内容を5か所で実施予定
※4 脱炭素ビジネスカード研修の詳しい内容は以下の記事をご覧ください
「脱炭素を自分事として体験できるビジネスカードゲーム研修とは?1人の行動がみんなの未来を変える」


これまでに227名の営業部門の担当者が参加し、2回目、3回目も同程度の人数が参加する予定です。
ーー研修の受講者からはどのような反応がありましたか。
西嶋)研修の中では、ターゲット別のアプローチ方法を整理したり、お客さまとの会話を想定した提案のロールプレイングをしたりしたことで、「これまであいまいだった内容が、具体的な営業イメージにつながった」という声が多く上がっています。
また、今後は実際の取引先とサステナビリティに関する対話を深めたり、自治体・金融機関・中小企業・代理店への提案活動に活かしたりしたいという声もありました。
中には、今回の研修を通じて環境省の認定制度「脱炭素アドバイザー※5」の資格を取ったという社員もいて、「脱炭素も自分の仕事に活かせる」という空気感が醸成できつつあるとも感じています。
※5 脱炭素化のアドバイスや実践支援を行う人財育成を国が後押しする施策として、2023年10月に創設された制度で、能力や役割によって、ベーシック、アドバンスト、シニアの3つのレベルに分かれる。


研修の企画・運営をお願いしたMS&ADインターリスク総研が当社グループの一員であることから、グループの取り組みに理解があり、本音ベースで研修プログラムの相談をできた点も、受講者の納得感を得るうえで非常に大きな要因の1つだと考えています。
ーーカーボンクレジットの創出・販売事業に関する今後の展望を教えてください。
西嶋)定量的な目標としては、2030年度までの累計の取扱高40億円を目指しています。また、2027年4月には当社はあいおいニッセイ同和損保と合併し新会社ができますが、GX領域において新会社が一番に想起されるようになっていくことが定性的なゴールです。
そのためにも、この研修などを通じて脱炭素・カーボンニュートラルやカーボンクレジットのサービスを深く理解するアンバサダーとなるような人財を数多く育成して、全国各地の現場で研修を実施するなどして推進できる人が増えていくと心強いですね。
小林)全国各地の皆さんが実践された取り組みや得られた情報を集約・分析して優れた事例を横展開しながら、脱炭素を1つの戦略として事業戦略や商品・サービスなどの企業価値向上にしっかりと結び付けていきたいと考えています。
今後も、自然災害リスクの低減や地域全体のレジリエンス向上に取り組むとともに、お客さまや社会全体のカーボンニュートラルへの移行を支援し、脱炭素社会の実現を力強く後押ししていきたいと思います。
(本インタビューは、2026年6月22日に実施されたものです)
脱炭素経営は、今や企業にとって避けては通れない課題です。一方で「どこから始めればよいか分からない」「社内の意識がなかなか高まらない」「排出量の算定や報告が難しい」といった声も多く聞かれます。MS&ADインターリスク総研は、そんな貴社のお悩みを解決するため、次のようなメニューでサポートします。
貴社の状況にあわせて最適なプランをご提供しますので、お気軽にご相談ください
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「適応」「レジリエンス」への注目さらに高まる―London Climate Action Week 2026 から見えた、気候変動のトレンド—【リサーチレター(2026年8月)】
LCAWは、英シンクタンクのE3G(Third Generation Environmentalism)が主催する気候変動イベントであり、2019年に始まり、今年で第8回目を迎えた。開催期間中、ロンドン中心部の各会場では、自治体レベルのコミュニティ集会から、各国閣僚級の会合、国際機関や企業による大規模会議まで、幅広いイベントが同時多発的に行われる。都市全体が気候変動への関心を可視化する場となっている点に、このイベントの特徴がある。主催団体のE3Gによると、今年のLCAWでは対面・オンラインを合わせて10万人以上が参加、1,300超のセッションが開かれた。
また、LCAWは単なる政策フォーラムではない。ビジネスの世界においても、新サービスの発表、新たな連携の形成、新レポートの公表など、具体的な動きが集中する。今回も、企業や国際機関、NGO、政府関係者などによる、それぞれの立場における新しい取組みのアナウンスが多数みられた。
今回のLCAWでは、欧州における酷暑が現実の問題として強く意識された。LCAW開催期間中は、英国気象庁が猛暑に関する全国的な異常気象警報を発令した時期と重なった。熱波に関する報道が連日のように流れ、同期間中、人々の生活に様々な影響をもたらした。ロンドン交通局は、熱波による一部運休・大幅な遅延を考慮し、電車の鉄道利用者に不要不急の移動を控えるよう呼びかけた。実際、冷却空調設備の無いバスや電車路線も多く存在する。さらに、酷暑により学校が閉鎖され、病院が逼迫する事態が発生した。欧州各国では公共施設や住宅などにおけるエアコン普及率が低く、暑さへの社会的な備えが十分ではないため、高齢者や児童への健康影響が深刻化しやすい。LCAWイベント会場内でも暑さが頻繁に話題となり、一部イベントは熱波の影響で開催を取りやめたとも報じられている。
地球温暖化が深刻化している中で科学者たちは将来をどう見ているのか。LCAW期間中に開催されたUNEP FI Global Roundtable 2026では、IPCC※4のジム・スキー議長が登壇し、科学的視点を踏まえた今世紀における気温上昇の展望について言及した。同氏は、1.5℃の気温上昇を短期的に超えること(オーバーシュート)は避けられないと明言した。その一方で、パリ協定の1.5℃目標※5が失われたわけではないとも述べ、炭素除去※6の重要性を強調した。つまり、温室効果ガス(GHG)排出削減だけでは不十分であり、将来の気温上昇を抑えるためには、炭素除去技術の活用が不可欠であるという認識である。


(撮影:Mariana Castaño Cano / 10Billion Solutions for UNEP FI)
スキー氏はUNEPの分析内容を引用し、具体的なシナリオについて説明した。現行の政策によるGHG排出削減努力が行われた場合、2100年時点で約2.8℃の上昇、各国が決定した削減目標(NDC)を達成した場合は2.3~2.5℃の上昇、すべてのネットゼロ(実質排出ゼロ)目標が実現した場合は1.8~1.9℃程度の上昇幅となる。最終的な気温上昇幅を1.5℃水準に引き下げるためには、炭素除去の本格的な活用が前提となる。ただし、炭素除去が地球システムにどのような反応を引き起こすかは十分に解明されておらず、オーバーシュートの不可逆的影響についても不確実性が残る。さらに大気中から二酸化炭素を除去するための技術についても、まだ多くの課題が残されている。
重要なのは、暑さがもはや将来予測ではなく、現在進行形の経済・社会課題になっている点である。酷暑は単なる不快さの問題ではなく、交通、医療、教育、労働、インフラ全般に波及する。LCAWの議論は、こうした物理的リスクが欧州でも現実化していることを、あらためて印象づけるものであった。


※UNEP資料では「NDCの達成」シナリオには「無条件NDCシナリオ」と「条件付きNDCシナリオ」の2つが示されている。図表の「NDCの達成」のシナリオの概要は「無条件NDCシナリオ」の内容を紹介している。「条件付きNDCシナリオ」とは、無条件NDCシナリオに加え、資金、技術移転、能力構築などの国際的な支援(を受けること)を実施の条件とするNDC目標も含まれる。
(ジム・スキー氏の講演内容及びUnited Nations Environment Programme (2025)「Emissions Gap Report 2025」を基に筆者作成)
今回のLCAWを通じて最も強く感じたのは、「レジリエンス」という言葉が、ほぼすべてのイベントで共通言語になっていたことである。会場では、適応やレジリエンスといった言葉が頻繁に使われていた。気候変動の影響がすでに顕在化している以上、企業や金融機関は「将来のGHG排出削減」だけでなく「今起きているリスクへの備え」を同時に求められているのである。
UNEP FI Global Roundtable 2026にて、ある登壇者は、「私たちは、ある種矛盾しているともいえる2つの異なるシナリオに同時に対処しなければならない。つまり、気温上昇を1.5℃または2℃に抑えるべく努力し、少なくともパリ協定の目標を維持しようと努める一方で、3℃の上昇という事態にも備える必要がある。したがって、一方のシナリオを想定するあまり他方を軽視するようなことは避け、両者の間でバランスを見出すことが極めて重要となる」と述べた。気候政策や企業戦略は、より厳しい物理的リスクを織り込んだうえで、なお持続可能な事業モデルを構築する必要性が改めて強調された。
IPCC議長のスキー氏も、次期評価サイクルでは適応策への注力が一層高まると説明した。加えて、次期評価サイクルで重視される課題が「資金(ファイナンス)」であると主張した。これまでの報告書には資金に関する章は設けられていなかったが、次期評価サイクルでは初めて資金についての章が盛り込まれる予定であると述べた。この観点では、適応資金の多くがいまだ公的資金に依存していると指摘し、民間資金を適応策に呼び込むことを強調した。
洪水リスクは適応策が求められる重要な論点の一つである。実際、LCAW開催国である英国では、洪水リスクがすでに社会経済の広範な領域に影響を及ぼしている。英国気候変動委員会(CCC)※7は2026年5月に「A Well-Adapted UK:第4次リスク評価報告書(以降、本報告書)」を公表した。本報告書は500ページ超におよび、現在から将来にかけての気候変動リスクが、健康、土地利用、経済を含む14の主要なシステムに与える影響や、求められる行動を提示している。
本報告書によれば、追加的な適応策を講じなければ、気候変動によるコストが2050年までに年間GDPの5%に達する可能性があると警告している。一方で、主要な適応策を実施するには、官民合わせて年間約110億ポンド(現在の日本円にして約2兆3,540億円※8)の追加投資が必要とされる。洪水対策はその中でも、冷却対策に次いで多額の資金が求められる分野である。
英国では、河川、地表水、沿岸部に起因する洪水リスクが今後さらに高まる見込みである。2050年代における最も激しい短時間強雨は、20世紀後半と比べて降水量が15~60%増加すると予測されている。また、河川流量のピークは、特に北部や西部の流域において、20世紀後半と比べて最大45%増加する見通しである。
洪水リスクが高まる中、英国ではNature Flood Management(NFM:自然を活用した洪水管理)と呼ばれる洪水対策の試験的導入が各地で進められている。NFMとは、自然の仕組みを活用して洪水の危険性を低減する手法である。具体的には、森林、河川および氾濫原、土壌、沿岸域の管理などが挙げられる。NFMは、こうした自然が本来持つ機能を保護・回復・模倣することで、水の流れを緩やかにし、水を一時的に貯留する役割を果たす。
英国政府も、NFMの導入拡大を進めている。2023年9月には、英国環境庁(Environment Agency)と環境・食糧・農村地域省(DEFRA)が、新たなNFMプログラムを通じて洪水レジリエンスを向上させるため、2,500万ポンド(現在の日本円にして約53億5千万円)の資金を拠出すると発表した。このNFMプログラムは、2017年から2021年にかけて60件のプロジェクトを実施した「NFMパイロットプログラム」(予算1,500万ポンド、現在の日本円にして32億1千万円)の知見を基盤としており、その成果を踏まえて展開されている。2026年7月時点では、計35件のプロジェクトが承認され、各地で現場作業が進められている。
LCAWでは6月25日に「Water Resilience Investment Summit(水レジリエンス投資サミット)」が開催され、会場は多くの参加者で埋め尽くされた。ここでは、FloodAction Coalitionの取組みが紹介された。同イニシアチブは、2028年までに10億ポンド(現在の日本円にして約2,140億円)規模の水レジリエンス市場を創出することを目指している。湿地再生、森林造成、流域の再湿潤化といった自然ベースの洪水対策を、投資可能なインフラ資産クラスへ転換する構想である。洪水対策を単なる公共事業ではなく、レジリエンス投資として捉える発想が印象的であった。


Water Resilience Investment Summitでは、FloodAction Coalitionの活動内容の紹介に加え、同イニシアチブが支援する5つの進行中プロジェクトのピッチプレゼンテーションが行われた。
(筆者撮影)
本イベントの議論では、NFMはインフラ事業者、保険会社、投資家、政府機関、環境団体、プロジェクト開発者、地主、自治体など、多様な主体を巻き込むことが前提であると整理されていた。水はあらゆる土地の境界を越えて流れるため、単一の主体のみで対応するのではなく、流域全体での発想が必要となる。つまり、NFMを活用した洪水対策は技術の問題であると同時に、協働とガバナンスの問題でもあることが強調された。
また本イベントでは、Googleの社会奉仕事業を担うGoogle.orgがFloodAction Coalitionに100万ポンド(現在の日本円にして約2億1,400万円)を拠出し、「UK Water Resilience Intelligence Platform(英国水資源レジリエンス情報プラットフォーム)」の開発を支援すると発表した点も注目に値する。このプラットフォームは、水文モデル、インフラ・資産データ、保険・リスクデータ、流域情報などを統合し、組織が活用できる単一の情報基盤を構築するものである。これにより、「洪水や干ばつのリスクにさらされている場所はどこか」「自然環境への投資が最も効果的にリスクを軽減できる場所はどこか」「レジリエンスの価値はどれくらいか」を可視化することが可能になる。
Googleの登壇者は、データに関する課題は、必要なデータが存在しないことではなく、データが分散しており、一貫して活用されていないことにあると指摘した。したがって、課題の核心はデータ連携のガバナンスにあるとの認識が示された。
LCAW期間中、電化の促進も重要なテーマの一つであった。中東をめぐる地政学的状況の変化に起因する化石燃料危機は、各国政府や企業に対し、変動の大きい化石燃料からクリーンエネルギーシステムへ迅速に移行する必要性を強く認識させた。その背景には、経済安全保障やエネルギー価格の安定を確保するうえで、電化が戦略上の重要課題になっているという認識がある。こうした流れを受け、LCAWでは電化を後押しする新たな動きが見られた。
COP31議長はLCAWのイベントにおいて、電化は気候変動とエネルギー価格高騰への世界的な対応の中核となるべきだと述べた。また、家庭や企業が価格変動リスクを軽減するためにも、電化は不可欠であると指摘した。同議長は、直前に開催されたボンでの国連気候変動交渉会議においても、世界の最終エネルギー需要に占める電化率を現在の約20%から2035年までに35%へ引き上げる「35×35」目標を提案している。
さらに欧州委員会はLCAWの場で、クリーンな電化を加速する新たなプラットフォーム「Electrify Now」を発足した。同プラットフォームは、上記の「35×35」目標を実現するための推進役として位置づけられており、化石燃料への依存度が高い輸送、産業、建物部門での電化を加速することを目指している。COP30議長国であるブラジル、COP31議長国であるオーストラリアとトルコ、COP32議長国であるエチオピアに加え、カナダ、フィリピン、韓国、英国、国際エネルギー機関(IEA)、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が主導するこのプラットフォームは、企業や金融機関も参加しており、他の主体にも参加が開かれている。
LCAWへの参加を通じて、気候変動対応における議論の焦点が、従来の「GHG排出削減の追求」から「適応・レジリエンスを含む総合的対応」へ移っていることを実感した。とりわけ、暑さ、洪水、水の枯渇といった物理的リスクは、すでに顕在化している課題である。今後は、適応対策を単なる防災対応にとどめず、新たな事業機会として捉える視点が一層重要になると考えられる。
<参考文献>
※1 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第64回補助機関会合(通称、SB64)を指す。気候変動枠組条約には、年1回のCOPに加えて、補助機関の会合が毎年5~6月に2週間、ドイツ・ボンにて開催される。ここでは毎年11月に開催されるCOPなどに向けて締約国が議論し、結論文書等が採択されることとなっている。SB64は2026年6月8日~6月18日(ドイツ・ボン現地時間)に開催された。
※2 全ての国連加盟国によって構成される国連の主要な審議機関。毎年9月中旬に開会される。
※3 気候変動に関する最大の国際会議。全ての条約締約国が参加し、条約の実施に関するレビューや各種決定を行う。2026年は11月9日から20日にかけて、トルコ南部の地中海沿岸都市アンタルヤで開催される予定。
※4 「Intergovernmental Panel on Climate Change」の略で、日本語では「気候変動に関する政府間パネル」と呼ばれる。1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された。各国政府の気候変動に関する政策に対し、科学的な知見を評価・提供する国際的な政府間組織。
※5 パリ協定とは、2015年に開催されたCOP21において採択されたGHG排出削減などのための国際枠組み。1.5度目標とは、パリ協定で示された「産業革命以前に比べて、世界の平均気温の上昇を2℃以下に、できる限り1.5℃に抑える」という国際的な目標のこと。
※6 大気中の二酸化炭素(CO2)を実際に取り除く技術の総称。
※7 2008年に設立された機関。政府から独立した立場で、エビデンスに基づき排出削減目標について政府に助言を行うとともに、GHG排出削減に向けた進捗状況を議会に報告する。
※8 本稿では日本銀行の基準外国為替相場(令和8年8月)を基に、1GBP=214円で計算。
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みんなで街のレジリエンスを高める「流域治水」とは?水災害激甚化に立ち向かう新たな挑戦 ―【連載企画】流域治水とグリーンインフラ(Eco DRR)に関するアンケート調査結果を読み解く 第1回
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海が吸収するCO2?ブルーカーボン事業の現場視察会で学ぶ海と脱炭素の関係
ブルーカーボンとは、沿岸や海洋の生態系が光合成で吸収したCO2が、炭素として海底や堆積物などに蓄積されたもののことをいいます。CO2を吸収する海の生態系には、藻場(海草・海藻)、干潟、マングローブ林などがあります。

脱炭素の緩和策には大きく「排出削減対策」と「吸収源対策」の2つの方法があり、ブルーカーボンは2009年に公表された国連環境計画(UNEP)の報告書で紹介され、海洋・沿岸生態系を活用した「吸収源対策」の一つとして世界的に注目されるようになりました。
| 排出削減対策 | CO2などの温室効果ガスの排出を減らす
|
|---|---|
| 吸収源対策 | CO2などの温室効果ガスの吸収を増やす
|
そしてブルーカーボンの価値は、CO2を吸収することだけではありません。藻場や干潟の保全・再生は、水質の改善や水産資源の回復、生物多様性の保全など、多面的な効果をもたらします。
近年ではこうした価値が「自然資本」や「ネイチャーポジティブ」といった観点からも評価されて、企業のサステナビリティ活動の1つとしても注目されています。
ブルーカーボンが企業のサステナビリティ活動として注目される理由の1つとして、「ブルーカーボンクレジット」の仕組みが挙げられます。
クレジットと聞くと難しく感じるかもしれませんが、簡単に言うと、海の環境保全活動によって吸収されたCO2の価値を見える化したものです。
例えば、藻場を再生することでCO2の吸収量が増えた場合、その吸収量を第三者が評価して、クレジットとして認証します。
企業はそのクレジットを購入することで、脱炭素への取り組みを後押しするとともに、藻場の再生や海洋環境の保全活動を支援することができます。


※イラストは生成AIを使って作成しています
つまり、ブルーカーボンクレジットは「海を守る活動」と「企業のサステナビリティ活動」をつなぐ仕組みとも言うことができます。
そのブルーカーボンクレジットの認証と発行を行っているのが「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)」です。JBEは、企業や自治体、研究機関などが参加するネットワーク組織「BERG」を運営していて、MS&ADインターリスク総研もメンバーの一員として活動しています。
このBERGが企画したブルーカーボン事業の視察会が、2026年5月28日と29日の2日間にわたって愛媛県宇和島市で開かれ、MS&ADインターリスク総研も脱炭素経営のコンサルティングを担当するコンサルタントが参加してきました。
視察会では1日目にセミナー、2日目に愛媛県南西部の「宇和海(うわかい)」で行われているブルーカーボン事業の現場の視察が行われました。


画像提供:緒方太陽氏
このうちセミナーでは、宇和海における、気候変動の影響や藻場の現状、漁業・水産業の取り組み、海の環境を守りながらその価値を経済や地域の活性化につなげる考え方「ブルーエコノミー」の推進などが紹介されました。
また2日目の現地視察では、宇和島市内で初めてブルーカーボンクレジットの認証を取得したアマモ場がある宇和海を視察して、静かな湾内に点在する養殖のいかだや、海と人の営みが近いこの地域ならではの景観を感じることができました。
一方で、ブルーカーボンクレジットの創出においては課題もあります。
まず、現状ではプロジェクト実施に伴う活動費(モニタリング調査費用など)を超えるだけのクレジット売却益が見込めないこと。そして、プロジェクト実施に伴う活動費を地域の自治体が負担できたとしても、あくまで単年で、継続的に取り組みを実施するための費用を捻出するのが難しいことです。
宇和海の視察で、持続可能な「ブルーエコノミー」の推進の実現には、地域に根差した企業、その地域を応援したい県外の企業などが活動に賛同することでクレジット需要が活性化していくことが必要だと、改めて感じました。


画像提供:緒方太陽氏
今回の現地視察を通じて印象的だったのは、ブルーカーボンが環境保全にとどまらず、地域の産業や技術開発、さらには人のつながりにも広がる取り組みだという点でした。
藻場の再生や保全は、CO2吸収の面だけでなく、水産資源や生物多様性の回復にもつながります。こうした取り組みが地域に根づいていくためには、環境価値を守ることに加え、それを継続できる仕組みを整えることも重要です。
ブルーカーボンは、自然環境の保全と地域の持続可能な発展を両立する、新しい地域づくりのヒントになり得ると感じました。
MS&ADインターリスク総研としても、こうした取り組みを支える企業や地域の皆さまにいっそう貢献できるよう活動していきたいと思います。
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CFP算定を“自走”につなげる ー 中堅・中小企業向けワークショップのご紹介
近年、企業に求められる脱炭素対応は、工場やオフィスで使う電力の削減だけにとどまらなくなっています。原材料の調達から製造、輸送、販売、使用、廃棄・リサイクルまで、製品やサービスのライフサイクルを通じてどれだけ温室効果ガスを排出しているかを示すカーボンフットプリント(CFP)の考え方が、さまざまな業界で注目されています。
CFPが重視される理由は、排出量を「見える化」できることにあります。自社のどの工程で排出が多いのかを把握できれば、削減の優先順位が明確になり、具体的な改善策につなげやすくなります。さらに、製品ごとの環境負荷を示せることから、取引先や消費者に対する説明力の向上にもつながります。
つまりCFPは、単なる環境対応ではなく、企業の競争力や信頼性を高めるための重要な指標として位置付けられつつあります。

CFPへの対応は、大企業だけの課題ではありません。サプライチェーン全体で脱炭素化が進む中で、中堅・中小企業にも、取引先から排出量の把握や情報提供を求められるケースが増えています。特に製造業、食品業、流通小売業などでは、製品単位での排出量を把握する必要性が高まっています。
一方で、中堅・中小企業では「何から始めればよいかわからない」「算定に必要なデータが社内にそろっていない」といった声も少なくありません。CFPは専門的な印象が強い一方で、実際には、基本的な流れを理解し、算定の考え方を押さえることで、段階的に取り組むことが可能です。
CFP対応は、取引先からの要請に応える“守り”の側面だけでなく、自社の強みを示し、新たな提案や付加価値づくりにつなげる“攻め”の側面も持っています。だからこそ、早い段階で基本を学び、自社に合った進め方を見つけることが重要です。
CFP算定ワークショップは、中堅・中小企業がカーボンフットプリント(CFP)を基礎から学び、実務に活かすための研修型ワークショップです。
CFPの概要だけを説明するのではなく、実際に自社で取り組むことを意識した内容になっていることが特徴で、フロー図の作成や模擬算定などの演習を通じて、実務に近い形で理解を深められるよう設計しています。
ワークショップは全2回の構成で、各回4時間程度を想定して実施します。第1回ではCFPの基本や事例を学びながらフロー図作成を行い、第2回では算定演習や報告書・表示に関する内容を扱うことで、参加企業がCFPの活用に向けて自走できるよう支援します。
| 第1回 | |
|---|---|
| CFPの概要と研修の目的 | 気候変動とCFPの概要説明 |
| CFP活用事例紹介 | BtoB、BtoC各領域の削減事例を通じた意義の理解 CFPの「攻め/守り」の概念解説 |
| ライフサイクルフロー図作成演習 | 例題の設定に基づき、各自がライフサイクルフロー図を作成 |
| 共有・講評 | 講師フィードバック(実務上の留意点含む) 流通・販売以降のシナリオの考え方 |
| 第2回 | |
| 算定の手順 | 入力項目、データベース、排出係数の選択、入力方法を説明 |
| 模擬算定演習 | 前提データをもとに模擬算定/結果レビュー |
| 報告書・表示・削減 | 算定報告書・チェックリスト、表示ガイドラインの説明 |
| 総括と実務導入計画作成 | 研修の振り返りと社内導入に向けたステップを検討 |
ワークショップ第1回では、まずCFPの基本的な考え方と、その背景にある気候変動対応の流れをわかりやすく整理します。あわせて、実際の企業活動においてCFPがどのように活用されているのかを、BtoB, BtoCそれぞれの領域で事例などを交えて紹介します。
これにより、CFPが単なる算定作業ではなく、営業・開発・調達など幅広い業務に関わるテーマであることを理解できます。
そのうえで行うのが、ライフサイクルフロー図(LCF図)の作成演習です。これは、製品やサービスの原材料調達から出荷、流通、使用、廃棄に至るまで、どの段階でどのような排出が発生するのかを整理する作業です。図にして可視化することで、算定対象の全体像がつかみやすくなり、抜け漏れの防止にもつながります。
講師からのフィードバックでは、実務で見落としやすいポイントや、流通・販売以降をどのように考えるかといった実践的な視点も取り上げます。初めてCFPに触れる企業でも、ここで基本の“型”をつかむことができる内容です。


出典:CFP入門ガイド(2025年3月環境省)
第2回では、CFPの理解を実務に落とし込むために、いよいよ算定の手順を具体的に学びます。
まず、どの情報を入力するのか、どのデータベースや排出係数を選ぶのか、入力時に注意すべき点は何かといった基本を確認します。CFP算定では、データの選び方によって結果の精度や比較のしやすさが変わるため、考え方を正しく理解することが大切です。
続いて、前提条件をもとにした模擬算定演習を行います。実際に数値を当てはめながら算定を進めることで、頭の中だけではわかりにくい流れが具体的にイメージできるようになります。また、算定結果をどう読み解くかを学ぶことで、単に数値を出して終わるのではなく、改善につなげる視点も身につきます。
さらに、算定後に必要となる報告書の作成や表示の考え方、チェックリストの活用、削減の進め方についても取り上げます。CFPは算定して終わりではなく、社内外にどう伝えるか、どう次の改善につなげるかまで含めて活用することが重要です。
ワークショップの目的は、CFPの知識を学ぶことではなく、自社で継続的に活用できる体制づくりの第一歩を踏み出すことにあります。
CFPは調達・製造・営業など複数の部門が関わる取り組みだからこそ、まずは対象や範囲を絞って小さく始めることが重要です。取り組みを進める中で排出量の大きい工程や改善余地が見えてくれば、脱炭素だけでなく、コスト削減や業務改善にもつながります。
ワークショップをきっかけに、自社に合ったCFPの進め方を描き、実践へつなげていくことが、持続的な脱炭素経営への第一歩となります。
MS&ADインターリスク総研では、「CFP算定ワークショップ」を実施しています。
取引先からの要請に応えるだけでなく、自社の削減余地を把握して競争力向上につなげる上でも、ワークショップは有効な手段の1つです。
組織・企業規模に関わらずCFPを基礎から学んで実践まで取り組みたいとお考えの皆さまは、お気軽にご相談ください。
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カーボンクレジットの概要と国際的な市場の動向【リサーチレター(2026年7月)】
カーボンクレジットは、企業が森林保護や省エネルギー機器の導入などによって達成したGHG 削減量や吸収量をクレジットとして発行し、他企業などに売買できる仕組みである。ここでいうクレジットは、排出量削減の証明書のようなものである。クレジットは図表1のとおり、「①削減努力をしなかった場合の見込み排出量(ベースライン)」から「②削減努力をした場合の実際の排出量」を差し引いて算出される。一般的にカーボンクレジット1 単位は、1t-CO2eと表される。クレジットの購入者は、自社で削減が困難な排出量を埋め合わせる、相殺(オフセット)ができる。

カーボンクレジットを創出するためのプロジェクトは、排出回避・削減によるクレジット(削減クレジット)と炭素吸収・除去によるクレジット(除去クレジット)の 2種類に大別でき、それぞれをさらに技術ベースと自然ベースに整理できる。具体的なプロジェクトの例は図表2のとおりである。
「削減クレジット」とは、「既存の取組みにおいて、以前と比べて GHG 排出量を減少させるプロジェクト」によって創出されたクレジットである。対して、「除去クレジット」とは、大気中の炭素(CO2)を実際に取り除くことで創出したクレジットである。一般的に、炭素を除去する技術を総称して、炭素除去(CDR:Carbon Dioxide Removal)技術と呼ぶ。
「技術ベース」とは、産業活動などの人工的な取り組みによるプロジェクトに基づくクレジットの区分であり、対して「自然ベース」とは森林や海洋などの自然環境に働きかけるプロジェクトに基づく区分である。
| 排出回避‧削減(削減クレジット) | 炭素吸収‧除去(除去クレジット) | |
|---|---|---|
| 技術ベース | 再エネ機器の導入 設備効率の改善、省エネ促進 燃料転換 輸送効率改善 廃棄物管理 など | DACCS※(Direct Air Capture and Storage) BECCS※(Bioenergy with Carbon Capture and Storage) など |
| 自然ベース | REDD+※ 森林保護 泥炭地保護 沿岸域(マングローブ林など)の保護 など | 植林‧再植林(ARR:Aff orestation, Reforestation, and Revegetation) バイオ炭 など |
カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会
「カーボン・クレジット・レポート」を基に筆者作成
※REDD+とは、途上国における森林減少・劣化の抑制や森林保全によるGHG排出量の減少を目指し、資金などの経済的なインセンティブを付与することにより、排出削減を行おうとする取組み。
※DACCSとは、大気中から直接CO2を回収し、それを地中深くに長期間にわたって安定的に貯留する一連の技術の総称。
※BECCSとは、生物資源を燃料とするバイオマスを燃焼する際に発生するCO2を回収し、貯留する技術の総称。
カーボンクレジットを発行するメカニズム(制度)は、以下の3つに整理される。
①地域・国家・地方政府のクレジットメカニズム:
特定の国・地域の法律などを根拠とし、その管轄内で流通することが意図されている制度。J-クレジット制度(日本)や、活用が進むAustralian Carbon Credit Unit Scheme(豪州)などが含まれる。
②独立的クレジットメカニズム:
NGO などの民間団体が独自にルールを定め運営する制度。Verra※2やGold Standard※2といった民間団体が運営するクレジットの仕組みが含まれる。
③国際的クレジットメカニズム:
国際機関によって管理または運営され、複数国間で流通することが意図されている制度。パリ協定6条※3に基づく枠組みが含まれる。
続いてカーボンクレジットの利用目的は、以下の4つのカテゴリに分類される。
①地域・国家・地方の法規制対応:
排出量取引制度や炭素税などの法規制・制度対象となっている企業や団体が、義務の一部を果たすためにカーボンクレジットを購入することが認められている。例えば2026年度から開始したGX-ETS第2フェーズ※4では、「J-クレジット」と「JCM(二国間クレジット制度)」の2つのカーボンクレジットが相殺(オフセット)のために上限付きで利用可能となっている。
②国際的な法規制対応:
例えばCORSIA※5は、現在唯一の国際的なセクター別制度。CORSIAは対象航空会社に対し、承認されたカーボンクレジットを購入することで、一定の水準を超えるCO2排出量を相殺(オフセット)することを求めている。
③NDC(各国のGHG 排出量の削減目標)達成:
パリ協定6条に基づいて承認された、NDC(各国のGHG 排出量削減目標)を達成(または上回る)するための国際的なカーボンクレジットの利用を意味する。例えば日本では、JCMがパリ協定6条に沿った形で実施され、日本政府が獲得したカーボンクレジットは日本のNDCにカウントされる仕組みである。
④自発的な利用:
民間企業などが自主的に掲げたGHG排出削減目標を達成するためにカーボンクレジットを購入することが含まれる。
ここで押さえたいのは、3つのメカニズムを通じて供給されるカーボンクレジットは、複数の利用目的を満たす可能性があるという点である。例えば独立的クレジットメカニズムは、自発的な利用だけに役立つわけではない。VerraやGold Standardのような民間の制度で発行されたクレジットは、企業の自主的な取組みだけでなく、国の制度や国際ルールの対応にも使われることがある。実際にチリやコロンビアでは、炭素税制度にてVerraやGold Standardの一部カーボンクレジットの利用が認められている。またVerraやGold Standardの一部カーボンクレジットは、航空業界の国際的な制度であるCORSIAにおいて、相殺(オフセット)が可能である。つまり、カーボンクレジットは「環境に配慮した企業の自主的な行動」だけにとどまらず、各国の政策や国際的な制度と結びつくことで、カーボンクレジット市場が拡大している。

以降は、世界銀行「State and Trends of Carbon Pricing 2026」に基づいて、2025年市場の特徴を紹介する。State and Trends of Carbon Pricingレポートシリーズでは、過去10年以上にわたってカーボンプライシング(炭素税・排出量取引・カーボンクレジット)のトレンドを追跡している。
世界銀行によれば、2025年のカーボンクレジット発行量は前年から8%増加した(図表4参照)。メカニズム別にみると、独立的クレジットメカニズムからの発行が大きな割合を占め、VerraやGold Standardなどの民間基準が、市場の中心を担っている(図表5参照)。一方、地域・国家・地方政府のクレジットメカニズムはオーストラリアの制度が一部割合を占めるのみである。日本の制度である「J-クレジット」は図表5には見られないことから、国際的な市場の観点では、発行量は極めて限定的であることが分かる※6。


カーボンクレジットの発行量はプロジェクトごとに傾向が異なる。世界銀行のレポートではプロジェクトを「再生可能エネルギー」「化学プロセスと工業製造」「森林・土地利用」「家庭用デバイス」「農業」「その他」の分類に区分し、それぞれの発行量(2024~2025年)を示している(図表6参照)。
プロジェクト別の発行量では、森林・土地利用分野でのクレジット創出が大きな割合を占めている。これはREDD+、IFM※7、ARR※7といった取組みが中心である。また、農業も注目分野である。農業では、稲作の中干し延長※8や間断灌漑※8、家畜排せつ物管理※8の取組みが進んでいる。一方で、太陽光発電などを
含む再生可能エネルギー分野は発行量が減少しており、相対的に伸びが鈍化している。

カーボンクレジットの価格も、プロジェクトによって大きく異なる。世界銀行のレポートでは、プロジェクト別のクレジット価格推移(2025年1月~2026年3月)を説明している。レポートによると、自然ベースの除去クレジット価格は期間中、12~16米ドル/t-CO2e(日本円にして約1,908~2,544円※9)の範囲で推移しており、他のプロジェクトタイプのクレジットと比較して高値で取引されていた。
一方、「再生可能エネルギー」分野のクレジットは同期間中、常に2米ドル/t-CO2e(日本円にして318円)以下と、低価格帯であった。つまり、「自然ベースの除去クレジット」と「再生可能エネルギー」分野のクレジット価格には、10米ドル(日本円にして約1,590 円)以上の差があったことが読み取れる。この価格差の背景には、買い手が「安さ」よりも「品質」「永続性」※10「追加性」※10「第三者評価」を重視するようになったことが指摘されている。
国内のJ-クレジット市場では、「省エネルギー」「再エネ(電力)」「再エネ(熱)」といった再生可能エネルギー分野と、自然ベースの「森林」分野のクレジット価格は、いずれも2026年以降、4,800~5,200円の間で推移しており、分野による大きな価格差は見られない。ただし、クレジットの販売価格は、プロジェクトの分野だけでなく、地域や市場によっても異なる。今後、国際市場の品質を重視した動きやそれらに基づく価格差が、市場の成熟とともに、国内市場でも表れる可能性がある。
CORSIAは、国際航空業界におけるGHG排出量を削減するための制度である。2026年は第1フェーズであり、対象国が自発的に参加している。第2フェーズとなる2027年以降は、一部の小規模航空会社や後発開発途上国などを除く全ての国際民間航空機関(ICAO)加盟国の参加が義務付けられている。義務化に伴い、対象航空会社は特定の承認を得たカーボンクレジット(CORSIA適格クレジット、図表7参照)による相殺(オフセット)が求められる。
| 2024-2026(第1フェーズ) ()内はビンテージ | 2027-2029(第2フェーズ) ()内はビンテージ | |
|---|---|---|
| American Carbon Registry (ACR) | 承認(2021-2026) | 承認(2021-2029) |
| Architecture for REDD+ Transactions (ART) | 承認(2021-2026) | 承認(2021-2026) |
| BioCarbon Fund Initiativ e for Sustainable Forest Landscapes | 承認(2021-2026) | |
| Cercarbono | 条件付き承認 | |
| Climate Action Reserve (CAR) | 承認(2021-2026) | |
| Forest Carbon Partnership Facility | 承認(2021-2026) | |
| Global Carbon Council (GCC) | 承認(2021-2026) | |
| Gold Standard | 承認(2021-2026) | 承認(2021-2029) |
| Isometric | 承認(2021-2026) | |
| Thailand V oluntary Emission Reduction Programme | 承認(2021-2026) | |
| Verra Verified Carbon Standard (VCS) / Jurisdictional Nested REDD Programme | 承認(2021-2026) | 承認(2021-2029) |
ICAO 「CORSIA Eligible Emissions Units Informal Summary Table (April 2026)」を基に筆者作成
(備考)上記の適格ユニットにはICAO文書「CORSIA適格排出ユニット」の関連セクションに記載されているさまざまな除外事項と、ホスト国による認証に関する特定の要件も適用される
将来的な義務化の流れを踏まえ、CORSIA適格クレジットの需要の拡大が見込まれている。実際、世界銀行のレポートによると、全日本空輸株式会社、シンガポール航空、日本航空株式会社の3社はCORSIA適格クレジットを活用した。一方、供給の側面では、CORSIA適格クレジット発行量は未だ限定的で、需要を満たすには不十分と指摘されている。供給量が少ない背景には、CORSIA適格クレジットと承認されるための基準の厳しさがある。またCORSIA適格クレジットは、上述した理由から、2025年11月~2026年4月の間、CORSIA適格クレジットではないものと比較し価格が高い傾向がみられた。
前述のとおり、カーボンクレジットを創出するためのプロジェクトは、削減クレジットと除去クレジットに大別でき、炭素除去(CDR)プロジェクトによって創出したクレジットは「除去クレジット」と呼ばれる。削減クレジットと除去クレジットの重要な違いは、削減クレジットは排出量が残る一方で、除去クレジットは排出量をマイナスにすることができる(大気中に存在する CO2を実際に除去することができる)点である。ネットゼロでは最大限削減努力を行い、それでも残ってしまう排出量(残余排出量)を、除去クレジットを活用することで「中和(neutralize)」して「ゼロ」にすることができる。
除去クレジットが注目されている理由は、ネットゼロを目指すうえで、どうしても削減しきれない排出を補う必要があるためである。特に鉄鋼やセメント、航空、海運などの排出量削減が困難な産業や大手IT企業の間で、炭素除去(CDR)の重要性が高まっている。
近年国内企業の間でも、炭素除去(CDR)プロジェクトを実施する海外スタートアップ企業への出資や、オフテイク契約を締結する事例がみられるようになった。オフテイク契約とは、将来的にプロジェクトが実施され、それにより創出される予定のカーボンクレジットを、事前に購入することを約束する長期契約である。例えば、日本郵船株式会社は2026年度から3年間にわたり、スイスの次世代テック企業Climeworks社から、除去クレジットを購入する契約を締結している。
世界銀行によると、2025年に締結されたオフテイク契約にもとづくカーボンクレジット総量は158Mt-CO2e(百万t-CO2e)であり、2024年の約4倍であった。また2025年のオフテイク契約の総額は、120億米ドル(日本円にして約19兆円)と推定されており、2024年の約3倍である。2025年のオフテイク契約の多くは、除去クレジットを創出するプロジェクトに関するものであった。
除去クレジットへ関心を示しているのは民間企業だけではない。日本のJ-クレジット制度では、炭素除去(CDR)プロジェクトであるDACCSなどの先進的な取組みを推進する観点から、対象とするプロジェクトの範囲を拡大することを検討している。またEUにおいても、炭素除去(CDR)プロジェクトの政府認証枠組みとなる「炭素除去・カーボンファーミング(CRCF)」規則が採択された。こうした規則の採択・運用は、EU域内での事業化を加速すると期待されている。
炭素除去(CDR)技術は黎明期ではあるものの、技術革新に伴い、国内外においてルール整備が行われ、市場が拡大していくことが予測できる。
カーボンクレジットは、企業の自主的なGHG排出削減を補完する仕組みから、企業の法規制対応、他国間との技術・資金協力や対策の実施、地域経済の活性化を支える市場へと広がり、クレジットの活用方法は一段と多様化している。
さらに近年、国際的なカーボンクレジット市場は、量の拡大から質の重視へと明確に軸足を移している。買い手は、単に安価なクレジットを大量に調達するのではなく、追加性、永続性、第三者評価、制度適合性を備えた高品質クレジットを選別する傾向がみられるようになった。
こうした変化は、クレジットの創出だけでなく、第三者評価、MRV※11、保険といった周辺領域にも新たな需要を生み出す。例えば、プロジェクト開発段階では、方法論の選定、MRV体制の構築、地域との合意形成が必要となる。取引段階では、オフテイク契約や価格設計などの整理が欠かせない。さらに、カーボンクレジットが創出できなかった場合のリスクや制度変更に備える保険の役割も大きい。市場が高品質化するほど、クレジットそのものに加えて、それを支える評価、管理、金融、保険の機能が重要になる。カーボンクレジット市場の成長は、単なる売買の増加ではなく、関連サービス全体の商機拡大にもつながる。今後は、クレジットを「買う」だけでく、「どう創るか」「どう支えるか」という観点も、企業にとって重要な事業機会となるであろう。
<参考文献>
※1 JCMとは日本とパートナー国の間で、双方の企業や政府が技術や資金の面で協力して対策を実行し、得られるGHG排出削減量をカーボンクレジットとして、両国の貢献度合いに応じて分ける仕組み。
※2 Verra(ヴェラ)とは、2007 年に設立した米国ワシントンD.C.に拠点を置く非営利団体。Gold Standard とは、2003 年にWWF などによって設立された、スイスのジュネーブに本部を置く非営利団体。これら2つの団体はカーボンクレジット市場の世界最大手の認証機関として知られている。
※3 気候変動に関する国際的な取り決めであるパリ協定において、各国がGHG排出量の削減目標(NDC)を達成するために、カーボンクレジットを国同士で取引できる仕組みなどを定めたルール。2024年のCOP29で詳細なルールが決定し、国連や各国政府などが、6条クレジットの実用化に向けて準備を進めている。
※4 GX-ETSの第1フェーズ(2023~2025年度)では、企業が任意で参加し、自主的に設定した排出削減目標に取り組む形態であった。排出枠の義務的な割当や罰則はなく、第2フェーズ以降の義務化に向けた「試行」の位置づけとして機能していた。2026年度から開始した第2フェーズでは、事業活動の中で直接排出しているCO2量(Scope1)が10万トン以上の企業が義務の対象となった。電力やエネルギー、鉄鋼、素材分野などの企業300~400 社が含まれ、日本全体の排出量の約6割をカバーする見込みである。
※5 国際民間航空業界のためのカーボンオフセットと削減スキーム(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)。国際民間航空機関(ICAO)によって導入された、国際航空民間会社が排出するGHG 排出量を削減・オフセット(相殺)するための国際的な制度。対象の航空事業者は自社の排出量に応じて、適格なカーボンクレジットによるオフセットが求められ、2027年から義務化される。
※6 J-クレジットの2025年度の認証量は約125万t-CO2eである。図表5の単位はMt-CO2e(百万t-CO2e)であり、J-クレジットの認証量(発行量)と大きな差があることが読み取れる。
※7 IFMとは、主に既存の森林によって伐採や管理行為を改善し、より持続可能な森林管理を行うための取組み。ARRとは植林・再植林・緑化を通して炭素吸収量を増加させる取組み。
※8 稲作の中干し延長は、水稲の栽培期間中、出穂前に一度だけ水田の水を抜いて田面を乾かすことで、メタン発生を抑制する手法。間断灌漑は、水田の水位を目安に、数日おきに水田に水を満たした状態と水を落として干した状態を繰り返すという取組み。土壌に存在する嫌気性のメタン(CH4)生成菌の働きを抑え、発生量を減らすことができる。家畜の排せつ物管理は、家畜の排せつ物からメタン(CH4)を主成分とするバイオガスを取り出し、得られるガスを発電機やボイラーの燃料に利用する。これにより化石燃料使用量を削減し、GHG 排出抑制につなげる取組み。
※9 日本銀行の基準外国為替相場(令和8年6月)を基に、1米ドル=159円で計算。
※10 「永続性」とは、カーボンクレジットを創出するプロジェクトによって、CO2がどれだけ長期にわたり、かつ確実に大気中から隔離され続けるかを示す度合い。「追加性」とは、「カーボンクレジット制度によるインセンティブ(収入)がなかったとしたら、そのプロジェクトによる排出量削減・吸収は起こらなかった」ということを示す、プロジェクトの適格性に関する原則。「永続性」「追加性」ともに、カーボンクレジットの信頼性を保つための重要な要素。
※11 Measurement, Reporting and Verification(測定、報告、検証)の略語。プロジェクトを実施によって削減した排出量の正確性や信頼性を確保する一連のプロセスを指す。
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GX-ETSでJ-クレジット需要は増える?2026年のカーボンクレジット市場を解説
過去のコラムでカーボンクレジットの概要を紹介しています。あわせてご参照ください。
2026年度のカーボンクレジット市場を見るうえで、重要なキーワードは3つあります。
国内では、GX-ETS※1が本格化します。その影響で、制度で利用が認められている「J-クレジット」と「二国間クレジット制度(JCM※2)」への関心が高まっています。また世界では、パリ協定6条に基づく国際的なクレジットに注目が集まっています。

※1 GX-ETSにおけるGXとは、「Green Transformation(グリーントランスフォーメーション)」の略。ETSは、「Emissions Trading System(排出量取引制度)」の略。
※2 JCMとは、「Joint Crediting Mechanism(二国間クレジット制度)」の略。
※3 NDCとは、「Nationally Determined Contribution(国が決定する貢献)」の略。各国が自主的に設定する温室効果ガス削減目標を意味する。
GX-ETSとは、二酸化炭素(CO2)を多く排出する企業が対象となり、決められたCO2の排出枠をもとに排出削減を行い、その過不足分を他の企業と売買する制度です。日本政府はこの制度を通じて、脱炭素型の産業構造への移行を目指しています。
2026年度から始まる第2フェーズ※4では、事業活動の中で直接排出しているCO2量(Scope1)が10万トン以上の企業が義務の対象となりました。電力やエネルギー、鉄鋼、素材分野などの企業300~400社が含まれ、日本全体の排出量の約6割をカバーする見込みです。
また本制度は排出削減が困難な場合、排出枠の購入に加え、「J-クレジット」「二国間クレジット制度(JCM)」を排出量の10%まで使用し、相殺(オフセット)※5できる仕組みです。この流れを受けて、特に「J-クレジット」は当面の実務で使いやすく、制度義務化を契機に需要の増加が期待されています。
J-クレジットの需要の展望を見据える中で重要となってくるのが「排出枠の上下限価格」です。なぜならGX-ETSでは、排出枠価格が高騰した場合でも、その上限価格を支払えば義務を履行したことになるからです。2025年12月、経済産業省はGX-ETSの排出枠の上下限価格の案を示しました。2026年度の上限は1t-CO2あたり4,300円、下限は1,700円です(図表2)。一方、J-クレジットの価格※6は2026年4月2日時点で、省エネルギーは4,800円、再生可能エネルギー(電力)は5,199円と、GX-ETSにおける排出枠の上限価格を上回っています。このため、現時点ではGX-ETS第2フェーズにおける義務の対象企業がJ-クレジットを購入する経済合理性は高くありません。上限価格の水準とJ-クレジットの足元の価格動向を踏まえると、GX-ETSでJ-クレジット需要が本格化するのは、しばらく時間を要すると考えられます。
J-クレジットの価格を決めるのはGX-ETSにおける需給バランスだけでなく、クレジットの創出費用、品質、プロジェクトの種類、購入者のクレジットの活用目的も影響します。そのためJ-クレジットの価格が排出枠の上限価格に必ずしも収斂しません。J-クレジットそのものの需要喚起のためには、J-クレジット独自の魅力や付加価値を付けていく必要があるでしょう。

※4 GX-ETS第1フェーズ(2023~2025年度)では、企業が任意で参加し、自主的に設定した排出削減目標に取り組む形態であった。排出枠の義務的な割当や罰則はなく、第2フェーズ以降の義務化に向けた「試行」の位置づけとして機能していた。
※5 相殺(オフセット)とは、できる限り温室効果ガス(GHG)排出量の削減に努め、そのうえでどうしても排出せざるを得ない分を、排出量に見合った削減活動に投資することで埋め合わせる考え方。
※6 J-クレジットは、GHG排出削減を実施するプロジェクトや技術の内容によって、さまざま種類が存在する。東京証券取引所では、J-クレジットの種類を「省エネルギー」「再生可能エネルギー(電力)」「再生可能エネルギー(熱)」「再生可能エネルギー(電力・熱混合)」「森林」「再生可能エネルギー(電力:木質バイオマス)」「農業(中干し期間の延長)」「農業(バイオ炭)」「その他」の9つに区分し、市場を運営している。
次にグローバルに焦点を向けたカーボンクレジットの動きについて紹介します。
長年「ルール設計の段階」であったパリ協定6条がついに「実装とNDCへの活用の段階」へと移行しており、2026年はまさにその転換点となっています。
2024年11月バクーで開催されたCOP29では、パリ協定6条の合意がなされ、完全運用化が決まりました。6条はカーボンクレジットの国際的な取引に関する詳細ルールを定めています。6条に沿った形で発行されたカーボンクレジット(以降、6条クレジット)は、各国のGHG排出削減目標(NDC)に活用できるのが特徴です。つまり、6条クレジットのルールに沿って他国で創出されたGHG排出削減量を移転し、自国のNDCの目標達成にカウントすることができます。
6条クレジットはNDCの目標実現に向けた大きな後押しになることもあり、日本を含め各国が6条クレジットの運用に向けて制度づくりなど準備を進めています。
6条クレジットには具体的に「6条2項」と「6条4項」の2つの仕組みの活用が期待されています(図表3)。2025年以降には、実際に6条クレジットを発行し、各国のNDCへ活用する事例も出てきました。

国内ではGX-ETS第2フェーズにおける適格クレジットとして、そしてグローバルではパリ協定6条に沿ったクレジットとして、JCMクレジットへの期待が高まり、取組みが加速しています。
JCMとは日本とパートナー国の間で、双方の企業や政府が技術や資金の面で協力して対策を実行し、得られるGHG排出削減量をカーボンクレジットとして、両国の貢献度合いに応じて分ける仕組みです。日本は32か国(2026年4月時点)とJCMの協定を結んでおり、世界で最もパートナー国が多い国です(図表4)。政府は、JCMの活用による累積のGHG排出削減量を、「2030年度までに1億トン、2040年度までに2億トン」という野心的な目標を掲げています。

JCMによる削減量(クレジット発行量)の実績は現状、J-クレジットと比較し限定的です。一方で上述したGX-ETSの動きによって、民間企業の取組みが活発になっています。例えばASEAN地域では、水田での水管理によりメタン排出の削減を行う手法(通称「AWD(間断灌漑)※7」)を活用した、企業のJCMプロジェクトの参画事例がここ数年で多く見られるようになりました。農業分野のカーボンクレジットを、実際のGX-ETSなどの制度活用につなげようとする流れが読み取れます。
また日本政府は、パリ協定6条に沿った形でJCMクレジットを発行し、日本およびパートナー国のNDC達成に向けた活用を目指しています。実際、2025年11月には日本-タイ間で、2026年1月には日本-モルディブ間で6条に沿った形でJCMクレジットが発行されました。こうした実際の成果を受けて、JCMを活用した6条クレジットのさらなる創出が期待されています。
※7 AWD(Alternate Wetting and Drying:間断灌漑)とは、数日おきに水田に水を満たした状態と水を落として干した状態を繰り返すという手法。土壌に存在する嫌気性のメタン生成菌の働きを抑え、メタンガス発生量を減らすことができる。
国内ではGX-ETSに大きな注目が集まっていますが、世界に目を向けると、NDC達成に向けた6条クレジットの実装も着実に進んでいます。多くの国が2030年を目標年とするNDCを掲げる中、残された数年で排出削減を進めることは喫緊の課題です。
J-クレジットは、これまでの自主的な活用に加え、GX-ETSの適格クレジットとしての新たな役割を担い始めています。また、JCMについても、GX-ETSでの活用に加えて、6条クレジットとしてNDC達成に活用されることへの期待が高まっています。
こうした動きを踏まえると、2026年は「カーボンクレジット実用化が本格的に進み始める年」と位置づけられるでしょう。
【参考文献】
COP30が示す地球の現状と今後 ~アメリカ不在でも進むネットゼロ~【RMFOCUS 第97号】
https://rm-navi.com/search/item/2493
※関連するサービスメニュー
「脱炭素/カーボンニュートラル支援」
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【お客さま事例】お客さまの脱炭素経営をサポートするため現場の提案力を高めたい 浜松いわた信用金庫さまが“実践型”研修で実現したいこととは?
ーー浜松いわた信金さまの概要と、脱炭素に関する取り組みの現状を教えていただけますか。
乗松)当金庫は、静岡県西部地域を中心に地域金融を担っています。2019年1月に「ユニバーサルバリュー宣言(SDGs行動宣言)」(https://hamamatsu-iwata.jp/sdgs/docs/universal_value201901.pdf)を制定し、SDGsへの貢献を経営の根幹に据えて、お客さまや地域の皆さまの持続的な発展に向けて取り組んでいます。


浜松いわた信用金庫 ソリューション支援部地域活性課 乗松健悟 次長
特に、気候変動や脱炭素に関しては、さまざまなニーズが広がることが見込まれることから、お客さまの取り組みを支援する「コンサルティング」、積極的な資金提供でニーズにお応えする「ファイナンス」、脱炭素化に向けて提携サービスをご紹介する「マッチング」といったソリューションを提供しています。
また、当金庫には環境省の認定制度「脱炭素アドバイザー※3」を取得した職員が436名在籍しています(2026年3月末時点)。これは、他の金融機関と比較しても少ない数字ではないと思っていますが、職員数全体でみると、取得者は4人に1人程度の割合にとどまりますので、引き続き積極的な資格取得者数の増加を目指しています。
こうした人材育成を通じて、気候変動対応・脱炭素化に向けた取り組みを支援し、お客さまの企業価値を高める体制整備を進めています。
※3 脱炭素化のアドバイスや実践支援を行う人材育成を国が後押しする施策として、2023年10月に創設された制度で、能力や役割によって、ベーシック、アドバンスト、シニアの3つのレベルに分かれる。
ーー浜松いわた信金さまが提供を促進しているサステナブルファイナンスについて教えてください。
乗松)当金庫は、サステナブルファイナスを通じて、脱炭素経営やESGに関連するお客さまの取り組みを資金供給面からも支援を目指しております。
お客さまが設定したKPIやサステナビリティ目標の達成状況に応じて金利条件などが変動する融資スキームで、目標達成を金融面からインセンティブ付けする「サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)」と、環境・社会・経済へのポジティブなインパクトを総合的に評価し、その評価に基づいて融資を行うスキーム「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」の提供を2023年4月からスタートしています。
また2024年4月からは新たに、温室効果ガスの排出量の可視化に取り組むお客さまの事業活動を促進する「GX支援資金」の取り扱いを始めています。
こうしたサステナブルファイナンスの実行額は、2024年度までの実績で1,339億円、2030年度までの目標として、2024年度の実績の約2倍となる2,750億円を目指しています。


出典:浜松いわた信用金庫HP「気候変動の取組みについて」
https://hamamatsu-iwata.jp/about/outline/post_12.html
サステナブルファイナンスは、単に「環境に優しい融資」ではなく、お客さまの中長期的な企業価値向上を一緒に考え、その実現を金融で支えるための仕組みだと捉えています。
ーー浜松いわた信金さまとして、そこまでの高い目標を掲げてサステナブルファイナンスの提供を促進している理由はどこにあるのでしょうか?
乗松)先々のことを考えると、脱炭素に取り組んでいない企業は淘汰されてしまうという危機感があります。
静岡県の西部地域には二輪・四輪や楽器メーカーといった製造業を主体とした上場企業が多く、こうした企業は当然脱炭素に取り組んでいて、サプライヤーに対しても対応が求められている中、取引先にとっても脱炭素化は重要な経営課題となっています。
こうした環境変化を踏まえ、当金庫においても、取引先企業の持続的な成長と競争力強化を支える観点から、お客さまと共に脱炭素化に向けた取り組みの支援の一つとして、サステナブルファイナンスの提供を進めています。
ーーサステナブルファイナンスの提供を促進する上で感じている課題はありますか。
乗松)職員自身が脱炭素に関して十分に理解を深めた上で、お客さまの抱える課題を“自分事”として捉えて、脱炭素経営を推進する中でサステナブルファイナンスをお客さまに提案できるかどうかに課題を感じていました。
当金庫がラインアップするサステナブルファイナンスは、お客さまの脱炭素経営を支援する商品の特性からも通常の融資商品に比べて本部と営業店とでモニタリングやサポートをさせていただくスキームであり、当金庫もお客さまも一定の時間や対応を要する商品となっています。
このため「サステナブルファイナンスの趣旨をご理解いただいて、ご利用いただけるのか」というハードルを感じてしまい、提案をためらう職員もいると思っています。ただ、現状でも「サステナブルファイナンスを利用したい」というお客さまは一定数いらっしゃいますし、先ほどお伝えしたような背景から、今後はもっとニーズが高まってくると考えています。


こうしたことを踏まえて、脱炭素の知見を高めて一歩踏み込んでお客さまに提案できるように、これまでも支店長向け、役席者向け、現場営業職員向けといった形で当金庫を挙げて研修やEラーニングも行ってきました。ただ、どうしても「研修を受けて終わり」という形で、現場での行動につながっていないのではないかという課題がありました。
ーーこれまでも多くの研修を実施されてきた中で、今回、MS&ADインターリスク総研の脱炭素研修を導入された理由はどのような点にありましたか?
乗松)これまでの研修が単発で終わってしまっていた点に課題を感じていたので、MS&ADインターリスク総研さまのコンサルタントの方々と研修の企画を相談する中で、3回のシリーズとして基礎から実践まで学べるように設計してもらえる点に魅力を感じました。
| 日程 | 内容 |
|---|---|
| 1回目 12/2(火) | 脱炭素の基礎知識に関するセミナー |
| お客さまとの会話を想定したサステナブルファイナンス提案のロールプレイング研修 | |
| 脱炭素ソリューションとサステナブルファイナンスの提案を一体で設計するための「ターゲットシート」作成演習 | |
| 2回目 1/26(月) | 脱炭素ビジネスカードゲーム研修※4 |
| 3回目 3/3(火) | 「ターゲットシート」を使ったお客さまへのアプローチ状況確認 |
| アプローチ状況と成果の発表 |
※4 実際の浜松いわた信金さまでの脱炭素ビジネスカード研修の詳しい内容は以下の記事をご覧ください。
「脱炭素を自分事として体験できるビジネスカードゲーム研修とは?1人の行動がみんなの未来を変える」https://rm-navi.com/search/item/2473
研修は、単なる脱炭素を学ぶ座学ではなく、当金庫の取り組みを踏まえた内容にしていただけました。具体的には、まず、お客さまへの脱炭素ソリューションとサステナブルファイナンスの提案を一体で設計できる「ターゲットシート」のテンプレートを作っていただきました。“実践研修”としてそのシートを実際に使ってお客さまにアプローチして、3回目の研修で成果を発表するといった実践的な設計になっている点も非常に良かったです。


3回目の研修で「ターゲットシート」を使ってお客さまにアプローチした結果を発表する職員
2回目の研修では、脱炭素社会の実現に向けて組織としてどのように意思決定したり、ほかのプレーヤーと協働したりしていくかを体験できるビジネスカードゲーム研修を行うことによって、職員が脱炭素をこれまで以上に身近に感じることができたと思っています。
ーー3回の研修を通じて、職員の皆さまや組織には変化が見られましたか?
乗松)今回の研修には、現場の営業職員54名が参加して、「ターゲットシート」を使ったお客さまへのアプローチでは、実際にお客さまにPIFの趣旨にご理解をいただき融資を活用いただけたケースもありました。その意味では、サステナブルファイナンスを具体的にどうお客さまに提案したらいいのか、職員の中で理解が広がったと感じています。
また、“現場ですぐに使える”研修内容だったので、「明日からどのお客さまにどう提案するか」を具体的に考える場になって、提案力の向上にもつながっていくと感じています。


サステナブルファイナンスは、お客さまがサステナビリティに関する具体的な目標を設定して、その目標設定が適切かどうか、どのように外部機関の評価を取得するかなど、従来の金融商品よりも専門的な見地から本部で検討する必要があります。このため、現場と本部の連携が重要になるのですが、正直なところ、これまではサステナブルファイナンスの推進に関して、営業店からのトスアップや本部からの支援が不十分といった課題がありました。
それが今回の研修を通じて現場と本部のパイプが太くなり、サステナブルファイナンスを提案したいと考えている現場の案件を本部が拾いやすくなったことも大きな変化だと考えています。
ーー今回の研修を踏まえ、今後、どのように脱炭素やサステナブルファイナンスの取り組みを進めていくお考えでしょうか。
乗松)理想を言えば、こうした研修に頼らない状態を目指していきたいと考えています。職員一人ひとりが脱炭素に関してもお客さまの課題を自分事として捉えて、1社でも多くのお客さまに脱炭素経営を提案し、サステナブルファイナンスをご利用いただけるのが理想です。
サステナブルファイナンスはあくまでも社会全体の脱炭素化を目指すための金融商品の一つでしかありませんので、脱炭素経営に取り組むお客さまには、融資だけでなく再エネ・省エネ化やカーボンクレジット※5なども含めて、幅広く提案できる知識を身につけて、脱炭素社会の実現につなげられたらと思っています。
今後は、今回の研修で得られた知見や成功事例を参加者だけにとどめず、全店・全職員にどう水平展開していくかがカギになると考えています。例えば、「ターゲットシート」を活用した提案事例や、実際に成約につながったプロセスを「ベストプラクティス」として整理し、若手や融資経験の浅い職員でも同じステップを踏めば提案できるような“型”を作っていけたらいいなと思っています。


ソリューション支援部の久島廣也部長(左)と乗松氏
また、脱炭素やサステナビリティのテーマは、今後ますます高度化・専門化していくと考えられますので、今回のような実践型研修を入り口にしながら、専門人材の育成にも取り組んでいきたいと思っています。外部専門機関との連携も視野に入れつつ、地域の中小企業の方々に有益な情報・ソリューションを届けられる体制を整えることが目標です。
最終的には、こうした取り組みを通じて、当金庫がお客さまにとって「脱炭素・サステナビリティのことならまず相談したい金融機関」として認知される状態を目指しています。金融機関としての本業である融資と、脱炭素・サステナビリティの知見を掛け合わせることで、地域の企業価値向上とカーボンニュートラル社会の実現の両方に貢献していきたいと考えています。
(本インタビューは、2026年3月3日に実施されたものです)
※5 カーボンクレジットは、温室効果ガスの削減・吸収量を、国や国際的な第三者機関が認証し、排出権(クレジット)として取引可能にした仕組みのこと。詳しい内容は以下の記事をご覧ください。
「カーボンクレジットとは? 基本とビジネス機会、国際的な最新動向を解説」
https://rm-navi.com/search/item/2382
MS&ADインターリスク総研では、さまざまな研修メニューをご用意しており、脱炭素の取組を推進したいと考えている皆さまの状況に合わせ、カスタマイズした研修をご提供します。
実施規模や目的に合わせたプランをご提案しますので、詳細やお見積りのご希望は以下のフォームからご連絡ください。
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COP30が示す地球の現状と今後 ~アメリカ不在でも進むネットゼロ~【RMFOCUS 第97号】
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