【自治体・商工会向け】危機管理・食品安全コンサルティングメニュー一覧
¥0
20代はSMSフィッシング詐欺に騙されやすい?年代別に見る実態と対策意識の特徴
¥0
デジタル遺品に関する意識と対策の実態~アンケート調査結果より(2026年版)【リサーチレター(2026年7月)】
デジタル化の進展に伴い、故人が生前に保有していたデジタルデータやオンラインアカウントの扱いが新たな社会問題となりつつある。写真・動画・文書といった思い出のデータから、ネット銀行の残高や暗号資産、各種サブスクリプション契約に至る「デジタル遺品」は、一般的に高いセキュリティで管理されているため、遺族が整理やアクセスを試みても、手続き上の困難が生じる事例が報告されている。
こうした事情から、近年は万が一に備えて、PCやスマートフォンなどに関するアカウントやデータを整理・文書化し、遺族や関係者がデジタル遺品を適切に取り扱えるようにすることが奨励されている。
MS&ADインターリスク総研は、保有するデジタルデータやオンラインアカウントの死後の取り扱いに対するユーザーの意識および対策の実態を把握すべく、2026年5月に、SNS、サブスクリプション、金融のオンラインアカウントを保有するデジタルサービス利用者500人を対象にアンケート調査を実施した。本稿では、本調査の結果および分析結果を紹介する。
2026年5月22日~27日の間にインターネットによる調査を行った。
① スマートフォンを所有し、日常的に利用している
② 過去3か月以内にSNSで投稿・メッセージ送信をした
③ 現在動画、音楽配信等の有料サブスクリプションサービスを本人負担で利用している
④ 電子マネー、ネット銀行口座、ネット証券・FX口座、仮想通貨のいずれかを保有する
500人(男性253人、女性247人)
30~39歳、40~49歳、50歳~59歳、60歳~69歳、70歳~79歳の年齢5区分ごとに100人ずつ
| 職業 | 人数 |
|---|---|
| 会社員 | 190 |
| 会社経営・役員 | 20 |
| 公務員 | 9 |
| 自営業・自由業 | 24 |
| 団体職員・各種法人 | 4 |
| 派遣社員 | 7 |
| パート・アルバイト | 72 |
| 学生 | 1 |
| 専業主婦・主夫 | 86 |
| 無職(定年退職者を含む) | 83 |
| その他 | 4 |
| 合計 | 500 |
| 居住地域 | 人数 |
|---|---|
| 北海道・東北 | 43 |
| 関東 | 241 |
| 中部 | 66 |
| 関西 | 82 |
| 中国・四国 | 29 |
| 九州・沖縄 | 39 |
| 合計 | 500 |
本調査ではまず、回答者に「デジタル遺品」という言葉を知っているかどうかについて聞いた。デジタル遺品という言葉は2015年頃から使われ始めたとされるが、本調査では約3割が「全く知らない」という結果となった(図表1)。


本調査では、改めてデジタル遺品について説明※1をしたうえで、回答者にそういった遺品の整理をした経験があるかについて聞いた。経験が「ある」とした回答者は15.4%であった(図表2)。


※1)調査票に以下の通り記載した。
デジタル遺品とは持ち主が亡くなった後に残されたデジタルデータやデジタル機器の事です。
デジタル遺品となりうるものには、以下のようなものが含まれます。
■ 金銭的価値を持つもの(デジタル資産)
■金銭的価値を持たないもの(思い出の品)
デジタル遺品はその多くが管理者が亡くなった時点からアクセスが困難なデータとなってしまい、遺族がその存在に気づかない状態で放置される可能性がある。本調査では、遺族がその存在に気づかずにデジタル遺品を放置した結果、起こりうる問題の認識について聞いた。
長期間ログインしていないメールやSNSのいわゆる「休眠アカウント」をそのままにしておくと、「なりすまし」や「個人情報の漏洩」といった形で第三者に悪用される可能性があることが指摘されている。これは放置された故人のアカウントも当てはまる。
この問題の認識について回答者に聞いたところ、「非常に問題だと認識」と「問題だと認識」の回答の合計は75.6%であった(図表3)。


一般的に動画配信、音楽サービス、クラウドストレージなどの月額課金は本人が死亡しても自動解約されることはないとされる。したがって、クレジットカードや口座が凍結されるまでの間は引き落としが続き、凍結後も未払いとして督促が発生するケースがあることが指摘されている。
この問題の認識について回答者に聞いたところ、「非常に問題だと認識」と「問題だと認識」の回答の合計は88.6%であった(図表4)。


ネット証券口座におけるFX(外国為替証拠金取引)や株式の信用取引は、遺族が口座の存在に気づかないまま時間が経過すると、その間に相場の動きによって評価損により追証※2や損失が発生し、負債が残る可能性が指摘されている。
この問題の認識について回答者に聞いたところ、「非常に問題だと認識」と「問題だと認識」の回答の合計は79.0%であった(図表5)。


※2)「追証(おいしょう)」とは「追加保証金」の略で、信用取引やFXなどの取引で、担保(保証金や証拠金)の価値が一定の基準を下回った際に追加で差し入れなければならない資金を指す。
万が一に備えて、PCやスマートフォンなどに関するアカウントやデータを整理・文書化しておく、いわゆる「デジタル終活」は、デジタル遺品という言葉が使われるようになった後に奨励されるようになった。本調査では回答者にデジタル終活の必要性を感じているかを聞いた。その結果「強く感じる」と「少し感じる」の合計は86.0%であった(図表6)。


本調査では、回答者に実際にデジタル終活(デジタル遺品の整理の準備)の実施状況を聞いている。その結果、3.0%が「完了している」と回答した。デジタル終活を完了している人はごく少数であることを示している。最も多い回答は「これから行う」(55.6%)であった(図表7)。


ここでは、図表7においてデジタル終活を「行う予定なし(26.0%)」と回答した130人の回答者にその理由を聞いている。図表8にその結果を表している。最も多かった回答は「まだ自分には関係ないと思っている」(43.8%)で、「面倒くさい・時間がない」(31.5%)および「何から手を付ければいいかわからない」(29.2%)がそれに続く。


ここでは、これまで紹介した調査結果をデジタル遺品の整理経験、および回答者の年齢(年代別)に基づくクロス集計による分析を行い、それらの要素がデジタル終活への意識と、実践にどう影響するかについて考察を試みる。
図表9は、図表2で示したデジタル遺品の整理経験と、図表6で示したデジタル終活の必要性の回答をクロス集計したものである。その結果、デジタル終活の必要性を「強く感じる」の回答において、未経験者が41.4%、経験者が66.2%と、開きがあることがわかる。


また、図表10は、図表2で示したデジタル遺品の整理経験と、図表7で示したデジタル終活の実施状況の回答をクロス集計したものである。デジタル終活が「完了している」の回答において未経験者が1.4%、経験者が11.7%と、開きがあることがわかる。


これらの分析結果は、デジタル遺品の整理経験と、デジタル終活の必要性の認識および実践との関連(高くなる傾向)を示唆している※3。
※3)ただし、デジタル遺品の整理経験者は77名と少数であるため、傾向の把握にとどまる。
図表11は、図表6で示したデジタル終活の必要性の回答を年代別にクロス集計したものである。その結果、デジタル終活の必要性を「強く感じる」と「少し感じる」の回答の合計は、最も高齢の70代が93.0%と、最も高い値を示している。


また、図表12は、図表7で示したデジタル終活の実施状況の回答を年代別にクロス集計したものである。デジタル終活を「行う予定なし」の回答は、30代の36.0%から70代の12.0%に、年代が高くなるにつれ減少していることがわかる。


ところが、図表12の結果では、デジタル終活が「完了している」と回答した割合は、70代で2.0%にとどまった。これは他の年代と比べると、30代、40代の5.0%よりも低かった。これらの結果から、年代が上がるにつれて、デジタル終活の必要性の認識に比べて実践が進みにくい(「これから行う」が増加する)傾向がわかる。
本調査の結果から、デジタルサービス利用者の間でデジタル遺品の放置がもたらす問題はおおむね広く理解されていること、そして、デジタル終活の必要性も認識されていることがわかった。しかし、重要性の認識とは裏腹に、デジタル終活を完了している人はごくわずかであるということも明らかになった。
図表8で示したとおり、デジタル終活を行う予定がない理由として最も多かったのは「まだ自分には関係ないと思っている」であった。これを踏まえると、多くの回答者はデジタル遺品の問題やデジタル終活の必要性を一般的なものとして認識しているものの、「自分ごと」として捉えていない可能性がある。これは、図表9、10で示したように、デジタル遺品の整理を「当事者として経験した」回答者は、デジタル終活への意識が相対的に高く、実践も進んでいたことからも推察される※4。
※4)デジタル遺品を整理した経験は、デジタル終活を「自分ごと」として捉える契機になり得る。しかし、経験の有無は偶然性が高く、誰もが同じ機会を得られるわけではない。
本調査からは、デジタル遺品の放置に伴う問題については一定の認識がみられる一方で、デジタル終活の実践はなお限定的であることが明らかとなった。デジタル終活の必要性を感じている回答者は多いものの、実際に準備を完了している人はごく少数にとどまり、認識と実践の間には依然として差がみられる。今後、故人のメール、SNS、サブスクリプションのアカウント、ネット証券・FX口座などの管理が行き届かないまま残される事態を避けるためにも、備えを進めることの重要性が改めて確認された。
また、デジタル遺品の問題は、知識として理解されているだけでは十分とはいえず、実際の行動につなげるための周知・啓発が引き続き求められる。デジタル遺品の整理やデジタル終活を身近な課題として捉えてもらうには、日常的に利用する各種サービスの契約情報やID・パスワードを整理しておく意義を、より具体的に伝えていく必要がある※5。
独立行政法人国民生活センターは、エンディングノートを活用してオンライン契約サービスやID・パスワードを整理しておくことを勧めており、デジタル遺品が十分に把握されないまま残されることによる不都合を憂慮している。今後は、こうした問題意識を広く共有し、デジタル終活の必要性について社会全体で理解を深めていくことが望まれる。本稿が、その一助となれば幸いである。
※5)例えば、デジタル終活の第一歩はパソコンとスマホのログインパスワードを共有することであり、それは5分もあればできるとの指摘がある。こういったことの周知が必要かもしれない。
【参考文献】
¥0
タイにおける外国人の交通安全 ―安全な運転、乗車、および歩行に欠かせないポイント―【InterRisk Thailand Report(2026年7月)】
活気に満ちた人気の旅行先であるタイは、賑やかな都市から美しい自然景観まで、多様な魅力を提供しています。しかし、現地の交通事情や運転文化に慣れていない外国人にとって、タイの道路を利用することは容易ではありません。例えば、深刻な渋滞、予測できない車線変更、そして多くのバイクと車両が混在する交通環境などが挙げられます。タイ道路安全センター(the Thailand Road Safety Center, ThaiRSC)のデータによると、交通事故は依然として大きな懸念事項であり、2025年には負傷者32,352人および死亡者579人が報告されています。また、全事故の約89.5%はオートバイが関係しています。
これらのリスクは、旅行のピーク時、ならびにバンコクおよびプーケットといった主要都市において特に顕著です。これらの課題を踏まえ、外国人来訪者がより安全かつ安心してタイの道路を利用するためには、運転や乗車、歩行の際の基本的な安全対策を理解することが重要です。本記事では、そのためのタイの主要な交通ルールや慣習とチェックリストを紹介します。
外国人来訪者がタイの道路を利用するにあたっての、安全確保および現地規制の遵守のために最初に行うべき重要なステップを下記に示します。タイ滞在中の交通リスクを軽減し、旅行を安全に楽しむためには、事前の準備が重要です。外国人来訪者は適切な書類を持っていることを確認し、基本的な交通ルールを理解する必要があります。また、道路を利用する前に計画を立てることが重要です。
タイの道路事情は複雑かつ流動的です。自動車、バイク、公共交通機関、歩行者の全てが同じ空間を共有しており、それぞれの動きはしばしば予測不可能です。バンコクのような大都市では、突然の車線変更、車の間を縫って走行するバイク、急停止などは日常茶飯事です。地元の人にとっては普通のことかもしれませんが、タイの独特の交通環境に慣れていない観光客にとっては、非常に難しいと思われます。
この事件はバンコクのスクンビット道路で発生しました。バイクの運転手と外国人が運転する自動車が軽微な衝突を起こしました。衝突の後、両者は口論になり、運転手が複数の車線を越えてバイク運転手を追いかけ、衝突しました。バイク運転手はバイクから投げ出され、柱に衝突しました。その負傷が原因でバイク運転手が死亡しました。この事件は、悪質なあおり運転や感情的な反応によって、些細な事故がいかにして死亡事故へとエスカレートし得るかを浮き彫りにしています。このような状況を防ぐため、道路利用者は常に冷静さを保ち、衝突を避け、適切な法的ルートを通じてトラブルや紛争を解決する必要があります。この事故は、タイの交通環境を如実に反映しています。タイでは、デリバリーを含みバイクが広く利用されており、路上でトラブルや紛争が発生する可能性が増加しています。
この事故は、パンガー県のPhet Kasem道路で発生しました。UAEからの4人の観光客のグループが、車列を組んでバイクに乗っていたところ、彼らのバイクの間で深刻な衝突が発生し、1人が死亡、3人が負傷する事故となりました。この事故は、特に高速道路で安全な距離を維持せずに集団走行することの危険性を浮き彫りにしています。このような事故を防ぐために、ライダーは常に安全な車間距離を保ち、集団走行を避け、周囲の交通状況に十分に注意を払う必要があります。
チョンブリ―県パタヤのマブプラチャン貯水池近くで、夜間に外国人男性がバイクを運転していたところバランスを崩し、駐車していたトレーラーに衝突しました。その後、バイク運転手は死亡しました。この事故は、視界が悪く障害物を発見することが困難な夜間の走行の危険性を強調しています。これらのリスクを最小限に抑えるために、ライダーはスピードを落とし、適切な照明を使用する必要があります。また、視界が悪い状況で移動する際には細心の注意を払う必要があります。
パンガー県で、54歳のアイルランド人男性が夜間に道路を横断中にSUVにはねられ、その負傷が原因で死亡しました。この事故は、視界が悪い状況や、自動車が歩行者に道を譲らない場合における、歩行者の脆弱性を浮き彫りにしています。安全性を向上させるために、歩行者は可能な限り指定された横断歩道を利用し、左右両方向から慎重に交通状況を確認した上で、横断前に車両が完全に停止していることを確認する必要があります。
これらの事故は、特に現地の交通状況や運転行動に慣れていない可能性のある外国人観光客にとって、タイの道路における現実的かつ継続的なリスクを反映しています。このような不慣れな状況は、事故の可能性を著しく高める可能性があります。これらのリスクを軽減するために、観光客は現地の交通ルールを理解し、異なる道路環境に注意を払い、タイで運転、乗車、歩行する際に安全な習慣を身につけることが不可欠です。
| 1.運転システム |
|
|---|---|
| 2.運転免許証 |
|
| 3.その他の重要な法律 |
① 規制標識 (Regulatory signs) ![]() ② 義務標識・必須標識 (Mandatory signs) ![]() ③ 警戒標識 (Warning signs) ![]() |
バイクはその利便性と交通量の多い交通を対応できる能力により、タイで最も人気のある交通手段の1つです。しかし、道路状況や交通マナー、また乗員を守る保護が限られていることから、より高いリスクも伴います。特に不慣れな場所や危険性の高い地域では、より一層の注意が必要です。タイで自動車を運転する際には、交通法規の理解だけではなく現地特有の運転行動に適応する能力も必要です。またタイでは、歩行者は道路利用者の中でも特に脆弱な立場にあり、交通インフラが十分に整備されていない地域や交通量の多い地域では、そのリスクが一層高まります。
これらの状況をふまえた「タイにおける交通安全のためのチェックリスト」を下記に示します。
| 観点 | チェック項目 | |
|---|---|---|
| バイク | ||
| □ | ヘルメットの常時着用 | |
| □ | 不慣れな地域では高速運転を避ける | |
| □ | 急な車線変更をする自動車へ注意する | |
| □ | でこぼこした路面や、道路の穴、砂、砂利に注意する | |
| □ | カーブやUターンの際に減速する | |
| □ | 短距離であっても逆走は避ける | |
| □ | 有効な運転免許証を必ず携帯する | |
| □ | 特に夜間の走行時は、自車の視認性を確保する | |
| 自動車 | ||
| □ | 車両は道路の左側を走行する | |
| □ | 制限速度や道路標識を守る | |
| □ | 右左折や車線変更の前には必ずウインカーを使用する | |
| □ | 十分な車間距離を保つ | |
| □ | 車線の間を走行するバイクに注意する | |
| □ | 他車の急な停止や車線変更に備える | |
| □ | 交差点や信号では常に注意を払う | |
| □ | クラクションは威嚇ではなく、注意喚起として使用する | |
| 歩行者 | ||
| □ | 利用可能な場合は横断歩道や歩道橋を使用する | |
| □ | 横断する前に、左右の交通状況を十分に確認する | |
| □ | 道路に出る前に、車両が完全に停止していることを確認する | |
| □ | 標識のない場所や危険な場所での横断は避ける | |
| □ | でこぼこした歩道や障害物のある場所に注意する | |
| □ | 夜間の歩行には特に注意を払う | |
| □ | 車道に近づきすぎないようにする | |
外国人としてタイの道路を利用するには、交通法規の理解、およびタイ独自の環境に適応する能力が必要になります。事故の主な原因は、複雑な交通状況、バイクの多さ、および交通ルールを守らない運転行動などがあり、これらが交通事故のリスクを高めます。この傾向は、高水準が続く交通事故統計、ならびに運転中、団体移動中、および徒歩移動中に被害を受けた観光客の実例からも明らかです。
道路の左側通行、有効な運転免許証の保持、および安全規制の遵守など、基本的な交通ルールを知ることも重要になります。自動車やバイクでの移動、または徒歩など、それぞれの移動手段には注意点があるため、それぞれのリスクを認識しておくことも大切です。
最終的には、正しい書類を携行し、安全装備を身につけ、事前にルートを計画するなど、適切な事前準備がリスク軽減のために重要な役割を果たします。正しい知識と意識を持つことで、外国人観光客はタイの道路をより安全に、そして自信を持って移動することができます。
【参考】
¥0
サッカーワールドカップ、開催都市の熱中症リスクが過去30年で2倍に?
¥0
リスクマネジメントの「視点」 「補償」だけでなく「低減・緩和」へ ―自然を生かした防災・減災の取組
¥0
AI活用のビジネス最前線で何が起きているのか?グローバルAIカンファレンスHumanX 2026参加レポート②
¥0
【終了】アーカイブ配信 気象予報士登壇!大雨・浸水から会社を守る!防災気象情報と水災BCP
¥0
2025年のASEANにおける台風被害の概要【InterRisk Asia Natural Disaster Report (2026年5月)】
2025年にASEAN諸国は近年で最も破壊的とされる台風シーズンに見舞われました。スーパー台風「Ragasa」、台風「Koto」、サイクロン「Senyar」などの暴風雨は、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、およびフィリピンにおいて壊滅的な洪水や地滑り、さらには大きな経済的損失をもたらしました。
死者数は2,000人を超え、数百万人が避難を余儀なくされるなど、被害は広範囲に及びました。被害額は200億ドルを超え、東南アジアにおける重大な気候災害として位置付けられています。
ENSO(El Niño-Southern Oscillation、エルニーニョ南方振動)現象は、中部太平洋および東部太平洋における海面水温と大気条件の変化を反映しています。本現象の大小を示すENSO指数は、エルニーニョまたはラニーニャの状態を把握するために用いられる重要な指標です。エルニーニョとラニーニャは、ASEANにおける台風・豪雨傾向に影響を与える主な要因とされています。これらを特定するための主要な要因を下表に示します。
| 要因 | エルニーニョ | ラニーニャ |
|---|---|---|
| 海面水温 (SST: Sea Surface Temperature) | 太平洋中部および東部で平均より高い (数カ月連続で+0.5°C以上) | 太平洋中部および東部で平均より低い (数カ月連続で-0.5°C以下) |
| 貿易風 | 勢力が弱まり、暖かい海水が東に移動する。 | 勢力が強まり、暖かい海水が太平洋西部に蓄積する。 |
| 降雨量と対流の分布 | 西部太平洋から東へ移動し、東南アジアでは干ばつになりやすい | 西部太平洋に集中→東南アジアでは降雨量が多くなりやすい |
| 南方振動指数 (SOI: Southern Oscillation Index) | 負の値 (タヒチの気圧<豪州ダーウィンの気圧) | 正の値 (タヒチの気圧>豪州ダーウィンの気圧) |
| 東南アジアへの影響 | 干ばつリスクが高く、暴風雨が少ない | 降雨量が多く、暴風雨が多い |
ラニーニャはASEANにおいて頻繁に暴風雨を引き起こす主要な要因ですが、一般的には小規模から中規模の現象にとどまる傾向があります。一方でエルニーニョは台風「Ragasa」のように、ASEANで激しい暴風雨をもたらす要因となる場合があります。これは、東部太平洋や中部太平洋の海面水温(SST)の上昇などの影響により降雨パターンが変化し、暴風雨の発達に必要な潜熱エネルギーが増加するためです。さらに貿易風の変化やウインドシア(局地的に風向や風速が急激に変化する現象)に加えて、暴風雨の進路が東へ移動することで、暴風雨はより遠方の海上で発生し、長期間にわたり暖かい海域でエネルギーを蓄積した後、最終的に東南アジアへ接近する傾向があります。
図2に示すとおり、NASAのENSO指数(海面ベース)によると、気候パターンは2020年4月以降ラニーニャ状態が継続しました。2023年6月から2024年2月にかけて一時的にエルニーニョへ移行した後、再びラニーニャ状態に戻っています。
2026年5月14日に発表されたNOAA(米国海洋大気庁)気候予測センターによると、2026年の現時点の状況では5月~7月にエルニーニョ現象が発生する可能性があり(確率82%)、少なくとも2027年2月まで継続する可能性が高いとしています。


出所:https://sealevel.jpl.nasa.gov/overlay-elnino/
2026年3月16日に発表されたNOAA気候予測センターのデータによると、東南アジアでは2025年にラニーニャ現象が発生し、ニーニョ3.4およびニーニョ4の海域において海面水温(SST)が平年を下回ったことが示されています。この分析は、エルニーニョ/ラニーニャの発現指標となるRONI(Relative Oceanic Nino Index、相対海洋ニーニョ指数)に基づいています。RONIは太平洋の特定地区における海面水温の平年からの偏差を示しており、この指数が0.5以上となる期間が継続するとエルニーニョ、-0.5以下となる期間が継続するとラニーニャの発生を意味します。エルニーニョでもラニーニャでもない状態は中立状態(Neutral)と呼ばれます。
前述の2025年の異常は、ASEANの複数の国において暴風雨活動の活発化や降雨量の増加と関連しているとみられています。比較分析によりますと、2025年の累積降雨量はエルニーニョ現象が特徴的であった2024年と比較して、およそ20~35%多かったとされています。
この評価は、NOAA、WMO(世界気象機関)、ASMC(ASEAN専門気象センター)、タイ気象局、フィリピン気象庁(PAGASA)、インドネシア気象庁(BMKG)などの各国気象機関の報告に基づいています。


またこの結果は、日本気象庁や世界的なラニーニャ気候特性に関する研究で示されているように、ラニーニャ現象の期間、特に3月から5月および9月から11月にかけて典型的に観測される気候傾向と一致しています。


生成AIによりMS&ADインターリスク総研作成


出所:https://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/tenkou/sekai2.html
ASEANは2025年、風速118km/hを超える巨大台風に相次いで見舞われました。具体的には、Ragasa(9月16日–25日)、Bualoi(9月22–29日)、Matmo(9月30日–10月6日)、Kalmaegi(10月31日–11月7日)、Fung-Wong(11月4日–12日)、Koto(11月23日–12月3日)が確認されています。
これらの大型台風は通常、ラニーニャ現象が弱まる9月から11月にかけて発生します。また、一部の台風は暖かい海域のさらに東側で形成され、上陸前に勢力を強めることで、結果的に長い寿命を持つ傾向がみられました。
加えてASEAN各国では、風速118km/h以下の熱帯暴風雨にも繰り返し見舞われました。これにより、大雨や強風、さらには大規模な洪水が発生し、広範囲にわたる被害と多大な経済的損失がもたらされています。


出所:タイ気象庁、https://www.tmd.go.th/en/storms
前述の大型台風(Ragasa、Kalmaegi、Fung-Wong、Bualoi、Matmo、Koto)により、特にフィリピン、ベトナム、タイにおいて広範囲に洪水が発生し、当該国の工業地帯や工場地帯に大きな被害をもたらしました。
中でも最も深刻な影響が確認されたのは、セブ(フィリピン)、ベトナム中部、ならびに沿岸の工業地帯です。下表に示すとおり、製造工場や輸出関連施設が損害を受ける事態となりました。
| 台風 | 影響を受けた ASEAN地域 | 降水量(mm) | 工場・産業への影響 | |
|---|---|---|---|---|
| 平年の月間降水量 (9月~11月) | 台風イベント降水量 (約2~3日) | |||
| 9月 Ragasa | フィリピンのルソン島とビサヤ島 | 250-300 mm/月 | 200-300 mm | マニラの工業地帯で洪水により、電子機器と繊維工場が生産停止 |
| ベトナム中部 | 200~250 mm/月 | 250~300 mm | ベトナム沿岸部の工場が洪水の影響により生産停止 | |
| 9月 Bualoi | フィリピン・マスバテ | 250-300 mm/月 | 200-350 mm | マニラで度重なる洪水により衣料・電子機器工場が生産停止 |
| ベトナム北部 | 200~250 mm/月 | 300-400 mm | ベトナム北部(例:バクニン、タイグエン、ハノイ周辺地域)と北中部(例:タインホア、ゲアン、ハティン)の洪水 | |
| 10月 Matmo | ベトナム北部 | 200~250 mm/月 | 350~450 mm | タイグエン、バクニンの工業団地を含むベトナム北部工業団地の洪水 |
| タイ北部 | 150~200 mm/月 | 150~250 mm | タイの農産物加工工場に影響 | |
| 11月 Kalmaegi | フィリピン・セブ島 | 250~300 mm/月 | 150~250 mm | セブ島の輸出加工区(エレクトロニクス、造船)が大きな被害を受ける |
| ベトナム中部 | 200~250 mm/月 | 200~300 mm | ベトナム中部の工業団地の浸水 | |
| タイ北部 | 150-200 mm/月 | 100-200 mm | タイ北部の工場が土砂崩れにより影響を受けた | |
| 11月 Fung-Wong | フィリピンのルソン島とミンダナオ島 | 250-300 mm/月 | 200-250 mm、 最大300 mm超 | フィリピンのルソン島における工場は停電に見舞われ、台湾および中国での被害により、ASEAN地域のサプライチェーンにも間接的な影響が及んだ |
| 11月 Koto | フィリピンのビサヤとミンダナオ | 250~300 mm/月 | 50~200 mm | ベトナムの港湾機能が停滞 |
| ベトナム中部 | 200~250 mm/月 | 100~200 mm | ||
| マレーシア/ジョホール | 200~250 mm/月 | 100~200 mm | 洪水によりマレーシア沿岸の工場(ペナン、ジョホール)が一時生産停止 | |
| インドネシアのジャワ島 | 150~200 mm/月 | 100~200 mm | インドネシアのジャワ工業地帯における洪水の発生 | |
事業所立地場所固有のリスクを特定した後は、財産の損失を最小限に抑えるための予防措置を実施する上で、備えが重要な要素となります。洪水は多くの場合、台風に伴って発生するため、これら双方のリスクに対応する包括的な予防戦略は、あらゆる側面において被害を軽減するために不可欠です。
また、洪水および台風への備えは4つのフェーズに分類できます。そのうち、平常時(通常フェーズ)における準備が最も重要です。
| 状況 | チェック項目 | |
|---|---|---|
| 平常時 | 洪水リスクに関する意識の向上 | |
| □ | 施設周辺の河川状況や過去の洪水記録について把握しているか | |
| □ | 自社施設だけでなく、近隣の建物の状況についても把握しているか | |
| 現場、建物および水防設備の状況確認 | ||
| □ | 生産設備および受電・変電設備は高所に設置されているか | |
| □ | 敷地内で比較的水が溜まりやすい場所(低地や排水管の口径が不十分な場所など)について把握しているか | |
| □ | 屋根や外壁などの定期点検に関する規則は定められているか | |
| □ | 定期点検の結果に基づき、台風に対する脆弱性を評価しているか | |
| □ | 修繕が必要な箇所を優先順位付けし、修繕計画を策定しているか | |
| □ | 排水ポンプ(非常用発電機および燃料を含む)は準備されているか | |
| □ | 自家用発電機の定期点検(燃料、バッテリー、始動試験)は実施されているか | |
| □ | 排水設備、屋根の排水口、敷地内の排水溝は定期的に清掃されているか | |
| 気象状況の監視 | ||
| □ | 緊急時に最新情報を入手し、支援を受けるため、地方自治体の関連部署(気象、水資源など)と緊密な連携体制を構築しているか | |
| □ | 長時間の豪雨の際にも、会社は河川の水位や洪水の可能性を継続的に確認できる体制にあるか | |
| 水防計画の策定 | ||
| □ | 台風発生時から時系列に沿って「やるべきこと」を整理する、タイムラインベースの防災対策は策定されているか | |
| □ | 台風マニュアル(緊急時の組織・連絡体制や明確な責任分担を含む)は整備されているか | |
| 水防計画の訓練および見直し | ||
| □ | 防災訓練(水防柵や土嚢の設置、計画・マニュアルの確認など)は実施されているか | |
| □ | 非常用備品(飲料水、非常食、仮設トイレなど)は確保されているか | |
| 事業継続計画(BCP)の策定 | ||
| □ | 会社自体が災害の影響を受けた場合に備えて、BCP(事業継続計画)は策定されているか | |
| 台風接近や洪水の発生が予想されている | 緊急時対応に関する打ち合わせの実施 | |
| □ | 災害対策本部は組織したか | |
| 関係地域の点検 | ||
| □ | 台風や洪水に備えるためのチェックリストは作成されており、それに基づいて安全点検は行われているか | |
| □ | 排水設備、屋根の排水口、敷地内の排水溝を緊急的に清掃したか | |
| □ | 窓周辺の木は剪定されているか | |
| 貴重品の移転、主要機器・部品の分解および高所または外部倉庫への保管 | ||
| □ | 重要データのバックアップは実施されているか | |
| □ | 屋内の資産は、窓から十分な距離を置いて保管されているか | |
| □ | 重要な資産は、屋内の排水管の下や同様の場所に保管されていないか | |
| □ | 製品、原材料、ユーティリティ関連設備、生産設備などの重要な資産は、仮設構造物内に常時保管されていないか | |
| □ | 製品や屋外に保管されている貨物などの重要な資産を、建物内の安全な場所へ移動したか | |
| 土のう、遮水壁、カバー等の防護設備の準備 | ||
| □ | 建物の入口に設置するための土のうや防水シートは準備されているか | |
| □ | 雨水の浸入による被害を防ぐため、雨水の浸入箇所を点検し、必要に応じて防水シートなどで保護しているか | |
| 気象警報の監視 | ||
| □ | 台風の進路情報を継続的に監視し、テレビやラジオなどで発令される気象警報を収集する体制は整っているか | |
| 台風接近や洪水が発生している | □ | 緊急時対応計画を遵守し、計画に沿って対応する |
| □ | 避難の実施、および安全が確保できる範囲での従業員への対応指示 | |
| □ | 状況を継続監視する | |
| □ | 二次被害の軽減を図る | |
| 災害後 | □ | 現場の清掃を行う |
| □ | 設備および機械を復旧する | |
| □ | BCPに沿って、原材料調達および生産再開を図る | |
| □ | 被災状況の把握および分析を行う | |
| □ | 緊急時対応計画の見直しおよび改善を進める | |
地域のリスクを把握することは、効果的な防災計画の基礎となります。地域固有の脆弱性を認識することは、適切な対応策を策定するための第一歩となります。事業者は、さまざまな自然災害に迅速に対応し、被害を最小限に抑えることが可能となります。
自らの地域におけるリスクを評価し、十分に理解されていますでしょうか。
2025年の台風シーズンは、ASEAN史上最も甚大な被害が発生したシーズンの一つとなりました。6つの巨大台風と複数の熱帯暴風雨によって2,000人以上が死亡し、数百万人が避難を余儀なくされるなど、被害額は200億ドルを超えています。
これらの台風は、ラニーニャ現象の影響によって暖かい海域で勢力が強まったものと考えられ、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアなどASEAN各国の工業拠点を襲い、製造業および輸出活動に大きな混乱をもたらしました。
2025年の状況は、予防的な洪水リスク評価および準備計画の必要性を強く示しています。事業所立地場所固有の脆弱性を特定し、構造化された予防措置を実施することで、政府および企業は損失の削減、資産の保護、さらには将来的な気候災害に対するレジリエンスの強化を図ることが可能になります。
【参考】
¥0
【終了】<千葉県「適切な価格転嫁の推進に向けた支援事業」>価格転嫁推進セミナー
¥0
令和8年4月施行の自転車に対する交通反則通告制度(青切符)の概要と今後求められる対策【交通リスク情報(2026年6月)】
警察庁の「令和7年における交通事故の発生状況について」によれば、自転車が関係する事故は依然として多く発生しており、年によって増減はあるものの、決して軽視できない水準で推移している。交通事故全体の件数は、平成27年の53.7万件から令和6年の29.1万件へと減少傾向にある。
一方で、自転車関連事故は令和2年から令和6年にかけて、年間7万件前後で概ね横ばいの状況が続いている。このため、交通事故全体に占める自転車関連事故の割合は近年増加しており、過去10年でみると平成27年の18.4%から令和6年の23.2%へと上昇している。


(警察庁交通局「自転車を安全・安心に利用するために-自転車への交通反則通告制度(青切符)の導入-【自転車ルールブック】」をもとに当社にて整理)
一方、自転車の交通違反に係る検挙件数は、近年著しく増加している。これは、自転車による法令違反が疑われる事案に対して、警察による取締りが強化されていることも一因である。検挙件数は平成27年の12,018件から令和6年には51,564件へと、過去10年でみると4倍以上に増加しており、特に令和5年以降、その増加幅が顕著となっている。


(警察庁交通局「自転車を安全・安心に利用するために-自転車への交通反則通告制度(青切符)の導入-【自転車ルールブック】」をもとに当社にて整理)
自転車事故でも、加害者に高額な損害賠償が命じられた事例がある。日本損害保険協会の調べによると、自転車側の過失によって歩行者と衝突し、相手に死亡や重い後遺障害を負わせたケースや、自転車同士の衝突で、1億円近い損害賠償が認められたケースもある。このように、自転車は手軽な移動手段である一方、事故を起こせば自動車と同様に重大な責任を負う可能性がある。そのため、事業者としても、従業員への安全教育や保険の確認を徹底する必要がある。なお、事業者として講じるべき対策例については、本稿の後段で述べる。
| 事故の概要 | 判決認容額※ |
|---|---|
| 男子小学生(11歳)が夜間、帰宅途中に自転車で走行中、歩道と車道の区別のない道路において歩行中の女性(62歳)と正面衝突。女性は頭蓋骨骨折等の傷害を負い、意識が戻らない状態となった。 | 9,521万円 |
| 男子高校生が夜間、イヤホンで音楽を聞きながら無灯火で自転車を運転中に、警ら用緊急自動車(パトロールカー)の追跡を受けて逃走し、職務質問中の警察官(25歳)と衝突。警察官は、頭蓋骨骨折等で約2か月後に死亡。 | 9,330万円 |
| 男子高校生が昼間、自転車横断帯のかなり手前の歩道から車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた男性会社員(24歳)と衝突。男性会社員に重大な障害(言語機能の喪失等)が残った。 | 9,266万円 |
(日本損害保険協会「自転車事故の実態と備え」をもとに当社にて整理)
※判決認容額とは、上記裁判における判決文で加害者が支払いを命じられた金額(金額は概算額)。
上記裁判後の上訴等により、加害者が実際に支払う金額とは異なる可能性がある。
こうした自転車事故や自転車による違反件数の増加を背景に、自転車の一定の交通違反に交通反則通告制度を導入すること等を内容とする「道路交通法の一部を改正する法律」(令和6年法律第34号)が令和8年4月1日から施行され、自転車にも「交通反則通告制度」が適用されることとなった。これにより、自転車の交通違反で検挙された後の手続きが大きく変わることとなった。
交通反則通告制度は、いわゆる「青切符」制度とも言われ、自動車の交通違反の際に広く行われている違反処理の方法であるが、これまでは自転車には導入されていなかった。本改正前は自転車の交通違反が検挙されると、いわゆる「赤切符」等を用いた刑事手続による処理が行われ、警察による捜査を経て、検察官が起訴・不起訴の判断を行い、起訴されると裁判を受けることになっていた。その結果、有罪となると、罰金を納付するなどをする必要があり、「前科」がつくことになった。このような刑事手続による処理は、青切符が導入されている自動車の違反処理と比べると、時間的・手続的な負担(例:取締り時の書類作成、取調べのための出頭)が大きいことや、検察に送致されても不起訴とされ、実態として違反者に対する責任追及が不十分であることが指摘されていた。
そこで、こうした背景を受け、交通ルールの遵守を促進するため、16歳以上の者による自転車の一定の交通違反に対して、青切符を導入することとなった。自転車への青切符の導入により、自動車と同様に、違反者の時間的・手続的な負担を軽減するとともに、実効性のある責任追及が可能となった。
| 令和8年3月以前 | ➡ | 令和8年4月以降 | |
|---|---|---|---|
| 悪質性や危険性が高くない場合 | 指導警告 | 指導警告 | |
| 警告に従わない/事故につながる違反行為 | 赤切符交付→刑事手続 | 青切符交付→反則金納付 | |
| 悪質・危険な違反行為(酒酔い運転、酒気帯び運転、妨害運転、携帯電話等を使用して実際に事故を起こした場合など) | 赤切符交付→刑事手続 |
なお、国外に目を向けてみると、自転車を環境負荷の少ない移動手段として位置づけ、日常的な交通手段として広く利用している国や地域がある。これに伴い、自転車の交通違反に対して金銭的な制裁を科す制度を整備し、利用者に一定の責任を課している例も見られる。例えば英国では、自転車の運転に関する罰金体系は比較的簡素であるものの、日本と同様、違反の態様に応じて罰金を科している。
| 違反内容 | 罰金・処分の目安 |
|---|---|
| 危険走行(Dangerous cycling) | 上限£2,500の罰金 |
| 不注意走行(Careless cycling) | 上限£1,000の罰金 |
| 歩道走行(Cycling on pavement) | 上限£500の罰金 |
| その他重大違反 | 法廷で処理され、より重い罰則の可能性あり |
(Department for Transport(UK)「The Highway Code」をもとに当社にて整理)
さらに、主に欧州の一部では、義務教育のカリキュラムに交通安全や交通ルールに関する内容を組み込んでいたり、自転車の交通ルールに関する筆記試験や走行に関する実技試験を課している例もあり、自転車利用に伴う安全確保については、違反への制裁のみならず、教育や装備面からの対策も併せて講じられている。
青切符の対象となる違反は、たとえば信号無視、一時不停止、右側通行、運転中の携帯電話の使用などの違反が含まれる。つまり、軽微な違反行為ではなく、「交通ルール違反」として明確に扱われるようになったものといえる。
一方で、自転車の酒気帯び運転や酒酔い運転といった悪質な交通違反は、従来通り刑事罰の対象となる「赤切符」で対応する。こちらは悪質・重大な違反に対して交付されるもので、刑事事件として扱われる手続きで時間がかかる。つまり、青切符は「行政上の反則金」、赤切符は「刑事罰につながる可能性がある違反」となる。
今回の改正では、113の違反行為について3,000円から12,000円の反則金が定められ、悪質性や危険度の高い違反ほど反則金の金額が高くなっている。次に、特に注意すべき違反について紹介する。
① 携帯電話の使用
自転車を運転するときは、携帯電話・スマートフォン等を使って通話したり、表示された画像を注視することが禁止されている(法第71条第5号の5)。
携帯電話・スマートフォン等を使用して、実際に事故を起こしたり、歩行者の通行を妨害したりするなどして、実際に交通の危険を生じさせたときは、携帯電話使用等(交通の危険)として、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科される。また、手に保持して通話したときや、手に保持して画面を注視したときも、携帯電話使用等(保持)(反則行為)として、反則金(12,000円)の対象となる。
年によって差はあるものの、携帯電話などを使用していたことが原因とみられる自転車事故による死亡・重傷事故は、年間20件以上発生している。自転車運転中の携帯電話の使用は極めて危険であり、青切符が交付された際の反則金も12,000円と最も高額である。


(警察庁交通局「令和7年における交通事故の発生状況等について」をもとに当社にて整理)
② 歩道通行
自転車の歩道通行は、利用者が特に注意すべき点の一つである。自転車は原則として車道を通行することとされているが、全面的に歩道通行が禁止されているわけではなく、以下の条件では認められている。その場合でも、歩道の中央から車道寄りを徐行(直ちに停止することができるような速度で進行することをいう)することが原則となっている(法第63条の4第2項)。
<自転車の歩道通行が認められる場合>
ア.道路標識・道路標示で歩道を通行することができるとされているとき
イ.13歳未満の方若しくは70歳以上の方又は一定の身体障害を有する方が運転するとき
ウ.車道又は交通の状況に照らして、自転車の通行の安全を確保するため、自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき※
※道路工事や連続した駐車車両等のため車道の左側を通行することが難しいときや、著しく自動車の交通量が多い、車道の幅が狭いなど、通行すると事故の危険があるときをいう。
③ 傘差し運転やイヤホン使用等の安全運転義務違反
自転車に関するルールの中には、公安委員会が個別に規定しているものがあり、傘差し運転や、イヤホンをつけて周りの音が聞こえない状態での運転は、全ての都道府県で禁止されている(法第71条第6号)。傘を差しての運転は、自転車のハンドル、ブレーキの操作が難しくなり、イヤホンをつけての運転は、周囲の音が聞こえず、自動車や歩行者の動きに気付けなくなり、重大な事故に発展するおそれがある。
④ 飲酒運転
体内のアルコール濃度にかかわらず、飲酒して自転車を運転することが禁止されている(法第65条第1項)。自転車運転者に飲酒をすすめたり、飲酒をした人に自転車を提供する行為も処罰の対象となる(法第65条第2項~第3項)。酒酔い運転(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で自転車を運転する行為)及び酒気帯び運転(血中0.3mg/ml又は呼気中0.15mg/l以上のアルコールを保有して自転車を運転する行為)のような重大な違反は、反則行為に該当せず、これまでと同様に刑事手続により処理される。
主な反則行為及び反則金の額は、以下のとおりである。反則行為を行った場合、最高で12,000円の反則金が科される。また、3年以内に2回以上反復して検挙された場合、又は交通事故を起こした場合には、都道府県公安委員会により「自転車運転者講習」の受講が命じられる。
| 反則行為 | 反則金の額 |
|---|---|
| 携帯電話使用等(保持) | 12,000円 |
| 遮断踏切立入り | 7,000円 |
| 信号無視 | 6,000円 |
| 通行区分違反(右側通行等) | |
| 横断歩行者等妨害等 | |
| 安全運転義務違反 | |
| 歩行者用道路徐行違反 | 5,000円 |
| 指定場所一時不停止等 | |
| 無灯火 | |
| 自転車制御装置不良 | |
| 公安委員会遵守事項違反(傘差し運転・イヤホン等の使用運転等) | |
| 歩道徐行等義務違反 | 3,000円 |
| 並進禁止違反 | |
| 軽車両乗車積載制限違反(二人乗り等) |
(警察庁交通局「自転車をはじめとする軽車両の反則行為と反則金の額」をもとに当社にて整理)
警察庁「自転車に対する交通反則通告制度導入後1月間の運用状況について」によると、制度導入後の令和8年4月の1か月間において、青切符が交付された自転車の違反件数は、全国で2,147件(暫定値)であった。内訳は、「指定場所一時不停止」が846件で全体の40%と最多で、次いで「携帯電話使用」が713件(33%)、「信号無視」が298件(14%)となっている。


(警察庁交通局「自転車に対する交通反則通告制度導入後1月間の運用状況について」をもとに当社にて整理)
自転車違反への青切符導入により、自転車の違反も「軽い違反だから見過ごせる」ではなくなるため、事業者も従業員の自転車利用を業務上・通勤上のリスクとして管理する必要がある。今回の法改正を契機に、自転車の使用に関し、事業者が確認すべきポイントについて以下に整理する。
① 従業員への周知
自転車は、業務利用や通勤手段として広く利用されている一方で、道路交通法上は軽車両として位置付けられており、信号無視、一時停止違反、スマートフォン等の使用による「ながら運転」、無灯火走行、飲酒運転その他の交通違反については、自転車の違反に関する検挙件数が増えている中、従来以上に厳格な対応の対象となる。
従って、自転車の利用が「徒歩に近い簡便な移動手段」であるとの認識だけでなく、「利用には十分に注意が必要」との考えを念頭に、自転車であっても法令遵守が強く求められることを、従業員に対して十分に周知徹底する必要がある。
② 社有車の運転における留意事項
ア.運転免許停止処分の可能性
運転免許を有している者が自転車で交通違反を犯した場合であっても、運転免許の点数が付されることはない。しかし、公安委員会が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあると認めるときは、運転免許保有者に対して、6月を超えない範囲内で期間を定めて運転免許の停止処分が行われることがある。当然ながら、その間、社有車の運転はできなくなる。
具体的には、運転免許を有している者が、自転車でひき逃げ事件や死亡事故等の重大な交通事故を起こした場合や、酒酔い運転・酒気帯び運転をはじめとする特に悪質・危険な違反を犯した場合に、運転免許の効力が停止されるときがあり、注意が必要である。
会社のイベント等で飲酒した後に、自転車を安易に利用することは当然ながら法令違反であり、自転車の違反が自動車等の運転免許停止につながるおそれがある点も、従業員に対して十分に周知徹底する必要がある。
イ.車道を走る自転車への注意
自転車運転者だけでなく、自動車運転者も道路を走る際は、これまで以上に自転車の動きに注意しなければならない。自転車が車道を通行する以上、車と自転車が同じ空間を共有する場面が増えるためである。海外では、自転車専用レーンが車道と明確に分離されている道路も多く、利用者ごとの通行空間が確保されやすい。一方、日本の都市部では車道が狭い場所も多く、自転車との接触リスクが高まりやすい。とりわけ、見通しの悪い交差点や路肩の狭い道路では、速度を落とし、自転車との間隔を空け※、自転車の進路を十分に確認することが重要である。
※自転車の右側を通過する車両についても、車両と自転車の間に十分な間隔がない状況で自転車の右側を通過するときは、自転車との間隔に応じて安全な速度で進行しなければならない(法第18条第3項)。
事業活動においても、今回の法改正を踏まえ、自転車利用に伴うリスクをこれまで以上に重く受け止める必要がある。自転車は日常的に利用される身近な移動手段である一方、交通事故や交通違反が発生した場合には、従業員本人の責任にとどまらず、会社の安全配慮義務や管理体制の不備が問題となるおそれもある。そのため、事業者として、自転車利用に関する管理体制が適切に整備されているかを改めて確認することが重要であり、そのポイントを以下に示す。
① 許可制の導入
企業における自転車利用は、業務内容又は従業員の個別事情を踏まえて、その必要性や利用可否を判断する必要がある。このため、業務利用又は通勤利用を認める場合には、許可制を導入することが合理的である。
② 使用ルールの明確化と社内規程化
自転車の管理方針に基づき、業務使用の態様、駐輪場所、通勤手当等の取扱いを明確化し、車両管理規程として整備する必要がある。
③ 安全運転教育の徹底
反則金や人身事故に伴う加害者責任、企業・家族への影響等を踏まえ、従業員に対する自転車の安全運転教育を継続的に実施したり、ヒヤリ・ハット情報を集め、社内で活用することが重要である。
④ 保険(補償制度)加入の徹底
事故を完全に防止することは困難であることから、自転車を業務又は通勤に使用する従業員に対し、保険又はこれに類する補償制度への加入を確実に実施するとともに、加入状況を確認する仕組みを整備する必要がある。従業員に自転車での業務使用や通勤を認めている事業者は、従業員が自動車を使用して営業活動や通勤を認めている場合と同等の注意が必要である。
MS&ADインターリスク総研では、事業者の社有車に搭載されたドライブレコーダー映像を分析する機会が多くあるが、その中には、自転車が赤信号を無視して交差点に進入する場面や、横断歩道を斜めに猛スピードで横切る場面、さらには急な進路変更により自動車の運転者が危険を感じる場面も少なくない。自転車は自動車に比べて小回りが利く一方、予測しにくい動きをすることがあり、映像を通じてもその危険性を改めて認識する必要がある。
一方、三井住友海上火災保険が令和8年3月31日に公表した改正道路交通法に関する意識調査では、令和8年4月1日から改正道路交通法が施行されることの認知は75.4%に達したものの、「内容まで理解している」人は27.4%にとどまり、約半数が「内容はよく知らない」と回答している。こうした実態を踏まえると、事業者においても、自転車の安全運転や自動車側から見た自転車のリスクについて従業員教育を行いたいというニーズは高く、事故防止に向けた継続的な取り組みが求められる。なお、MS&ADインターリスク総研では、自転車の運転リスクと対策に係るノウハウを活用して事業者が抱える課題に応じた事故防止取組を支援しているが、必要に応じて、一定の知見を有する民間の専門機関等の外部組織を活用して、第三者の視点から自社の安全対策の評価・見直しを図ることも有効である。以下に、自転車に関連する主な事故防止支援の例を示す。
<実施例①:教育ツール制作>
自転車リスクの実態に即した危険予測トレーニング用の教育ツールを制作し、従業員向けに危険感受性を高めることが重要である。特に、動画による教育ツールの場合、視聴覚に訴える構成により、紙面媒体に比べて高い教育効果が見込まれる。また、管理者にとっては、当該ツールを通じて指導内容の標準化・効率化を図ることが可能となる。さらには、組織における事故事例や事故傾向等を取りまとめることで記憶の風化防止にも役立てることができ、様々な観点から非常に有用である。


<実施例②:構内リスク調査>
本調査では、構内における自転車の飛び出しや歩行者との交錯など、現場固有の危険箇所を特定し、事故防止に向けた対策を講じることが可能である。以下に、調査内で確認された課題と自転車との接触事故の回避に向けて提案した対策例を示す。なお、自社内外の評価によって検討された対策の実践にあたっては、取り組むべき優先度を整理することが重要である。
| 課題1 | 出庫時右方の視界限定(場所:出入口) |
|---|---|
| 状況 | 出庫時右方の視界が、常時駐車中トレーラーにより限定されている状況を確認 |
| 課題 | 歩道を通行する自転車や歩行者を視認しにくいため、接触するおそれあり |
| 提案 | 駐車ルールの再検討及び死角解消のための道路反射鏡設置を推奨 |
| 課題2 | 路面標示未設置(場所:出入口) |
|---|---|
| 状況 | 出入口に一時停止線等の路面標示が設置されていない |
| 課題 | 出庫車両の一時停止が不十分な場合、歩行者・自転車や入庫車両と接触するおそれあり |
| 提案 | 出庫車両の一時停止が不十分な場合、歩行者・自転車や入庫車両と接触するおそれあり |
MS&ADインターリスク総研では、自転車に関するリスクについて、現場の実態や課題に応じ、教育からリスクの把握まで一貫した支援を提供しているため、ぜひご活用いただきたい。
本年4月1日に施行された自転車に関する道路交通法の改正は、「自転車であれば多少の違反は見過ごされる」といった認識に対し、一定の区切りを示すものである。自転車は利便性の高い身近な乗り物である一方、道路交通法上は車両に位置付けられており、他の車両と同様に交通ルールの遵守が求められる。
本改正の趣旨は、自転車の取締りを強化すること自体にあるのではなく、道路利用者一人ひとりがそれぞれの立場で安全意識を高め、事故の未然防止を図ることにある。自動車運転者は自転車の動静を十分に予測し、自転車利用者は基本的な交通ルールを遵守することが求められる。また、歩行者においても、周囲の交通状況に留意することが重要である。自転車利用者、自動車運転者及び歩行者が、それぞれの意識を見直すことで、安全な交通環境の形成につなげることが可能となる。本稿が制度改正の理解及び自転車事故の防止に資することを祈念し、結びとする。
<参考文献>
警察庁「自転車を安全・安心に利用するために-自転車への交通反則通告制度(青切符)の導入-【自転車ルールブック】」
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/pdf/rulebook.pdf
2)日本損害保険協会「自転車事故の実態と備え」
https://www.sonpo.or.jp/report/publish/koutsu/g34l0i0000006zb8-att/jitensyasonae.pdf
3)Department for Transport(UK)「The Highway Code」
https://www.gov.uk/guidance/the-highway-code/annex-5-penalties
4)警察庁「海外調査研究結果の概要」
https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/bicycle/kentokai/04/siryou05-1.pdf
5)警察庁交通局「令和7年における交通事故の発生状況等について」
https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260226jiko.html
6)警察庁交通局「自転車をはじめとする軽車両の反則行為と反則金の額」
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/pdf/jitensyahansokukoui.pdf
7)警察庁交通局「自転車に対する交通反則通告制度導入後1月間の運用状況について」
https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260514.pdf
8)三井住友海上火災保険ニュースリリース「2026年4月1日施行改正道路交通法に関する意識調査」
https://www.ms-ins.com/news/fy2025/pdf/0331_1.pdf
¥0
ESGリスクトピックス(2026年6月)
¥0
ISO45001(労働安全衛生マネジメントシステム)を理解するためのポイント【労災リスク・インフォメーション(2026年6月)】
日本の労働災害による死亡者数は、2024年に746人となりピークであった1960年代と比べて大幅に減少するとともに、長期的な減少傾向の中で過去最少を記録した。しかしながら、休業4日以上の死傷者数では2009年以降増加傾向にあり、日本における労働安全衛生管理の重要性は変わっていない。

一方、労働災害の発生状況は多様化している。業種別では第三次産業の占める割合が年々増加し2024年では全体の52%を占めるまでとなり、特に社会福祉施設における労働災害の発生件数の増加が著しい。さらには働く人の高齢化に伴い高年齢労働者の死傷者数が増加しており、外国人労働者数の増加に伴う外国人労働者の死傷者数も増加傾向にある。
また、メンタルヘルス、ハラスメントや熱中症対策など、社会環境の変化に伴って企業が対応すべき安全衛生上の課題範囲は広がってきている。このため、個別対策の積み上げだけでなく、継続的に安全衛生水準を向上させる仕組みづくりが求められている。
多様化する労働災害の要因への対策としてさまざまな法令改正が行われ、労働災害防止に向けた措置が義務化、努力義務化されてきた。下表は近年の主な法令改正を一覧にしたものである。
| 施行時期 | 改正内容 | 根拠法令 | 主なポイント |
|---|---|---|---|
| 2020年6月 | パワハラ防止措置の義務化(大企業) | 労働政策総合推進法 | 相談窓口整備、方針明確化、再発防止策等が必要 |
| 2022年6月 | パワハラ防止措置の義務化(中小企業) | 労働政策総合推進法 | 全企業でハラスメント防止体制整備の義務化 |
| 2023年4月から順次 | 化学物質の自律的管理に関する改正の段階施行開始 | 労働安全衛生法、労働安全衛生規則など | SDS交付義務、ラベル表示義務、リスクアセスメント義務対象物質の拡大 |
| 2024年4月 | 時間外労働の上限規制の適用拡大 | 労働基準法関連省令 | 建設業、自動車運転業務、医師に上限規制適用 |
| 2025年6月 | 熱中症対策の義務化 | 労働安全衛生規則 | 体制整備、手順整備、周知の義務化 |
| 2026年4月 | 高年齢労働者の労働災害防止に必要な措置の実施 | 労働安全衛生法 大臣方針 | 職場環境の改善、健康・体力に応じた対応、労働者向け教育の努力義務化 |
| 2028年5月までに施行 | ストレスチェック制度の義務化 | 労働安全衛生法 | 50人未満の小規模事業場でも制度導入が義務化 |
労働災害を防止し安全で健康的な職場環境を形成するために、国は労働安全衛生法を中心に省令や各種告示・通達にて具体的な内容を定めている。安全衛生に関わる環境の変化に伴い法令改正を行っているが、近年の改正傾向は「事業者が自らリスクを把握し、予防的に管理する」方向に進んでいると言える。
一連の法的要求事項の充足のみならず実効性のある安全衛生対策を継続的に講じるためにも、安全衛生の方針や目標を定め、それを達成するためにPDCAサイクルを回しながら組織を適切に指揮、管理するための仕組み(マネジメントシステム)の構築が、事業場の規模を問わず重要となる。
ISO45001は、労働災害の防止と安全で健康的な職場環境の提供を目的とした、労働安全衛生マネジメントシステム(以下、「マネジメントシステム」という)の国際規格である。組織の各階層の働く人が労働安全衛生に関わり、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のPDCAサイクルを継続的に回すことにより、労働安全衛生水準の向上を図ることを目指している。
ISO45001は序文と10の箇条で構成され、要求事項は箇条4から箇条10に記載されている。PDCAサイクルとの対応でみると箇条6がPlan、箇条7と8がDo、箇条9がCheck、箇条10がActに該当する。
この構造は他のISOマネジメントシステムと共通のものを採用しているため、ISO9001やISO14001を取得している組織では統合的に運用しやすいという利点がある。

※表中の番号は対応する箇条番号を表す
ISO45001の導入にあたっては、従来から行っている安全衛生活動をベースにマネジメントシステムとして構築することが重要となるが、導入にあたってあらかじめ抑えておきたいポイントについて解説する。
ISO45001の特長として「経営トップの主導」と「働く人の参加」を求めている点がある。経営者などトップマネジメントにあたる者が主導して方針を打ち出し、明文化し、社内に周知していく必要がある。また、「働く人」という労働者よりも広い概念を用いて、事業者、管理職、請負業者、派遣労働者、ボランティア、インターンシップなど組織の事業活動に関わる「働く人」の参加・協議も重視されており、実効性のある安全衛生活動を進める上で、現場の知見や意見を反映することが求められる。
ISO45001では、要求事項の一つに「目指すべき成果を支援する文化を醸成すること」を挙げている。安全文化という言葉が1985年のチョルノービリ(ロシア語では「チェルノブイリ」原子力発電所事故をきっかけに提唱され、安全文化を醸成する取組みが電力、石油、航空産業などを中心に進められてきたが、ISO45001では安全文化の醸成を要求事項に加えている。
安全文化を醸成するための活動はさまざまあるものの、その評価は難しいと考えられどのような活動を行えばよいのか悩んでいる組織も少なくない。
MS&ADインターリスク総研では組織の安全文化の醸成を目的として、「安全文化に関する会社全体の傾向」「エリアや社員属性による偏り」「安全意識の経年変化」を数値で比較する安全文化診断を提供している。安全文化診断では8軸の指標 ①組織統率、②責任関与、③相互理解、④危険認知、⑤学習伝承、⑥作業管理、⑦動機付け、⑧資源管理により、組織における安全文化の状態を見える化することができる。

ISO45001ではさまざまな「プロセス」の構築・運用が要求されている。「プロセス」には当然「手順」も含まれるが、その手順を活用できる人や手順の実行に適した機械設備なども含まれる。
マネジメントシステムを適切に運用するためには手順はもちろん、必要な情報や材料、適切な担当者の任命、使用する機械設備など「プロセス」全体を構築・運用することが重要である。
また、ISO45001では組織の事業プロセスにマネジメントシステムを統合することを求めている。
ISO45001のために新たに仕組みを作って特別に取り組むということではなく、これまでの取組みを出来る限り活かして、組織の事業活動の中で実施できるようにすることの重要性を示している。
ISO45001の要求事項には、文書化した情報の維持または保持を求めるものがある。(文書化した情報とは単に文章だけでなく図や写真、動画なども含まれる。)一方でISO45001で構築・運用を求めるプロセスには文書化まで求めていないものが多いが、構築したプロセスを運用するためには関係者に周知するための文書化された情報が必要となる。また、従来より取り組んでいる安全衛生活動にて活用されている文書化された情報もありさまざまな文書が複雑にからんでくる。
このため、ISO45001導入にあたってはマネジメントシステムの構築・運用にかかわるすべての事項を包括的に示し、関連文書を体系化するマネジメントシステムマニュアル(基本規程)の作成が望ましい。なお、マニュアルの作成にあたっては規格の箇条に沿った形式で作成することで、要求事項に従うものとなりやすい。
ISO45001は別紙1の表に示すとおり、全10箇条の構成となっている。要求事項は箇条4から箇条10に記載されている。なお、規格の要求事項については「~しなければならない」と表現されている。
ISO45001を適切に運用するためには、要求事項を確実に実施することが重要となる。
ISO45001について、箇条4から箇条10に記載されている各要求事項のポイントと実践に向けての方策について解説する。
ISO規格には掲載されているが、他のマネジメントシステム規格にはない要求事項である。
「組織の状況の理解」とは組織の現状を把握すると考えればよいが、具体的には組織の安全衛生水準の向上に向けて対処しなければならない課題を組織外部と組織内部の課題とに分けて把握することを求めている。
| 外部の課題の例 | 内部の課題の例 |
|---|---|
|
|
本箇条では働く人に加えてその他の利害関係者(=マネジメントシステムに関連するその他の利害関係者)のニーズ及び期待を理解することを求めている。その他の利害関係者には労働組合や行政、親会社、協力会社、近隣住民などがあり、働く人だけでなくその他の利害関係者のニーズ及び期待を明確にすることが求められている。
| 利害関係者の例 | ニーズ及び期待の例 |
|---|---|
働く人 | 熱中症対策の強化 |
新規設備への入替 | |
労働組合 | ハラスメント対策の強化 |
親会社 | 安全対策の強化指示 |
協力会社 | 安全衛生活動への支援 |
箇条4.1、箇条4.2ともに求められているのは「理解」であるため、それぞれの箇条で把握した課題やニーズ及び期待の全てに対する対策の実施までは求められていない。把握したものを箇条6「計画」で評価し、組織として対処するか否かを決定する。箇条4.1、箇条4.2は、取り組む活動を決定する前に組織の状況を把握することそのものを求めているといえる。なお、例えば「機械設備の老朽化」(課題)と「老朽化した機械設備の新規設備への入替」(ニーズ及び期待)のように「課題」と「ニーズ及び期待」が重複することは有り得る。
箇条4.1にて把握した外部及び内部の課題並びに箇条4.2で把握した働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待を踏まえて適用範囲を決定する。なお、適用範囲とはマネジメントシステム運用の物理的範囲(工場単位や会社全体など)を意味するが、対象者は適用範囲の外で働く人も含まれ、営業職やテレワーカーなど組織の敷地外で働く人に加えて来訪者や納入業者など敷地内に入ってくる人も対象となる。なお、この適用範囲は文書化した情報として利用可能な状態にしておくことが求められている。
ISO45001の要求事項に従って、「必要なプロセス」と「プロセス間の相互作用」を含めたマネジメントシステムの構築・運用を求めている。「必要なプロセス」とは箇条4から箇条10までの全ての要求事項であり、「プロセス間の相互作用」とはそれぞれのプロセスが互いに連動するマネジメントシステムの構築を求めている。全ての要求事項を関連させたマネジメントシステムの構築にあたっては前述のとおりマニュアル(基本規程)を作成することが望ましく、マニュアルの作成にあたっては規格の箇条に沿った形式で作成することにより要求全体に従うものとなる。
本箇条では経営層のリーダーシップとコミットメント(約束、責任、主体的な関与)について定めており、具体的に13の項目について経営層が統率力を発揮して、主体的に関与することを証明することを求めている。項目としては労働安全衛生方針や目標の設定、必要な資源の確保、事業プロセスとの統合、働く人の保護などが記されている。
本箇条では労働安全衛生方針に5つのコミットメント(安全で健康に働ける職場環境の提供、法令等の順守、労働安全衛生リスクの軽減、マネジメントシステムの継続した改善、働く人の協議と参加)並びに安全衛生上の重点取組み事項を含めたうえで、文書化した情報にて働く人と広く社会(利害関係者)に分かりやすく伝えるよう求めている。また、組織の役割、責任及び権限については経営層や安全衛生責任者のみならず働く人も含めた全ての 階層においての役割、責任及び権限について割り当て、組織に伝達する必要がある。
本箇条は他のISO規格にはないISO45001独自の要求事項である。箇条3「用語及び定義」にて“協議”とは「意思決定をする前に意見を求めること」であり、“参加”とは「意思決定に関与させること」とされている。働く人には経営層や管理職も含まれることからISO45001では非管理職との協議や参加に関する要求事項が定められている。要求事項の内容については実際に安全衛生委員会ですでに審議されている事項が多く、委員会を活用することで十分に対応できるものである。しかしながら、“協議”すべき事項と“参加”すべき事項がそれぞれで定められており、“協議”すべき事項と“参加”すべき事項を混同しないようそれぞれの要求事項に沿った対応を行うよう留意し、また委員会で労使が十分に審議できる運営とするよう工夫する必要がある。
箇条6は PDCAのPlan(計画)であり、ISO45001の構築において特に時間を要するものである。
本箇条では細分箇条が設定されており、まず「一般(箇条6.1.1)」にて取り組む必要のあるリスク・機会を決定することを求め、そのために反映させなければならない事項を定めている。
反映させなければならない事項がその細分箇条にて具体的に定められており、以下に解説するいずれの事項も不採用にできず、必ず対応しなければならないものであることに留意する必要がある。
危険源の特定は従来より実施しているリスクアセスメントにて実施できるが、起こり得る緊急事態への対応や働く人のみならず来訪者などの職場に出入りする人々や近隣の住民を含めた人々に影響を及ぼす危険源の特定や組織内部だけでなく組織の外にありながら組織の人々に影響を及ぼす危険源の特定も行う必要がある。
労働安全衛生リスクとは働く人の負傷や疾病につながるリスクであり、箇条6.1.2.1「危険源の特定」にて抽出された安全衛生上のリスクを評価することである。
一方、マネジメントシステムに対するその他のリスクとはマネジメントシステムの実施や運用に関係するリスクを表すものである。例えば安全衛生に関わる予算や人員の削減、教育不足による安全意識の低下などが考えられる。ISO45001ではこうしたリスクも抽出し評価する取組みが求められている。
労働安全衛生機会とは箇条3「用語及び定義」にて「労働安全衛生パフォーマンスの向上につながり得る状況又は一連の状況」と定めており、「機会」 とは「パフォーマンス向上につながり得る状況又は一連の状況」ということになる。5S活動やKY活動など日々取り組んでいる安全衛生活動や安全衛生水準の向上につながる新技術の導入が「機会」となる。よって、労働安全衛生機会はこれまで取り組んでいる多くの安全衛生活動が該当し、これらをリスト化して取組みの優先度を決めることが評価の一例となる。
また、マネジメントシステムに対するその他の機会についてはリスク同様にマネジメントシステムの実施・運用に良い影響を与える状況であり、例えば安全衛生スタッフが増員されることや外部コンサルティングを導入しマネジメントシステムを見直すことなどが挙げられる。本箇条ではそれぞれを評価することが求められている。
法的要求事項とは法律、政令、省令、労働協約などが該当する。また、その他の要求事項とは親会社や取引先からの要求事項や労働組合との協定などがある。これらについて組織で適用されるものを整理し、文書化して常に最新の状態にしておくことが求められている。
PDCAのPの策定を求めている箇条である。評価したリスク及び機会(箇条6.1.2.2及び6.1.2.3)、組織に適用される法的要求事項及びその他の要求事項(箇条6.1.3)、緊急事態への準備及び対応(箇条8.2)について、組織が取り組むと決めた事項を実施するための計画を作成すること、並びにその取組みの有効性の評価方法についても策定を求められている。計画策定とあるがスケジュールを決めるというよりも、取り組むべき内容と方法を決定すると考えた方がよい。ここで策定する計画は中長期的なものも含めた労働安全衛生に関する経営戦略を定めるものとなる。
労働安全衛生方針(箇条5.2に矛盾せず、評価したリスク及び機会(箇条6.1.2.2及び6.1.2.3などを踏まえた、労働安全衛生目標並びにその達成のための計画を、組織全体及び部門ごとに設定することを求めている。目標については定性的、定量的な評価が可能なものとし、モニタリングの実施が求められている。計画については責任者や達成期限の設定も必要となり、結果の評価方法も定める必要がある。

箇条7はPDCAのDo(実行)であり、同じくDoに位置付けられている箇条8を支援するための要求事項である。
資源とは一般的に経営資源といわれるヒト・モノ・お金・情報・時間などと理解すればよい。力量とは知識と技能のことであり、マネジメントシステムの適切な運用のために必要な資源を投入し、働く人の力量を把握し必要な教育訓練の提供とその有効性の評価を求めている。
マネジメントシステムの適切な運用のために働く人に認識させなければならないこと、コミュニケーションすべき情報などを定めており、組織内部、外部とのコミュニケーションのプロセスの構築 ・運用を求めている。また、そのために必要な文書化した情報の定義や維持・保持すべき情報などについて定めている。安全衛生委員会や小集団活動、朝礼など従来から行っている安全衛生活動をベースに要求事項に沿った対応を進めることが必要である。
箇条8はPDCAのDo(実行)であり、箇条6にて決定した取組みを実施することである。
箇条6などで決定した取組みを実施するために必要なプロセスを計画、実施、管理、維持することを求めている。つまりは、取り組むことを決めた安全衛生活動を計画、実施、管理、維持することである。また、プロセスの実施のために必要な実施要領・計画表や手順書の維持並びに実施の記録の保持も必要となる。
変更とは機械設備の新規導入または入替、手順の変更、人員の入替、機械設備の故障などがあり、変更が生じた場合に悪い影響が出ないよう管理するためのプロセスの構築・運用が求められている。変更は労働災害の発生につながりやすいため、変更がある場合に何をすべきかというプロセスの構築・運用は重要な項目である。
機械設備や化学物質などの物品類や外部委託などのサービスを調達する際にこれらが組織のマネジメントシステムに適合するようにするための管理プロセスの構築・運用を求めている。サービスについては細分箇条にて請負者と外部委託それぞれに要求事項が定められているため、留意する必要がある。
箇条6.1.2.1「危険源の特定」で特定された緊急事態に対する準備及び対応を求めている。緊急事態とは労働災害が発生しうる切迫した状態をいい、例えば火災、爆発、危険有害物質やガスの漏えい、自然災害などがある。多くの組織で消防計画や災害発生時の緊急時対応計画などがあると考えられるが、それらが要求事項を満たしているかどうかを確認し、不足する事項を補えばよい。
箇条9はPDCAのCheck(評価)であり、Plan、Doの結果を評価することが目的である。
「パフォーマンス」とは箇条3「用語及び定義」にて「測定可能な結果」とされている。取組みの現状がどのような状態にあるか継続的にチェック、観察、測定して分析のうえ、結果を評価することが求められている。組織が定めた「対象」に対してモニタリング、測定、分析、評価の「方法」、「基準」や「時期」を定めることになる。また、法令等要求事項の順守状況を評価するためのプロセスの構築・運用について細分箇条にて定めている。
内部監査はマネジメントシステムが組織の方針や目標などに沿って適切に運営されているか、並びにISO45001の要求事項に即しているかを監査するものである。そのため、あらかじめ定めた間隔で監査を実施することが求められている。監査の頻度、方法、責任などを定めた監査プログラムを策定し、監査員を選定のうえ実施する必要がある。また、監査結果は関係する管理者及び働く人、並びに必要に応じて関連する利害関係者に報告し、不適合があればその改善に取り組み、安全衛生水準の向上を継続的に図ることも求められている。
マネジメントレビューとは、経営層がマネジメントシステムが適正で実効性を有することを確認し、必要に応じて改善を行うための活動である。経営層が自らマネジメントシステムのレビューをあらかじめ定めた間隔で実施する必要がある。確認すべき事項も定められており、その結果を働く人に公表すること並びに公表する必要のある事項まで定められている。
箇条10はPDCAのAct(改善)であり、明らかになった課題やインシデントに対して適切に改善を進めることである。
インシデントとは労働災害に加えてヒヤリハットのように災害を引き起こすおそれのある事象も含まれる。インシデント及びマネジメントシステム運用上の不適合についてそれぞれ原因を究明し、再発防止に向けた対策を講じる必要がある。本箇条ではインシデント及び不適合について報告、調査、処置を含めた管理プロセスの構築・運用が求められており、報告が必要なインシデント及び不適合を定めることや調査方法、再発防止への処置などのルールを定める必要がある。
ISO45001の要求事項は箇条4から箇条10まで詳細に定められており、すべてに対応するのは難しいと思われるかもしれない。しかし、必ずしも規格のための新たな仕組みを一から作る必要はない。日常的に行っている安全衛生活動をマネジメントシステムに組み込み、PDCAサイクルの中に位置付けて運用することで、実効性のある仕組みへと発展させることができる。
ISO45001は組織における労働安全衛生の向上に寄与するものであり、認証を取得しなくても組織の労働安全衛生活動を整理し、継続的に改善するための実務的ツールとして活用する視点が有効である。経営トップから現場までが一体となって現場の実態に即した仕組みを構築・運用することが、労働安全衛生水準の向上と企業価値向上の両立につながると考える。
本誌の別紙2にISO45001で求められているプロセスと文書・記録についてまとめた一覧表を作成した。ISO45001が求めるプロセスや文書・記録と組織で現在取り組んでいる内容を確認し、必要な対策を進めるためのツールとして活用いただきたい。
本稿がISO45001の理解に少しでも貢献できれば幸いである。
【参考文献】
1) 日本産業標準調査会「JIS Q 45001 労働安全衛生マネジメントシステム-要求事項及び利用の手引」
https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISSearch.html(最終アクセス 2026年5月13日)
2) 中央労働災害防止協会『これだけでわかる ISO45001』2019年
3) 中央労働災害防止協会『実践!労働安全マネジメントシステム ISO45001・ JIS Q 45100文書例・様式データ集』2020年
4) 黒崎由行『労働安全マネジメントシステム ISO45001実践ハンドブック』労働調査会、2018年
¥0
ISSB、自然関連開示を実務記述書で検討|TNFDとの関係と企業対応
¥0
国交省、グリーンインフラ(GI)のファイナンスガイドライン(中間とりまとめ)公表|資金調達手法と事例を整理
¥0
TNFDの「目的」とは? 自然が経営課題となる理由 【連載企画】ネイチャーポジティブ経営入門 第2回

MS&ADインシュアランス グループ
ホールディングス株式会社
サステナビリティ推進部 フェロー
「自然資本のリスク分析と企業経営への統合」を専門分野とし、30年以上のコンサルティング実績がある。1990年に環境リスク技術職としてキャリアを開始したのち、1996年からMS&ADグループに参画。以降、一貫して環境リスクマネジメントと生物多様性保全に関する調査・コンサルティングに従事。2000年頃からは「ビジネスと生物多様性」の領域に先駆的に取り組み、生態系破壊や気候変動が事業に及ぼす影響の研究を進めてきた。
コンサルティング業務のかたわら、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)顧問、一般社団法人いきもの共生事業推進協議会(ABINC)副会長や、国土交通省、環境省、東京都などの政策関連委員も多数歴任。
また、2021年10月には日本人として初めてTNFDのタスクフォースメンバーに選出。世界中から集められた30名の金融・企業有識者の一人としてTNFDフレームワーク策定と普及に貢献している。
――TNFDのタスクフォースメンバーとして、企業との対話や、登壇などを数多くされていると思います。その中で、重要だと感じることはありますか?
原口:TNFDは、自然関連課題を“開示すること”だけを目的としていません。大事なのは、自然への依存やインパクトが、どのような事業リスクや機会を生んでいるのか、そして、最終的に財務情報へどうつながるのか、その伝達経路をきちんと描けるかどうかです。例えば、水資源の枯渇、森林減少、土壌劣化、生物多様性の損失は、原料調達や事業拠点の運営、ブランドの毀損などの形で、企業価値に影響します。TNFDは、そうした自然への依存やインパクトを「環境の話」として経営と切り離して扱うのではなく、課題の一つとして捉えるように促しています。
――自然の問題は、経営の課題である、と
原口:はい。前回述べたように、自然は経営に不可欠な資源です。そして、自然資本は、事業や経営を支えている基盤です。しかし、気候変動や生物多様性の損失が顕在化し、その前提は、急速に揺らいでいます。原材料を安定的に調達できるのか、工場を止めずに操業し続けられるのか、将来の規制や訴訟に耐えられるのか。こうした問いに答えるには、自然との関係を“外部環境”としてではなく、自社の事業に内部化して、見直す必要があります。
――開示を通して「企業が求められていること」とは、何でしょうか?
原口:本当に問われているのは、自然関連課題を通じて「経営やガバナンスの健全性」を示せるかどうかです。どの課題を重要と判断し、誰が意思決定し、どう対応していくのか。そこに、企業統治の質が表れます。つまりTNFDは、自然関連課題への対応力だけでなく、経営の意思決定がきちんと機能しているかを示すもの、でもあるのです。
ですから、TNFDは単なる環境報告の延長、ではありません。経営課題として自然を捉え直し、リスクと機会を整理し、事業戦略や資本配分に落とし込めるかどうかが、問われています。自然関連課題の把握が目的化してしまうと、開示はできても、実際の経営判断につながりません。しかし、伝達経路を描ければ、TNFDは企業の意思決定の質を高める、有効なツールになります。
――開示に向けた実務の面で、難しいポイントはあるのでしょうか?
原口:開示のために、TNFDが推奨するLEAP分析※を用いる企業は多いですが、ここにつまずきやすいところがあります。それは「LE」(LocateとEvaluate)の先です。ここまでは、サステナビリティ担当者が中心となって、進めやすいことが多いです。自社の事業と自然との接点を洗い出し(Locate)、依存やインパクトを整理する(Evaluate)作業ですね。ところが、「AP」(AssessとPrepare)、リスクや機会を評価・測定し(Assess)、その対応と開示の準備を進める(Prepare)段階に入ると、難しくなる企業が増えます。事業部門や、経営層の関与が必要になってくるからです。
※LEAP分析 TNFDが策定した、自然関連課題を評価・管理するための統合的アプローチ。「Locate(発見)」「Evaluate(診断)」「Assess(評価)」「Prepare(準備)」の4段階で構成される。
実際、現場では事業部や拠点ごとに事情が違い、サプライチェーンは複雑で、データも十分ではありません。だからこそ、サステナビリティ部門だけでなく、調達、製造、営業、財務、法務、経営企画など、複数部門の知見を集める必要があります。ここからも、TNFDが自然の専門知識だけでは完結しない、経営判断までをつなぐツールであることがわかります。


出典: TNFD(2023)「自然関連財務情報開示タスクフォースの提言」をもとに、筆者作成
――なぜ、全社対応が必要なのか、より詳しく教えてください
原口:どの地域や拠点が重要なのか、どの依存・インパクトやリスク・機会を優先するのか、追加コストをどう負担するのか、サプライチェーンをどう見直すのか。こうした判断は、サステナビリティ部門だけでは完結せず、関連部署と一緒に取り組む必要があります。そのため、全社対応が求められます。
さらに、TNFD開示は「一度レポートを作って終わり」ではありません。リスク管理、投資判断、調達方針、事業ポートフォリオの見直しなど、経営のさまざまな局面と関連します。だからこそ、経営会議で議論され、現場に落とし込まれていくプロセスが必要です。自然関連課題を“見える化”するだけでは不十分で、それをどう経営に組み込むかが、最も重要です。
――経営トップの関与が、大きな影響を与えそうですね
原口:その通りで、理解と関与は欠かせません。経営者がTNFDの意味を理解し、方針を示し、必要な判断を下すことが求められます。経営者の意思決定のもと、企業が一丸となって誠実に取り組めていること自体が、ガバナンスが健全に機能している証拠になります。自然関連課題への対応は、依存・インパクトやリスク・機会だけでなく、経営のレジリエンスも浮き彫りにします。
トップが関与すれば、各部門の役割も明確になります。データの収集、課題整理、優先順位の判断。この一連の流れによって、TNFDは「開示のための作業」から「企業価値を守り高める経営のプロセス」へと変わります。
――ということは、社外からの評価にも、大きな影響を与えそうですね
原口:ここまで述べた論点は、投資家を含めた、外部のステークホルダーの見方にもつながっています。実際に、TNFD開示を含む統合報告書を、自然関連課題への対応だけでなく、ガバナンスの視点から読む機関投資家も出てきています。投資家にとって重要なのは、自然関連課題の“説明”ではなく、企業がそれにどう向き合い、どのような意思決定体制を整えているか、なのです。
参考文献:TNFD(2023)「自然関連財務情報開示タスクフォースの提言」
環境省 生物多様性の価値評価の検討指針を公表 企業が今後押さえるべき実務上のポイントとは?
https://rm-navi.com/search/item/2532
SoN(自然の状態)指標の最終案 TNFD、GRI、SBTNでは具体的な活用方法の検討進む
https://rm-navi.com/search/item/2531
関連するコンサルティングメニューはこちら
TNFD・自然資本関連支援コンサルティング
¥0
カスハラ・求職者セクハラ対策の義務化受け、企業の対応で厚労省が通達・Q&Aを公表
¥0
【終了】物流現場の3大リスクの安全対策セミナー ~「貨物の安全」「車両系荷役運搬機械の安全」「人の安全」の三位一体取組~
¥0
タイで相次ぐ重大事故―踏切での列車・バス衝突事故、リチウムイオン電池運搬車両炎上事故を中心に―【InterRisk Thailand Report(2026年5月)】
本稿に記載した痛ましい事故によりお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。あわせて、受傷された方々の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
タイ王国(以下「タイ」)では2026年に入って以降も、公共交通機関と物流に関わる重大事故が立て続けに発生しています。本年1月14日には、ナコンラチャシマ県においてタイ・中国高速鉄道建設プロジェクトの建設用クレーンが走行中の特急列車に倒壊し、30人を超える死者を出す重大事故が発生しました。続いて5月3日には、リチウムイオン電池を積載したトラックがバンコク近郊の幹線道路上で爆発・炎上し、高架道路の構造体に損傷を与える事故が発生しました。さらに5月16日には、首都バンコク中心部の踏切で貨物列車と路線バスが衝突し、少なくとも8人が死亡、20名以上が負傷する事故が発生しました。
短期間にこれだけの重大事故が集中して発生していることは、タイにおける交通インフラ、ならびに物流体制および危険物管理の安全管理上の構造的な課題を浮き彫りにしていると言えます。本稿では、在タイ日系企業のリスクマネジメントおよび従業員の安全確保に資する情報を提供することを目的とし、特に直近で発生した2件の事故―(1)バンコク・マッカサン地区での貨物列車・バス衝突事故(2026年5月16日)、および(2)チャチュンサオ県でのリチウムイオン電池運搬トラックの爆発炎上事故(2026年5月3日)―を取り上げ、事故概要、近年発生した類似事故、事故原因の分析、および事故防止策について整理します。
2026年5月16日(土)午後3時40分頃、バンコク都ラチャテーウィー区マッカサン地区のアソーク-ディンデーン通り(Asok-Din Daeng Road)にある踏切で発生しました。事故現場はエアポート・レール・リンク(ARL)マッカサン駅、およびタイ国有鉄道(State Railway of Thailand, SRT)東本線アソーク停車場の近傍に位置し、日本人駐在員も多く居住する地域に近接した幹線道路上の踏切でした。




報道によれば、当該列車はレムチャバン発バンスージャンクション行きの貨物列車であり、衝突相手はバンコクバス公社(Bangkok Mass Transit Authority, BMTA)運営の路線バス(206系統、東部郊外と中心部を結ぶ路線バス)でした。当時現場周辺は道路渋滞の状態にあり、公共路線バスが踏切上に停車していたところに、走行中の貨物列車が衝突しました。衝突の衝撃でバスは押し動かされて約50メートル走行し、その後火災および爆発が発生しました。被害はバスの乗客のみならず、周囲にいた複数の乗用車やオートバイにもおよびました。事故場所は正確には、Asok-Din Daeng通りのラマ9世交差点とアソーク・ペッブリー交差点の間に位置する踏切で、午後3時40分頃に発生したと報じられています。
死者は当初6名と発表されましたが、その後8名に増加し、負傷者は最終的に32名と報じられています(一部報道では最大35名)。事故現場では救助隊による消火および救出活動が深夜まで続けられました。アヌティン・チャーンウィラクン首相は事故を受けて全面調査を指示しています。


[https://www.facebook.com/bangkokbma/posts/pfbid0AXAq6oSJ8yGXhhDh2MeKx9RkQFMsaZD9RwZ8Yf76wxDqS1hrzrfmH2xVSDyD3cP7l
©Bangkok Metropolitan Administration, バンコク都]
タイ運輸副大臣の説明によれば、踏切付近の信号が赤であったためバスが踏切手前で停止しようとしましたが、渋滞の影響でバスが踏切内に停車する形となりました。本来、列車が接近すると遮断機が下ろされて警報器が鳴る仕組みですが、バス車体が遮断機の作動範囲に入っていたため、遮断機が完全に下りなかった可能性が指摘されています。そこへ走行してきた貨物列車が、車両重量の大きさから十分な制動距離を確保できず、停止していたバスに衝突したとされています。
タイ国家警察長官は事故当日夜に現場を視察し、防犯カメラ映像から「バスが踏切上に停車していたことが明確である」と発言しています。また、タイ国鉄は陸上交通法(Land Traffic ActまたはRoad Traffic Act)第63条:踏切手前5m以上での停車義務、線路上での停車禁止―を改めて警告しています。本事故現場は事故以前から、信号待ちの車両が線路上に停車する状況がSNS上で共有されており、構造的・継続的に危険性が指摘されていた地点でした。
2026年5月3日(日)午後7時30分頃、タイ中部チャチュンサオ県バーンパコン郡バーンワ地区を通るテーパラット通り(通称:バンナー・トラート通り、ハイウェイ34号線)の40キロポスト付近の急行レーン上で発生しました。事故現場の真上にはブラパー・ウィティ高速道路(Burapha Withi Expressway)の高架構造物が走っており、火炎による熱が高架部にも波及しました。


報道によると、ナコンパトム県登録の白色10輪トラック(一部報道では6輪トラック)が、リチウムイオン電池を積載して走行中に出火しました。激しい炎上に伴って連続的な爆発が発生しました。消防車8台が出動し、最初に放水で消火を試みたが効果が得られず、続いて消火泡を使用したものの、リチウムイオン電池特有の「熱暴走(thermal runaway)」現象により、いったん鎮火しても化学反応が継続して再着火する状態となり、消火活動は極めて困難を極めました。
高架のブラパー・ウィティ高速道路の構造体も加熱によりコンクリート表面が剥落するなどの損傷を受けました。タイ高速道路公社(Expressway Authority of Thailand, EXAT)は翌5月4日午前に構造調査を実施し、構造体の強度や変形に影響はないことを確認した上で当該区間を再開放したが、地上の主要レーンは構造点検のため一時的に閉鎖されました。事故により周辺道路で深刻な渋滞が発生し、当局はモーターウェイ7号線への迂回や1〜2時間の追加所要時間を見込むよう呼び掛けました。
運転手は事故後、車両から脱出して無事でしたが、警察に対して「自分は雇われてトラックを運転していただけで、積荷の詳細は把握していなかった」と供述しています。出発地はチャチュンサオ県プレーンヤオ郡の工場、目的地はサムットサーコーン県とされています。タイ警察は、リチウムイオン電池の輸送に関する書類および取扱手続きが関連法令を遵守していたか、出発元工場の安全管理体制を含めて捜査を進めています。タイでは、2015年タイ運輸省規則による欧州危険物輸送協定(ADR)準拠の安全規則、および2020年タイ運輸省陸運局「危険物輸送車両の輸送書類に関する陸上運輸局の通知B.E. 2563(2020)」などの危険物陸上輸送規制が整備されていますが、本件事故では運送書類の有無や適法性、および出発点工場の安全管理体制が捜査対象となっており、規制の現場運用面における課題が浮き彫りになっています。


本章では、上記2件の事故に類似する近年の重大事故を、1.タイ国内の踏切および公共交通機関に関する事故、および2.リチウムイオン電池に起因する車両火災事故、の2カテゴリに整理して紹介します。
2020年10月11日午前8時5分頃、バンコクの東約50キロのチャチュンサオ県、カオン・ケーウクラーン鉄道駅付近の踏切で、貸切バスが東方から首都方面へ向かう貨物列車と衝突しました。バスには約60名が乗車しており、雨季明けの仏教行事(カティナ儀式)としてチャチュンサオ県の寺院に向かう途中でした。衝突によりバスは右側に横転、車体上部が剥離するほどの大破となり、少なくとも18名が死亡、40名以上が負傷しました。事故現場の踏切は警報器のみで遮断機(バリア)が未設置の状態であり、視認性も悪い状況でした。事故後、当時のチャチュンサオ県知事であるMaitree Tritilanon氏は同種事故の再発防止策として、踏切付近の安全対策強化を表明しました。
2023年8月4日午前2時20分頃、チャチュンサオ県ムアン郡内(クロン・ウドム・チョンラジョン駅付近)の無許可で設置された踏切で、労働者を乗せたピックアップトラックとレムチャバン行き貨物列車が衝突する事故が発生し、死者8名および負傷者4名を出しました。当該踏切は遮断機を備えておらず、警告灯と警報装置のみの状態でした。運転手は接近する列車と警笛を3回認識したものの、同乗者から進行を促され、停止しきれずに衝突に至りました。この事故を契機にタイ国鉄は全国の違法踏切693カ所の閉鎖計画を発表しました。タイ国鉄の公表データによれば、当時タイ国内の踏切2,697カ所のうち2,004カ所が公式踏切、693カ所(約26%)が非公式踏切とされ、また2005年から2021年に記録された437件の列車関連事故のうち、約44%が非公式の踏切で発生していました。
2024年10月1日昼12時29分頃、バンコク近郊パトゥムタニ県内を走行中の貸切バスが、前輪のタイヤ破裂で操舵を失って走行中の乗用車に接触した後、道路の中央分離帯に衝突して炎上しました。本事故はウタイタニ県のWat Khao Phraya Sangkharam小学校を出発し、アユタヤ県やノンタブリ県への遠足の途上で発生しました。当該バスは1970年登録から54年経過の老朽車両でした。バスは天然ガス(CNG)燃料を動力源としており、後の調査でCNGタンクの違法改造(追加5本搭載、約875kgの過剰積載)が明らかとなっています。タイヤ破裂による衝撃でガス漏れが発生し、引火に至ったとされています。乗客44名(教師6名、児童・生徒38名)のうち、児童・生徒20名と教師3名を含む23名が現場で死亡し、事故後さらに2名が亡くなり、合計25名の犠牲者が発生しています。2025年9月、ターニャブリー州裁判所はバス所有者父娘および運転手に執行猶予付き有罪判決を言い渡しました。
2026年1月14日午前9時13分頃、タイ東北部のノーンナムクン駅とシーキウ駅の間の鉄道線路上で、バンコク-ノーンカーイ間高速鉄道(タイ・中国共同プロジェクトの一部)の建設中高架から大型クレーンが倒壊し、バンコク発ウボンラチャタニー行き特急21号列車に直撃した。列車は乗客・乗務員195名を乗せて運行中で、3両が脱線・横転し、事故後に火災も発生しました。最終的に32名が死亡、64名以上が負傷しました。事故前数日間の降雨も要因の一つとされています。アヌティン・チャーンウィラクン首相は事故発生後、全面調査を指示しました。本事故は、建設業界の安全管理体制不備への厳しい批判を招きました。
2023年9月3日午後2時頃、タイ東北部ウドンタニ県ムアンウドンタニ郡市内にあるショッピングセンター前の充電ステーションで、購入から約1週間しか経過していないBYD ATTO 3が急速充電中に発煙する事故が発生しました。所有者が買い物中に車両を充電していたところ、バッテリー充電率50%に達した時点でボンネット下から白煙が立ち上りました。所有者がモール従業員を通じ消火器を使用させ、ムアンウドンタニ警察署および地元消防が泡消火剤および放水によって対応しました。
後日の調査結果では、出火原因は12V鉛蓄電池に接続された配線の損傷で発生した熱が、隣接するエアコン冷媒配管を焼損し、漏れ出た冷媒が熱と反応して白煙を発したものとされました。電気制御モジュールおよび走行用の高電圧電池本体に損傷は確認されず、火炎の発生は確認されませんでした。本事故はタイ国内におけるEV充電中インシデントの代表事例として注目され、急増するEV普及とともに充電インフラ全体の安全性を改めて問う契機となりました。
2023年4月8日(土)午後11時30分頃、バンコクのペッブリー通り(またはペッチャブリー通り、Phetchaburi Road)のプラトゥナム交差点で、BMTA運営の電動バスから出火する事故が発生しました。運転手が左車線の駐車車両を避けるため右車線へ進路変更したところ、交差点上空に突き出ていた高架道路の橋桁に車体の屋根が接触し、その衝撃で出火に至ったとされています。
通報を受けて駆けつけた消防士は車両屋根上に放水し、約30分で鎮火されました。当該バスは無乗客運行中だったため、人的被害は報告されませんでしたが、車体屋根が焼損して走行不能となりました。各種報道からは、火災原因の詳細、特に屋根上に搭載されたリチウムイオン電池パックが直接の出火源となったかどうかは明らかではありませんが、電動バスの電池パック搭載位置(車両上部)が橋桁との接触で容易に損傷を受けうるという観点で、都市内電動公共交通車両の運行安全性に関する重要な事例として注目されました。
2024年7月26日午前6時38分頃、米国カリフォルニア州ベイカー付近の州間高速道路15号線北行きマイルマーカー113付近で、産業用リチウムイオン電池6基を積載したセミトレーラーが横転し、燃料・油漏れを起こすとともに積荷から出火しました。電池を収納したコンテナ全体の重量は約75,000ポンド(約34トン)に達し、リチウムイオン電池の熱暴走によって火災は40時間以上にわたって燃え続け、高速道路北行き約40マイル(約64キロ)の区間が約2日間閉鎖されました。本件は米国内で初の「リチウムイオン電池火災による高速道路長時間封鎖」事例とされています。
2024年9月26日午前12時直前、米国ロサンゼルス・サンペドロ地区のターミナル島近く(940 North Seaside Avenue付近)で、大型リチウムイオン電池を積載したセミトレーラーが横転し、出火しました。電池からのオフガス放出、および少なくとも1基の電池の爆発が報告されています。ロサンゼルス消防局は、放水ではリチウムイオン電池火災を有効に消火できず、汚染水が海に流出する環境リスクを生じるとの判断から、消火を試みずに自然鎮火を待つ戦術を選択しました。その結果、47号フリーウェイおよびその一部であるヴィンセント・トーマス橋が両方向で閉鎖されました。閉鎖期間は約36時間に及び(9月27日深夜に47号フリーウェイ再開、9月28日朝までに橋再開)、ロサンゼルス港・ロングビーチ港の一部ターミナル操業も停止しました。この事故で、リチウムイオン電池火災は「放水や泡薬剤では消火困難で、自然鎮火を待たざるを得ない」場面が多いことが改めて確認されました。




マッカサン踏切事故の原因を、直接的側面および構造的・背景的原側面から分析します。
本事故の原因を、直接的側面、物流・管理的側面、およびインフラ影響の側面から分析します。
事故原因は捜査中ですが、報道情報および類似事例の知見からは、以下のいずれか(または複合)が引き金になった可能性が考えられます。
本事故では、地上トラック火災の高熱が上部を通る高架道路(ブラパー・ウィティ高速道路)のコンクリート構造体に到達し、表面剥落を引き起こしました。高架下を危険物輸送車両が通過する経路設計においては、構造物への熱影響を前提とした火災シナリオの想定が不十分であった可能性があります。
在タイ日系企業が留意すべきポイントとして、以下が挙げられます。
2026年に入って以降も、タイでは公共交通機関と物流に関わる重大事故が立て続けに発生しています。本稿で取り上げた5月3日のリチウムイオン電池運搬トラックの爆発炎上事故、および5月16日のバンコク中心部踏切における貨物列車と路線バスの衝突事故は、いずれも単独の偶発的事象ではなく、タイにおける交通インフラの整備状況、危険物輸送に関する規制と実運用の乖離、そして安全教育の浸透度という構造的課題の表出として捉えるべきものです。
特にマッカサン踏切事故については、事故以前から危険性が継続的に指摘されていた地点で発生しており、ヒヤリハット情報の集約と対策優先順位付けの仕組みが十分には機能していなかったと考えられます。リチウムイオン電池の運搬車両火災についても、運転手が積荷の危険物該当性を認識していなかったことや、熱暴走による消火困難が高架構造体の損傷という二次被害を招いた点は、輸送ルート設計と緊急対応体制の双方に課題を残しました。
これらの事故防止には、インフラ面の整備、ドライバー・現場作業員に対する教育徹底、そして規制と実運用のギャップを埋める制度設計という三層的アプローチが不可欠です。在タイ日系企業の実務担当者においては、本稿で整理した事故パターンと防止策を、従業員の通勤動線リスク評価、物流委託先の安全管理レビュー、BCPの見直し、および各種保険補償範囲の点検といった具体的なリスクマネジメント活動につなげていくことが期待されます。
本稿で参照した情報は主として公開報道に基づくものであり、事故原因の最終的な確定は当局による正式調査結果の公表をもって判断する必要があります。今後の続報および調査報告の動向を引き続き注視し、自社の安全管理体制に随時反映していくことが望まれます。
【Reference】
¥0
流域治水とグリーンインフラ(Eco DRR)に関する住民の意識について(アンケート調査結果2026)【リサーチレター(2026年6月)】
近年、気候変動の影響によって豪雨・洪水などの水災害が激甚化・頻発化しており、従来の河川管理(堤防強化やダム等のハード対策)だけでは流域全体を守り切ることが困難になっている。2019年10月の東日本台風※1や2020年7月の豪雨※2等、毎年発生する甚大な被害状況を踏まえ、わが国の治水政策は河川区域にとどまらない関係者の協働による「流域治水」へと取組みを転換し、全国109の1級水系でプロジェクトが展開されている。その中で、グリーンインフラ※3は、「治水」と「ネイチャーポジティブ」、さらには「地域活性」をも生み出す重要な選択肢として位置づけられている。森林や緑地は雨水の川への流入を遅らせ時間的な余裕を生み出すことができるため、洪水時の最大流量を抑制する機能がある。さらには生物多様性保全、景観形成等の多面的な機能もあるからである。こうした動きは、「流域治水関連法」(2021年5月公布、国土交通省)や「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」(2024年3月策定、環境省・国土交通省・農林水産省・経済産業省)、「グリーンインフラ推進戦略2030」(2026年1月策定、国土交通省)など、複数の中央省庁をまたぐ法制度・政策的整備とともに進められてきた。また、世界に目を向けても状況は軌を一にしている。2025年11月に開かれた「国連気候変動枠組条約第30回締約国会議」(UNFCCC COP30)において、「生態系を活用した適応(Ecosystem-based Adaptation:EbA)」※4や「自然を活用した解決策(Nature-based Solutions:NbS)」※5の活用加速が確認された。これにより、グローバルな方針が国・地域レベルの実装へと落とし込まれていくことが見込まれる。
一方で、先行調査では流域治水を「全く知らない」とする住民が約半数に達する※6など、住民側の認知不足や自分事化の欠如がプロジェクト推進の大きな障壁となっていることが示唆されている。ただし、既存の全国意識調査は「流域治水」という概念の認知・理解に関する把握にとどまり、流域ごとの被害特性・地形に基づく地域差が十分に明らかにされていない。さらには、グリーンインフラそのものに対する住民の意識や、認知から実行(自助・参加)に至るプロセスを詳細に捉えた調査は不足している。グリーンインフラの実効的な普及策や支援措置の設計には、地域実態に即した詳細なデータが必要である。
※1 2019年10月6日に発生した台風第19号は静岡県や新潟県、関東甲信地方、東北地方で3、6、12、24時間降水量の観測史上1位の値を更新し、記録的な大雨となった(神奈川県箱根町では10~13日までの総降水量が1,000mmに達した)。
※2 2020年7月28~29日にかけて、国が管理する7水系7河川、県が管理する57水系186河川で氾濫発生。球磨川流域の人吉雨量観測所では24時間雨量410mmを記録するなど、多くの雨量観測所において観測史上最多雨量となった。
※3 自然環境が有する多様な機能を、社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において活用する手法。
※4 気候変動による負の影響に対応するために生態系サービスを活用すること。社会へ多様な利益をもたらすとともに生物多様性保全に貢献しようとする適応手法。
※5 自然環境が有する多様な機能を、様々な社会課題の解決に役立てる手法。グリーンインフラの概念に近い。
※6 水文・水資源学会誌(2025年5月)『近年の治水政策に関する全国意識調査』
グリーンインフラの概念はとても広いが、本調査はグリーンインフラのひとつである「生態系を活用した防災・減災(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction:Eco-DRR)」※7に注目する。生態系サービスを活用した流域治水の普及・実装を加速するため、以下の事項を明らかにすることを目的とする。
住民意識を行動変容モデルの3段階("認知"=知っている、"理解"=自分事として捉える、"実行"=行動・協力する)に沿って定量的に把握し、各フェーズにおける到達状況を可視化する。
対象流域間での類似点・差異を明らかにする。
調査結果は、国土交通省等の政策検討資料のほか、自治体の流域治水プロジェクトにおける解決策立案の根拠資料、防災・減災のためのツール開発・高度化、普及支援(関係事業者・団体による実装支援)に活用いただくような実践的知見を提示する。
※7 生態系が持つ多様な機能を活かすことで、自然災害に強く持続可能な社会を構築しようとする手法。
2026年2月10日~2月16日の間にインターネットによる調査を行った。
1,500人(20~79歳の男女)
「洪水予報指定河川(国土交通大臣指定)」および「直近の水災害発生河川」より、下記いずれかの流域周辺地域※8に居住されている方
| 流域 | 回答者数(人) |
|---|---|
| 多摩川 | 450 |
| 鶴見川 | 450 |
| 天竜川下流、菊川 | 170 |
| 馬込川 | 80 |
| 緑川、白川 | 350 |
※8 〇多摩川流域:【東京都、神奈川県、山梨県】川崎市(重複)、大田区、世田谷区、八王子市、立川市、武蔵野市、三鷹市、青梅市、府中市、昭島市、調布市、町田市(重複)、小金井市、小平市、日野市、国分寺市、国立市、福生市、狛江市、武蔵村山市、多摩市、稲城市(重複)、あきる野市、羽村市、瑞穂町、日の出町、檜原村、奥多摩町、甲州市、小菅村、丹波山村
〇鶴見川流域:【東京都、神奈川県】 横浜市、川崎市(重複)、稲城市(重複)、町田市(重複)
〇天竜川下流、菊川流域:【静岡県、愛知県】浜松市(重複)、磐田市、掛川市、袋井市、湖西市、菊川市、御前崎市、森町、設楽町、東栄町、豊根村
〇馬込川流域:【静岡県】浜松市浜北区、中区、東区、西区、南区
〇緑川、白川流域:【熊本県】熊本市、菊池市(旧泗水町、旧旭志村)、宇土市、合志市、大津町、菊陽町、西原村、御船町、嘉島町、益城町、甲佐町、阿蘇市、高森町、南阿蘇村、宇城市、美里町、山都町






「流域治水」の認知度は、本調査において42.3%(認知計)であった。「内容をよく知っている」はわずか6.3%にとどまり、57.7%は「知らない」という状況である。2025年の全国調査※9では、「よく理解している」が4.9%、「全く知らない」が49.1%であったが、本調査でも同様の結果となり、認知の進展は停滞していることが明らかになった。
一方で、流域別認知度では差異が認められ、緑川・白川流域で認知度が最高値(53.1%)を示した。
※9 水文・水資源学会誌(2025年5月)『近年の治水政策に関する全国意識調査』


図表5は、水災害リスクの理解状況を流域別に示したものである。全体では、45.6%が危険性を理解しているという結果になった。流域別では、ここでも、緑川・白川流域が最も高い結果(55.1%)となった。
また、図表下部には「流域治水」認知度とのクロス集計もまとめた。これを見ると、流域治水の認知度が高くなるほど、危険性の理解度も高くなっている。


図表6は、図表5で「わからない」を選択した方以外(1,209名)を対象に、危険性を判断した根拠を尋ねた設問である。全体で「ハザードマップから」が51.1%と最も高く、行政提供情報の有効性が確認できる。
なお、「流域治水」の認知度が高い層では、ハザードマップを選択した割合が75.8%となった。さらに、「浸水想定区域図(48.4%)」も根拠としており、想定最大規模の水災害情報(浸水深や範囲、浸水継続時間など)も参照していることが示された。
図表4で住民の半数以上が流域治水を認知していた緑川・白川流域では、「過去に水災害があったことを聞いているから(28.8%:全体18%)」や「水災害の実体験から(21.2%:全体9%)」が全体計よりも高い。
また、地形の特性上、内水氾濫が発生しやすく、2014年以降で7回の浸水被害が発生している馬込川も「河川や堤防などの地形の様子から(31.3%:全体21.1%)」、「水災害の実体験から(14.1%:全体9%)」が全体計より高い。
認知の現状を明らかにしたところで、次は住民が水災害対策をどのように理解し、協力意欲を抱いているかを示す。


図表7は、住民が当事者として参加したいと思う取組みを「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体では、「自主防災組織等による避難訓練への参加」が18.5%と最も高かった。グリーンインフラに関する項目を見ると、協力意思は一定数(25.7%)存在することが明らかになった。しかし、全体の48.9%が「協力・参加したいものはない」と回答している事実は重い。図表5で示したように、水災害リスクの理解状況が半数以下(45.6%)であるために、それを解決するための主体的行動にも結びついていないことを示唆している。
「流域治水の認知度」が高い層では協力意思が高い。グリーンインフラの中では「自費による自宅/敷地内での雨水貯留(雨庭や植栽)(9.5%)」が全体(3.7%)と比べて高い。また、「住居や店舗のかさ上げ(12.6%)」や「移転(10.5%)」を自費でも協力する意向が高い。


図表8は、住民が実際に実行した取組みを「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体では、「避難場所・避難経路の確認(24.6%)」「非常用持出袋の準備(20.8%)」が上位となり、参加意欲に関する設問の結果と一致していた。図表7で、全体の48.9%が「協力・参加したいものはない」に続き、ここでも全体の51.7%が「特にない」と回答している。
グリーンインフラに関しては、グリーンインフラ協力意欲(25.7%)に対し、実際の実行状況(7.3%)は低調である。意向と行動の間にギャップが存在していることを示す結果となった。
一方で、「流域治水の内容をよく知っている層」においては「避難経路確認(40.0%)」、「自宅の浸水防止対策(31.6%)」、「マイ・タイムライン検討(28.4%)」と、すべての項目で実行率が高まる。「グリーンインフラ(22.1%)」については全体平均(7.3%)の3倍以上になり、正しい知識の習得が、グリーンインフラを含む防災行動のドライバーとなることが明らかになった。


図表9は、グリーンインフラに取り組んだ方(110名)を対象に、実行動機を尋ねた設問である。全体では、「地域の水害を軽減するために、流域の人々と協力することが重要と考えたから(34.5%)」、「浸水地域の被害が軽減することは自分にもメリットがあると思ったから(33.6%)」と、浸水被害の軽減が上位を占める中、「グリーンインフラ特有の多面的なメリットの期待(32.7%)」や「応援したいと思う活動(24.5%)」が上位に挙がった。
なお、流域別分析においてはサンプル数が小さいことから、本レターでは分析対象外とする。
(多摩川流域n=33、鶴見川流域n=30、天竜川下流・菊川流域n=10、馬込川流域n=5、緑川・白川流域n=32)


図表10は、協力関係の構築状況を「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体では、「治水のための協力関係」が築けているとの実感は19.4%にとどまる。流域別では、緑川・白川流域(24.6%)が最も高かった。都市部にある多摩川流域(18.4%)、鶴見川流域(16.4%)、天竜川下流・菊川流域(18.2%)は2割を下回る結果となった。
また、下部には「流域治水」認知度とのクロス集計もまとめた。これを見ると、流域治水の認知度が高い人ほど、関係構築が出来ていると回答している。「流域治水の内容をよく知っている」層ほど、他者との関わりの中で行動している割合が高いことが明らかになった。


図表11は、「協力関係が築けていない」と回答した方(633名)を対象に、協力関係を築くために必要な要素を「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体では、「人的・財政的な余力の欠如(34.3%)」が構築を阻む最大の要因であり、次いで「行政・企業・住民の顔が見える関係の欠如(27.6%)」、「広域連携のための体制整備(20.7%)」が挙がった。興味深いことに、この結果は「流域治水の内容をよく知っている」層においても同様である。住民は単なる啓発ではなく、コミュニティの充実に向けた具体的な支援を自治体に求めている。


図表12は、流域治水にとって効果的と思える対策を尋ねた結果である。ここでは当事者としての実施を問うていないため、純粋に「水災害のための対策はどういったものが良いと思うか」の住民回答が反映されている。全体では、「河川堤防/川底掘削の強化(37.0%)」が最多となり、住民が期待する対策は依然としてハード対策に集中していた。次に回答割合が高かった「都市内の水はけ/排水性の向上(28.9%)」や「河川環境の保全・整備(21.6%)」、「遊水地の整備(19.1%)」はグリーンインフラがその役割を担える。
一方、「流域治水の内容をよく知っている」層においても、最多回答を集めたのは「河川堤防/川底掘削の強化(58.9%)」であった。加えて、全体と比べて高い回答は「遊水地の整備(36.8%)」や「公園/緑地の整備(27.4%)」、「雨水貯留浸透施設の整備(28.4%)」であり、これらもグリーンインフラが貢献すべき要素である。
以上より、「ハード対策に加えて、グリーンインフラも水災害対策の優先要素となり得る」ということが、住民意識からも言える。そして、グリーンインフラの効果を最大化するためには流域住民の参加が不可欠である。そこで、今後グリーンインフラが普及していくにあたって必要な要素を尋ねた結果を示したい。


図表13は、図表7で「グリーンインフラに参加したい」と回答した方(386名)を対象に、普及のために必要な要素を尋ねた結果である。全体では、「リスク低減効果の情報(42.2%)」が最多となり、治水としての実利を求めている。一方で、「流域治水の内容をよく知っている」層では、「地域コミュニティによる連携体制(64.9%)」が顕著に高く、組織的な枠組みを求めている。


図表14は、今後必要な情報として求める要素を「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体結果および「流域治水の内容をよく知っている」層ともに、「被害・復旧状況のリアルタイム共有システム(全体:36.9%、よく知っている層:49.5%)」や「ハザードマップの改良(全体:34.7%、よく知っている層:45.3%)」、「アプリを活用した情報配信(全体:33.9%、よく知っている層:45.3%)」が上位を占めた。


図表15は、避難行動を開始するきっかけを「流域別」および「流域治水」認知度とクロス集計したものである。全体では、「避難指示が発令されたら」が49.9%と最も高く、次いで「河川氾濫などの警報が発表されたら(31.3%)」、「警察や消防からの呼びかけがあったら(26.0%)」が続き、行政の役割が大きいことが分かる。
一方、「流域治水の内容をよく知っている」層は、「関わっている地域コミュニティの人から声かけされたら(21.1%)」が全体と比べて高い。だが、属している地域コミュニティは「特になし(72.6%)」が最多である現状(図表3)を踏まえると、対策が必要である。
本調査において、「流域治水」の認知(知っている:42.3%)、理解(参加したい項目を選択:51.1%)、実行(実施している対策を選択:48.3%)は、全体として低調であった。一方で、流域別認知度では差異が認められ、緑川・白川流域では認知(53.1%)、理解(56.3%)、実行(53.4%)のいずれも全体より高い値を示した。過去の被災経験を持つ流域や「よく知っている層」において数値が向上する傾向が認められる。
| フェーズ | 全体平均 | 緑川・白川流域 | 流域治水をよく知っている層の傾向 |
|---|---|---|---|
| 認知 | 42.3% | 53.1% | 認知度が高い層ほどリスク理解が進む |
| 理解 | 51.1% | 56.3% | 自費での対策(雨庭・かさ上げ・移転)への協力意向も高い |
| 実行 | 48.3% | 53.4% | すべての項目で実行率が飛躍的に高まる |
全体として、グリーンインフラの協力意向(25.7%)が一定数あることが分かった。「ハード対策に加えて、グリーンインフラも水災害対策の優先要素になり得る」という住民意識が伺える。
ただし、グリーンインフラへの協力意向と行動の間にギャップが存在している。「よく知っている層」では、グリーンインフラの実行率が全体平均の3倍以上になり、正しい知識の習得が、グリーンインフラを含む防災行動のドライバーとなることが明らかになった。
| 項目 | 全体の傾向 | 流域治水をよく知っている層の傾向 |
|---|---|---|
| 協力意向と実行の差 | 協力意向(25.7%)に対して低い実行率(7.3%) | グリーンインフラ実行率は22.1%(全体平均の3倍以上)に達する |
| 普及に必要な要素 | リスク低減効果の情報(42.2%) | 地域コミュニティによる連携体制(64.9%) |
「治水のための協力関係」が築けているとの実感は19.4%にとどまる。流域別では、緑川・白川流域(24.6%)が最も高かった。一方で、都市部にある多摩川流域(18.4%)、鶴見川流域(16.4%)、天竜川下流・菊川流域(18.2%)は2割を下回る状況にある。
また、「流域治水の内容をよく知っている」層では高い回答率を示した。他者との関わりの中で行動している割合が高いことをうかがえる結果になった。
| 項目 | 全体平均 | 緑川・白川流域 | 流域治水をよく知っている層 |
|---|---|---|---|
| 協力関係が築けている | 19.4% | 24.6% | 56.8% |
協力関係を築くために必要な要素は、「人的・財政的な余力の欠如(34.3%)」が構築を阻む最大の要因である。次いで「行政・企業・住民の顔が見える関係の欠如(27.6%)」、「広域連携のための体制整備(20.7%)」が並んだ。
また、「流域治水の内容をよく知っている」層は、避難を検討する選択肢で「関わっている地域コミュニティの人から声かけされたら(21.1%)」を選んでいる。
住民はコミュニティの充実に向けた具体的な支援を自治体に求めていることが示唆される。
流域治水とグリーンインフラの普及には、住民による「自分事化」と具体的な行動変容が不可欠である。河川管理を、これまでよりも広く捉える「流域治水」の考え方の中で、防災・減災のためのグリーンインフラが「実行」に移るまでには相当の困難を要すると思われる。「地域」と「フェーズ」を「鳥の眼と虫の眼」で捉えた施策、流域住民の認識や期待と一致する施策の推進に、本調査結果が活用され、地域レジリエンスの向上が図られると幸いである。
<参考文献>
・内閣府他(2025年6月6日)『第1次国土強靱化実施中期計画』
・内閣官房・内閣府総合サイト『地方創生』
・国土交通省・環境省・農林水産省・経済産業省(2024年3月)『ネイチャーポジティブ経済移行戦略』
・国土交通省(2026年4月)『国土交通省関係予算配分について』
・国土交通省(2026年1月)『グリーンインフラ推進戦略2030』
・国土交通省(2024年9月)『グリーンインフラの事業・投資のすゝめ』
・国土交通省(2023年10月)『グリーンインフラ実践ガイド』
・国土交通省(2023年3月)『遊水地整備&利活用事例集』
・国土交通省『令和2年7月豪雨による被害と対応』
・国土交通省『令和元年台風第19号による被害について』
・環境省『コウノトリの野生復帰を支える再生と創造の湿地』
・熊本県『流域のみんなで取り組む「緑の流域治水」』
・熊本県(2026年3月23日)『第3回熊本県地下水保全推進本部会議』
・白川・緑川水系流域治水協議会『天竜川下流水系流域治水プロジェクト2.0』
・遠州流域治水協議会『天竜川下流水系流域治水プロジェクト2.0』
・多摩川流域治水協議会『多摩川水系流域治水プロジェクト2.0』
・鶴見川流域治水協議会『鶴見川水系流域治水プロジェクト2.0』
・東京都多摩市『聖蹟桜ヶ丘かわまちづくり』
・浜松市域流域治水対策推進協議会(2025年3月)『馬込川流域水災害対策プラン』
・水文・水資源学会誌(2025年5月)『近年の治水政策に関する全国意識調査』
・水文・水資源学会誌(2023年)『流域治水の理解度と具体の治水対策の理解度に関する全国アンケート調査』
・グリーンインフラ研究会(2020年7月)『実践版!グリーンインフラ』
¥0